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09 ゲザン鉱業

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 ゲザン鉱業の事務所は王都にあるとのことだった。
 それも、ついさっき行った屋敷とさほど離れていないところにあるらしい。

 そろそろ正午なので、先に昼食を取ることにした。
 このまま行っても、昼休みで担当者が席を外している可能性もある。


 適当なオープンカフェを見つけ、3人ともランチセットを頼む。

「採掘会社が1枚噛んでるって思ったの?」

「根拠はないけど、評判の良くなさそうな会社だし、村長が言ってたように強引なこともやってたみたいだからさ。それにオークと採掘会社の交渉にルイーザが介入したって事実はあるわけだから」

「そうだな。オーク側、ルイーザ側の言い分はもう出ている。最後にあちら側にも聞いておかねばなるまい」


 ランチを取り、いい頃合かと席を立ったとき、

「あら、ユウキさん」
「あ、ミナさん」

 お日様のような笑顔の先輩冒険者が通り掛かった。

 ミナさんはエルフで、神官の最上級職グランドハイプリーストだ。

 ウェーブの掛かった金髪は腰まであり、どんなときでも微笑みを絶やさない。

 上から下までまったく肌の出ない修道服風の清楚な神官服を着ているが、中に大振りのメロンが2つ入っているのではないかと思えるほどの爆乳の持ち主で、その深い谷間は子供の頭くらいならすっぽりと埋まってしまうだろう。

 包容力を感じさせる母性的なルックスとそばにいるだけで癒される雰囲気の持ち主だが、その実力は本物で、死霊アンデッド軍団を率いるリッチを1人で、しかも数秒で撃退した話は語り草である。

 目撃者たちが語る、その数秒の間に見たことと言えば、聖なる補助魔法全開で飛びかかった彼女のメイスが、リッチの十重二十重とえはたえに張られた防御魔法ごと、その頭蓋ずがいを粉砕する場面であったという。

 職業上、悪魔やアンデッド相手には恐ろしく強い。

 その冒険者としての豊富な経験と些細な相談にも親身になって乗ってくれる優しい人柄から、今は自ら冒険者ギルドを立ち上げ、マスターとして複数のパーティーのリーダーという立場にある。


「ねえねえ、ユウキさんたち、今警察のお手伝いしてるんですって?」

「ええ。手伝いと言うか、ルイーザが殺害された事件のことで王立警察に協力してて」

「そのことで、レインがユウキさんに連絡しなきゃって言ってたんです」
 レインは彼女のギルドのメンバーだ。

「もしかして、村を攻める依頼の話を?」

「そうそう。ちょっと前に市場のほうを歩いていたら、偶然スカウトする男の人に声を掛けられたんですって。それで、とぼけて色々と聞いてみたらしくて」
 ミナさんは頬に片手を添える。

「名前までは聞けなかったそうだけど、依頼主クライアントは結構なお金持ちだそうよ。ちゃんと支払えるのかって尋ねたら、予算は十分準備しているって。それと昨日の午後には、人手を集めるように指示されたんですって」

「それで、その男は?」
「それが探りを入れてたら怪しまれて、適当にはぐらかされて逃げられちゃったそうなの」

 逃亡はやましい部分があることを意味する。
 義憤や正義感などではなく、黒い裏側があるのは確かだ。

「できれば、その依頼の参加者を最小限にしたいんです。悪いんですが、そちらでも協力をお願いできますか?」

「ええ。それじゃあ私も何か手立てを考えて、うちのメンバーに伝えておきますね」

 ミナさんのギルドは独自のネットワークを持っている。
 そこで縦横じゅうおうに情報が広まってくれれば、攻撃の阻止さえ可能だろう。

 思わぬ援軍に感謝しながら、俺たちはミナさんと別れて、店を出た。



 ゲザン鉱業は2階建ての建物だった。
 採掘会社と聞くと大規模な施設や採掘現場などを思い浮かべるものだが、ここはあくまで事務所なのだろう。

 それほど大きくなく、そこらの宿屋と変わらない。

 入り口のドアを開けると受付嬢のいるカウンターがあり、その後ろには木製のパーテーションで区切られたオフィスがあった。

 ワイダルの屋敷を見た後だからか、普通の内装ではあるのだがやたら地味に見える。

「いらっしゃいませ、どのようなご用件ですか?」
 受付嬢が言った。
 服装も化粧もいたって普通だが、少しばかり目付きが悪い。

「あの、王立警察の代理で来たのですが。オークの村の土地売買の件を担当していた方はいらっしゃいますか?」
 受付嬢は露骨に嫌な顔をする。
 目付きが険悪に、より鋭くなった。

