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2章 1年1学期前半

30話 絶対助ける!

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クンクンと鼻を動かす子供たちを必死に抱きしめ、本人も震えていたイヌの子がこっちを見てくれたのは数分の事でした。


「やぁこんにちは」
「「「「「こ、こんにちは」」」」」


戸惑いながらも挨拶を貰い、僕はニッコリとした。
でも、彼女は他の子たちとは違い、不思議そうにこっちを見てた。他の子は挨拶の後、食べ物の匂いに釣られて顔を上げた様で、視線は食べ物に集中してたね。


「初めまして、僕はアレシャスと言います。今日は君たちとお話をしにきたんだ、その食べ物はそのお礼だから食べながらでも聞いてくれないかな?」


食べ物を指差してそう説明すると、子供たちは食べ物とイヌの子を交互に見ていた。
イヌの子が許可を出さないと食べれないからだけど、あれだけ素早く逃げた子から許可が下りるのかな。


「も、申し訳ないですけど」
「そう言わずに聞いてよ。僕さ、先週ここに来たんだけど、王都の事が分からなくてさぁ~」


イヌの子は悩んでいるみたいなので、僕は先手を打つことにします。
いつもの独り言作戦を決行し、世間話を始めた。相手の反応を聞かず僕は一人で話していき、途中に食べないの?っと質問も交えたんだ。


「ちなみにだけど、君たちが食べなくても僕は持って帰る事はしない。だからこのままじゃカビが生えて腐っちゃうかもね」
「そんな事言われても」


イヌの子が食べ物に視線を向けたので、更に野菜の入ったスープを大鍋で出し、これも腐ってしまうかもと勿体ないと暗い表情をして見せます。


「姉ちゃん、あれ食べれなくなっちゃうの?」
「リミリル食べたい」
「えっと、どうすれば」


子供たちは勿体ないよとイヌの子に言い始め後押しをしてくれた。
そして更にフルーツを出して見せ、警戒心が無くなるのを待ちます。


「あの、ほんとに食べても良いのですか?」
「もちろんだよ、君たちはもう僕の話しを聞いてくれてるでしゃないか、これはそのお礼なんだ」


貰う権利を取得し、今出されている料理は全て子供たちの物と宣言し、子供たちの名前を質問風にして聞きます。


「リミリルにムクロス」
「そうだよ、リミリルはリミリルだよ」
「うん・・・ボク、ムクロス」


家に入る前に名前は聞こえたけど、ちゃんとした自己紹介をやっと出来た。
何より仲良くなるには重要だよねっと、イヌの子に笑顔をむけて見ます。


「すみません、私はシャンティって言います」
「シャンティちゃんね、他の子達は・・・食事を先にしようか」


シャンティはしっかりと自己紹介をしてくれたけど、他の子はもう我慢が出来そうもない感じです。
お腹の音が凄くて、口からは涎が滝の様に出ていた。


「お預けみたいになってごめんね。お皿に分けるから順番に貰ってよ」
「わ、私がやります」
「良いから良いから、シャンティちゃんはみんなを並ばせてよ」


僕はお皿にスープを注ぎ始めます。子供たちはシャンティが頷くのを見て、笑顔で受け取りに来たよ。
熱いから気を付けてと注意をして、食べ始める子供たちを眺めます。


「このスープ、美味しい」
「パンもフワフワだよ」


楽しそうなお食事を見守ったけど、そんなにお腹が空いてたのかと思うほどに食べ物が無くなって行きます。
ほんとに辛かったのが伝わって来て、僕は目から涙が零れてきましたよ。


「あの、お話というのは?」


僕が少ししんみりしていると、シャンティが申し訳なさそうに隣に座って来ます。
まだ彼女はそれほど食べてないのに、僕の事を気にしてくれるこの子は凄いと思った。


「もう良いの?まだ沢山あるよ」
「いえ、もう十分食べました」


見てたけど、みんなに比べて少ないのは言うまでもないよ。
この子は、自分よりも他人を気遣う事の出来る優しい子なのが分かった。そんな彼女を見て、絶対に守ろうと決めたんだ。


