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Episode2 愛のこもった手料理で胃袋鷲掴み大作戦!
2-6 自慢の手料理
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次の日の朝、ベイディオロがKEMO本部に連絡をくれた。リザミィたちが魔王へ料理を作る許可が下りたらしい。
日程は明日の夕食に決まった。時間の余裕はないということだ。今夜必ずアリマからレシピを教えてもらわなければ。
まぁ、余裕でしょ。食堂にある共有キッチンの前で、エプロン姿のリザミィは満面の笑みを讃えていた。
キッチンカウンターの向かいにある机の上には、リザミィが作った自慢の料理が並んでいる。
ライジャーとボンボはリザミィの料理を見下ろして言葉を失くしていた。素晴らしい料理に声も出ないらしい。二人は椅子にも座らずその場で固まっている。
「ちょっとだけ盛り付けは失敗しちゃったけど、味は保証するわ」
リザミィが声を掛けても席に着く気配がない。早くしないと冷めちゃうのに。
「はい座って! はいスプーン!」
リザミィはライジャーとボンボを無理矢理座らせて、手にスプーンを握らせた。
スプーンを小刻みに震わせたボンボが僅かに口を開く。彼から発せられた声はとても小さかった。
「あ、あの……ちなみにリザミィさん。これ……なんの料理かな……なんて……」
「なにって決まってるでしょ。オムライスよ」
「ぉむ……」
ボンボはそれだけ言って唇を結んだ。オムライスを凝視している。
「さっきも言ったけど、ちょっと盛り付けに失敗しちゃって。見た目は悪いけど味は最高だから! 早く食べて食べて!」
ライジャーはボンボに視線を送っている。ボンボがか細い声でむりむり、と言っているのが聞こえた。なにが無理なのか。
痺れを切らせたリザミィは眉を寄せる。遠慮する必要などどこにもない。早く食べて安心して欲しい。
「もー! 仕方ないわねぇ!」
リザミィはライジャーの手首をガシッと掴んで、スプーンをオムライスへ投入させた。
「はッ!? ──いや、オマッ、待てって! ま、な、にむおぉッ!?」
暴れ始めたライジャーの口にスプーンを突っ込んだ。ライジャーは抵抗を見せたが力づくで食べさせる。
ライジャーは泣きながらオムライスを味わっていた。感動のあまり涙を流しているようだ。ほらね! 最高でしょ?
ボンボはぶるぶると大きく体を震わせている。
「ボボボ、ボボ、ボク、今、あ、あんまりお腹空いてないかも……」
「遠慮しなくていいのよボンボ。私知ってるんだから。今朝からおやつ食べてないでしょ? このためにお腹空かせてくれたのよね? ほらほら!」
リザミィは笑顔でボンボの口にもオムライスを突っ込んだ。
ボンボはぐむっと声を上げると、そのまま動かなくなってしまった。完璧すぎる料理に気絶したらしい。
これなら絶対アリマも認めてくれる。やっぱり練習なんて必要なかったのよ!
