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まさかの逆転劇で大感激
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ここは駅前の花壇コーナー、通路から少し離れているから今は二人っきり。薄暗い中、初めてモジモジしている清水さんが目の前にいる。
なんだかワクワクしてきちゃった。
「やっぱり、脚フェチの方に喜んでもらうなら、なるべく足が長く見えたほうがいいと思うんです」
「ま、まあ、それはそうだけど」
あたしは清水さんの方を見たまま、もうひと巻き、わざとゆっくりとした動作でスカートを短くした。清水さん、こっちをチラチラ見ている。超々かわいい。でも、あたし、何やっているんだろう。
「スパッツを履いているから大丈夫です」
「そういう問題じゃなくて……」
「ポーズはどうしたらいいですか?」
なんと! 今、この会話の主導権はあたしにある。信じられない。女王様にでもなった気分。あ、まだ結婚していないから、王女様かな。
「あ、そうだ、その前に、髪の毛を縛って上にあげないと。金髪が写り込むとまずい」
「え、あ、はい」
「あいつらのことだから、ネットに上げないと思うけど、一応ね」
あたしはバッグの中を探った。あ、しまった。
「すいません、今日、髪ゴム、持っていません」
「大丈夫、俺のがあるから」
「え? じゃ、じゃあ、縛ってもらっていいですか?」
あたしって、もしかして大胆? 大胆すぎ?
それより、清水さん、どうして髪ゴムを持っているの?
「い、いいよ」
清水さんは、あたしの後ろに回り込むと、手櫛で髪をとかし始めた。洒落じゃないけど、心が溶けるほど気持ちがいい。
まず、髪の先の方からほぐすように指を通し、だんだんと上に上がってくる。
そして、指を通す速さが絶妙。ややゆっくりで、指が肩や背中に触れるだけで、もっと触って欲しいと思ってしまう。
最後に、頭皮を軽くひっかくような指先が、もう、なんと表現していいのか。この街一番の進学校である三浦高校の学力をもってしても、語彙力が消失する。
「できたよ」
「はい」
後頭部を触ってみると、あたしの長い髪の毛は高めのポニーテールぐらいの位置で縛られていて、垂れ下がらないように髪ゴムの最後のひと巻きは、髪の毛が途中まで通してあった。
なんでこんなことができるんだろう?あたしの頭の中は、うれしさとハテナマークでいっぱい。
清水さんがスマホを取り出した。あれ? 小さな子どもの写真がロック画面になっている。なんとなく、清水さんに似ている。
「清水さんって、ご兄弟、いらっしゃるんですか?」
「姉がいる。もう結婚して子どもがいるけど」
きっと、お姉さんのお子さんなのかな。
「じゃあ、ポーズ、えっと、まっすぐ立って、片足を少し前に出してみて」
「はい」
あ、これ、「モデル立ち」ってやつだ。
「ズームなしで撮るね。その方がさらに綺麗に映るから」
「はい」
なるほど、そうなのか。清水さんはあたしの目の前にしゃがみ、何枚か写真を撮った。
「本当はもっと低い位置から撮ると、もっと足が長く見えるんだけど、ここじゃむずかしいかな」
「あそこどうですか?」
あたしは、花壇を指差した。一部の花壇の周りは、太い木の角柱で覆われている。その中でも、二段になっている花壇だ。
「危なくない?」
「大丈夫ですよ」
あたしは、花壇を囲う角柱の上に立ち、同じポーズを取ってみた。後ろに、何かオブジェクトらしきものがあって、身体を支えるのにちょうどいい。
「じゃあ、手早く撮影しちゃうね」
――カシャ、カシャ
「うん、いい感じ。ちょっと見てくれるかな」
「はい」
清水さんが近づいてきてくた。これぐらいの差がないと埋められない……と思ったら、あたしの方が十センチほど高くなっていた。わお、すごい、新感覚!
