貧乏大学生の恋事情は①同棲でいきなり始まる~ゴムをつけようとしたら破ってしまった

綿串天兵

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赤ちゃんプレイ好きな部長

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 今日は大学の入学式、バスに乗って「理工技大学前」で降りたが、大学付近は畑ばかり目についた。なんとなく匂う気がするが、肥料のにおいかもしれない。

「畑ばっかりだった……」

 バスを降りて最初にでた言葉がこれだ。

 幸い、天気はいい。見上げれば青い空、その青さを際立たせるような白い雲、そして、微妙な香り。
 通学はバスじゃなくて自転車で通うつもりだから、しばらくはこの香り――匂いと付き合わないといけないんだろう。

「もしかして清水きよみずくん?」
「あれ、君、どこかで会ったような」

 振り返ると、前髪がやたらと長い、美少女っぽい女性が走ってきた。

「ほら、前に空手の県大会で何度も一緒だったじゃん。やっぱり清水きよみずくんだ」
「ああ、そういえば。高校生の部で優勝してた……」
「そうだよ、立華たちばな菜可乃なかのだよ。同じ大学だなんて、超びっくり」
菜可乃なかのって言うんだ」

 なかの……そうなんだ。

「どうしたの?」
「姉と同じ名前。どんな漢字を書く?」
「菜っ葉の菜に、可愛いの可、乃木坂の乃だよ。」
「漢字は違うな」

「へぇ、どんな字を書くの?」
「奈良の奈に、彼って書く。彼って、後ろに女をつけると『かのじょ』になるだろ」
「ほんとだ、すごい発見」
「本人はすごく嫌がっているけど」

 姉のことを思い出した。姉はもう結婚して実家を出ている。

「ところでさ、どうして髪の毛、切ったの? 遠くから見たとき、そうかなって思ったんだけど自信なかったんだ」
「まあ」
「また伸ばすの?」
「そのつもり」
「どうして切っちゃったのかな、失恋でもしたの? お姉ちゃんがなんでも聞くよ」
「いや、別にそういうのじゃないから」

 立華たちばなは前髪を手でかき上げた。期待を裏切らない美少女ぶり。目が大きくて長いまつげ。隠していなかったら、さぞかしもてるだろうに。

「ところでさ、部活はどうするの? やっぱり空手道部?」
「そうだな、空手道部かジャズ研にしようかと思ってる」
二海ふたみくんって、何か楽器やってたっけ?」

 下の名前も憶えていてくれたんだ。

「サックス」
「すごいね、サックス。吹奏楽やってたの?」
「まあ、中学校一年生の時、ちょっとだけ。あとは独学」
二海ふたみくんの街、田舎だもんね。家でも練習できるんだ」

 どうして住んでいるところまで知っているんだろう?

「どうしてわかるんだ?」
「だって、大会の時に道場の名前を見たらわかるじゃん」
「なるほど」
立華たちばなは?」
「隣街だよ。近くだね」
「そう」
「そういうわけでさ、同郷ってことで仲良くしようよ。よろしくぅ!」

 俺はバシっと背中を叩かれた。

「じゃあ、まずはKINEの交換しようよ」
「ごめん、俺、KINE、入れてないんだ」
「エイスブックは?」
「そっちはやってる」
二海ふたみくんって、おじさん? マジ、うける」
「いやいや、元々、エイスブックはシャイな大学生のために開発されたものだから」
「じゃあ、メアドと電話番号教えて。後で会えるかな」
立華たちばな、どの課程なの?」
「情報知能工学だよ」
「あ、一緒だ。よかった。心強いな」


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


 俺たちは、入学式、その他の手続きを終わらせると、建物の外に出た。外では、諸先輩方が派手な看板を持って部活勧誘をしている。

「じゃあ、まずは体験入部、空手道部へゴー!」
立華たちばな、テンション高いな」
「そりゃね、二海ふたみくんと一緒にいるからだよ」

 いや、絶対ウソだ。思い出した。以前、大会の時もテンション高くしゃべっていて、注意されていた。
 ちなみに、俺もテンション高くしゃべっていて注意されたことがあるので、人のことは言えない。

「あの、すいません。空手道部を見学したいんですが」

 空手道部の看板を持った先輩方に声をかけると、俺たちは連行されるように武道場へ向かった。

「おお」

 思わず声が出てしまった。武道場にいたのは稽古着を着た、まるでアニメに出てくるようなポニーテールの美女だったから。帯は黒帯、少なくとも初段か。

 それにしても、武道場ってのは、どこでもちょっと汗臭いんだよな。ここも同じだ。

「君たちは空手の経験はあるのかな?」
「はい、私、空手初段です」
「流派は?」
鳳柔ほうじゅう流です」

 ポニテ美女はこっちを見た。

「そちらの彼は?」
「いえ、彼だなんて、まだ、これからです。明日ぐらいに」
「いや、そういう意味ではないのだけれど」

 立華たちばな、本当にテンション高いな。

「俺は刃道ばどう会です」

 ポニテ美女はうなずいた。

「二人とも経験者とは心強い。ぜひ入部してくれないかな」
「まずは体験入部ということでお願いします」
「何かしてみたいことはあるかな?」
「はい、組手をやってみたいです。ほら、二海ふたみも。ね?」
「え、ああ、よろしくお願いします」

