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11 採掘会社の本性
しおりを挟む俺たち3人は、採掘会社に乗り込んできた男と一緒に喫茶店にいた。
店はさっきの通りから一本奥へと入ったところにあり、カウンターとテーブル席が8つほど。
内装はなかなか洒落た物だと言える。
他に客がいないのは、中途半端な時間のせいだろう。
俺はあの後、彼に乱入してきた事情を説明して欲しいと切り出した。
両者の間にあったであろうトラブルに何かを予感したのだ。
男は最初、俺たちが自分と同じ境遇にあると勘違いしているようだったが、調査の内容を伝え、話を聞かせてもらえることになった。
男はダップと名乗った。
「殺人事件に、あの会社が関わっているかもしれないのか。悪い奴ってのは、どこまでも悪いことを繰り返すもんだな」
壮年のマスターが運んできたコーヒーを啜り、ダップは憤った。
間を置くように、俺も1口だけ口にする。
「騙されたと言っていましたが、どういうことなのか教えて下さい」
「ああ。俺はここから少し離れたネソンって村に住んでたんだ」
ネソンは王都から南東に行ったところにあり、特筆すべき物はないが、冒険者の遠出の中継地として使われている。
住んでたんだ、という過去形が気になる。
黙って続きを聞くことにした。
「俺はそこで職人をしていたんだが、ある日突然、奴等が現れた。俺が持ってる小山から鉱石の反応が出たから、山を売ってくれとな」
彼の家系は代々、その小さな山の所有権を引き継いでいるらしい。
「俺は断った。引き継いだ山を簡単には売れないし、あの山には豊かな湧き水があって村を支える水源とも言えた。それにちょっと生臭い話だが、相手が出してきた金額がかなり安かったんだ」
「断ったのに、強引な交渉を迫られたとか?」
「そうだ。しつこいくらいに何度も家に来られて、柄の悪い奴等も加わってきてな。段々態度が悪くなって、他の村人にも脅しをかけるような真似までしだした。王立警察を呼ぶぞと言ったら奴等、名前こそ出さなかったが、自分たちの後ろ盾に王国の副大臣クラスや有力な貴族がいるようなことをほのめかしてきやがった」
「副大臣? 有力貴族?」
「俺は政治は分からんが、とにかく雲の上の人間だ。これ以上は逆らったらまずいんじゃないかと思い、村の者にも迷惑をかけたくなくて、俺は仕方なくサインをしてしまった」
そこからは後悔しかなかった、とダップは続けた。
「あれだけ湧き水には気を付けてくれと言っていたのに、無茶な採掘をしたせいで水が濁り始めてきたんだ。村中からお前の責任だと何度も責められて、居(い)た堪(たま)れなくなった俺は、何とかすると言ってこの王都へ1人やって来たんだよ」
俺は話を聞いてあの会社への不信感を強めた。
多分2人もそうだろう。
こちらはこちらで、とんでもない話になっている。
「俺はなけなしの金で弁護士を雇って会社を訴えたんだが、水源が淀んだことと採掘に因果関係はないと開き直られてな……。それと、その後に調べて分かったんだが、山から掘り出されている鉱石はすべて、最初に聞かされた鉱石より数ランク上の物だったんだ」
「それ、どういうこと?」
アキノが聞く。
「あの会社は、最初から価値のある鉱石が出ると分かっていながら、安い鉱石の相場で土地を買い取って、差額で丸儲けってやり方をしていたんだよ。調査で反応があった鉱石以外の鉱脈を偶然見つけたと言ってきたが、そんな偶然あるわけがない。絶対に嘘だ」
「それだけ利益を出していて、あなたに追加で支払われたりは?」
ダップはコーヒーを飲み、無念を吐き出すようにため息を吐いた。
「何もなかった。買い取った時点でこちらの土地だから、そこからどんな資源が出ても、元の持ち主は口を挟む権利はないって」
法的には確かにそうなのかもしれないが、埋まっている鉱石を故意に偽ったとなれば話は変わってくるのではないだろうか。
国土管理局に出すべき、土地に関する重要書類の提出が遅いのも、意図的な可能性がある。
俺は順を踏んで考えながら、あることに気付く。
途中までのプロセスが、オークの村と同じではないだろうか?
彼は圧力を掛けられ、言われた通りの金額で土地を売ることになり、結果的に大損をしてしまった。
では、オークの村は?