「あ、朱巳さんは動かないで。そっちにいくから」
清水さんは、あたしの左側に立った。上から見る清水さんって、超新鮮。
「この中でどれが一番いい?気に入らないのは削除しちゃっていいから」
清水さん、撮影上手だ。スイッターに上げて欲しいぐらい。あたしは、清水さんと相談しながら、写真を選んだ。
「あの、ひとつお願いがあるんですけど」
「何かな?」
「このまま、一緒に写真を撮ってもらっていいですか?」
「あ、ああ、お安い御用だよ。でも、その前に髪をほどこうか」
「はい」
せっかく清水さんに結んでもらった髪、そのままにしておきたかったけど、二人で写真を撮るならいつもの髪型のほうが自然。
あたしは、自分で髪を解き、手で髪型を整えた。
そして、バッグから自分のスマホを取り出し、カメラを起動してから清水さんに渡した。
「シャッターはお願いします。あ、スマホは縦で」
縦の方が密着できるから。あたしって頭いい。あたしは、少しだけかがみ、撮影を待った。
「うん。じゃあ、三、二、一」
――カシャ
「綺麗に撮れているかな、あ、いい感じです。ありがとうございます」
あたしは花壇から降りた。
「あの、髪ゴム、もらっちゃっていいですか?」
「いいけど、それ、百均のやつだよ」
「それでもいいです」
「うん、じゃあ、あげるよ」
「スカート戻しますね。あ、清水さんが似合うっていうなら、今日だけは、このままにしておきますけど」
「……」
「聞こえません」
「……」
「もっと大きな声で言ってください」
清水さんは、あたしの耳に口を近づけると……
「似合うよ」
ストレートすぎる。いやだ、もしかしたら、今、抱き合っているように見えるかもしれない。誰かに写真、撮って欲しい。できたら拡散して欲しい。
「あ、あの、ありがとうございます」
大丈夫、落ち着いて、落ち着け、あたし。
「あと、申込用紙に、『ダンサー五人』って書いておいてくれる?『観客側から入場』って」
「どういうことですか?」
「当日、盛り上げ役でステージに乱入するから」
頭の中にハテナマークがたくさん並んでいたけど、清水さんのことだ、きっと何かいいアイデアがあるに違いない。
「あと、本番直前までは、帽子で髪の毛を隠しておいて。最初から見つかるとステージが混乱する可能性があるから」
うーん、あたしの髪は長い。しかも、ちょっと多め。普通のキャップじゃ収まりきらない。
「持っている帽子じゃ無理そうです」
「そう、じゃ、俺のを貸してあげるよ。ワークキャップなら普通の帽子より髪の毛がたくさん入るから」
そういいながら清水さんが帽子を取ると、予想外のことが目の前で……。
風が吹いた。そして……薄暗くて黒色にしか見えないけど、長い髪がハラハラっと風でたなびいた。
「清水さん、ロン毛なんですか?」
そう、清水さんがワークキャップを取ったら、長い髪の毛が現れたの。
「え? ああ、そう」
どう見ても、三十センチ以上はある。
「お店だと目立つから。ワークキャップの中に入れているんだ」
「どうして伸ばしているんですか? すごくかっこいいです」
いや、たぶん、髪の毛が短かったとしても、あたしは「かっこいい」って言うと思う。
「実は散髪に行く金が無くて。前髪は自分で切れるけど、後ろは難しいから」
「そうなんですか」
「この帽子、後ろをひっぱるときつくできるから、それで調整して」
「ありがとうございます」
今日はうれしいことだらけ。今年のラッキーをすべて使い切って、年末まで悪いことしか起きないんじゃないかな。
「ところで清水さん」
「どうしたの?」
「あたし、もうすぐ夏休みですけど、清水さん、夏休みはマチカフェにいますか?」
少しの間が空いた。
「ああ、いる。他のバイトもあるから、帰省しない……安いフリー切符で日帰り帰省するぐらいかな」
「わかりました。じゃあ、またマチカフェに行きますね」
「うん、じゃあ、気を付けて」
「はい、おやすみなさい」
♪ ♪ ♪
十五時、天気は微妙。駅横広場には特設ステージが設置され、横に設置された簡易テントから見ると、モニタスピーカーもちゃんと置いてあり、ケーブル類はテープで地面に貼り付けてあった。
特設ステージと言っても、一段上がっているわけではなく、単に石畳で舗装された地面にテープが貼ってあり、それで仕切っているだけ。
