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3章 第1次世界大戦

50話 壁対ヴィロー国

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何処まで続いているんだこの壁はと、馬に乗って調査を指示された、俺たちイサナーク部隊の全員が思っている事だろう。それは隊長も含まれていて、最初は急いでいた馬の速度も、今や歩くのと同じ速度だ。
もういいのではないか?そう思って俺は、隊長の横に馬を付けて聞いてみる事にした。隊長は、壁が無くなるまで調査は終わらないと言って来たよ。


「しかしイサナーク隊長、この距離は既に軍が1日で移動する距離を越えています。奇襲は壁が出撃した時点で失敗しているのですから、一度戻って準備をしてから再度調査をしましょう」

「何を言ってるコモンスタ、オレたちが受けた指示は、壁の無くなる場所までの調査だ、先を見てもまだ見えるだろう」


命令は絶対だと隊長は止める気はなく、馬の足を少し早めて行った。俺も他の部下も先を見てガッカリしてしまったよ。
隊長が言った見える先には高い山がある、そこには既に壁は見えているから、まだまだ先は長いが俺たちは食料を持ってきていない。不眠不休が決まった瞬間で、俺たちがガッカリした理由というわけだ。


「おい冗談じゃないぞコモンスタ」

「キャンスタ分かっている、山の頂上で見ればあの固い頭の隊長も分かるだろう」


もし山から見える先も壁が伸びていて、その先までこのままで向かうと、訳の分からない事を言って来たその時は、俺が隊のトップになるしかないと、キャンスタともう一人の部下であるサルトスに伝えた。俺たちはこんなところで足踏みをしていられないんだ、戦争で成り上がり国を良くしたい、それなのに配属された先のリーダーがアイツで迷惑していたんだ。
調査に積極的でないあいつは、このまま戦争に参加しないで済ませるつもりなんだ。だから帰るわけにもいかず、それでいて俺の提案だからと切り捨てた。訓練も理由を付けて自分だけさぼるあいつに、俺たちはもう付いていけない。


「こ、こんな事があるのか」


俺たちの予想は当たっていて、1日掛けて山の頂上に来たのに、そこから見える先にも壁は存在していた。さすがの隊長も戸惑いを隠せず、俺は野営道具もないから戻ろうと提案した。
しかし隊長はそれでも進むと言い出してくる。俺は時間が掛かり過ぎている事を指摘して、こいつに最後のチャンスを与えた、これで戻るならば命は取らずに済ませようと考えたんだ。


「本隊は今頃壁を攻撃しているはずです、もう調べても意味がないんですよ」

「うるさいぞコモンスタっ!!隊長であるオレの指示は絶対だ、壁を何処までも調べるのは止めんぞ」


隊長が怒りを込めて壁を叩いた瞬間、俺は剣に手を掛けようとしたんだ。しかしその剣は抜かれる事は無く、隊長の頭は吹き飛び馬から体が落ちた。
どうしたんだと壁を見ると、小さな穴が開いていて煙が出ていた。どうやらそこから何かが発射され隊長はやられた。
これはまずいと、俺はふたりに指示を出して馬を全速力で走らせその場を離れた。壁は守るだけでなく反撃の装備を持っていた、もし本隊がそれを知らず攻撃をしたらまずい事になると、俺は急いだんだ。


「おいコモンスタっ!!馬が限界だぞ」


キャンスタの声に我に返った俺は、馬を止めて休むことにした。既に戦いが始まって2日が経過してしまっている、その間本隊が何もしないなんてありえないんだ。


「もしかしたら全滅か?」

「あの威力を見ただろうキャンスタ、攻撃していたら間違いなくそうなっている」


戦場から離れた場所の壁でもそんな反撃を受けた事から考え、俺は最悪の結末を想像していた。俺たちがそんな想像をしていると、壁が【ゴゴゴゴゴ】と音をたて始め、見る見る下がって行き地面に飲み込まれた。
どうして壁が無くなったのか、キャンスタはボソッと聞いて来たがその理由は簡単で、俺たちの想像が正しかったというわけだ。


「それは考え過ぎだろうコモンスタ、兵士のオイラ達がここにいるんだぞ、下げるのは早いさ」

「よく考えろよキャンスタ、そもそも壁が出現したのは俺たちの軍が近づいたからだ。つまり敵意を持った者が近づくと発動する条件付きだったんだ」


俺たちは既に戦う意思はない、こんなすごい壁を作れる相手に勝てる気がしないからだ。戦うよりも協力する道を考え成り上がろうとしていた、それが壁に伝わり俺たちがいても戻って行ったんだ。
なるほどっとキャンスタとサルトスは納得したが、俺は内心でガッツポーズを取っていた。これは成り上がる好機だと確信を持ったんだ。


