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07 ワイダル商会
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俺たちは警察署を出ると、ワイダル商会の屋敷へ向かった。
その場所は、王都の一等地である。
辿り着いた屋敷は4階建てで、外装は宮殿のような豪華な装飾がなされており、広い芝生の敷地にはいくつもの彫刻像が置かれている。
王族や貴族の屋敷だと言っても信じられるくらいに立派な造りだが、自分の財力を誇示したいと言う表れなのは一目瞭然だった。
屋敷に入ると、中は煌びやかな空間だった。
大理石で造られた壁や柱。
ピカピカの廊下には美しい刺繍がされたカーペットが敷かれている。
廊下に並ぶ、ゴテゴテした高級な調度品の数々。
見ろと言わんばかりに掛けられた高価な絵画たち。
どれも、俺は金を持っているぞ、というステータスの証として飾られているものだ。
芸術的価値はあるのだろうが、総じて下品に見えてくる。
1階のエントランスにはカウンターがあった。
そこには20代後半くらいの女性が1人座っている。
いわゆる受付嬢なのだろうが爽やかさが皆無だ。
毒々しいほどの化粧と、仕事には絶対不要な量のアクセサリーを身に付けている。
軽いスカスカの中身を重厚な化粧と貴金属の重さで誤魔化している。そんな感じだ。
まあ悪徳商会の従業員だと考えれば、逆にこの姿がしっくり来るか。
カウンターに歩み寄ると、念入りにアイシャドーを塗られた瞼で数回瞬きし、頭を下げた。
「……いらっしゃいませ、どのようなご用件でしょうか」
「王立警察の代理の者なんですか」
手帳を見せられた受付嬢は、ゲッといった顔をし、そして1度目線を逸らした。
ここは悪徳商人の屋敷で、しかも柄の悪い兵隊を持っている会社である。
色々なゴタゴタが何度もあったのは想像に難くない。
「……どのようなご用件でしょうか?」
気を取り直して、受付嬢は尋ねた。
「ジャックスという、護衛隊の隊員と言うのかな、その人はいますか? 少し話がしたいのですが」
「いません」
即答だった。
「いないの? 何かの用事ですか? それとも今日はお休みとか」
「それはその、え~と」
受付嬢は目を泳がせ始めた。
その視線を注意深く辿ると、何度も上階への階段を見ている。
不在は嘘だな。
リュウドとアキノも何となく気付いたようだ。
「上か」
リュウドが階段に足を向けると、
「ちょ、ちょっと、いないって言ってるでしょ!」
受付嬢が慌てたように椅子から立ち上がろうとする。
俺はすかさず、受付嬢の前に立ち、その瞳を見つめた。
「睡魔の視線」
そう呟き、モンスターの技を放った俺の両目が妖しく光る。
受付嬢の目がとろんとし、カウンターに突っ伏して深い眠りに落ちた。
2階に上がると、左右に長い廊下が続いていた。
商談があればワイダルもこの屋敷に来るそうだが、今はそれらしい人影や社員の姿は見当たらない。
勘で左に進み、廊下の一番奥の部屋まで来ると、
「護衛隊員詰め所」
とお世辞にも綺麗とは言えない字で書かれたプレートが掛かっていた。
耳をそばだてるとゲラゲラと品のない笑い声が聞こえる。
「ここ、みたいだね」
少し心配そうにアキノが言った。
中はならず者どもの溜まり場だな。
いきなり、勇ましく飛び込むのもあれなのでノックすると、おう、と返事が来る。
「失礼するよ」
俺たちは躊躇なく部屋に入った。
「ん、なんだてめえら!?」
「あっ」
怒声を浴びせられる覚悟はしていたが、室内にいたメンバーを見た俺は驚いた。
煙草で煙たい室内では、20人ほどのいかつい男たちが、酒を飲んだり、賭けカードに興じていたが、その半分が昨晩酒場で一悶着を起こした連中だったのだ。
その中にはジェスと、マフラーの男もいる。
「てめえら、昨日の今日でカチコミに来るたあ、良い度胸だ!」
コラァ! ジェスがずんずんと迫ってくる。
後ろの男たちも、やっちまえと威嚇の声をあげる。
俺は冷静に手帳を出して、見せ付けた。
「お、王立警察だと!?」
神官が放つ法力の前に近寄れないアンデッドモンスターのように、ジェスは立ち止まって若干大人しくなる。
「な、なんでてめえみたいのが、そんなものを」
「あくまで臨時の代理だけどな」
「なんだ、昨日のつまんねえ喧嘩のことでも調べに来たか?」
「いいや、騎士殺しの事件について話を聞きに来たんだ」