「僕の方はそんなに急がないから、先にお腹を満たしてよシャンティちゃん、その方が話しやすいでしょ?」
「いえ、食べ物を先に貰ってしまったんです、私だけでも聞かせてください」


手を胸の前でキュっと握って申し訳なさそうにしてるシャンティは、賢くて良い子だけど危ないと感じたんだ。
きっと悪い奴らが来たら、騙され連れ去られてしまう。そんな事は僕がさせないよ。


「さっきも言ったけど、話しはもうしてるよシャンティちゃん、だからそんなに焦らなくて良いよ」
「でも、今までのお話は本題じゃないですよね?」


本当に賢い子なのが分かって、なんとしてでも納得してもらって仲間に引き入れようと考えを巡らせます。
でもその前に、この子はお腹が満たされてないのに僕を優先した。まずは対等な立場なんだと分かってもらう為に動きます。


「じゃあフルーツでも食べながら話そう、それなら良いでしょ」


僕はブドウやイチゴと、小さくて食べやすい物を出しました。
これなら何個も口に入れなければ話せると、僕も食べて見せたんだ。


「フルーツ、そんなに高価なモノを私になんて」
「これはね、これから話す事にも繋がってる食べ物だから、分かってもらう為にも食べて欲しい」


僕の説得を聞いて、少しだけ笑顔を見せてくれた。
少しは警戒心が解けた様で良かったとホッとしました。


「それでね、ここを管理してる人はいるかな?」
「それが、その」


和んだところで、僕はシャンティたちの現状を聞きました。
孤児院と言われてるここが機能してない事や、他にも同じ施設がある事。それに他の施設には、管理している大人が付いている事を知ったんだ。


「援助金が出ない孤児院の現状を見て、先月いなくなってしまいました」
「なるほど、そんでここにいる子達は全員じゃないんだね」
「はい、この建物の裏に畑があるんですが、そこに野菜を取りにいってます。もうすぐ帰ってくると思うのですけど」


ちょっと困ってるシャンティの言いたいことは、直ぐに僕に伝わってきます。
彼女は食べ物がもうすぐ無くなりそうだから、帰って来る子達は食べれないと思ってるんだ。


「もしかして、君は食べ物を残そうとしてる?」
「はい、すみません」
「でも、あの勢いじゃ残らないよ」
「そうなんですけど、言えませんよ」


子供たちに食べるなとは言えずどうしようって感じだ。
でも、そんな事僕がするわけないよね、どんな理由を付けても差し上げますよ。


「それなら安心してよシャンティ、こうして話はしているんだ、その子達の分も出すからね」
「すみません」


お礼ではなく謝罪の言葉を口にするシャンティを見て、僕が気を利かせていると勘違いしている事が分かる。
でもそれは報酬の条件を理解していないから出て来る訳で、そこをしっかり理解できるように誘導しようと画策します。


「謝らなくて良いんだよシャンティ。報酬分の話は出来てるし、ここからが僕の本当に悩んでるお願いなんだ。報酬は今後の援助だけど、聞いてくれるかな?」


そんな切り出しを聞き、シャンティがとても緊張しました。
こんなうまい話があるはずないと怖がったんだろうけど、僕はしっかりと報酬の区切りはしました。


「お、お話しだけなら」
「うん、それで良いよね、やるかどうかはその後でいいんだよ」
「は、はい」


この後何を言われるのかと心配して怖がってる。
そんなに難しい事じゃないと言い聞かせても、彼女の心配は取れず、食べるのを止めて震えだしてしまいます。


「そんなに怖がらないでシャンティ、ちょっと手伝ってほしいだけだからさ」
「わわわ、私たちそんなにむずかしいことはできません。数だって10までしか数えられないし、文字だって」
「それなら大丈夫、僕のお願いは君たちにダンジョンに入ってほしいってことだからね。でも、危険はそれほど無いから安心して、絶対君たちの為になる」