「邪魔な隊長は始末できて、情報を国に持ち帰れば昇進も夢じゃない。キャンスタにサルトス、俺に着いて来てくれるな」

「当然だろう、オイラはお前を支える」

「ぼ、僕もそうだよ」

「ありがとう」


ふたりにお礼を伝え、本隊の待つ場所に急いで戻った俺たちは、軍の全滅を確認した。頭や体の無い死体が転がり、かなりひどい惨状を見てしまった、サルトスは気分が悪くなって馬の上で倒れてしまったよ。
俺とキャンスタも絶えるのが精いっぱいで、サルトスの倒れている馬を引っ張りその場を離れた。軍の物資を持たなかったのは失敗だったが、戻る元気もなく一番近い砦に向かって馬を歩かせたよ。


「は、腹減ったよキャンスタ」

「オイラは寝たいぞキャンスタ」


ふたりも限界だが、俺だってもう限界だ。調査を始めて丸4日、水以外何も口にせず睡眠も満足に摂っていないのだから当然だ。あと少しで最前線の砦が見えて来る、ふたりにそんな励ましの言葉を伝えたんだ。
そこから2時間後、目的の砦に到着した俺たちは、門の前で限界を迎え馬から落ちてしまった。気が付くとベッドの上に寝ていて、横には綺麗な女性が座っていた。俺が気づいたのを見て女性は自己紹介をしてくれた。


「ここの隊長様でしたか」

「そうだ、後ろにいるのはワタシの近衛騎士でキューラ・イララスという、早速で悪いが状況を話してくれるか」


俺の腹の虫は激しく鳴るが、我慢して戦況の報告を始めた。女性隊長のヤシュ様は表情を一度も崩さず聞いてくれた、壁が突然出現したとか、壁から攻撃を受けたと信じられない報告だったのにだ。後ろのキューラ様は信じていない表情なのに、ヤシュ様は違った。
こんな上司なら働き甲斐があるだろうと、会ったばかりのヤシュ様を尊敬したよ。


「では、軍隊は全滅したのだな」

「はい、かなりひどい惨状でした」


ヤシュ様からご苦労だったと労いの言葉を貰ったんだが、ベッドに寝ようとした俺の身体を寝かせる為、ヤシュ様は手を貸してくれた。ヤシュ様が近くに来た事で、良い香りがしてドキドキしていた俺だが、部下でもない俺を心配してくれたのが嬉しかった。
この人の下で働きたいと俺は真剣に考え、体調が戻ったらお願いして見ようと決めたんだ。


「キューラ、本国に今の話を報告しろ」

「ヤシュ様っ!!こんな与太話を信じるのですか、まず現場を確認するのが先ですよ」


ヤシュ様から目を放せないでいた俺を、キューラは睨んで来て指摘してきた。しかし俺もその意見には反対はしない、逆の立場だったら俺だって確認を優先する。しかしヤシュ様は俺の言葉を信じ、時間の経過が重要だと報告を優先したんだ。


「ですがヤシュ様」

「くどいぞキューラ、キャンスタの報告を聞く限り、相手は既にこの事を知って4日が経過している事になる。それだけあれば、一番近い砦の部隊は動けるだろう」


ヤシュ様の言葉は、俺が休まずにここまで来た理由だった。やはりこの方は凄いと尊敬し、防衛に参加したいとお願いした。
ヤシュ様は体調を治したらと約束してくれて、食事をキューラに頼んで部屋を出た。やっと食事を貰えると思った俺だが、キューラが俺を睨んで動いていなかったよ。


「な、なんでしょうか?」

「ヤシュ様はああいっているが、アタシはお前を信じていない。もし変な行動をしたら、その首は胴体から離れると思えよ」


かなりの殺気をぶつけて来るキューラは、扉を勢いよく閉めて部屋を出て行った。俺は怖かったが同時に親近感を覚えたよ。彼女もヤシュ様を慕っているんだ、だから近づく者を警戒してヤシュ様を助けている。
俺もその仲間に入りたい、砦に残って俺の覚悟を証明する為に力を尽くそうと決めたんだ。その間、敵の部隊が来なかったのは意外だったが、ヤシュ様が無事で良かったよ。
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