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3章 支店

42話 スライム農夫登場

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「今年も不作か」


アタシは畑の収穫が終わったのでその報告を聞いている、アタシたちは耳長族と言われる長い獣耳を持った種族で、ハイヒューマンたちにバニー族と呼称されている種族だ、今アタシの仕事部屋に来たのは、収穫の管理をしてもらっているキョンと言う青年だ、彼は仕事が出来るから任命した。
今年もニンジン畑の半分が育たず自分のせいだと落ち込んでしまっているんだ、アタシはいつもの事だから気にするなと励まし、次の収穫に期待しようと部屋を退出させた、そして一人になるとため息を付いて呟いていたんだ。


「今回の奉納で他の作物も作ることになるかもしれんな」


ニンジンはアタシたちが作るから育っている、だがそれ以外の食料も必要だ、既に麦を作れと言われていてアタシは困っている、自分たちが食さない食べ物を育てるなんて考えられんのだ。


「ただでさえ皆、腹を空かせている・・・もう限界かもしれない」


アタシたちの種族はハイヒューマンに人気だ、国に申請すれば良い条件で奴隷として買ってくれる、アタシは村の為に口減らしを考えた、しかし良い条件と言っても奴隷には変わらない、それは苦渋の選択なのだ、自分たちが生き残る為に子供や年頃の女性たちを犠牲にはできない。


「それに、今それで助かっても次が持たない、先を考えればその者たちの方が村には必要だ、かといってこのままでは全員で終わってしまう」


畑を増やそうとも思った、しかしアタシたちはそれほど力がない、木を切る事は出来るが根の張った切株は取り除けないんだ、魔石を買い込み土の力を上げたこともあった、だが費用の方が高くつき中止した、食料ではない品も作ったが売れなかった、正直な話もう打つ手はない。


「奇跡でも起きない限り、アタシたちに生きる術はない」


遠く離れた土地では、間抜けにもオオガラスが食料を落としてきたと噂を聞いた、モンスターが食料を落とすなんてあるはずないと思って笑っていた、だがアタシは今、そんな奇跡を求めている。


「そんなことあるわけないか・・・やはり畑を」

「たた、大変です村長ーー!」


アタシが畑の拡張を考えていると、門で見張りをしている青年、ビュンが扉を勢いよく開けて入ってきた、アタシは何事かと思ってみたんだが扉が壊れてしまっていたよ。


「ビュンお前、慌て過ぎだ馬鹿者!扉が壊れてしまっただろう」

「とと、扉なんて後でオイラが直します、そそそれよりも一緒に来てください!狩りから戻ってきたピョンたちが大変なんです、たた沢山の作物を持って帰って来たんですよ」

「な、なんだって!?」


アタシは自分の耳を疑ってしまった、アタシたちにとってこの耳は誇りだ、どの種族よりも耳が良いんだ、これはアタシたちが唯一優れている部分だから疑う事なんてない、それが今おきてしまったよ。
アタシはビュンと一緒に門まで走った、そこには様々な野菜を持った狩りを任せている者たちがいた、その周りには皆がどうしたんだと集まっていた。


「みんな通してくれ!村長様をお連れした、ピョンみんなに聞かれただろうけど、村長に状況を話してくれ」


ビュンが集まっている皆に道を開けてもらいアタシを通した、そして野菜を受取り話を聞かせてもらった、この時のアタシは、ピョンの話を噂のオオガラスだと思っていたんだ。


「あたいたちはリトルボアを見つけて追ってたんだ、だけどそこにボアが出てきて、みんなそいつに攻撃を受けて倒れた、もうダメかと思ってたら、ボアはその後攻撃しないでどこかに行ったんだよ、でもあたいたちは怪我が酷くて意識を失っちまった、次に目が覚めたらいい匂いのする藁の上だったんだよ」


藁のベッドから起きると、そこにはスライムたちがいたらしい、攻撃されるわけでもなく、せっせと土を耕していたんだそうだ。


「にわかには信じられないが、全員が見ているのだな」

「はい、それにこの包帯は手当をしてもらったんだけど、それをしてくれたのはスライムたちの親分だったんです」


親分にあたるスライムはクワを持ち皮鎧を纏った兵士だったらしい、そいつは木の兜をかぶっていて顔は見えなかったそうだ、そいつが大きなスライムに跨り畑を耕していたと話してくれた。


「その親分はスライム農夫と名乗りました、そしてあたいたちに収穫した野菜をくれたんです」

「スライム農夫・・・スライム騎士なら聞いたことはあるが、そんなスライム聞いたことないな」


スライム騎士はとても強い強敵だ、ハードクラスの上の存在である為、めったに会うことは無い、アタシたちでは束になっても勝てない、それほどの強敵だ。


「モンスターが治療をし、作物を育てているか・・・ちょっと会ってみたいな」

「そそ、村長何を言ってるんですか!?危険ですよ!」


ビュンがすぐに止めて来た、だがアタシは会ってみたい、これはオオガラスと同じく奇跡だ、これを逃したらアタシたちに未来はない。


「危険だったら逃げればいい、村の住人を救ってもらったんだぞ、お礼の言葉を伝えるのが村長の仕事だ、ビュンも一緒に行くよな」

「げっ!?」


ビュンが嫌がったがアタシは命令した、案内をピョンに任せ他の者たちには休んでもらった、野菜は奉納するがその中にはニンジンもあった、ふっくらとしたニンジンは送らず皆で食すように告げたんだ、皆喜んでいたよ。