そう口にした瞬間、部屋の空気が変わった。
威勢の良い声をあげていた者たちも、喋るのを止める。
「ジャックスって人になんだけど」
そう言うと、僅かな沈黙を埋めるように、マフラーの男が俺らの前に歩み出た。
リュウドを険しい目で一瞥してから、俺に顔を向ける。
彼は顎をしゃくりながら、
「俺がそうだ」
と答えた。
男──ジャックスは涼しい顔を作って対応した。
警察相手に下手な脅しは効かない、何かすれば捕まる口実になると分かっているのだ。
そういう意味でも、やはりこの男は悪党の作法を知っている。
「おい、俺の名はどこから出てきた?」
「………騎士団だ」
名前を出すのは不味いと思ったが、不仲は周知。
情報元を出したところで、どうにかなるわけでもないと判断した。
「ああ、そうだろうなあ。品格がねえだの何だのと、俺に剣で勝てねえからって、あいつらグダグダと根に持ちやがって。そこで俺の名前を出されて、馬鹿正直に騎士殺しを疑って来たってことか。それで間違いねえよな?」
「……話を聞きに来たんだが」
疑っている、という部分はあえて否定はしなかった。
「何の話をするってんだ? わざわざ顔出したってこたぁ、はなから俺を疑ってるんだろう?」
自分のターンが来たと悟ったか、ジャックスは語気を荒げる。
「疑うなら疑うで、俺がやったって証拠でもあるのか? ええ?」
ジャックスに詰め寄られながら、俺はあることに気付いた。
巻かれた黒いマフラーの端の、ほんの一部が、不自然な形になっている。
身に付けている本人も気付いていないであろう、一部分だけ。
デザインではないようで、切り取られた跡にも見えた。
欠けている部分に例の布の切れ端を当てたら、ピッタリと合うのではなかろうか?
「おい、何よそ見してんだ! 今出せる証拠はあるのかって聞いてんだよ!」
「……それは、ない」
「おいおい、これって証拠もねえのに、人様にアヤつけようってのは穏やかじゃねえなあ?」
ジャックスが煽るように後ろを振り向くと、他の男たちは息を吹き返したように、罵声を飛ばしだす。
「騎士殺しなんて知らねえし、おめえらに話すことなんか何もねえよ。さっさとお引取り願おうか」
俺とリュウドと顔を見合わせた。
ここで強く出ても、折れるような相手ではないな。
そもそも警察の代理で来ている以上、こちらも力ずくのやり方や暴力沙汰を起こすわけにも行かない。
別の方法を探そうと、3人は踵を返す──。
「おっと、こっちの嬢ちゃんはゆっくりしていって良いんだぜ」
ジャックスが油断し切っていたアキノの片腕を引っ張り、自分の懐へと強引に引き寄せた。
「ちょ、やっ」
咄嗟のことに、アキノは抵抗できない。
「あんなクソどもと一緒にいないで、俺たちと楽しく過ごそうじゃねえか」
ジャックスはアキノを片手で抱きすくめ、まさぐるような手付きで一方の手を彼女の体に伸ばす。
アキノは震えて動けないようだ。
面と向かって対峙した状態なら対応もできただろうが、突然見知らぬ男に掴み掛かられた恐怖が彼女を縛っている。
ジャックスの手がアキノの身体に這おうとした瞬間、
「やめろ!」
踏み込んだ俺はジャックスの手を掴み上げていた。
「何なんだっ、てめえっ……!」
「俺の仲間だ、今すぐ放せ」
力のこもる両者の腕が震え、視線がぶつかり合う。
「チッ、くだらねえ!」
ジャックスは手を払い除け、アキノを解放した。
突き飛ばされた彼女はちょうど俺に抱かれるような形になる。
「とっとと失せやがれ! いいか、俺たちに楯突いたこと、後悔させてやるからなっ!」
数秒の睨み合いがどちらともなく終わると、俺たちは部屋を後にした。
「こ、怖かった」
「大丈夫か?」
「うん。助けてくれて、ありがとう」
「ああ」
大いびきをかく受付嬢の前を通り、屋敷を出た。
あんな連中がたむろしているとは、立派な建物が寒々しく見えてくる。
「ユウキ、気付いたか。奴のマフラーの端を」
「ああ、ほんの少しだけど欠けていた。色や材質からして、あれはあの布の切れ端と……ん? アキノ、どうかしたか? 何か考え込んでそうな顔して」
「え? どうもしないけど、あいつに無理矢理抱き寄せられたとき、どこかで嗅いだ覚えのある匂いがして」
「匂い? 香水か何かか?」
「ううん、珍しい薬草みたいな。前にポーションの調合に使ったような気がするんだけど思い出せなくて。でも、こんなこと事件とは関係ないかな」
