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02 オークの村
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街道から山に入り、あと少しで村が見えてくるというところでモンスターに遭遇した。
猪型のモンスター、ワイルドボアの群れ。
そしてその大型種とされる、体長10メートル近いビッグボア。
荒ぶる獣たちは、すでにこちらを標的に定めている。
俺はワンドを手に、魔力を込める。
魔法使いではあるが、俺は倒したモンスターの技を覚え、魔法として放てる特殊な魔法使いだ。
リュウドは長光と呼ばれる、東方で打たれた刀剣を抜き放つ。
アキノは回復術師で支援役だが、槍術と棒術をそれなりに修めており、身の丈ほどに伸縮するロッドを槍のように構えた。
獰猛な野獣の咆哮。
まさに猪突猛進の、木をへし折る激しい突進。
当たれば致命傷となりうる、鋭く太い牙。
それなりに経験のある俺たちはモンスター技、剣術、支援魔法などの特技を生かしてうまく連携する。
まったく危なげなく、とはいかないが、無傷でモンスターたちを仕留めることに成功した。
近くの岩に腰かけて一息ついていると、茂みがガサガサと動いた。
新手かと再び武器に手を掛けると、そこから出てきたのは緑色の頭。
オークだった。
オークというと腰巻きだけの姿を思い浮かべるが、村民のオークは自作したと思われる布と獣皮のシャツを着ている。
文化なのか人間と共存しようとする配慮からなのかは分からない。
「おめえさんたち、あのビッグボアを仕留めただか。てぇしたもんだなあ。平気か、怪我ぁねえか?」
独特の訛りが何とも親しみ深い。
頭1つ半くらい人間より大きく、横幅も厚みもあって外見こそ厳ついが、心優しいようだ。
「ところで、こんな山奥まで何しにきただ? 薬草摘みか?」
「いや、俺たちは王立警察の代理で来たんです」
俺は懐から出した手帳を見せた。
「警察の代理? 騎士様が殺されたことか?」
にこやかだったオークの眉間にしわが寄る。
「ここでの事件について事情を聞いてきてくれと頼まれ、うわっ」
オークは人の倍はある太い指で俺の両肩をグイッと掴んだ。
「なあ、連れて行かれた村のもんはいつ戻ってくるんだ!? あいつらはあんなことするような奴じゃねえ!」
性格は穏やかなのだろうが、興奮するとやはり迫力がすごい。
落ち着かれよ、とリュウドが手の平を前に制止してくれた。
「私たちに頼んだ者は、オークの仕業ではないと思っている。それをより確かなものとするため、こうして直接話を聞きに来たのだ」
オークはそれを聞くと自重するように手を放し、
「分かった。難しいこたぁ分かんねえけど、とりあえず村ぁ来てくれ」
3人を先導し始めた。
そのオーク(ドンズと言うらしい)に案内されて着いた村は、森を切り開いて作られた何とも牧歌的な村だった。
住居は煙突のあるログハウス風で、ゆったりした間隔で30軒ほど建っている。
木の柵で区切られた畑では農作物が育てられていて、今はちょうどトマトのような実が生っている。
家畜として牛や鶏を飼っている家もあるようだ。
村の横を流れる川は、生活用水や農作業に使われているのだろう。
本当にのどかだ。
こんな穏やかな村のすぐそばで、悲惨な殺人事件が起きたのだ。
村長宅に案内したドンズが村長の奥さんらしいオークに経緯を話すと、リビングで待つように言われた。