あたしたちは一番最後、他のバンドを横から見ながら順番を待っていた。おかしい、どんどん観客が増えてきている。
観客の中には、清水さんと意味変のメンバー、それに穂美の姿も見える。横に立っている男子生徒には見覚えがある。きっと彼氏だ。
スマホを取り出し、スイッターで検索してみた。検索キーワードは「金鬼姫」。例の写真が拡散されていた時に付けられた名前。いやだ、あたしたちの演奏時間が拡散されている。
でも、大丈夫。今は清水さんが貸してくれたワークキャップをかぶり、髪は中に押し込んであるから誰も気が付いていない。
バンド転換が始まり、あたしたちのセッティングが終わると、葉寧はPAの方に向かって手を挙げた。
あたしはワークキャップを取った。
はらりと、耳を長い髪が撫でていく。両手で髪を背中の方に流した。清水さんに指示された通り。
「あ、あの女。スイッターで流れていたとおりだ。写真、撮ろうぜ」
そんな声がちらほら聞こえ始め、何人かがスマホを取り出した。
その時、観客の中から何人かの男性が腰をかがめて特設ステージの方へ歩いてきた。みんな、マスクをしている。夏なのにインフルエンザが流行しているから、不信感はない。
弥生がこっちを見た。
「ねえ、楼珠、大丈夫?」
「うん、ダンサー五人」
大丈夫、意味変のメンバーだ。きっと、これは何かの作戦。PA席にいる進行の人も、申込用紙に書いておいたせいか、とがめる様子はまったくない。
「え?」
思わず声が出てしまった。男性五人は、あたしの目の前でしゃがむと、土下座を始めたのだ。それも何度も。
「「女王様」」
確かにそう言った。土下座したときに背中が見えた。清水さんは、観客側から手を振っている。
――意味変
黒地のTシャツに、大きく白い文字で「意味変」と書かれていた。そうか、これは宣伝も兼ねているんだ。
――カシャ、パシャ、シャキ
何種類ものスマホのシャッター音が聞こえる。
「あの子、いじめ主犯とかじゃなくて、本当に女王様なんじゃない?」
「高校生だから王女様よ、さすがに結婚はしていないでしょ」
「すごいね、私もあんな風にされてみたいわ」
「よく見ると、美人だし、性格もよさそう」
「ファンクラブとかあるのかな」
「俺も仕えてみたい」
予想の斜め上、さらにその上をいく清水さんの作戦で、恐怖とは全く別の、何とも言えない理由で固まっていたけど、ようやく身体が動いた。はあ。
「あの、そ、そのぐらいで……」
――ポツッ、ポツッ
あたしはギターを見た。雨だ、少しだけど、雨が降り始めている。どうしよう?パパのギターが濡れると困るな。
「天候不良のため、イベントはこれで中止します」
PA担当の人がマイクで話をした。あたしたちは急いで特設ステージ横のテントに入った。
特設ステージの方を見ると、清水さんたちや観客たちもぞろぞろと足早に立ち去って行くのが見えた。
その夜、スイッターでまた拡散されていた。ただ、ほとんどのスイートは、あたしをうらやましがったり、尊敬するようなメッセージが添えられていた。
あたしは、「金鬼姫」から「王女様」に、無理やり超飛び級的な格上げをされた。
あれ?これなんだろう……あたしは虫眼鏡のようなアイコンをタップしてみた。あ、これ、トレンドキーワードなんだ。
「意味変」……清水さんと意味変のメンバーが笑って食事をしている風景が目に浮かぶ。きっと、意味変のメンバーがおごっているんだろうな。
内心、ほっとしたけど、そうか、「王女様」、うーん、これからどう振舞ったらいいものか。
とにかく、平川くんと清水さん、そして仲間たちのおかげで事は収まった気がする。
あとは、あたしの中に、久しぶりに芽生えてしまったこの感情……王女様……じゃなくて、もっと淡くて清いもの、これ、どうしたらいいのかな。
あたしは、スマホを机の上に置いた。
----------------
あとがき
数ある小説の中から読んで頂き、ありがとうございます。
スカートの短い女子生徒は、腰でクルクルっと巻いている訳ですが、もっとスカートの女子生徒さんはどうされているんでしょうか。
ちゃんと、切って短くしているのかも。
結局、演奏できなかったヒロインたちですが、まあ、外でのイベントではたまにある話です。
おもしろいなって思っていただけたら、いいね!して頂けると、転がって喜びます。さらに、お気に入り追加してくださると、スクワットして喜びます。
それではまた!