「ルイーザの遺体や現場から変わった匂いがしたって話はリンディからは聞かなかったな。でも、なにが手掛かりに繋がるか分からないし、それも一応、リンディに伝えておこう」
その場所は、王都の一等地である。
辿り着いた屋敷は4階建てで、外装は宮殿のような豪華な装飾がなされており、広い芝生の敷地にはいくつもの彫刻像が置かれている。
王族や貴族の屋敷だと言っても信じられるくらいに立派な造りだが、自分の財力を誇示したいと言う表れなのは一目瞭然だった。
屋敷に入ると、中は煌びやかな空間だった。
大理石で造られた壁や柱。
ピカピカの廊下には美しい刺繍がされたカーペットが敷かれている。
廊下に並ぶ、ゴテゴテした高級な調度品の数々。
見ろと言わんばかりに掛けられた高価な絵画たち。
どれも、俺は金を持っているぞ、というステータスの証として飾られているものだ。
芸術的価値はあるのだろうが、総じて下品に見えてくる。
1階のエントランスにはカウンターがあった。
そこには20代後半くらいの女性が1人座っている。
いわゆる受付嬢なのだろうが爽やかさが皆無だ。
毒々しいほどの化粧と、仕事には絶対不要な量のアクセサリーを身に付けている。
軽いスカスカの中身を重厚な化粧と貴金属の重さで誤魔化している。そんな感じだ。
まあ悪徳商会の従業員だと考えれば、逆にこの姿がしっくり来るか。
カウンターに歩み寄ると、念入りにアイシャドーを塗られた瞼で数回瞬きし、頭を下げた。
「……いらっしゃいませ、どのようなご用件でしょうか」
「王立警察の代理の者なんですか」
手帳を見せられた受付嬢は、ゲッといった顔をし、そして1度目線を逸らした。
ここは悪徳商人の屋敷で、しかも柄の悪い兵隊を持っている会社である。
色々なゴタゴタが何度もあったのは想像に難くない。
「……どのようなご用件でしょうか?」
気を取り直して、受付嬢は尋ねた。
「ジャックスという、護衛隊の隊員と言うのかな、その人はいますか? 少し話がしたいのですが」
「いません」
即答だった。
「いないの? 何かの用事ですか? それとも今日はお休みとか」
「それはその、え~と」
受付嬢は目を泳がせ始めた。
その視線を注意深く辿ると、何度も上階への階段を見ている。
不在は嘘だな。
リュウドとアキノも何となく気付いたようだ。
「上か」
リュウドが階段に足を向けると、
「ちょ、ちょっと、いないって言ってるでしょ!」
受付嬢が慌てたように椅子から立ち上がろうとする。
俺はすかさず、受付嬢の前に立ち、その瞳を見つめた。
「睡魔の視線」
そう呟き、モンスターの技を放った俺の両目が妖しく光る。
受付嬢の目がとろんとし、カウンターに突っ伏して深い眠りに落ちた。
2階に上がると、左右に長い廊下が続いていた。
商談があればワイダルもこの屋敷に来るそうだが、今はそれらしい人影や社員の姿は見当たらない。
勘で左に進み、廊下の一番奥の部屋まで来ると、
「護衛隊員詰め所」
とお世辞にも綺麗とは言えない字で書かれたプレートが掛かっていた。
耳をそばだてるとゲラゲラと品のない笑い声が聞こえる。
「ここ、みたいだね」
少し心配そうにアキノが言った。
中はならず者どもの溜まり場だな。
いきなり、勇ましく飛び込むのもあれなのでノックすると、おう、と返事が来る。
「失礼するよ」
俺たちは躊躇なく部屋に入った。
「ん、なんだてめえら!?」
「あっ」
怒声を浴びせられる覚悟はしていたが、室内にいたメンバーを見た俺は驚いた。
煙草で煙たい室内では、20人ほどのいかつい男たちが、酒を飲んだり、賭けカードに興じていたが、その半分が昨晩酒場で一悶着を起こした連中だったのだ。
その中にはジェスと、マフラーの男もいる。
「てめえら、昨日の今日でカチコミに来るたあ、良い度胸だ!」
コラァ! ジェスがずんずんと迫ってくる。
後ろの男たちも、やっちまえと威嚇の声をあげる。
俺は冷静に手帳を出して、見せ付けた。
「お、王立警察だと!?」
神官が放つ法力の前に近寄れないアンデッドモンスターのように、ジェスは立ち止まって若干大人しくなる。
「な、なんでてめえみたいのが、そんなものを」
「あくまで臨時の代理だけどな」
「なんだ、昨日のつまんねえ喧嘩のことでも調べに来たか?」
「いいや、騎士殺しの事件について話を聞きに来たんだ」
そう口にした瞬間、部屋の空気が変わった。
威勢の良い声をあげていた者たちも、喋るのを止める。
「ジャックスって人になんだけど」
そう言うと、僅かな沈黙を埋めるように、マフラーの男が俺らの前に歩み出た。