リザミィがほくそ笑んでいると、項垂れていたライジャーが突然席から立ち上がった。
「──クッッッッッッッッソマズいじゃねぇかぁッ!? オレらを殺す気かババアッ!? オマエよくこれで「任せなさい」とかドヤ顔で言えたな!? こっちが恥ずかしいわッ! なにがだてに100年生きてない、だ! 100年生きててこのレベルは逆に尊敬するけどなッ!? こんなんどこがオムライスだよッ! ちょっと盛り付け失敗したとか抜かしてたけどちょっととか言うレベルじゃねぇからぁッ!? よく見てみろよ真っ黒だろッ!? オムライスはフツー黄色だろッ!? 飯に紛れて意味わかんねぇ根っこみたいなのも入ってるし、なんかじゃりじゃりしてるしオマエの神経どうなってんだよマジでッ!」
ライジャーが恐ろしいほど勢いのあるツッコみを披露してくれた。彼はスプーンを乱暴に机へ叩きつける。
「失礼ね!? 根っこみたいなのは漢方で有名なママラじゃない! あんた知らないの?」
「いやいやいやいや! なんで漢方をオムライスに入れようと思ったんだよッ!? 風邪薬とかに入ってるやつだろそれはぁッ!?」
ぜぇぜぇと息を切らせたライジャーが椅子にへたりこんだ。怒鳴り疲れたのか肩で息をしている。
意味もなく漢方を入れたわけではない。リザミィなりの気遣いだ。
「だって、入ってた方が健康にいいかなって思ったのよ!」
「……もういい。今はそれどころじゃねぇ」
ライジャーは冷静な口調で言うと、頭を抱えてしまった。
リザミィはこれまで誰かに料理を振舞ったことはなかった。オムライスを味見した時は不味いとは思わなかったし、漢方が入った健康志向な最高の一品だと確信していた。だが、二人の様子を目の前で見て初めて理解してしまった。
リザミィは料理が下手だ。
……それも、多分ものすごく。
「ま、魔王様への料理は諦める……? 何か別の方法を……」
意識を取り戻したボンボは弱々しく言った。なんだか顔色が悪い気がする。
「嫌よ」
リザミィが即答すると、ライジャーが苛立った様子で片足を揺らした。
「あのなぁ。オマエ、自分がどんだけ料理下手か自覚してんのか? っつーか、下手とかいう次元を超えてるからな。死体が二つ出来上がるところだったんだぞ?」
リザミィは唇を固く閉じた。悔しいけれど、ライジャーが言っていることは正しいのかもしれない。
料理が下手だということは認めたくはないが、食べることが大好きなボンボでさえリザミィの料理を不味いと思っている。ボンボはライジャーのように口では言っていないが、彼の態度が全てを物語っていた。
これではアリマを認めさせることなどまず無理だ。
だからと言ってリザミィは手料理を諦めたくはなかった。愛する魔王のために、心のこもった料理を作りたい。
「魔王様の妻になる者として、料理は必要不可欠なのよ」
「でも、苦手なことを無理する必要はないんじゃ……」
ボンボの言葉にリザミィは俯いた。
確かに、今時は便利なレトルト食品も出回っているし、手料理にこだわる必要はないのかもしれない。
だけど好きな相手が、自分の手料理を美味しい美味しいと言って食べてくれるのは、きっと物凄く幸せなことのはずだ。
「たとえ苦手でも、私は乗り越えたいの」
好きな相手の為なら苦手だって克服してみせる。魔王を喜ばせたい気持ちは、胸に抱えきれないくらい膨らんでいる。絶対、諦めたくない。
リザミィは拳を握った。
「……わかった」
ライジャーが天井を見上げて呟いた。
「料理の案はこのままで行こう」
「ほんと!?」
リザミィはパァッと喜びの表情を浮かべた。
ところがライジャーは、しかめっ面でリザミィを指をさした。
「だが、オマエは絶対に作るな」
「なんで!?」
叫ぶと、ライジャーは指先で机を叩いた。
「素人以下が一日二日で美味い料理を作れるようになるなんて絶対に無理だ。オマエの上達のために時間をかけてもいられねぇ。魔王は明日、オレらが料理を作ってくれると思ってるんだからな。もしかしたら案外楽しみにしてる可能性もある。日程を変更しちまったら、魔王の機嫌がどうなるかわからねぇだろ」
「確かに……」
ボンボが頷いた。
苦手を乗り越えて自分の手料理で魔王を喜ばせたい。けれど、リザミィが今から必死に料理を練習しても、魔王を喜ばせられるレベルになるには時間が足りないだろう。
魔界終末時計は11時50分を指している。残り10分しかないような現状で、急な日程変更で魔王をがっかりさせるのはよくない。ライジャーの意見は真っ当だった。
魔王を喜ばせるためなのに、結果的にがっかりさせてしまっては元も子もない。
「今一番の問題は、どうやってアリマを認めさせてレシピを教えて貰うかだ。レシピさえ手元にあれば、あとはオレとボンボでなんとでもなるだろ」
ライジャーは思案顔で腕を組んだ。
「けど、オレも料理は一般レベルだし。プロを認めさせるのは到底無理だ」
「ぁ……」
ボンボは何かを言いたげに口を開いたが、すぐに閉じてしまった。そして体を縮めて下を向く。
リザミィはそんなボンボの様子を見逃さなかった。
「ねぇボンボは? 料理は出来るの?」
ボンボは焦ったように目を見開いた。
「えっ!? う、うーん……。ど、どうだろう。作るのは好きだけど、誰かに食べてもらったことはほとんどないから……」
ライジャーが肩を竦めた。
「どんだけ下手でもこいつよりはマシだろ。自信満々だった結果がコレだぜ? コレの後ならなんも怖いもんねぇだろ。いいから試しに作ってみろよ」
ライジャーの言い方にはムッとしたが、リザミィは言い返すことが出来なかった。
ボンボは躊躇ってはいたが自信なさげに頷くと、のっそり共有キッチンに立った。
……正直言って、驚いた。
キッチンに立ったボンボは、普段の倍のスピードで動いているように見えた。あんたそんなに早く動けたの? いつものボンボはどこへ?