なんだかワクワクしてきちゃった。
「やっぱり、脚フェチの方に喜んでもらうなら、なるべく足が長く見えたほうがいいと思うんです」
「ま、まあ、それはそうだけど」
あたしは清水さんの方を見たまま、もうひと巻き、わざとゆっくりとした動作でスカートを短くした。清水さん、こっちをチラチラ見ている。超々かわいい。でも、あたし、何やっているんだろう。
「スパッツを履いているから大丈夫です」
「そういう問題じゃなくて……」
「ポーズはどうしたらいいですか?」
なんと! 今、この会話の主導権はあたしにある。信じられない。女王様にでもなった気分。あ、まだ結婚していないから、王女様かな。
「あ、そうだ、その前に、髪の毛を縛って上にあげないと。金髪が写り込むとまずい」
「え、あ、はい」
「あいつらのことだから、ネットに上げないと思うけど、一応ね」
あたしはバッグの中を探った。あ、しまった。
「すいません、今日、髪ゴム、持っていません」
「大丈夫、俺のがあるから」
「え? じゃ、じゃあ、縛ってもらっていいですか?」
あたしって、もしかして大胆? 大胆すぎ?
それより、清水さん、どうして髪ゴムを持っているの?
「い、いいよ」
清水さんは、あたしの後ろに回り込むと、手櫛で髪をとかし始めた。洒落じゃないけど、心が溶けるほど気持ちがいい。
まず、髪の先の方からほぐすように指を通し、だんだんと上に上がってくる。
そして、指を通す速さが絶妙。ややゆっくりで、指が肩や背中に触れるだけで、もっと触って欲しいと思ってしまう。
最後に、頭皮を軽くひっかくような指先が、もう、なんと表現していいのか。この街一番の進学校である三浦高校の学力をもってしても、語彙力が消失する。
「できたよ」
「はい」
後頭部を触ってみると、あたしの長い髪の毛は高めのポニーテールぐらいの位置で縛られていて、垂れ下がらないように髪ゴムの最後のひと巻きは、髪の毛が途中まで通してあった。
なんでこんなことができるんだろう?あたしの頭の中は、うれしさとハテナマークでいっぱい。
清水さんがスマホを取り出した。あれ? 小さな子どもの写真がロック画面になっている。なんとなく、清水さんに似ている。
「清水さんって、ご兄弟、いらっしゃるんですか?」
「姉がいる。もう結婚して子どもがいるけど」
きっと、お姉さんのお子さんなのかな。
「じゃあ、ポーズ、えっと、まっすぐ立って、片足を少し前に出してみて」
「はい」
あ、これ、「モデル立ち」ってやつだ。
「ズームなしで撮るね。その方がさらに綺麗に映るから」
「はい」
なるほど、そうなのか。清水さんはあたしの目の前にしゃがみ、何枚か写真を撮った。
「本当はもっと低い位置から撮ると、もっと足が長く見えるんだけど、ここじゃむずかしいかな」
「あそこどうですか?」
あたしは、花壇を指差した。一部の花壇の周りは、太い木の角柱で覆われている。その中でも、二段になっている花壇だ。
「危なくない?」
「大丈夫ですよ」
あたしは、花壇を囲う角柱の上に立ち、同じポーズを取ってみた。後ろに、何かオブジェクトらしきものがあって、身体を支えるのにちょうどいい。
「じゃあ、手早く撮影しちゃうね」
――カシャ、カシャ
「うん、いい感じ。ちょっと見てくれるかな」
「はい」
清水さんが近づいてきてくた。これぐらいの差がないと埋められない……と思ったら、あたしの方が十センチほど高くなっていた。わお、すごい、新感覚!