「ここがその洞窟ですウサ村長」


森を南東に進んで20分の場所にそれはあった、アタシはこんなに近くに洞窟があったのに知らなかったよ、森で頻繁に狩りをしている者ならばと、ピョンに聞いたのだが見たことなかったそうだ、おそらくごく最近出来たんだろう、つまりここはダンジョンだ。


「スライム農夫がダンジョンマスターか・・・オオガラスの様な奇跡ではなかったが、アタシたちにとっては救いだな」


スライム農夫とやらと友好関係を築ければ、少なくても奉納分は補える、ニンジンの奉納は、ニンジンしか食せないアタシたちとって地獄だった、それが解消されればアタシたちは救われる、そう思って洞窟に入った、そこには広い畑が広がっていたよ。


「す、すごいな!?土が輝いて見える、それに作物も光っているぞ」


こんな力の満ちた畑や作物は初めて見た、ピョンの言っていた通りスライムたちが自分たちの体を使って土を耕し、触手の様に伸ばした手を鋭利にして野菜を収穫している。


「あんれまぁー!また来たのか長ミミっ子」


アタシたちが畑に魅了されていると、横の通路からそんな声がした、アタシは振り向いたがスライム騎士の農夫版が現れたんだ、乗っているスライムは青くて大きい、強そうには見えないがこいつもユニーククラスかもしれない。


「そのせつはお世話になりましたウサ、今日はあたいの村の村長をお連れしたんですウサ」

「初めましてスライム農夫殿、アタシはウサット村の村長を任されているミサット・ウサットと言います、先日は村の仲間を救っていただきありがとうございました」


アタシの後に続いてビュンとピョンが頭を下げたよ、それをスライム農夫は「あはは」と笑って返してきたんだ。


「オラは何も特別な事はしてねぇべよ、怪我をしたもんを見つけたから手当をしただ、ごく普通の事だべ」

「しかし食料まで分けてもらった、お礼を伝えたかったんだ、あの食料があればアタシたちは暮らしていける、ほんとに助かった」

「手ぶらで返すのもなんだからって、見上げにできるのがそれしかなかっただけだよ、どうせオラたちは食べんでも生きていける、この野菜たちは肥料にする為に作ってるだ、気にせんでも良いだよ」


木の兜の下で大笑いをしている、とても和やかなモンスターだとアタシは思った、とても親しみが持てる、悪意を全然感じないんだ、ほんとにモンスターなのかと疑ってしまうよ。


「な、なぁヒリョウって何かな?」

「しっ!今村長が話してるでしょウサ、静かに聞いてなさいよウサ」


アタシの後ろでビュンとピョンが言い争っている声がした、アタシもヒリョウとは何か不思議に思った、しかしそんなことは後だ、アタシがここに来た一番の理由を今話す。


「スライム農夫殿、助けてもらって更にこんなことを頼むのはとても心苦しいのだが、どうか聞いてもらえないだろうか」

「なんだべかな長ミミっ子の村長さん?」

「アタシたちに返せるモノなら、出来るだけ用意して渡すと約束する、だからここで育てている野菜を分けてもらえないだろうか」


アタシたちに返せるモノは少ない、ほとんどないと言っていいだろう、しかしアタシたちにはこれしか残っていないんだ、頭を下げ願うしかない。


「そんなに野菜が欲しいだか?」

「アタシたちは今、飢餓で苦しんでいる、世界全域と言ってもいい、それほどに食料が不足しているんだ、アタシたちは国に税として作物を渡すのだが、ニンジンしか食さないアタシたちにはとても苦なのだ、他の作物を育てて納めれば済むのだが、ニンジンもあまり育たないのに他の作物を育てる余裕がない、どうか頼む農夫殿!」


スライム農夫は悩んでいる、無理もない、そのヒリョウとやらにする為に作っているんだ、アタシたちに分ければそれだけヒリョウにする量が減る、それを補える何かをアタシたちが渡さねばならない、果たしてそれをアタシたちが渡せるのかがカギだ。


「良いだよ、好きなだけ持っていくと良いだ」

「そうだよな、やはり渡すわけには・・・え!?今なんと?」

「だから持ってくと良いだ、さっきも言っただがヒリョウにするだけだ、腐らせてヒリョウにする前のもんは沢山あるだよ」


アタシは今日、自分の耳を2回目も疑った、どうしてこんなに簡単に了承するんだ、それに腐らせる事でヒリョウにできるのかと心の中で突っ込んだよ。


「それにしても、長ミミっ子たちは苦労してんだなやぁ~そんなに外じゃ作物が育たねぇだか?」


農夫殿が了承してくれて通路を案内してくれた、そして野菜が積まれた部屋に通され唖然としている、すごく広い部屋にこれでもかと野菜が積まれているんだ、それも腐らせるために他の部屋に移しているスライムもいる、いったいここはどうなっているんだと思ったよ。


「ここの様に土に力がないのだ、どうすればあれほどの力に満ちた土になる、やはりダンジョンだからか?」

「あんれぇまぁー!?もしかしておめぇさんたち、肥料を知らんのか!」


凄く驚かれてアタシたちはとんでもない情報をもらった、これを境にほんとにアタシたちの暮らしは一変することになった。
あの時の決断したアタシをほめてやりたいよ。
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