オークは不衛生だというイメージがあるが、掃除は行き届き、小奇麗にされている。
人間には少し大きめの木製のテーブルセットがあり、俺たちはそこに腰を下ろした。
床にはワイルドボアの毛皮が敷かれ、壁には鹿と似た角、キャビネットには民芸品のような木彫りの置き物がある。
部屋を見回していると、先ほど見た奥さんらしきオークが木のカップを載せたトレイを持ってきた。
「もう少しで来ますんでね、どうぞ」
湯気の立つカップが置かれた。中には深緑色の液体が入っている。
「あ、「深緑のハーブ」の香り」
種族の特性で鼻が利き、薬草の知識もあるため、アキノは材料が詳細に分かるようだ。
啜ってみると、植物を煎じたお茶で、苦味が少なくて飲みやすい。
山歩きで渇いた喉を潤していると、奥さんと入れ替わるように別のオークが入ってきた。
布の服に獣皮のベスト。
肌は若干黒っぽく、深いしわが刻まれている。
頭には老人斑、顎には貫禄のあるヒゲがあり、一目で村長なのだと分かった。
オークは村長のゴッドンと名乗り、こちらもそれぞれ自己紹介する。
「まず、何から話したらいいんかね」
「そうですね、見たり聞いたりしたことをそのまま話してもらえれば」
彼は頷く。
「騎士様の遺体を見つけたんはダンギっちゅう若いのと、それと一緒に出かけてた2人です」
警察署を出る時にリンディから教えられた被疑者の名だ。
「出かけていたとは、どこにですか?」
「柴刈りに行っとったそうです。その帰り、森に騎士様の馬がいたと。そばに行ってみると騎士様が血だらけで倒れていて、慌てたダンギたちは介抱しようと抱え上げて村まで運ぼうとしたんだと。けどちょうどそんとき、遠くから別の騎士様が馬で駆けて来て、お前たちなにをしているのだ、と」
怒鳴り付けられたんだってよぉ、と村長は結んだ。
その騎士は、3人を王都へと連行した騎士見習いのことだろう。
「血ぃ付いた斧を腰に提げてたから、疑われたんだろうなあ」
「え、血の付いた?」
ああ変な意味じゃねえ、と村長を手を振る。
「ダンギは腕っ節が強くて、柴刈りに出てワイルドボアに襲われると、返り討ちにして土産代わりに持って帰ってくるんだ。ありゃあ鍋にも燻製にもできて、毛皮も取れっから」
衣服に使われている獣皮や敷き物等から見て、あのモンスターはオークの生活に大変役立っているようだ。
「一旦村に来てもらって事情は話したんだけども、斧とか運ぶときに付いた血を見て、怪しいから連れて行くと。ダンギたちは話せば分かってもらえるって、王都についてったんだあ」
騎士見習いの気持ちも何となく分かる気がする。
その見習いもルイーザを慕っていたのだろう。
無残に変わり果てた姿となり、そばに血の付いた刃物を持つオークがいれば、冷静に努めようとしても疑念や怒りが溢れ返ってしまうのは仕方がない。
「ダンギは、少し前に村に来た人と揉めて突き飛ばしちまってな。それで、被害届って言うのかね、それが出てたもんで、余計に殺したのを疑われちまったみてえで」
「人? 冒険者でも来たのか?」
腕組みして聞いていたリュウドが口を開いた。
「いや、採掘会社の人だ」
「採掘会社?」
「んだ、ちょっと前にゲザン鉱業って採掘会社の社員が急に現れてな。調査でこの村の下にベタン鉱石の鉱脈が見つかった、立ち退き料を払うから土地を売ってくれってぇ話さ」
ベタン鉱石は精製すると、鉄より強度は低いが安くて加工しやすい金属が出来る。
鉱石や宝石は当然、地中にある。
生活用品に使う安価な金属から、魔法の力を宿し、高価な装備品にも使われる希少な魔法石などは、ほとんどは採掘された物だ。
