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1章 天職が不遇

21話 売国奴と言われても

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いよいよ明日、私たちは第6砦のセリージュに向かう、そこには逃げ延びたローム様がおられる。
ジャヒーもいるのだと、笑顔にはなれないでいた私だが、しっかりと役目を果たす為、頬を叩いて気合をいれた。あいつがいる限り私の説得は困難を極めるだろう、無理かもしれないと小言が口から出てしまう程、ローム様の説得は絶望的だ。
しかし私は何としてでも説得しなくてはいけない、砦に拳を掲げ決意を高めた。今この時を失えば、我が国は完全敗北してイースラムに付く事になる、それだけは避けたいのだ。


「何としてでも・・・そう思っていたのだが、あれを見ると心が揺らぐな」


湯あみの部屋から出た私たちは、服を着替える部屋にいる。そこにはイチゴ牛乳と言う飲み物を一気に飲んで和んでいるイスラたちが見えるのだ。
我が国のどれだけがあの裏表のない表情が出来るのか、裏では工作がされイースラムに迷惑が掛かるだけに思えてならない。次の敵が待っているという現状で、それは足手まといでしかない、それなら敗北して国が無くなった方が良いだろうとさえ思ってしまう。


「次に攻めて来るのは恐らくドルドンだろう、今の状態ではパーススも分からない。そうなれば隣接していない我が国は、イースラムに対して確実に反発するだけの存在になる」


クージュに隣接している2つの国(ヴィローとガルカル)は、他国に興味を持っていないエルフの国、だから私たちクージュ国はイースラムに攻めたのだ。
小国の集まる右翼大陸では、何時敵になるか分からない国が隣にある、時間の浪費は死を意味する。


「いっそ国ごと取り込まれた方が良いかもしれないな」

未来を見据えるとそう思ってしまうが、国が無くなればあの表情が無くなる、それもまた嫌なのだ。
その為に私は頑張る、部屋を出て私は覚悟を決めた、説得した後も国の中で動くのだ。隣の部屋に入り苦いコーヒーをジルベルト殿から受け取り、私は再度決意を固くする。コーヒーは苦くてうまいのだ、食料問題もイースラムと協力すれば解決する。


「クッキーも美味いしな」


テーブルに用意されている星形のクッキーを頬張り、民にもこの味を与えたいと思った。食料を満たすのが優先だが、美味い物は広めたいのだ。
イースラムに組すれば、その未来は近い内現実になるのだ。ジルベルト殿たちの強さを知らせてもダメだった、今度は利益になる事を強調させる、国が豊かになると知ればきっと成功するだろう。
道が見えたと、次の日は気分良く起きる事が出来た。朝食を取り予定通りジルベルト殿を護衛としてミーシュと共に砦の前に来たのだ。そこで私はローム様を呼び事情を話した、ローム様は悩んでいる様子だ。


「勝敗の問題ではないのですローム様、イースラムと組むことは我が国にとって有益です、お願いしますローム様!!」

「お前の言い分は良く分かった」


壁の上からだが、ローム様は納得してくれたのが良く分かった。この後砦に入り検討すると思い、ミーシュとジルベルト殿に視線を送り、やったぞと笑顔が抑えられなかった。
しかしふたりはそうではなく、武器に手を掛け警戒を強めていた。どうしてだと振り返った私の視界は、ローム様が手を挙げ始めたのを見て歪んで行く。振り上げられた手は、私の静止を聞く前に降ろされ攻撃が始まってしまう。
壁に見えた兵士たちから、矢が放たれ私たちに飛んで来る、普通ならば逃げる間の無かった私の命は無かった。ミーシュとジルベルト殿が私の前に飛び出し、それぞれの武器を抜いて飛んで来る矢から私を守ってくれた。


「どうして・・・どうしてなんですかローム様」

「サンセット、お前は国を売ろうとしているのだ、イースラムの言いなりになるなど考えられん」


ローム様が分かったと理解したのは、私が反逆者だという答えだった。あれは本人の意見なんだと思えるほど、今まで見た事のない真剣な目をされていた。
どうして分かってくれないんだと、私は説得の言葉を頭の中で選んでいた。その間にもローム様は手を再度上げ始める。
もうだめなのかと、私の視線は助けを求める為にローム様の横に動く、そこにはローム様の騎士であるアース・シャルランがいる。今まで彼を頼り色々話を持ち掛け状況が好転した時もあった、彼ならばと期待したんだ。
しかし、彼の顔を見て自分が間違っていた事を知った。彼のその表情はジャヒーとは比べ物にならないほど邪悪に見えたんだ、奴が一番の元凶だったのだ。


「ジャヒーではなかったのか、お前の仕業だったんだなアースっ!!」


アースに飛ばした言葉だったが、ローム様は私を売国奴と言って来た、それと同時に手は降ろされ、兵士たちの矢が飛んで来る、今度は火の魔法までが見えた。今度は防衛しきれないと思ったのか、ミーシュが身を盾にして守ってくれた。私はもうダメだと目の前の光景を認められず、膝を付いて下を向いてしまった。もう私たちはお終いだと、目の前で守ってくれているミーシュにまで伝えてしまった。


「サンセット様、あなたは頑張りました、それが相手には伝わらない時もあります。これからは分かってくれるお方に付けばいいではないですか」


ミーシュの言葉に顔を上げた私は、今の状況が分からないでいた。あれだけ飛んで来ていた矢と火の魔法が何処にも見えなかったのだ。
私の目に飛び込んできたのは雲一つない空だった、朝日がとても暖かく私に降り注いでいた。さっきまでのあれは夢だったのかと思ってしまうが、何やら足元が騒がしくて気付いたんだ。
ここはとても高い柱の上で、ジルベルト殿が即席で作った物の上だった。ミーシュの前に立つ彼の背中に視線を向けた私は、謝罪の言葉を伝えたいのだが声が出なかった。色々な事が頭を巡り言うべき言葉が見つからず、ただ一言だけが最後に残りそれを口にした。