包丁さばきから卵の割り方まで、一切無駄がない。卵なんて片手でぽんぽん割っている。リザミィがやった時は両手でやっても殻が入って大変だったのに。
ライジャーもボンボの変わりように目を丸くしていた。
そしてあっという間にオムライスが完成してしまった。
黄金色でキラキラしていて、ものすごく美味しそうだ。リザミィの真っ黒オムライスと並べられると天と地ほどの差を思い知らされる。
「口に合うかわからないけど……」
ボンボはおどおどした様子で目を伏せている。
リザミィはドキドキしながらスプーンで掬ったオムライスを頬張った。
なにこれ。嘘でしょ。
スプーンを動かす手が止まらない。隣のライジャーも無言でがつがつ食べている。
一言も発さずオムライスを食べきったリザミィは、幸せな気持ちに包まれていた。
「おいしかった……」
リザミィのボキャブラリーでは、ありきたりな言葉しか出てこない。しかしこれまでリザミィが食べてきたオムライスの中で、一番美味しいと言っても過言ではなかった。
ライジャーは苦笑しながら、参った、という風に椅子にもたれかかった。
「冗談抜きで、マジで美味かった。オマエ、料理が得意ならもっと早く言えよな。知ってたらババアの激マズ料理なんか食わずに済んだのによ」
「ババア言うな! けど、私もびっくりしたわ。ボンボはもっと自信を持っていいわよ」
「う、うん……」
ボンボは料理人になるべくして生まれたのではないか。大袈裟な表現ではなく、素直にそう思う。
ボンボは自分に自信がなくて気が弱い部分がある。それは決して悪いことではないが、せっかくの才能を誰も知らないままというのは、もったいない気がした。
「ほら、クソトカゲだってこんな性格で恥ずかしげもなく堂々と生きてるでしょ」
「うるせぇッ! オマエはもっと謙虚になりやがれッ!」
リザミィとライジャーを見比べたボンボは、口元を僅かに緩めた。
「ありがとう。……けど、ボクの料理でアリマさんを認めさせるなんて」
「いける」
ライジャーはきっぱりと言い切った。リザミィも同感だ。
「いけるわ。悔しいけど、今回ばかりはボンボに任せることにしましょ。私たちを信じて。ね?」
リザミィはニコッとボンボに向かって微笑んだ。ボンボは控えめな笑顔を返しながら、小さく頷いた。
これで魔王をがっかりさせなくて済む。
明日の料理もボンボが作れば、きっと魔王は大満足してくれることだろう。
自分が何も出来ないのは悔しいが、リザミィにとって一番大切なのは魔王が料理を食べてご機嫌になることだ。ボンボの料理なら任せても安心だ。
ボンボの才能には驚いたが、仲間の得意なことを知ることが出来て嬉しくなった。
リザミィは元気よく拳を振り上げた。
「よし、じゃあまずは今夜ね! アリマさんをびっくりさせましょう! 全ては愛しの魔王様のために!」
「が、頑張るよ……!」
「だから勝手に変な掛け声すんな! オマエはなんもしねぇしな!?」
日程は明日の夕食に決まった。時間の余裕はないということだ。今夜必ずアリマからレシピを教えてもらわなければ。
まぁ、余裕でしょ。食堂にある共有キッチンの前で、エプロン姿のリザミィは満面の笑みを讃えていた。
キッチンカウンターの向かいにある机の上には、リザミィが作った自慢の料理が並んでいる。
ライジャーとボンボはリザミィの料理を見下ろして言葉を失くしていた。素晴らしい料理に声も出ないらしい。二人は椅子にも座らずその場で固まっている。
「ちょっとだけ盛り付けは失敗しちゃったけど、味は保証するわ」
リザミィが声を掛けても席に着く気配がない。早くしないと冷めちゃうのに。
「はい座って! はいスプーン!」
リザミィはライジャーとボンボを無理矢理座らせて、手にスプーンを握らせた。
スプーンを小刻みに震わせたボンボが僅かに口を開く。彼から発せられた声はとても小さかった。
「あ、あの……ちなみにリザミィさん。これ……なんの料理かな……なんて……」
「なにって決まってるでしょ。オムライスよ」
「ぉむ……」
ボンボはそれだけ言って唇を結んだ。オムライスを凝視している。
「さっきも言ったけど、ちょっと盛り付けに失敗しちゃって。見た目は悪いけど味は最高だから! 早く食べて食べて!」
ライジャーはボンボに視線を送っている。ボンボがか細い声でむりむり、と言っているのが聞こえた。なにが無理なのか。
痺れを切らせたリザミィは眉を寄せる。遠慮する必要などどこにもない。早く食べて安心して欲しい。
「もー! 仕方ないわねぇ!」
リザミィはライジャーの手首をガシッと掴んで、スプーンをオムライスへ投入させた。
「はッ!? ──いや、オマッ、待てって! ま、な、にむおぉッ!?」
暴れ始めたライジャーの口にスプーンを突っ込んだ。ライジャーは抵抗を見せたが力づくで食べさせる。
ライジャーは泣きながらオムライスを味わっていた。感動のあまり涙を流しているようだ。ほらね! 最高でしょ?
ボンボはぶるぶると大きく体を震わせている。
「ボボボ、ボボ、ボク、今、あ、あんまりお腹空いてないかも……」
「遠慮しなくていいのよボンボ。私知ってるんだから。今朝からおやつ食べてないでしょ? このためにお腹空かせてくれたのよね? ほらほら!」
リザミィは笑顔でボンボの口にもオムライスを突っ込んだ。
ボンボはぐむっと声を上げると、そのまま動かなくなってしまった。完璧すぎる料理に気絶したらしい。
これなら絶対アリマも認めてくれる。やっぱり練習なんて必要なかったのよ!