 おい、いつの間にか名前が呼び捨てになっているぞ。

「初段か、うーん、そうだな、部長、組手、お願いします」

 武道場の壁際に座っていた男性が立ち上がった。

「いつも主将と呼んでって言ってるじゃん。俺が主将の西郷だ。よろしく頼むよ」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「俺は二段だけど、大丈夫かな?」

「はい、ローカルな大会では優勝したことがあります。手加減なしで大丈夫です」
「じゃあ、メンホーと拳サポーターはこれを使って」

 立華たちばなさんは赤、主将は青。

「はい。あの、ちょっと、というか、かなり汗臭いです」
「ごめんね、じゃあ、私のを貸すね」

 ポニテ美女は武道場の壁際に行き、バッグからメンホーを取り出した。

「ありがとうございます」
「これもちょっと汗臭いかもしれないけど、そっちよりはマシだから」
「はい」

「じゃあ、線のところに立ってくれるかな」

「礼! 始め!」

 おお、あの動き、見覚えがある。二発突いて、そのまま押し込んで三発目を突くやつだ。

「赤、一本!」
「おお~」
「戻って」

 みんな驚いているな。スピードじゃ立華たちばなの方が速い。というか、部長、本当に二段なのかな。もしかしたら……。

「はい、じゃあ、始め!」

 お、今度は部長、がんばってる。手数を増やし始めてる。ここで負けたら恥ずかしいもんな。

 ――バシッ!

 あ、あの足払い、公式戦なら注意ものだぞ。立華たちばな、大丈夫かな、痛そう。

「青、一本!」

 言わないと……俺は、びびって震えている手を無理やり持ち上げて挙手をした。

「あの、先輩方、今の足払いはちょっとどうかと」
二海ふたみくん、大丈夫だよ、大したことないから」
「そうだ、今のはありだ」

 そんなわけ無いだろ。昔ならともかく、今ならイエローカードだ。

「あの、まだ組手は終わっていませんが、俺に代わってもらっていいですか? この子、もうあまり動けないと思うんで」
「いいぞ」

立華たちばな、大丈夫?」
「うん、ちょっと痛むだけ」

 俺は、靴下を脱ぎ、メンホーの持ち主であるポニテ美女の顔を見た。

「あの、メンホーもこのままお借りしていいですか?」
「ええ、どうぞ、使って」

 ああ、なんか女の子のにおいがする。じゃなくて、さて、ここからが本番。部長の傍まで歩いていき、顔を近づけた。

「俺、二段で偉そうにしているやつ、嫌いなんですよね」
「なんだ? 俺を馬鹿にしているのか?」
「少年段位で二段になって、そのまま一般の二段になるやつが多いんで」
「それがどうした?」

 部長の目つきが変わった。メンホー越しでもわかる。やっぱり間違いない。

「一般で二段になった空手家と比べると、ヘボが多いってことですよ」
「ほお、俺に喧嘩を売っているのか」
「一般論です」

 お、声が大きくなった。いい感じ。

「ちょっと、部長、いや、主将、そんなにムキにならないでください」
「いいや、俺がこってりと教えてやる」

 よし、まずは精神攻撃、成功。こいつはきっと寸止めしない。思いっきりくるはず。

「準備はいいか? じゃあ、礼、始め!」
「ほお、ステップは踏まないのか。古風だな」

「部長、いや、主将、そいつ、ヤバイですよ! 気を付けてください!」

 ポニテ美女の声だ。気が付いたのか?

 いきなり回し蹴り、ガード、ぐっ、やっぱり寸止めする気はないみたいだ。痛い。こりゃ、後で腫れるな。
 それなりになかなか速い。拳、受け流すのも面倒だな。ここで、ちょっと間合いを取る。

 よし、全力の足払い、来た!ここで、前足を引っ込めて避けると同時に――さらに速いスピードで足を払ってやる。

「うおっ?」

――ドスンっ!

 仕上げだ。転ぶフリをして、こいつのメンホーを踏んずけて。

「ぐふっ」

 ついでにプライドも踏みにじる。そして、そのまま転べば完璧。

「あ、すいません、転んでしまいました」

 マネージャーらしき女性が駆け寄ってきた。さっきのポニテ美女ではない。

 部長、仕掛けてこないよな。警戒態勢キープ、慎重に立ち上がろう。なんか、まずいことをしてしまった気がする。ああ、これで空手道部入部はダメだな。

「赤ちゃんプレイばっかりしているから、一回生に負けるのよ」
「そ、それは関係ないだろう。それに、こんなところで言うな」

 赤ちゃんプレイ? この人、部長の彼女なのかな。

 俺は立ち上がると、礼をした。礼に始まって礼に終わる。うん。部長は立ち上がったものの、不機嫌そうだ。首にダメージを受けているはず。

 俺はメンホーと拳サポーターを外し、ポニテ美女に返した。

「俺、空手道部、やめときます」
二海ふたみ、一緒にやろうよ。私、空手道部に入りたいの」
「別に、一緒に入る理由なんてないぞ」

「君、清水きよみず二海ふたみくんね?」
「そうですが、何か?」

 やっぱり、ばれてる。

「あの、できたら入部してくれないかな」
「いえ、やめておきます。無礼な空手家とは付き合いたくないんで」
「それはあなたがあおったから――」
あおる前から無礼でしたよ。最初の組手で出した足払いは、ほぼ反則です」

