上 下
5 / 66
1章 天職が不遇

5話 男は嫌い

しおりを挟む
ここでも同じねと思ってるアタシは、ブドウ酒を一口飲んで帰ろうと思っていたわ。ここの傭兵たちは品が無く弱いと、クージュ国との戦いは勝てるのか心配になって来たわ。
アタシたちがこちら側にいるからまぁ勝てるけど、仲間に引き入れる奴はいなかったと周りに視線を向けガッカリ。男たちの中で強そうな奴はいないの、少し雰囲気がある奴はいるけど、あれは元兵士だと予想したから論外で、今頃相手側に偵察に行ったチャンミーもガッカリしてるでしょうね。


「イースラム国の人材不足も大概ね、兵士に傭兵のフリをさせて数を誤魔化したんだわ」


小国のイースラム側に参加して、ここでアタシたちが華麗に勝利して次の中規模国に売り込む予定だった。だけどアタシたちはガッカリで、やる気が無くなって来たわ。
鉄の装備を持ってる傭兵は、フリをしてるそいつらだけ、普通の傭兵でアタシたちクラス(鉄等級)が1人もいないとガッカリです。もういいかとブドウ酒を一気に飲んで席を立とうとした時、アタシは背筋がゾクっとしたわ、今酒場に入って来た少年から何かを飛ばされたのよ。


「今のは殺気?・・・いいえ違うわ、まるで見られてる感じだった」


店の奥にゆっくりと歩いている少年をジッと見てしまったわ。彼は何者だろうと少し期待していたのよ、でも亭主の注文を聞いて笑ってしまった、まさかそんな注文をするとは思わなかった。
ミルクと強い傭兵、そんな事を言う人がここにいるわけがなくて、彼と一緒なら楽しいかも知れないと、アタシはバカにしているわけじゃなく楽しかったの。
楽しい人なんだと安心して見る様になったけど、周りの男たちは違ったわ、彼をバカにして笑ってるのよ。


「彼なら誘っても良いかしら?でもまだ良く分からないわね」


後ろを向いてるから傭兵証も確認できないわ、ここは様子を見た方が良いと、亭主とのやり取りに耳を傾けたの、彼は自分たちを守ってくれる傭兵を雇いたいと言っているみたい、団の勧誘ではなく個人としての依頼よ。
そんな報酬も期待できない話に乗る傭兵はいないと、亭主がそう言うと数名の男たちが彼を囲んだわ、彼は気にする仕草もせずに亭主にお礼を言ってミルクを飲んでいるわよ。


「彼、死んじゃうかも」


勧誘前にダメだったかと思っていたんだけど、倒れたのは彼ではなく囲んでいた男の1人だったわ。何が起きたのか分からず、アタシはジッと見る事にしたの。
見えなかったのは真剣じゃなかったからと、ちょっとだけ意地になって、今度は逃さないと彼の動きを見た。すると男の1人が殴る体勢になった瞬間、後ろを向いていた彼の姿が一瞬消えたわ、そして男が倒れた瞬間には戻ってるの。
残った男たちは、何が起きたのか分からず逃げる様にして散って行ったわ。亭主もびっくりだけど、彼が動いていない様に見えてるから言い出せないわね。


「ごちそうさま亭主」

「あ、ああ・・・毎度」


彼は呑気に空になったグラスを亭主の方に押して酒場を出た。数名が何が起きたんだと倒れてる男に近づいて行くけど、どうやら手に刺し傷が出来てて、状態異常のマヒになってるらしいわよ。
アタシはゾクっとして席を立ち、急いで彼を追い仲間に誘おうと思ったの。だけど外に出ると既に姿はなかったから、何処に行ったのかしらと村中を走り回ったわ。


「明日は戦いなのに、疲れてどうするのよアタシ」


体力を失う損失よりも彼を仲間に入れたかった。そんな思いで走り回ったけど、数か所の宿にはいなかったの。野宿をしてる傭兵たちの中にもいなかったわ。
そんな時、村の端に見慣れない建物が建っていたの、とても大きな家なんだけど明らかに見た覚えがなかった。


「こんなに目立つのにどうして?」


好奇心で中を覗くと、そこには彼がいてドキッとしたわ、 。寝ている子供たちを眺めテーブルで書き物をしていたのだけど、文字も書けるとか優秀過ぎなのがハッキリとしたわ、だから絶対に勧誘したいと扉を探したんだけど、建物を一周してもそれは無かったわ。
家なのに入り口がない?そんな建物あるわけないともう一周したアタシは、それでも結果は同じで混乱したわよ。
仕方なく窓をノックする事にしたんだけど、その音を聞いて彼は普通に窓を開けてくれたわ。アタシよりも背の低い少年で青い髪がとても綺麗で見惚れてしまった、近くで見て分かったけど、とても傭兵とは思えない顔立ちをしているわ。


「こんばんは、何か御用ですか?」

「あの・・・えっとね」


彼の目がとても綺麗で見とれてしまったアタシは、顔を逸らしてしまったわ。彼はどうして赤くなるの?とか質問してくるけど、それで余計言えなくなってしまったわ。
アタシは女と分からない様にしている傭兵で、今は何処から見ても男なのよ。男たちに見下されない為であり、更には襲われる可能性を無くしているの。仲間のふたりはそんな事をしてないけど、アタシが男としているからで、周りは伴侶と勘違いして言い寄って来ないわ。
もともと男が大嫌いで使い捨ての道具くらいに思っていたの。でもそんなアタシが見惚れてしまった、これはまずいかもと話を建物の不思議さに変えてみたわ、彼は襲撃を考えて建てたと言って来たわね。