リザミィがほくそ笑んでいると、項垂れていたライジャーが突然席から立ち上がった。
「──クッッッッッッッッソマズいじゃねぇかぁッ!? オレらを殺す気かババアッ!? オマエよくこれで「任せなさい」とかドヤ顔で言えたな!? こっちが恥ずかしいわッ! なにがだてに100年生きてない、だ! 100年生きててこのレベルは逆に尊敬するけどなッ!? こんなんどこがオムライスだよッ! ちょっと盛り付け失敗したとか抜かしてたけどちょっととか言うレベルじゃねぇからぁッ!? よく見てみろよ真っ黒だろッ!? オムライスはフツー黄色だろッ!? 飯に紛れて意味わかんねぇ根っこみたいなのも入ってるし、なんかじゃりじゃりしてるしオマエの神経どうなってんだよマジでッ!」
ライジャーが恐ろしいほど勢いのあるツッコみを披露してくれた。彼はスプーンを乱暴に机へ叩きつける。
「失礼ね!? 根っこみたいなのは漢方で有名なママラじゃない! あんた知らないの?」
「いやいやいやいや! なんで漢方をオムライスに入れようと思ったんだよッ!? 風邪薬とかに入ってるやつだろそれはぁッ!?」
ぜぇぜぇと息を切らせたライジャーが椅子にへたりこんだ。怒鳴り疲れたのか肩で息をしている。
意味もなく漢方を入れたわけではない。リザミィなりの気遣いだ。
「だって、入ってた方が健康にいいかなって思ったのよ!」
「……もういい。今はそれどころじゃねぇ」
ライジャーは冷静な口調で言うと、頭を抱えてしまった。
リザミィはこれまで誰かに料理を振舞ったことはなかった。オムライスを味見した時は不味いとは思わなかったし、漢方が入った健康志向な最高の一品だと確信していた。だが、二人の様子を目の前で見て初めて理解してしまった。
リザミィは料理が下手だ。
……それも、多分ものすごく。
「ま、魔王様への料理は諦める……? 何か別の方法を……」
意識を取り戻したボンボは弱々しく言った。なんだか顔色が悪い気がする。
「嫌よ」
リザミィが即答すると、ライジャーが苛立った様子で片足を揺らした。
「あのなぁ。オマエ、自分がどんだけ料理下手か自覚してんのか? っつーか、下手とかいう次元を超えてるからな。死体が二つ出来上がるところだったんだぞ?」
リザミィは唇を固く閉じた。悔しいけれど、ライジャーが言っていることは正しいのかもしれない。
料理が下手だということは認めたくはないが、食べることが大好きなボンボでさえリザミィの料理を不味いと思っている。ボンボはライジャーのように口では言っていないが、彼の態度が全てを物語っていた。
これではアリマを認めさせることなどまず無理だ。
だからと言ってリザミィは手料理を諦めたくはなかった。愛する魔王のために、心のこもった料理を作りたい。
「魔王様の妻になる者として、料理は必要不可欠なのよ」
「でも、苦手なことを無理する必要はないんじゃ……」
ボンボの言葉にリザミィは俯いた。