「その件について、当社は何もお答えすることはございません」
 まだルイーザの件だとも言っていないのにこの回答だ。
 事前に用意しておいた、そんな返答だと言えた。

「いや、ちょっと売買に関しての話を聞くだけで」
「ですから、何もお答えできませんと」

「どうしたのですか?」

 パーテーションの裏から声がし、長身痩躯の男がこちらに近付いてきた。

 30代後半で髪を七対三に分け、ジャケットにスラックスという、礼服にできそうな制服を着ている。
 襟には社章だろうか、銀色に輝くバッジがあった。

 男は受付嬢を手で制すると、ユウキたちに向き直った。

「私が担当のアサイです」
 見るからに仕事用のスマイルを作り、彼は挨拶した。
 俺たちも、笑顔は作らないが自己紹介を返す。

「その件は私が伺います。お話と言うのは、どのようなことでしょう?」

「暴力を受けて被害届を出されていたそうですね。交渉で何かいざこざがあったと聞いたのですが」

「いざこざ、ええ、ありました。こちらが誠意を持ってお話をしているのに取り合ってもらえず、最終的には暴力沙汰ですよ」
「誠意? 勝手に土地の調査を行ったと聞いているが?」

 威圧するつもりはないがリュウドの語気は強い。
 だがアサイは臆する様子はない。
 笑顔だが目は笑っていなかった。

「あれは当方の書類提出が遅れた不手際です、それは申し訳ない。ですがこの業界、良い土地を見つけて購入し、先に掘り出した者が利益を得る世界です。少しくらいは大目に見てもらいたいですね」

「怖そうな人たちが脅すようなマネをしたって話も聞いてるけど?」
 アキノが尋ねるが、侮ることなくアサイは構える。

「ああ、あれは道中のボディガードに雇った戦士たちですよ。どうもコワモテ揃いでして、誤解を与えてしまったのでしょう」

 言い分が食い違うが、それぞれの立場と都合で話すのだから、おかしなことではない。
 だがやり過ぎればそれは齟齬そごを生み、重ねた言葉は詭弁きべんとなる。
 そこに浮き彫りになるのは、不誠実さだ。

「では、騎士のルイーザが交渉に介入してきたことについては、どうお考えですか?」
「……いいえ、特には何も。誉れある騎士様が立ち会って下さるのはこちらとしてもありがたいですが」

「邪魔、だと感じたのではないか?」
 リュウドが聞くと、アサイの眉間に一瞬シワが寄る。
 その作り物の笑顔にも影が差したように見えた。

「私どもが邪魔に思うとは? さっきからまるで、私どもに何らかの企み事や落ち度が存在したかのような話をなさいますね。私は交渉の場でオークに暴力を受けたのですよ?」

「あなたがたが村をけなしたから怒った、という話を聞きました」

「それは受け取り方次第でしょう。私は山奥を離れ、もっと利便性の高いところへ移ればどうかと提案しただけです。それなのに私はオークに突き飛ばされました。オークの腕力ですから、打ちどころが悪ければ死んでいたかもしれません。騎士様が殺害された事件の犯人がオークだと聞いて、もしかしたら私も同じ目に遭っていたかもしれないと思うと、ゾッとしますね」

 ドンッ

 突然、俺たちの背後で入り口のドアが開いた。
 そこには無精髭を伸ばした中年男が立っていた。
 血走った目でギロリと俺を、いやその奥のアサイを睨み付けた。

「この詐欺野郎め! 早く俺の土地を返せ!」
 俺たちを押し退けると、男はアサイに掴み掛かった。
 怒声を聞き、奥から警備員らしき屈強な男が2人駆け出して来る。

 男は暴れたが、敢えなく取り押さえられた。
 両腕を掴まれると入り口に連れて行かれ、乱暴に蹴り出される。

「な、なんださっきの」
 教えてくれと俺はアサイに目で訴える。

「土地の代金が安いとか、難癖を付けに来る輩がいるのです」
 アサイは襟を直し、ふんと鼻を鳴らすと、蔑みの視線をドアに向けた。

「さあ、もうお話しすることはありません。こちらも仕事がありますので、この辺で宜しいでしょうか」

 言葉は丁寧だが、野良犬でも追っ払うような顔でアサイは言った。
 慇懃無礼、これがこの男の本質なのだろう。

「どうも。わざわざお時間を取らせました」
 俺も形だけの挨拶と礼を返し、その場を辞した。


「手掛かりらしい話は何もなかったなあ。んっ?」
 事務所から少し離れた道端に、先ほどの男が座っていた。

 この辺りは身なりの良い商人や公務員が行き交っている地区なので、うな垂れた男の姿がやたらと目立つ。

 詐欺野郎とか土地を返せと言っていたが。
 本当に難癖を付けに来ただけの厄介者なのか?

 俺は近寄り、できる限りの穏やかさで声を掛けた。

「あの、失礼ですが、さっきの会社にどんな用があったのですか?」
 男は顔を上げ、無言の嘆きを漂わせる目を向けた。

「騙されたんだ」
「え?」

「あんたらも奴等に騙されたのか?」
 俺たちは顔を見合わせた。
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