「この辺は土地の売り買いが許された自由区ってぇ場所なんだが、オラたちは住み慣れた土地を離れたくねえし、金の話はあまりしたくねえが、立ち退き料がよそで暮らすとなるとギリギリだったんだ」
「で、揉めたってことですか?」
「最初はそんなことはなかった。けど来るたびに何度も断ってたら、急に態度が悪くなって、柄の悪そうな連中も一緒に来るようになってなあ。ただのボディガードだとか説明してたけども」
「ようは、タチの悪い地上げ屋だな」
とリュウドが吐き捨てる。
「オークは人より強いんだから、力ずくで追い返したらどうなの?」
アキノが過激なことを言うが、一理ある。
が、村長は首を横に振った。
「そうもいかね。確かにやろうと思えばできなくねえが、オークはまだまだ人から避けられることが多いんだ。ちょびっとでも強く出ると、乱暴者だとか、モンスターのくせにって酷い言われ様でなあ。血の気が多い奴もいることはいるが、あまり人間とはカドを立てたくねんだよ」
人との共存を選んだオークは少数とされている。
つまり、既存のオークの大半は今も凶暴なモンスターとして人を襲っているのだ。
そのため、未だに理解されない部分が多々あるのだろう。
王都の広場で見た騒ぎを見れば、慎重になろうとする村長の姿勢はもっともだと言える。
「ずっと気をつけてたんだが、連中に村のことをけなされて、とうとうダンギが採掘会社の社員を突き飛ばしちまった。尻餅を突いたくらいなんだが、暴力だ、王立裁判所に訴えるぞって騒ぎ出しちまって」
そのときの様子を思い出したのか、村長は片手を頭にやる。
「けど、そこに見回りに来ていた騎士様、ルイーザ様が止めに入ってくれたんだよ」
ここで彼女が関わってくるのか、と俺は肩に力が入った。
少し冷めたお茶を一口啜り、また耳を傾ける。
「事情を話すと、連中は急に気まずそうな顔になって、ルイーザ様からの質問にはしどろもどろだった」
そこで幾つか違反がバレたみてえだよ、と村長は顔をしかめた。
「違反?」
「なんでも、土地の持ち主に無断で調査したとか、調査の前にも後にもお役人に届けを出さなきゃいけねえとか、その届け出が出てねえのに掘る目的で土地を買おうとしてたとか、色々となあ」
「ちゃんとした手続きを踏んでなかったと?」
「なんか、そういうことだったみてえだ。で」
ルイーザ様が1つ提案をしたんだ、と彼は続けた。
「ルイーザ様は、自分が正規の手続きと土地の調査を受け持つから、その後で売買の話を決めろと」
「それって、会社側の手助けにならない?」
「いやいや、オラたちのことを考えてくれたんだ。調査をすれば相場の立ち退き料も分かるっつうし、公になる取り引きだから、断ったのを力ずくで脅すようなことがあれば王立警察が動きやすいんだと」
さすがは秩序を守る騎士だ、とリュウドが言った。
公平中立でスジが通っている。
だからこそ人望が厚かったのだろう。
それだけに失われたのが本当に惜しい。
「調査の予定が決まったらまた伝えに来ると言って、ルイーザ様は帰っていったんだ。あれが最後に見る姿とは、あのときは思わなかったなあ」
村長のしょんぼりした顔に、場がしんみりした空気になる。
これ以上、聞けることはないだろう。
どんな言葉で切り上げようとかと考えていると、突然、懐の飛声石が振動して淡い光を放った。
リンディから連絡が来た、と2人に告げて俺は会話を開始する。
意識を集中すると、声が頭の中に聞こえてくる。
(お疲れ様。今、どんな状況?)