確かに、今時は便利なレトルト食品も出回っているし、手料理にこだわる必要はないのかもしれない。
だけど好きな相手が、自分の手料理を美味しい美味しいと言って食べてくれるのは、きっと物凄く幸せなことのはずだ。
「たとえ苦手でも、私は乗り越えたいの」
好きな相手の為なら苦手だって克服してみせる。魔王を喜ばせたい気持ちは、胸に抱えきれないくらい膨らんでいる。絶対、諦めたくない。
リザミィは拳を握った。
「……わかった」
ライジャーが天井を見上げて呟いた。
「料理の案はこのままで行こう」
「ほんと!?」
リザミィはパァッと喜びの表情を浮かべた。
ところがライジャーは、しかめっ面でリザミィを指をさした。
「だが、オマエは絶対に作るな」
「なんで!?」
叫ぶと、ライジャーは指先で机を叩いた。
「素人以下が一日二日で美味い料理を作れるようになるなんて絶対に無理だ。オマエの上達のために時間をかけてもいられねぇ。魔王は明日、オレらが料理を作ってくれると思ってるんだからな。もしかしたら案外楽しみにしてる可能性もある。日程を変更しちまったら、魔王の機嫌がどうなるかわからねぇだろ」
「確かに……」
ボンボが頷いた。
苦手を乗り越えて自分の手料理で魔王を喜ばせたい。けれど、リザミィが今から必死に料理を練習しても、魔王を喜ばせられるレベルになるには時間が足りないだろう。
魔界終末時計は11時50分を指している。残り10分しかないような現状で、急な日程変更で魔王をがっかりさせるのはよくない。ライジャーの意見は真っ当だった。
魔王を喜ばせるためなのに、結果的にがっかりさせてしまっては元も子もない。
「今一番の問題は、どうやってアリマを認めさせてレシピを教えて貰うかだ。レシピさえ手元にあれば、あとはオレとボンボでなんとでもなるだろ」
ライジャーは思案顔で腕を組んだ。
「けど、オレも料理は一般レベルだし。プロを認めさせるのは到底無理だ」
「ぁ……」
ボンボは何かを言いたげに口を開いたが、すぐに閉じてしまった。そして体を縮めて下を向く。
リザミィはそんなボンボの様子を見逃さなかった。
「ねぇボンボは? 料理は出来るの?」
ボンボは焦ったように目を見開いた。
「えっ!? う、うーん……。ど、どうだろう。作るのは好きだけど、誰かに食べてもらったことはほとんどないから……」
ライジャーが肩を竦めた。
「どんだけ下手でもこいつよりはマシだろ。自信満々だった結果がコレだぜ? コレの後ならなんも怖いもんねぇだろ。いいから試しに作ってみろよ」
ライジャーの言い方にはムッとしたが、リザミィは言い返すことが出来なかった。
ボンボは躊躇ってはいたが自信なさげに頷くと、のっそり共有キッチンに立った。
……正直言って、驚いた。
キッチンに立ったボンボは、普段の倍のスピードで動いているように見えた。あんたそんなに早く動けたの? いつものボンボはどこへ?
