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06 悪徳商人ワイダル
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俺らが南門へ向かう道を歩いていると、警察署の玄関先に20人ほどの人間が集まっているのが見えた。
応対しているのはリンディと、彼女と制服姿の数人の警察官だ。
遠くからでも穏便な空気でないのが分かる。
俺は騒ぎが聞こえる辺りまで駆け寄った。
「警察は何してるんだ、さっさとオークを裁判所へ送れ!」
「いや、とっとと死刑にしろ!」
前にいる男たちが言うと、後ろがそうだそうだと合いの手を入れる。
「今は事情を聞いてる段階で、まだ犯人だと決まったわけじゃ」
「そんなの凶暴なオークの仕業に決まってる!」
「ああ、俺の知り合いは些細なことでオークに殴られたことがあるんだ。今度だって血の気が多い奴がやっちまったに決まってる」
「そ、そんな決め付けはできません。彼等にも言い分が」
「人殺しの言い分なんか聞く必要があるか!」
「おい、王立警察はオークの肩を持つのか。相手はルイーザ様を殺したモンスターなんだぞ!」
また合いの手が入り、周りのテンションが上がる。
リンディが両の手のひらを前に出して、場を制止させようとする。
「落ち着いて、落ち着いて下さい。こちらは今捜査中で、確たる証拠が見つかり次第、きちんと犯人を捕まえますから」
「証拠なんか関係あるか、犯人はオークに決まってる!」
「証拠なんかって、だから捜査してるって言ってるでしょ!?」
「捜査なんて知るか。そもそも凶暴なオークが人間と共存しようなんて考えが間違ってんだ!」
「そうだ、公僕の分際でオークの味方なんかしてんじゃねえぞ!」
「オークも捕まえられねえなんて、警察は役に立たねえな!」
「お前じゃ話にならねえから署長でも連れて来いよ、眼鏡女!」
「引っ込め、この眼鏡ブス!」
リンディは俯き、そして、ぷるぷると震えだした。
「……言わせておけば」
手の平を上に向けた右手に、魔力で西瓜サイズの玉が生み出された。
「魔法使いの警察官をナメるなよ、この野郎!」
リンディはキレた。
彼等の勝手きわまりない言い分に。
爆発の引き金は、多分最後の要らぬ一言だ。
彼女の手に現れたのは、黒い雷雲を球体として固めたような攻撃魔法ギガ・ヴォーテクス。
着弾地点を中心に、渦巻くドーム状の破壊空間を作り、範囲内の標的を滅殺する。
エネルギーのみなぎる玉から飛び散った、魔力のスパークが道路を焦がす。
「ちょっとリンディさん、それはまずいですよ」
警察官の1人が肩を掴むが、振り払う。
「捜査中って言ったら捜査中なのよ! あんたらみたいに事件をダシにギャーギャー騒ぐだけの奴等は、このヴォーテクスで跡形もなく──」
リンディが右手を振り被ると、20人ほどの集団は悲鳴をあげながら蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「落ち着いて下さい、それ放ったら不祥事じゃ済みませんからっ!」
警察官が羽交い絞めにして、リンディを止める。
リンディも散り散りに逃げた集団を前に怒りが収まりだしたのか、魔法をキャンセルして冷静に努めようと深呼吸を始めた。
「や、やあ、リンディ。大分熱くなってるみたいだけど」
「? あら、いたの」
ずれた眼鏡を直してキリッと理知的な表情を作るが、そのくらいでは怒り心頭していた姿を誤魔化すことはできない。
怒りをぶり返されても困るので、俺は深くは触れないことにする。
「さっきの集団はなんだい?」
「昨日も何人か来たんだけど、容疑者のオークはどうなってるのかって聞きに来た連中よ。事件への義憤や正義感からそういう行動に出るなら分かるんだけど、さっきいたのは、事ある毎に人間以外の種族を迫害して排除したがってる奴等なのよ」
「排除なんてしようとしてる人達が何人もいるの?」
「国を問わず、お偉いさんの中には人間至上主義者が多くいるから、裏からその要望を聞いて行動してるって話だけど」
「ふん、ようは活動家か。昨日宿の外でオークを処罰しろと行進して騒いでた連中を見たが、あれもそうだろう」
「ルイーザ殺害事件で火が点いてね、煽られて普通の人もそっちの意見に偏りだしてるみたいで。それこそ、決定的な証拠とか真犯人を見つけないと騒ぎを止められそうにないのよ」
「それで、騎士団に話を聞いてきたんだけど」
俺は本題を切り出した。
俺たちは昨日と同じ部屋に通されると、リンディはお茶と茶菓子でもてなしてくれた。
アキノは鼻を利かせ、茶葉を詳細に言い当てる。
オーク村で茶を出されたときといい、犬獣人の鼻の良さは人とは比べ物にならない。
「で、剣が使えるそれらしい人の話は聞けたの?」
「ああ、騎士団で一悶着起こしたジャックスって奴なんだけど」