 俺は言葉をかぶせた。でも、気まずい。

「そうね。そのとおりだわ」

 よかった、話のわかる人で。

立華たちばな、とりあえず次に行こう」
「え? 次って」

 立華たちばなの腕をつかんで引っ張り上げた。ちょっと空気が良くない。何となく殺気立っている。
 コミックにありがちな危険性はないだろうけど、とどまっていても良いことはなさそうだ。

 初日からこれか、へこむな。いや、今、俺の腕は腫れている。

「先輩方、どうもありがとうございました。参考にさせていただきます」
「え、あっ」
「ほら、立華たちばなも礼をして」
「はい」

 こんな部長に頭は下げたくないが、しょうがない。俺は立華たちばなの腕をつかんだまま、武道場の外に出た。

「保健室、どこだろ」
「どうしたの? 私は大丈夫よ」
「部長さ、寸止め無視で回し蹴り入れてきたから」

 袖をまくって腕を見せた。

「あ、すごい腫れてる、大丈夫?」
「大丈夫だけど湿布が欲しい。保健室、スマホで探せないのかな」

清水きよみずくん、ちょっと待ってくれるかな」

 後ろを振り返ると、さっきのポニテ美女がバッグを持って走って来た。

「何かお探し?」
「保健室を。湿布が欲しいので」
「やっぱり。冷却シートがあるから、ちょっと待っててくれ」
「あ、はい」

「とりあえず、冷却スプレー、ちょっと冷たいよ」
「はい、大丈夫です」

 冷却スプレー、一時的すぎて、アイシングとしてはあんまり意味無いんだけどな。

――プシューッ

 うぅ、でも気持ちいい。春の日差しでぬるくなった風も、ひんやりする。

「あとは冷却シートを貼って、これでよし」
「ありがとうございます」
「今日は面目ない。もし気が変わったら、ぜひ、空手道部に来て欲しい」
「気は変わらないと思います」

「君は物言いがはっきりしていて、気持ちのいいやつだな」
「そうでもないです。よく優柔不断って言われます」

「ところで清水きよみずくん、時々でいい、ヘルプを頼むかもしれない」
「時々ならいいですけど。それより、どうして俺の名前を知っているんですか?」

「君が相手を殴り倒し、反則負けで優勝を逃した時に優勝したのは私の兄だ」
「え、そうだったんですか? その節は失礼しました。ということは高塚さん?」
「そう、妹の高塚春日かすがだ。君の構えを見て、すぐに気が付いたよ。珍しいからな」
「そうですね、確かに……」

「じゃあ、あとは彼女とよろしくやってくれ」

「先輩、『やる』だなんて、まだ、これからです。『やる』のは明後日の夜ぐらいだと思います」
「それは失敬した。だが、『まだ』なんだな?」

 この会話、突っ込むべき? それともスルーすべき? 立華たちばな、照れるなよ。

「私は入部するつもりなので、よろしくお願いします」
「それはありがたい。待っているから。じゃあ失礼する」
「冷却シート、ありがとうございました」

 立華たちばなは俺を見た。立華たちばなの身長は百六十五センチぐらいか。高塚さんはもう少し高い。

「高塚さん、あの時の選手の妹さんだなんて、びっくりだね」
「ほんと。あれ? でも、立華たちばな、あの大会、出てなかったよな?」
「うん。でも、うちの県から初めて一般の部に高校生が進んだって聞いたから、見に行ったの」
「そっか」

「あとさ、二海ふたみのファンだったの」
「でも、勝てずに悔しくて泣いたこともあった」

 立華たちばなが前髪をかき分け、俺を覗き込むように見た。

「なんかこう、もっと喜んでよ。つれないなぁ」
「どういう顔をしていいのかわからないだけ」

 初日からこれじゃな……でも、立華たちばなが隣にいるのはちょっとうれしい。少しだけだが、安堵を感じる。ま、それなりの学生生活になるだろ。



   ----------------



あとがき
数ある小説の中から読んで頂き、ありがとうございます。

打撲には「アイシング」といって、氷を入れた袋で冷やすのが効果的です。

専用の袋がありまして、氷を入れて、隙間を極力減らすようにぎゅっと絞って蓋をして患部に押し付けます。

「凍傷になるんじゃないの?」と心配される方もいますが、普通の氷では凍傷にはなりません。用法を守って正しく使ってくださいね。


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それではまた!
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