包丁さばきから卵の割り方まで、一切無駄がない。卵なんて片手でぽんぽん割っている。リザミィがやった時は両手でやっても殻が入って大変だったのに。
ライジャーもボンボの変わりように目を丸くしていた。
そしてあっという間にオムライスが完成してしまった。
黄金色でキラキラしていて、ものすごく美味しそうだ。リザミィの真っ黒オムライスと並べられると天と地ほどの差を思い知らされる。
「口に合うかわからないけど……」
ボンボはおどおどした様子で目を伏せている。
リザミィはドキドキしながらスプーンで掬ったオムライスを頬張った。
なにこれ。嘘でしょ。
スプーンを動かす手が止まらない。隣のライジャーも無言でがつがつ食べている。
一言も発さずオムライスを食べきったリザミィは、幸せな気持ちに包まれていた。
「おいしかった……」
リザミィのボキャブラリーでは、ありきたりな言葉しか出てこない。しかしこれまでリザミィが食べてきたオムライスの中で、一番美味しいと言っても過言ではなかった。
ライジャーは苦笑しながら、参った、という風に椅子にもたれかかった。
「冗談抜きで、マジで美味かった。オマエ、料理が得意ならもっと早く言えよな。知ってたらババアの激マズ料理なんか食わずに済んだのによ」
「ババア言うな! けど、私もびっくりしたわ。ボンボはもっと自信を持っていいわよ」
「う、うん……」
ボンボは料理人になるべくして生まれたのではないか。大袈裟な表現ではなく、素直にそう思う。
ボンボは自分に自信がなくて気が弱い部分がある。それは決して悪いことではないが、せっかくの才能を誰も知らないままというのは、もったいない気がした。
「ほら、クソトカゲだってこんな性格で恥ずかしげもなく堂々と生きてるでしょ」
「うるせぇッ! オマエはもっと謙虚になりやがれッ!」
リザミィとライジャーを見比べたボンボは、口元を僅かに緩めた。
「ありがとう。……けど、ボクの料理でアリマさんを認めさせるなんて」
「いける」
ライジャーはきっぱりと言い切った。リザミィも同感だ。
「いけるわ。悔しいけど、今回ばかりはボンボに任せることにしましょ。私たちを信じて。ね?」
リザミィはニコッとボンボに向かって微笑んだ。ボンボは控えめな笑顔を返しながら、小さく頷いた。
これで魔王をがっかりさせなくて済む。
明日の料理もボンボが作れば、きっと魔王は大満足してくれることだろう。
自分が何も出来ないのは悔しいが、リザミィにとって一番大切なのは魔王が料理を食べてご機嫌になることだ。ボンボの料理なら任せても安心だ。
ボンボの才能には驚いたが、仲間の得意なことを知ることが出来て嬉しくなった。
リザミィは元気よく拳を振り上げた。
「よし、じゃあまずは今夜ね! アリマさんをびっくりさせましょう! 全ては愛しの魔王様のために!」
「が、頑張るよ……!」
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