名を出すと、リンディは、いかにも思い当たる節があるという顔をする。
「ああ、あいつねえ」
「色々悪さしてるらしいから、知ってると思ったんだけど」
「そりゃ知ってるわよ。警察関係者じゃ知らない者がいないくらいの、札付きのどうしようもないワルだもの」
どうやら騎士団で聞いた話に悪意ある誇張などはないようだ。
「傷害、恐喝、違法薬物の所持や使用とか、まあ悪いことは大体やってるわね。証拠を残さずにのらりくらりと誤魔化して、なかなか監獄へ入れられないのよ」
「ユウキが捜そうって言ってたんだけど、居場所は分かる?」
「どこかの用心棒になっていると聞いたのだが」
「分かるわよ。あいつは今、ワイダルの私設護衛隊にいる」
「あの、ワイダルの?」
嫌な名前が出た。
ワイダルは禿頭に髭の悪徳商人。
金儲けのためならなんでもするワイダル商会を率いる悪辣な人間で、金に関わる犯罪を辿っていくと、どこかしらで必ずその名前が出てくるといわれるほどの悪党だ。
鎮痛効果のある薬草から作った、非合法な薬物をばらまいたことで巨万の富を得たと言われているが、王国の副大臣や貴族など権力者層とも結び付きがあるとされ、何度も捜査の手から逃れているという。
「私設護衛隊とは、なんとも大層な名だ」
「仰々しい名前だけど、実態は腕っ節の強そうなゴロツキどもの集団よ。ボディガードや用心棒っていうより、ワイダルの命令で動く兵隊ってところね」
違法薬物の密輸入を追跡した冒険者パーティーが、突如現れたゴロツキたちに妨害され、何度も交戦したと聞いたことがある。
リンディの話通り、その正体は悪徳商人の悪巧みを実行する実動部隊、といったところか。
「居場所が分かってるなら、ちょっと行ってみるか」
「普段は大体ワイダル商会の屋敷の詰め所にいるみたいだけど、さっきの説明でどういう連中だか分かってるわよね?」
「王立警察の代理って言えば、向こうも無茶はできないだろ」
そんな悪党ども相手に「警察」の二文字が安全を担保してくれる保証など何もない。
だがそういう相手だからこそ、こちらもリスクを背負って動かなければ、得られるものはないだろう。
行く、ではなく、乗り込む、くらいの気持ちで挑まなければなるまい。
「くれぐれも気をつけてね。ああ、あと、例のゲザン鉱業なんだけど、無断で調査したり採掘したり、国土管理局に提出する届け出が疎かみたいね。叩けばホコリが出そうだからもう少し調べようと思ってるの」
「分かった。布の切れ端の検査はどうなってる?」
「まだ終わってない、もう少し時間が必要ね。魔法薬を使った検査が済めば、染み込んでた物が分かるだろうから」
「あれは多分、ルイーザの最期のメッセージだ。きっと重要な手掛かりになってくれるはずだ」
応対しているのはリンディと、彼女と制服姿の数人の警察官だ。
遠くからでも穏便な空気でないのが分かる。
俺は騒ぎが聞こえる辺りまで駆け寄った。
「警察は何してるんだ、さっさとオークを裁判所へ送れ!」
「いや、とっとと死刑にしろ!」
前にいる男たちが言うと、後ろがそうだそうだと合いの手を入れる。
「今は事情を聞いてる段階で、まだ犯人だと決まったわけじゃ」
「そんなの凶暴なオークの仕業に決まってる!」
「ああ、俺の知り合いは些細なことでオークに殴られたことがあるんだ。今度だって血の気が多い奴がやっちまったに決まってる」
「そ、そんな決め付けはできません。彼等にも言い分が」
「人殺しの言い分なんか聞く必要があるか!」
「おい、王立警察はオークの肩を持つのか。相手はルイーザ様を殺したモンスターなんだぞ!」
また合いの手が入り、周りのテンションが上がる。
リンディが両の手のひらを前に出して、場を制止させようとする。
「落ち着いて、落ち着いて下さい。こちらは今捜査中で、確たる証拠が見つかり次第、きちんと犯人を捕まえますから」
「証拠なんか関係あるか、犯人はオークに決まってる!」
「証拠なんかって、だから捜査してるって言ってるでしょ!?」
「捜査なんて知るか。そもそも凶暴なオークが人間と共存しようなんて考えが間違ってんだ!」
「そうだ、公僕の分際でオークの味方なんかしてんじゃねえぞ!」
「オークも捕まえられねえなんて、警察は役に立たねえな!」
「お前じゃ話にならねえから署長でも連れて来いよ、眼鏡女!」
「引っ込め、この眼鏡ブス!」
リンディは俯き、そして、ぷるぷると震えだした。
「……言わせておけば」
手の平を上に向けた右手に、魔力で西瓜サイズの玉が生み出された。
「魔法使いの警察官をナメるなよ、この野郎!」
リンディはキレた。
彼等の勝手きわまりない言い分に。
爆発の引き金は、多分最後の要らぬ一言だ。
彼女の手に現れたのは、黒い雷雲を球体として固めたような攻撃魔法ギガ・ヴォーテクス。
着弾地点を中心に、渦巻くドーム状の破壊空間を作り、範囲内の標的を滅殺する。
エネルギーのみなぎる玉から飛び散った、魔力のスパークが道路を焦がす。