「ちょうど村長さんから話が聞けたところだ」
独り言かと不思議そうな顔をする村長に、アキノが仲間と連絡中だと伝えた。
(ルイーザにそんなことがあったなんてね。うん、ありがと。帰りに署まで来て。また分かったことがあるから)
「ああ、分かった。それじゃ」
会話が済んだと認識されたのか、飛声石の光が消えた。
「村長さん、ありがとうございました。俺たち、そろそろ」
「あっ、ちょっと」
待ってと手で示すと、村長はキャビネットの中から、手の平に載る小さい木箱を持ってきた。
こちらの前に出すと、蓋を開ける。
中には親指ほどのサイズの、黒い布の切れ端らしきものが入っていた。
「これは?」
「ダンギがルイーザ様を運ぼうとしたとき、これが手に握り締められていたと。ルイーザ様の服でも、この村で使ってる布とも違うから、もしかしたら何かの手掛かりにでもなるかと思って」
調べてもらいます、と木箱ごと受け取った。
「連れて行かれた3人が早く戻ってこられるように、何とかお願いします」
「……分かりました。必ず」
断言していいか迷ったが、村民を信じたかった。
俺たちは見送られながら村を出た。
猪型のモンスター、ワイルドボアの群れ。
そしてその大型種とされる、体長10メートル近いビッグボア。
荒ぶる獣たちは、すでにこちらを標的に定めている。
俺はワンドを手に、魔力を込める。
魔法使いではあるが、俺は倒したモンスターの技を覚え、魔法として放てる特殊な魔法使いだ。
リュウドは長光と呼ばれる、東方で打たれた刀剣を抜き放つ。
アキノは回復術師で支援役だが、槍術と棒術をそれなりに修めており、身の丈ほどに伸縮するロッドを槍のように構えた。
獰猛な野獣の咆哮。
まさに猪突猛進の、木をへし折る激しい突進。
当たれば致命傷となりうる、鋭く太い牙。
それなりに経験のある俺たちはモンスター技、剣術、支援魔法などの特技を生かしてうまく連携する。
まったく危なげなく、とはいかないが、無傷でモンスターたちを仕留めることに成功した。
近くの岩に腰かけて一息ついていると、茂みがガサガサと動いた。
新手かと再び武器に手を掛けると、そこから出てきたのは緑色の頭。
オークだった。
オークというと腰巻きだけの姿を思い浮かべるが、村民のオークは自作したと思われる布と獣皮のシャツを着ている。
文化なのか人間と共存しようとする配慮からなのかは分からない。
「おめえさんたち、あのビッグボアを仕留めただか。てぇしたもんだなあ。平気か、怪我ぁねえか?」
独特の訛りが何とも親しみ深い。
頭1つ半くらい人間より大きく、横幅も厚みもあって外見こそ厳ついが、心優しいようだ。
「ところで、こんな山奥まで何しにきただ? 薬草摘みか?」
「いや、俺たちは王立警察の代理で来たんです」
俺は懐から出した手帳を見せた。
「警察の代理? 騎士様が殺されたことか?」
にこやかだったオークの眉間にしわが寄る。
「ここでの事件について事情を聞いてきてくれと頼まれ、うわっ」
オークは人の倍はある太い指で俺の両肩をグイッと掴んだ。
「なあ、連れて行かれた村のもんはいつ戻ってくるんだ!? あいつらはあんなことするような奴じゃねえ!」
性格は穏やかなのだろうが、興奮するとやはり迫力がすごい。
落ち着かれよ、とリュウドが手の平を前に制止してくれた。
「私たちに頼んだ者は、オークの仕業ではないと思っている。それをより確かなものとするため、こうして直接話を聞きに来たのだ」
オークはそれを聞くと自重するように手を放し、
「分かった。難しいこたぁ分かんねえけど、とりあえず村ぁ来てくれ」
3人を先導し始めた。
そのオーク(ドンズと言うらしい)に案内されて着いた村は、森を切り開いて作られた何とも牧歌的な村だった。
住居は煙突のあるログハウス風で、ゆったりした間隔で30軒ほど建っている。
木の柵で区切られた畑では農作物が育てられていて、今はちょうどトマトのような実が生っている。
家畜として牛や鶏を飼っている家もあるようだ。
村の横を流れる川は、生活用水や農作業に使われているのだろう。
本当にのどかだ。
こんな穏やかな村のすぐそばで、悲惨な殺人事件が起きたのだ。