売るかどうかの交渉中にルイーザが現れたのだ。
「ユウキ、これは」
リュウドが声を掛ける。
恐らく同じことに気付いたのだろう。
ルイーザの介入がどんな影響を与えるのかを。
「俺は悔しくて何度もあの会社に出入りしてたんだ。そのとき、同じように食って掛かっている人を見つけた。話をして目の前が真っ暗になったよ、あの会社はああいう汚い商売を他でもやってるんだって」
ダップはもうぬるくなったコーヒーを飲み干した。
グッと眉根を寄せたその顔は、コーヒー以上に苦い物を腹の中に抱えているからだろう。
「ダップさん、話してくれてありがとう。これは捜査の参考になる。会社のやり方も含めて、王立警察で話してみようと思います」
「……頼むよ」
できる限り元気そうな表情に努めて、ダップは言った。
「ああ、あそこはやっぱりまずいことをしてるんだなあ」
会話の終わりを待っていたように、マスターが近寄ってきた。
多分、すべてを聞いていたのだろう。
聞こえていても口を挟まないのがこの職業だろうが、何か話したいことがあるに違いない。
「何かご存知なんですか?」
「ええ、たまに店を使ってもらってるんですが、一緒に連れてくる人に柄の悪そうなお客さんが多くてね。何度か確認してるうちに、これは確実に悪い奴だなって分かったんですよ」
「どうしてです?」
「だって連れてくる人の大半がね、ワイダル商会の人間なんです」
「ええ!?」
「この辺は土地柄、色々な商会のメンバーを見るんですけどね、社章を見れば1発で分かるんですよ。裏の事情に詳しいお客さんにそれとなく聞いてみたんですけど、あの採掘会社、ワイダル商会と関わりが深いらしいんです」
他に客はいないが、マスターはひそひそと話した。
「採掘会社が脅迫に連れてきた柄の悪い連中って、あの護衛隊のことだったんじゃないの?」
「ありうるな。ああいう輩は荒事のために飼われているようなものだ」
「ああ。あの、すいません、連れてきた中にマフラーをして立派な長剣を持った男はいませんでしたか? ジャックスって名前なんですけど」
「ここでは見ませんでしたねえ。でも買い出しに出たとき、あの会社の社員がそういう連中と話してるところを見かけたような」
俺は、頭の中に散らばっていたピースが合わさって、1つの絵になっていくような感覚を覚える。
キーワードがリンクし、形になろうとしているのだ。
ダップの連絡先を聞き、話してくれた2人に礼を言うと、俺は多めに代金を置いて店を出た。
「ふーん。何となく、見えてきたわね」
リンディが椅子に座りながら腕組みをする。
俺たちはいつもの部屋で、お茶を飲みながら一切を報告した。
「こっちもゲザン鉱業について調べてみたけど、採掘物を報告する書類に曖昧な記述が多いみたいね。それと、鉱石類の販売ルートを確認したら、すべてワイダル商会の傘下にある業者が取り扱ってたの」
「あそこも実質、傘下みたいなもんか」
「悪者なのに、手広く商売してるんだね」
「悪党が商才を持つとろくなことにならんな」
俺たちは口々に言い、香り立つアフタヌーンティーを口に運んだ。
悪党の話をしていると、お茶の味も苦々しく思えてくる。
「副大臣や貴族の話があったけど、ワイダルとズブズブの関係にある権力者層がいるのは有名な話よ。色んなところで妙な圧力がかけられるって聞くわ」
権力者と悪徳商人に、その部下のゴロツキか。
古今東西、そういう関係はなくならないのだろう。
「ダップって人の件はもっと詳しく調べてみないとね。まあ、あの会社がそういう商売をしてたのは間違いないと言っていい」
「俺の中ではもう、動機が分かりかけてるんだけど」
「ええ。簡単に言えば、オークを騙してガッポリ儲けようって魂胆だった。それを」
「ルイーザが邪魔した形になっちゃったわけね。ちゃんと調査をされちゃったら、相場より安い値段で土地を買い上げることができなくなるもの」
リンディの言葉をアキノが継ぎ、
「そして奴等の一味には、ルイーザに致命傷を与えられるほどの剣の使い手がいる」
リュウドが力強く結んだ。
もう全貌は見えかけている。
だがルイーザの死の真相に至る、核となる部分が足りないのだ。
「リンディ、あの切れ端の検査ってまだ終わらないのか?」
「うーん、明日には結果が出るみたいよ。犯人を特定できるようなものが出てくれば良いんだけど」
決め手となる、言い逃れできない物的証拠が出てくれれば。
「改めて思うんだけど、邪魔だからルイーザを殺しちゃえって考えは、どうなんだろうね?」
アキノが首を傾げながら言った。
「だって、公的に調べられてベタン鉱石以外の物が見つかっても、自分たちの調査でミスがあったかもしれない、希望した鉱石ではないから採掘の話はなかったことに、とでも言えば、単純なミスってことにして言い逃れることもできたわけじゃない?」
「うむ、そうだな。採掘物を偽ってどのくらいの利益が出るかは知らんが、皆に慕われている騎士を殺害するリスクに見合うことなどあるのだろうか」
「そうは言っても、ルイーザは計画的に殺されちゃってるわけだし」
俺は顎に手をやり、思考を巡らせる。
たしかに正規の調査をされても、自分たちの調査に落ち度があったと言えば、大して罰せられずに言い逃れはできるだろう。
わざわざ危険を冒し、人気の騎士を殺してでも得たい利益なんてあるだろうか?
そう理性的な常識で考えると、どうしても納得の行く答えに辿り着けない。
なら。
逆に考えてみたらどうだろう?
言い逃れしてみすみす手放すには、余りにも惜しい利益があるとしたら?
国中から愛される騎士の命を奪うことに十分見合うほどの。
計算高い悪党がそう判断するような。
そんな、とんでもない宝があの場に埋まっているとしたら?
「人1人を殺してでも絶対欲しいものが、あそこにあるってことか」
それがルイーザが殺された真相の核だ。
ポツリと言った俺に、3人の視線が集中する。
「リンディ、国土管理局に調査の依頼は可能か?」
「えっ、なに突然に。そりゃあ、うちから連絡すれば予定は立ててくれるだろうけど。どこの土地を調査するの?」
「オークの村だ。すべての発端になったあそこに本当は一体何が埋まってるのか、それを確認する」
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