「き、君が作ったの?」

「そうですよ、俺は製作魔法を使えるんです」


製作魔法!?っと驚いたアタシは、彼の手をぎゅっと取ってしまったわ。自分でもどうしてなのか分からない、だけど絶対仲間に引き入れるべきだと感じたの、きっと本能で動いたのね。
どうしたのかと彼は聞いて来たからアタシは勧誘したの、でも彼は断って来たわ。仲間が欲しいと言っていたのは彼なのによ、断られるとは思ってなくて思考が止まったわね。


「ちょ、ちょっと待ってよ!!あなた、酒場で仲間を探していたじゃない、どうしてダメなのよ」

「俺は団に入れないんだよ」


子供たちに視線を移して答えてくれたから理由が分かったわ。彼は子供たちと一緒の団にいて、他の団に入ればトップが変わり、子供たちを追い出すかもしれないと心配しているのよ。
アタシたちはそんな事はしないと言ったけど、子供たちの為にも簡単には答えられないと彼は頑なよ。男が嫌いなアタシには彼の気持ちが痛い程分かるから諦めようと思ったの。


「ですけど、俺に雇われるのなら良いです、どうですかね?」

「え?・・・そう言えば、酒場でもそんな言い方をしていたわね」


団に加入ではなく護衛の傭兵として雇いたいらしいわ。そうすれば団員ではないので決定権は彼になる。
そんな理由があったと納得したけど、そこで気になる雇い賃の事が頭に浮び彼を見てしまったわね。鉄等級の雇い額は1戦闘銀貨5枚で、そんな額を出せる訳ないのよ、子供たちを団に入れ養っているのなら尚更で聞いてしまったわ。そんなアタシに彼は正直にお金はないと言って来たわ、正直過ぎて力が抜けたわね。


「じゃあ元からアタ・・・お、オレたちを雇うなんて無理があったね、どうするの?」

「俺はお金の代わりならいくらでも出せるんだよ、食事と寝床の提供を提案するよ」


アタシと言いかけて直したけど、彼の提案はかなり魅力的で今すぐにでも答えたくなったわ。でもアタシには仲間がふたりいて大食いと美食家だから迷惑は掛かると考え直したの。でもね、報酬のほとんどを食費に使ってしまっているアタシたちには、食事と寝床はかなり魅力的で断りたくないわ、特にアタシは安心して寝られる場所なんて夢に見る程なのよ。
それでも二つ返事はしないわ、彼がいくらでも出せると言っていたけど限度はあるだろうし、他にも提示して出来るだけ良い条件で雇ってもらうのよ。装備を貰えるのかと聞いてみると、彼は悩んでいたわ。


「装備ですか・・・ちなみに今使っているのは鉄ですか?」

「そうだよ、今は持ってないけど宿にある。心配なら等級を見せるよ」


鉄等級からは、昇格した時に鉄の装備を貰えるから、その後に買うならそれ以下の品は考えられない。彼もそれが分かり了承して用意してくれると約束を交わし、握手をして本物だと興奮したわね。装備の心配もなくなり、食事も寝床も用意してくれる好条件を獲得出来た。
団に入る事を了承して、誰でも入りたいんじゃないかとアタシはそこに疑問を感じたわ。酒場であんな言い方をしないで今の様に言えば、必ず誰かが名乗りをあげたはずで、どうしてあんな言い方をしたんだと彼に聞いたわ、そしたら子供たちを邪魔だと思う人は要らないと即答してきたわね。


「強くてもそれじゃダメなんだ。もともと雇いたい奴はいなかったけど、見下して襲ってくるほどとは思わなかったよ」


アハハっと笑ってるけど、彼が強いのは感じられた。もしかしたらアタシよりも強く、偵察に行ってるチャンミーよりも早いかもと、少しだけ彼が怖くなったわ。
契約したのは早まったかもしれないと、仲間の意見を聞かないといけないと、アタシは彼に契約を保留にしてもらったの。あれだけの好条件を蹴るほどに恐怖を感じたのだけど、彼のニッコリとした表情を見てそれはないと確信できたわ。


「ほんとに良いのか?もしかしたら団に入らないかもしれないよ」

「当然の権利だから安心してよ、断ってるのに雇う訳にはいかないし、それに君は勘違いしてる、俺たちは団を作ってないよ」


彼個人が雇うかどうかの話だからと言ってくるけど、どうしてそんな事を?っと疑問でならなかった。だけどそんな疑問は彼の言葉を聞いて一瞬で消えて行ったよ、彼は何処にも属さない事を目標としていたんだ、それは自分の住む場所を作る為だったのよ。
傭兵は、普通どこかの国に所属する事を最終目標にするわ。それをしないのは自分の国を作る者だけで、彼は既にそこまでを考えているの。


「オレはキョーカだ、仲間の答えを期待してくれ」

「俺はジルベルト、良い報告を待ってるよキョーカ」


明日が楽しみだとジルベルトと握手をしてアタシもそう思ったわ。ふたりの説得なんて、彼の提案した食事だけでも十分で、少しチラつかせれば一発なのよ。問題は彼に寝込みを襲われないかだけど、彼になら身を任せても良いかもしれない。
宿に向かうアタシの足取りはとても軽かったわ、戦闘以外でここまで心が踊ったのは初めてなの、早く明日にならないかしらね。
しおりを挟む

処理中です...