村長宅に案内したドンズが村長の奥さんらしいオークに経緯を話すと、リビングで待つように言われた。
オークは不衛生だというイメージがあるが、掃除は行き届き、小奇麗にされている。
人間には少し大きめの木製のテーブルセットがあり、俺たちはそこに腰を下ろした。
床にはワイルドボアの毛皮が敷かれ、壁には鹿と似た角、キャビネットには民芸品のような木彫りの置き物がある。
部屋を見回していると、先ほど見た奥さんらしきオークが木のカップを載せたトレイを持ってきた。
「もう少しで来ますんでね、どうぞ」
湯気の立つカップが置かれた。中には深緑色の液体が入っている。
「あ、「深緑のハーブ」の香り」
種族の特性で鼻が利き、薬草の知識もあるため、アキノは材料が詳細に分かるようだ。
啜ってみると、植物を煎じたお茶で、苦味が少なくて飲みやすい。
山歩きで渇いた喉を潤していると、奥さんと入れ替わるように別のオークが入ってきた。
布の服に獣皮のベスト。
肌は若干黒っぽく、深いしわが刻まれている。
頭には老人斑、顎には貫禄のあるヒゲがあり、一目で村長なのだと分かった。
オークは村長のゴッドンと名乗り、こちらもそれぞれ自己紹介する。
「まず、何から話したらいいんかね」
「そうですね、見たり聞いたりしたことをそのまま話してもらえれば」
彼は頷く。
「騎士様の遺体を見つけたんはダンギっちゅう若いのと、それと一緒に出かけてた2人です」
警察署を出る時にリンディから教えられた被疑者の名だ。
「出かけていたとは、どこにですか?」
「柴刈りに行っとったそうです。その帰り、森に騎士様の馬がいたと。そばに行ってみると騎士様が血だらけで倒れていて、慌てたダンギたちは介抱しようと抱え上げて村まで運ぼうとしたんだと。けどちょうどそんとき、遠くから別の騎士様が馬で駆けて来て、お前たちなにをしているのだ、と」
怒鳴り付けられたんだってよぉ、と村長は結んだ。
その騎士は、3人を王都へと連行した騎士見習いのことだろう。
「血ぃ付いた斧を腰に提げてたから、疑われたんだろうなあ」
「え、血の付いた?」
ああ変な意味じゃねえ、と村長を手を振る。
「ダンギは腕っ節が強くて、柴刈りに出てワイルドボアに襲われると、返り討ちにして土産代わりに持って帰ってくるんだ。ありゃあ鍋にも燻製にもできて、毛皮も取れっから」
衣服に使われている獣皮や敷き物等から見て、あのモンスターはオークの生活に大変役立っているようだ。
「一旦村に来てもらって事情は話したんだけども、斧とか運ぶときに付いた血を見て、怪しいから連れて行くと。ダンギたちは話せば分かってもらえるって、王都についてったんだあ」
騎士見習いの気持ちも何となく分かる気がする。
その見習いもルイーザを慕っていたのだろう。
無残に変わり果てた姿となり、そばに血の付いた刃物を持つオークがいれば、冷静に努めようとしても疑念や怒りが溢れ返ってしまうのは仕方がない。
「ダンギは、少し前に村に来た人と揉めて突き飛ばしちまってな。それで、被害届って言うのかね、それが出てたもんで、余計に殺したのを疑われちまったみてえで」
「人? 冒険者でも来たのか?」
腕組みして聞いていたリュウドが口を開いた。
「いや、採掘会社の人だ」
「採掘会社?」
「んだ、ちょっと前にゲザン鉱業って採掘会社の社員が急に現れてな。調査でこの村の下にベタン鉱石の鉱脈が見つかった、立ち退き料を払うから土地を売ってくれってぇ話さ」
ベタン鉱石は精製すると、鉄より強度は低いが安くて加工しやすい金属が出来る。
鉱石や宝石は当然、地中にある。
生活用品に使う安価な金属から、魔法の力を宿し、高価な装備品にも使われる希少な魔法石などは、ほとんどは採掘された物だ。
「この辺は土地の売り買いが許された自由区ってぇ場所なんだが、オラたちは住み慣れた土地を離れたくねえし、金の話はあまりしたくねえが、立ち退き料がよそで暮らすとなるとギリギリだったんだ」
「で、揉めたってことですか?」
「最初はそんなことはなかった。けど来るたびに何度も断ってたら、急に態度が悪くなって、柄の悪そうな連中も一緒に来るようになってなあ。ただのボディガードだとか説明してたけども」
「ようは、タチの悪い地上げ屋だな」
とリュウドが吐き捨てる。