「あ、朱巳さんは動かないで。そっちにいくから」
清水さんは、あたしの左側に立った。上から見る清水さんって、超新鮮。
「この中でどれが一番いい?気に入らないのは削除しちゃっていいから」
清水さん、撮影上手だ。スイッターに上げて欲しいぐらい。あたしは、清水さんと相談しながら、写真を選んだ。
「あの、ひとつお願いがあるんですけど」
「何かな?」
「このまま、一緒に写真を撮ってもらっていいですか?」
「あ、ああ、お安い御用だよ。でも、その前に髪をほどこうか」
「はい」
せっかく清水さんに結んでもらった髪、そのままにしておきたかったけど、二人で写真を撮るならいつもの髪型のほうが自然。
あたしは、自分で髪を解き、手で髪型を整えた。
そして、バッグから自分のスマホを取り出し、カメラを起動してから清水さんに渡した。
「シャッターはお願いします。あ、スマホは縦で」
縦の方が密着できるから。あたしって頭いい。あたしは、少しだけかがみ、撮影を待った。
「うん。じゃあ、三、二、一」
――カシャ
「綺麗に撮れているかな、あ、いい感じです。ありがとうございます」
あたしは花壇から降りた。
「あの、髪ゴム、もらっちゃっていいですか?」
「いいけど、それ、百均のやつだよ」
「それでもいいです」
「うん、じゃあ、あげるよ」
「スカート戻しますね。あ、清水さんが似合うっていうなら、今日だけは、このままにしておきますけど」
「……」
「聞こえません」
「……」
「もっと大きな声で言ってください」
清水さんは、あたしの耳に口を近づけると……
「似合うよ」
ストレートすぎる。いやだ、もしかしたら、今、抱き合っているように見えるかもしれない。誰かに写真、撮って欲しい。できたら拡散して欲しい。
「あ、あの、ありがとうございます」
大丈夫、落ち着いて、落ち着け、あたし。
「あと、申込用紙に、『ダンサー五人』って書いておいてくれる?『観客側から入場』って」
「どういうことですか?」
「当日、盛り上げ役でステージに乱入するから」
頭の中にハテナマークがたくさん並んでいたけど、清水さんのことだ、きっと何かいいアイデアがあるに違いない。
「あと、本番直前までは、帽子で髪の毛を隠しておいて。最初から見つかるとステージが混乱する可能性があるから」
うーん、あたしの髪は長い。しかも、ちょっと多め。普通のキャップじゃ収まりきらない。
「持っている帽子じゃ無理そうです」
「そう、じゃ、俺のを貸してあげるよ。ワークキャップなら普通の帽子より髪の毛がたくさん入るから」
そういいながら清水さんが帽子を取ると、予想外のことが目の前で……。
風が吹いた。そして……薄暗くて黒色にしか見えないけど、長い髪がハラハラっと風でたなびいた。
「清水さん、ロン毛なんですか?」
そう、清水さんがワークキャップを取ったら、長い髪の毛が現れたの。
「え? ああ、そう」
どう見ても、三十センチ以上はある。
「お店だと目立つから。ワークキャップの中に入れているんだ」
「どうして伸ばしているんですか? すごくかっこいいです」
いや、たぶん、髪の毛が短かったとしても、あたしは「かっこいい」って言うと思う。
「実は散髪に行く金が無くて。前髪は自分で切れるけど、後ろは難しいから」
「そうなんですか」
「この帽子、後ろをひっぱるときつくできるから、それで調整して」
「ありがとうございます」
今日はうれしいことだらけ。今年のラッキーをすべて使い切って、年末まで悪いことしか起きないんじゃないかな。
「ところで清水さん」
「どうしたの?」
「あたし、もうすぐ夏休みですけど、清水さん、夏休みはマチカフェにいますか?」
少しの間が空いた。
「ああ、いる。他のバイトもあるから、帰省しない……安いフリー切符で日帰り帰省するぐらいかな」
「わかりました。じゃあ、またマチカフェに行きますね」
「うん、じゃあ、気を付けて」
「はい、おやすみなさい」
♪ ♪ ♪
十五時、天気は微妙。駅横広場には特設ステージが設置され、横に設置された簡易テントから見ると、モニタスピーカーもちゃんと置いてあり、ケーブル類はテープで地面に貼り付けてあった。
特設ステージと言っても、一段上がっているわけではなく、単に石畳で舗装された地面にテープが貼ってあり、それで仕切っているだけ。
あたしたちは一番最後、他のバンドを横から見ながら順番を待っていた。おかしい、どんどん観客が増えてきている。