「ちょっとリンディさん、それはまずいですよ」
警察官の1人が肩を掴むが、振り払う。
「捜査中って言ったら捜査中なのよ! あんたらみたいに事件をダシにギャーギャー騒ぐだけの奴等は、このヴォーテクスで跡形もなく──」
リンディが右手を振り被ると、20人ほどの集団は悲鳴をあげながら蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「落ち着いて下さい、それ放ったら不祥事じゃ済みませんからっ!」
警察官が羽交い絞めにして、リンディを止める。
リンディも散り散りに逃げた集団を前に怒りが収まりだしたのか、魔法をキャンセルして冷静に努めようと深呼吸を始めた。
「や、やあ、リンディ。大分熱くなってるみたいだけど」
「? あら、いたの」
ずれた眼鏡を直してキリッと理知的な表情を作るが、そのくらいでは怒り心頭していた姿を誤魔化すことはできない。
怒りをぶり返されても困るので、俺は深くは触れないことにする。
「さっきの集団はなんだい?」
「昨日も何人か来たんだけど、容疑者のオークはどうなってるのかって聞きに来た連中よ。事件への義憤や正義感からそういう行動に出るなら分かるんだけど、さっきいたのは、事ある毎に人間以外の種族を迫害して排除したがってる奴等なのよ」
「排除なんてしようとしてる人達が何人もいるの?」
「国を問わず、お偉いさんの中には人間至上主義者が多くいるから、裏からその要望を聞いて行動してるって話だけど」
「ふん、ようは活動家か。昨日宿の外でオークを処罰しろと行進して騒いでた連中を見たが、あれもそうだろう」
「ルイーザ殺害事件で火が点いてね、煽られて普通の人もそっちの意見に偏りだしてるみたいで。それこそ、決定的な証拠とか真犯人を見つけないと騒ぎを止められそうにないのよ」
「それで、騎士団に話を聞いてきたんだけど」
俺は本題を切り出した。
俺たちは昨日と同じ部屋に通されると、リンディはお茶と茶菓子でもてなしてくれた。
アキノは鼻を利かせ、茶葉を詳細に言い当てる。
オーク村で茶を出されたときといい、犬獣人の鼻の良さは人とは比べ物にならない。
「で、剣が使えるそれらしい人の話は聞けたの?」
「ああ、騎士団で一悶着起こしたジャックスって奴なんだけど」
名を出すと、リンディは、いかにも思い当たる節があるという顔をする。
「ああ、あいつねえ」
「色々悪さしてるらしいから、知ってると思ったんだけど」
「そりゃ知ってるわよ。警察関係者じゃ知らない者がいないくらいの、札付きのどうしようもないワルだもの」
どうやら騎士団で聞いた話に悪意ある誇張などはないようだ。
「傷害、恐喝、違法薬物の所持や使用とか、まあ悪いことは大体やってるわね。証拠を残さずにのらりくらりと誤魔化して、なかなか監獄へ入れられないのよ」
「ユウキが捜そうって言ってたんだけど、居場所は分かる?」
「どこかの用心棒になっていると聞いたのだが」
「分かるわよ。あいつは今、ワイダルの私設護衛隊にいる」
「あの、ワイダルの?」
嫌な名前が出た。
ワイダルは禿頭に髭の悪徳商人。
金儲けのためならなんでもするワイダル商会を率いる悪辣な人間で、金に関わる犯罪を辿っていくと、どこかしらで必ずその名前が出てくるといわれるほどの悪党だ。
鎮痛効果のある薬草から作った、非合法な薬物をばらまいたことで巨万の富を得たと言われているが、王国の副大臣や貴族など権力者層とも結び付きがあるとされ、何度も捜査の手から逃れているという。
「私設護衛隊とは、なんとも大層な名だ」
「仰々しい名前だけど、実態は腕っ節の強そうなゴロツキどもの集団よ。ボディガードや用心棒っていうより、ワイダルの命令で動く兵隊ってところね」
違法薬物の密輸入を追跡した冒険者パーティーが、突如現れたゴロツキたちに妨害され、何度も交戦したと聞いたことがある。
リンディの話通り、その正体は悪徳商人の悪巧みを実行する実動部隊、といったところか。
「居場所が分かってるなら、ちょっと行ってみるか」
「普段は大体ワイダル商会の屋敷の詰め所にいるみたいだけど、さっきの説明でどういう連中だか分かってるわよね?」
「王立警察の代理って言えば、向こうも無茶はできないだろ」
そんな悪党ども相手に「警察」の二文字が安全を担保してくれる保証など何もない。
だがそういう相手だからこそ、こちらもリスクを背負って動かなければ、得られるものはないだろう。
行く、ではなく、乗り込む、くらいの気持ちで挑まなければなるまい。
「くれぐれも気をつけてね。ああ、あと、例のゲザン鉱業なんだけど、無断で調査したり採掘したり、国土管理局に提出する届け出が疎かみたいね。叩けばホコリが出そうだからもう少し調べようと思ってるの」
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