「オークは人より強いんだから、力ずくで追い返したらどうなの?」
アキノが過激なことを言うが、一理ある。
が、村長は首を横に振った。
「そうもいかね。確かにやろうと思えばできなくねえが、オークはまだまだ人から避けられることが多いんだ。ちょびっとでも強く出ると、乱暴者だとか、モンスターのくせにって酷い言われ様でなあ。血の気が多い奴もいることはいるが、あまり人間とはカドを立てたくねんだよ」
人との共存を選んだオークは少数とされている。
つまり、既存のオークの大半は今も凶暴なモンスターとして人を襲っているのだ。
そのため、未だに理解されない部分が多々あるのだろう。
王都の広場で見た騒ぎを見れば、慎重になろうとする村長の姿勢はもっともだと言える。
「ずっと気をつけてたんだが、連中に村のことをけなされて、とうとうダンギが採掘会社の社員を突き飛ばしちまった。尻餅を突いたくらいなんだが、暴力だ、王立裁判所に訴えるぞって騒ぎ出しちまって」
そのときの様子を思い出したのか、村長は片手を頭にやる。
「けど、そこに見回りに来ていた騎士様、ルイーザ様が止めに入ってくれたんだよ」
ここで彼女が関わってくるのか、と俺は肩に力が入った。
少し冷めたお茶を一口啜り、また耳を傾ける。
「事情を話すと、連中は急に気まずそうな顔になって、ルイーザ様からの質問にはしどろもどろだった」
そこで幾つか違反がバレたみてえだよ、と村長は顔をしかめた。
「違反?」
「なんでも、土地の持ち主に無断で調査したとか、調査の前にも後にもお役人に届けを出さなきゃいけねえとか、その届け出が出てねえのに掘る目的で土地を買おうとしてたとか、色々となあ」
「ちゃんとした手続きを踏んでなかったと?」
「なんか、そういうことだったみてえだ。で」
ルイーザ様が1つ提案をしたんだ、と彼は続けた。
「ルイーザ様は、自分が正規の手続きと土地の調査を受け持つから、その後で売買の話を決めろと」
「それって、会社側の手助けにならない?」
「いやいや、オラたちのことを考えてくれたんだ。調査をすれば相場の立ち退き料も分かるっつうし、公になる取り引きだから、断ったのを力ずくで脅すようなことがあれば王立警察が動きやすいんだと」
さすがは秩序を守る騎士だ、とリュウドが言った。
公平中立でスジが通っている。
だからこそ人望が厚かったのだろう。
それだけに失われたのが本当に惜しい。
「調査の予定が決まったらまた伝えに来ると言って、ルイーザ様は帰っていったんだ。あれが最後に見る姿とは、あのときは思わなかったなあ」
村長のしょんぼりした顔に、場がしんみりした空気になる。
これ以上、聞けることはないだろう。
どんな言葉で切り上げようとかと考えていると、突然、懐の飛声石が振動して淡い光を放った。
リンディから連絡が来た、と2人に告げて俺は会話を開始する。
意識を集中すると、声が頭の中に聞こえてくる。
(お疲れ様。今、どんな状況?)
「ちょうど村長さんから話が聞けたところだ」
独り言かと不思議そうな顔をする村長に、アキノが仲間と連絡中だと伝えた。
(ルイーザにそんなことがあったなんてね。うん、ありがと。帰りに署まで来て。また分かったことがあるから)
「ああ、分かった。それじゃ」
会話が済んだと認識されたのか、飛声石の光が消えた。
「村長さん、ありがとうございました。俺たち、そろそろ」
「あっ、ちょっと」
待ってと手で示すと、村長はキャビネットの中から、手の平に載る小さい木箱を持ってきた。
こちらの前に出すと、蓋を開ける。
中には親指ほどのサイズの、黒い布の切れ端らしきものが入っていた。
「これは?」
「ダンギがルイーザ様を運ぼうとしたとき、これが手に握り締められていたと。ルイーザ様の服でも、この村で使ってる布とも違うから、もしかしたら何かの手掛かりにでもなるかと思って」
調べてもらいます、と木箱ごと受け取った。
「連れて行かれた3人が早く戻ってこられるように、何とかお願いします」
「……分かりました。必ず」
断言していいか迷ったが、村民を信じたかった。
俺たちは見送られながら村を出た。
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