リュウドを険しい目で一瞥してから、俺に顔を向ける。
彼は顎をしゃくりながら、
「俺がそうだ」
と答えた。
男──ジャックスは涼しい顔を作って対応した。
警察相手に下手な脅しは効かない、何かすれば捕まる口実になると分かっているのだ。
そういう意味でも、やはりこの男は悪党の作法を知っている。
「おい、俺の名はどこから出てきた?」
「………騎士団だ」
名前を出すのは不味いと思ったが、不仲は周知。
情報元を出したところで、どうにかなるわけでもないと判断した。
「ああ、そうだろうなあ。品格がねえだの何だのと、俺に剣で勝てねえからって、あいつらグダグダと根に持ちやがって。そこで俺の名前を出されて、馬鹿正直に騎士殺しを疑って来たってことか。それで間違いねえよな?」
「……話を聞きに来たんだが」
疑っている、という部分はあえて否定はしなかった。
「何の話をするってんだ? わざわざ顔出したってこたぁ、はなから俺を疑ってるんだろう?」
自分のターンが来たと悟ったか、ジャックスは語気を荒げる。
「疑うなら疑うで、俺がやったって証拠でもあるのか? ええ?」
ジャックスに詰め寄られながら、俺はあることに気付いた。
巻かれた黒いマフラーの端の、ほんの一部が、不自然な形になっている。
身に付けている本人も気付いていないであろう、一部分だけ。
デザインではないようで、切り取られた跡にも見えた。
欠けている部分に例の布の切れ端を当てたら、ピッタリと合うのではなかろうか?
「おい、何よそ見してんだ! 今出せる証拠はあるのかって聞いてんだよ!」
「……それは、ない」
「おいおい、これって証拠もねえのに、人様にアヤつけようってのは穏やかじゃねえなあ?」
ジャックスが煽るように後ろを振り向くと、他の男たちは息を吹き返したように、罵声を飛ばしだす。
「騎士殺しなんて知らねえし、おめえらに話すことなんか何もねえよ。さっさとお引取り願おうか」
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別の方法を探そうと、3人は踵を返す──。
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ジャックスが油断し切っていたアキノの片腕を引っ張り、自分の懐へと強引に引き寄せた。
「ちょ、やっ」
咄嗟のことに、アキノは抵抗できない。
「あんなクソどもと一緒にいないで、俺たちと楽しく過ごそうじゃねえか」
ジャックスはアキノを片手で抱きすくめ、まさぐるような手付きで一方の手を彼女の体に伸ばす。
アキノは震えて動けないようだ。
面と向かって対峙した状態なら対応もできただろうが、突然見知らぬ男に掴み掛かられた恐怖が彼女を縛っている。
ジャックスの手がアキノの身体に這おうとした瞬間、
「やめろ!」
踏み込んだ俺はジャックスの手を掴み上げていた。
「何なんだっ、てめえっ……!」
「俺の仲間だ、今すぐ放せ」
力のこもる両者の腕が震え、視線がぶつかり合う。
「チッ、くだらねえ!」
ジャックスは手を払い除け、アキノを解放した。
突き飛ばされた彼女はちょうど俺に抱かれるような形になる。
「とっとと失せやがれ! いいか、俺たちに楯突いたこと、後悔させてやるからなっ!」
数秒の睨み合いがどちらともなく終わると、俺たちは部屋を後にした。
「こ、怖かった」
「大丈夫か?」
「うん。助けてくれて、ありがとう」
「ああ」
大いびきをかく受付嬢の前を通り、屋敷を出た。
あんな連中がたむろしているとは、立派な建物が寒々しく見えてくる。
「ユウキ、気付いたか。奴のマフラーの端を」
「ああ、ほんの少しだけど欠けていた。色や材質からして、あれはあの布の切れ端と……ん? アキノ、どうかしたか? 何か考え込んでそうな顔して」
「え? どうもしないけど、あいつに無理矢理抱き寄せられたとき、どこかで嗅いだ覚えのある匂いがして」
「匂い? 香水か何かか?」
「ううん、珍しい薬草みたいな。前にポーションの調合に使ったような気がするんだけど思い出せなくて。でも、こんなこと事件とは関係ないかな」
「ルイーザの遺体や現場から変わった匂いがしたって話はリンディからは聞かなかったな。でも、なにが手掛かりに繋がるか分からないし、それも一応、リンディに伝えておこう」
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