「ジルベルト殿、すまない」


私の表情は暗く、悔しい思いでいっぱいだった。一言だったが心の底から出た謝罪の全てだった。
彼は名前を呼ばれ振り返って来る。こんなに簡素な謝罪で分かるわけがない、そう思っている私だがもう言葉が出ないんだ。だけど彼は私を見下ろし笑顔を見せてくれたんだ。


「分かってもらえないのは辛いよねサンセット、でも君はよく頑張ったよ、後は俺が引き受けた」


彼はそれだけを言って柱から降りて行く、何も聞かず分かってくれたのだ。あれだけ絶望していた私の心は、今見える空の様に晴れやかになった、現状は何も変わっていない、だが救われた気がしたよ。
ミーシュに支えられながら下を見ると彼は見えず、兵士が次々に倒れて行くだけだった。


「何が起きているんだ?」

「きっとジルベルト殿が戦っているのです、本気を出した彼は誰にも止められない」


チャンミーという彼の傭兵仲間が言っていたらしく、ミーシュは熱いまなざしで下を見ているが、私は陣の方角を見て砦が落ちると悟った。
彼の仲間の隊とイースラムの隊が列をなして進んでくる、この戦いでクージュは無くなるだろう。今までも幾つもの国が滅びて行った、それが我が国に起きているだけにすぎない。国が滅んでも終わりではない、イースラムが統治して再出発するだけだ。
私の心はもう絶望していない、今の空の様に晴れやかだ。これからはミーシュと共に彼の元で働くと決めたのだ。


「彼と共に進もうミーシュ」

「それは良いですねサンセット様!!実は自分もそう思っていたのです。彼の傍で学ぶ事で国の為になると、進言するつもりでした」

「回りくどく言うなミーシュ、恋焦がれている彼の傍にいたいのだろ?」

「あうっ!?」


どうして知ってるかと聞きたそうな顔で真っ赤になってしまったミーシュは、私から見てもとても好ましい、きっと彼も答えてくれるだろう。
私たちは傭兵になるが、部下たちはどうするのか分からない。国に帰ると言う者も出て来るだろうから止めないで見送るつもりだ。私たちの我がままで傭兵にするわけにはいかない、真っ赤な顔のミーシュにも伝えたが、そこで疑問を浮かべた顔をされてしまう。


「サンセット様、何を言ってるのですか?」

「皆、国に家族がいるだろう、傭兵になれば国から離れる事になるんだ、好き好んでなろうとは言わないだろ?」

「サンセット様、あれを見てもそう言いますか?」


ミーシュの指差す先には、ジルベルト殿の傭兵隊が見える、しかしその中に見た事のある鎧が見えた。それは紛れもなく私の隊の者たちで、傭兵隊の中に混じって戦っていたんだ。
私とミーシュを助ける為に協力しているのだろうと質問を返すが、ミーシュは違うと隊列を指差し説明してくれた、それは納得できる内容だったよ。


「傭兵隊の中に皆がバラバラに位置どっているんだな」

「そうですよサンセット様。助ける為だけならば、隊として固まって進軍してくるでしょう、ですがキョーカ殿たちの隊に交じって、各特性に合った部隊で進んでいます、あれは入隊しているのと同じです」


私に遠慮していたとミーシュは言って来た。トップの私が入隊するのなら全員が賛成するだろうと即答して来たぞ。
そんなバカなと思ったが、食事を取る時の皆の表情や湯あみを思い出し、そんな疑問は吹き飛んだ、それだけこの生活を気に入っているのだ。


「本来は説得するべきでしょうけど、皆は成人している大人です、自分の道は自分で決めなくてはいけません」


ミーシュが良い事を言っているが、本音が違うのは表情で分かった。部下が戻るのであれば、私かミーシュのどちらかが同行しなくてはいけない、そうしなければ部下たちが責任を取らされてしまう、だから否定しないのだ。
そこまでして彼の傍にいたいのかと思ったが、それだけ好いているんだ。私もその気持ちは分からないでもない、頼りになる男性ではあるんだ。しかし年下で背もそれほど高くない、私の範囲外だったのだ。


「そう言えば、ミーシュもそうではなかったか?」


男には興味がないミーシュだったが、例えばの話で好みを聞いた事はあったのだ。その話の中での好みは私と同じ内容で、とても嬉しく思っていたのだ。
だから2人で結婚はしないと、盃を交わして飲み明かした、懐かしい思い出が蘇り嬉しくなった。
しかしミーシュはそれを聞き、何を言ってるんだと不思議そうな顔をしてくる。
どういうことだと質問したのだが、ミーシュの口から信じられない言葉を貰い、ジルベルト殿の見る目が即座に変わってしまった。


「25歳の年上だというのか!?」

「そうですよサンセット様?身長は低いですけど気になるほどではありません、それ以外は全て理想通りのパーフェクトなお方です」


そうだったのかとジルベルト殿を探してしまい、そして突入する隊の近くに姿が見えてドキッとした。指示を出している彼は、とても輝いていてかっこよかったのだ。こちらの視線に気づいたのか上を見て手まで振って入れた。
ミーシュはすぐさま振り返すが、私はそれどころではない。胸のドキドキがどんどんと早く大きくなっていき止められない衝動が押し寄せて来るのだ、これが恋なのかと戸惑ってしまった。
柱からどうやって降りるのか、そんなミーシュからの質問に答えられないほど、私は心を乱していた。戦いが終わり彼の手を借りて降りた時は、ほんとにどうなるかと思ったぞ。
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