他言無用と念押しはして、どう言ったモンスターがいるかを説明します。
シャンティはずっと静かに聞いていて、これは危険じゃないかと思われている空気を感じたね。
だから、本来と違う事を説明する。冒険者とは違い、シャンティたちは子供で弱いんだ。


「シャンティ達が入るなら、絶対こっちだと思ったんだ、どうかな?」


僕が作る孤児用ダンジョンは、スライムよりも弱い野菜ダンジョンです。忍者の格好をしたニンジンとかショウガとかがいます。


「野菜ですか?」
「そう、50センチくらいの背丈で、野菜がドロップするんだよ」


そいつらは格好だけで、武器は柔らかな野菜でそれほど強くないんです。
スライムに少し毛が生えたくらいのソイツらなら、子供が棒を持って集団で戦えば勝てます。


「あ、危なくはないんですか?」
「モンスターと戦うから、ダメージを受ければそれは痛いよ。でも、死ぬほどのダメージじゃないし、ドロップ品は君たちが取得してくれてかまわない。
「ほ、ほんとですか!?」
「うん、同時にレベルも上がるし、言うことないと思うんだ。痛いのは嫌かな?」


誰だって怪我はしたくないよねっと聞いてみます。


「ダンジョンだしモンスターを弱くしてるけど、怪我はしないなんていえない」
「そ、そうですよね」
「こればかりはどうしようもないんだ。もし、万が一死んでもダンジョンだから戻って来れるとしか言えない」


シャンティが心配しているのはそこで、僕にはどうしようもなくて謝りたくなります。
彼女も悩んでるけど、僕も安心させてあげられなくて悩んでしまったんだ。


「良いお話だと思います。でも、子供たちを危険にさらすわけには」
「まぁそうだよね・・・一度だけお試しで入ってくれないかな。もちろん全員じゃなくて良い、希望者だけでもお願い」


僕は断られそうだったので、手を合わせて要望しました。
ここで断られるとこの子たちもきびしいし僕も困る。冒険者を雇う手段はいくつか思いつくけど、それだってまだうまく行くか分からないんだ。


「やはり私だけでは決められません。もう少ししたら、ティアってウサギ獣人の子がきますから、話し合ってみないと」
「うん!それで良いよ。一人だけでも良いんだ、安全だと分かってもらえば、きっと入るのを賛成してくれる」


さすがに死ぬところも試すことはしないけど、僕はここで2つほど試したいことがあるんです。
もしかしたら、この問題のせいでダンジョンヒューマンが入れないと思っているのかもしれない問題で、1番の原因かもと思ってる事なんだ。


「こんなに良くして貰ったのに、決められなくてすみません」


僕が違う悩みに暗くなっていると、シャンティがまたまた謝ってきた。
でもそれは違うでしょっと笑顔で指摘します。


「で、でもですね」
「断る事は悪い事じゃないよ」


彼女は相手を怒らせない様に振る舞う事を意識して、何でも謝ってしまう。
そのおかげで相手の気持ちも分かるのかもだけど、僕はそんな間柄にはなりたくない。僕は真剣な表情で彼女の目をしっかりと見て言ったんだよ。


「シャンティ、謝ってばかりじゃダメだよ。君たちは弱いかもしれないけど、自分たちに不利なら断ったってかまわないんだ。良く考えて最前を取る事は当然なんだよ」


シャンティは「はい」っと小さく返事をして、それからは無言でフルーツを食べていました。
分かってくれたのが嬉しかったから、笑顔で僕もフルーツを食べたんです。だけど畑組が帰ってきて、問題のウサギの子に笑顔で挨拶をしようとしたら、いきなり蹴りを貰ってしまったんだよ。
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