観客の中には、清水さんと意味変のメンバー、それに穂美の姿も見える。横に立っている男子生徒には見覚えがある。きっと彼氏だ。
スマホを取り出し、スイッターで検索してみた。検索キーワードは「金鬼姫」。例の写真が拡散されていた時に付けられた名前。いやだ、あたしたちの演奏時間が拡散されている。
でも、大丈夫。今は清水さんが貸してくれたワークキャップをかぶり、髪は中に押し込んであるから誰も気が付いていない。
バンド転換が始まり、あたしたちのセッティングが終わると、葉寧はPAの方に向かって手を挙げた。
あたしはワークキャップを取った。
はらりと、耳を長い髪が撫でていく。両手で髪を背中の方に流した。清水さんに指示された通り。
「あ、あの女。スイッターで流れていたとおりだ。写真、撮ろうぜ」
そんな声がちらほら聞こえ始め、何人かがスマホを取り出した。
その時、観客の中から何人かの男性が腰をかがめて特設ステージの方へ歩いてきた。みんな、マスクをしている。夏なのにインフルエンザが流行しているから、不信感はない。
弥生がこっちを見た。
「ねえ、楼珠、大丈夫?」
「うん、ダンサー五人」
大丈夫、意味変のメンバーだ。きっと、これは何かの作戦。PA席にいる進行の人も、申込用紙に書いておいたせいか、とがめる様子はまったくない。
「え?」
思わず声が出てしまった。男性五人は、あたしの目の前でしゃがむと、土下座を始めたのだ。それも何度も。
「「女王様」」
確かにそう言った。土下座したときに背中が見えた。清水さんは、観客側から手を振っている。
――意味変
黒地のTシャツに、大きく白い文字で「意味変」と書かれていた。そうか、これは宣伝も兼ねているんだ。
――カシャ、パシャ、シャキ
何種類ものスマホのシャッター音が聞こえる。
「あの子、いじめ主犯とかじゃなくて、本当に女王様なんじゃない?」
「高校生だから王女様よ、さすがに結婚はしていないでしょ」
「すごいね、私もあんな風にされてみたいわ」
「よく見ると、美人だし、性格もよさそう」
「ファンクラブとかあるのかな」
「俺も仕えてみたい」
予想の斜め上、さらにその上をいく清水さんの作戦で、恐怖とは全く別の、何とも言えない理由で固まっていたけど、ようやく身体が動いた。はあ。
「あの、そ、そのぐらいで……」
――ポツッ、ポツッ
あたしはギターを見た。雨だ、少しだけど、雨が降り始めている。どうしよう?パパのギターが濡れると困るな。
「天候不良のため、イベントはこれで中止します」
PA担当の人がマイクで話をした。あたしたちは急いで特設ステージ横のテントに入った。
特設ステージの方を見ると、清水さんたちや観客たちもぞろぞろと足早に立ち去って行くのが見えた。
その夜、スイッターでまた拡散されていた。ただ、ほとんどのスイートは、あたしをうらやましがったり、尊敬するようなメッセージが添えられていた。
あたしは、「金鬼姫」から「王女様」に、無理やり超飛び級的な格上げをされた。
あれ?これなんだろう……あたしは虫眼鏡のようなアイコンをタップしてみた。あ、これ、トレンドキーワードなんだ。
「意味変」……清水さんと意味変のメンバーが笑って食事をしている風景が目に浮かぶ。きっと、意味変のメンバーがおごっているんだろうな。
内心、ほっとしたけど、そうか、「王女様」、うーん、これからどう振舞ったらいいものか。
とにかく、平川くんと清水さん、そして仲間たちのおかげで事は収まった気がする。
あとは、あたしの中に、久しぶりに芽生えてしまったこの感情……王女様……じゃなくて、もっと淡くて清いもの、これ、どうしたらいいのかな。
あたしは、スマホを机の上に置いた。
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あとがき
数ある小説の中から読んで頂き、ありがとうございます。
スカートの短い女子生徒は、腰でクルクルっと巻いている訳ですが、もっとスカートの女子生徒さんはどうされているんでしょうか。
ちゃんと、切って短くしているのかも。
結局、演奏できなかったヒロインたちですが、まあ、外でのイベントではたまにある話です。
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