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Episode2 愛のこもった手料理で胃袋鷲掴み大作戦!

2-5 高級レストラン ケットリーア

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「おまたせー」
「──おせぇッ! お待たせしすぎだろッ!? めッちゃくちゃ嫌な予感はしてたけどなッ!? オマエどんだけ遅刻するんだよッ!? 待ち合わせは18時だったよなぁッ!?」

 待ち合わせ場所であるアボロスの北側のアーケード前に着くや否や、先に着いていたライジャーに怒鳴られた。
 ライジャーは銀色の懐中時計をこれでもかとリザミィに見せつけてくる。そんなに近付けなくたって見えるってば。

「見ろよッ! 19時13分! 1時間13分も遅刻してんじゃねぇかッ!? 店は遅くまでやってるみてぇだからいいけどよ!」

 日が暮れても元気なトカゲだ。分単位で文句を言うなんて、時間に細かい男は嫌われちゃうわよ。
 リザミィは肩を竦めた。

「高級レストランよ? しかも魔王様のご招待で行くようなものなんだから、準備はちゃんとしなきゃ」
「準備ってオマエな──」
「リザミィさん、すっごく綺麗だね……!」

 憤怒のライジャーを遮るようにボンボが間に入って来た。ボンボはリザミィの上から下を見て目を丸くしている。

「ふふん、でしょ? ボンボはどこぞのトカゲと違って、女心がわかってるわねぇ!」

 リザミィはポーズを取って見せた。ライジャーも一言目には文句じゃなくて、まずはこの服装の感想を言って欲しいものだ。デリカシーのないこの男は、これまでに何回もデートで失敗してるに違いない。

 黒いレースが装飾された漆黒のイブニングドレスは、リザミィのとっておきの服だった。魔王とのディナーデートを想定して買っておいたものである。
 髪型も気合を入れてハーフアップにしてある。メイクだってばっちり自信作だ。どこからどう見ても完璧な、パーフェクトな大人のレディだ。

「そんなのに時間かけて何がいいんだか。ケバいだけじゃねぇか」

 横目でリザミィを睨むライジャーの恰好は、ベイディオロが言っていたような「きちんとした装い」には見えない。普段着レベルだった。ボンボはオークの正装を着ているのに、完全に一人だけ浮いている。

「あんたそれで行くの? リザードマンのちゃんとした民族衣装とかないの?」
「あんなもんわざわざ着るか。別にいいだろ、こっちは客なんだし」
「ライジャーくんはぶれないね」

 ボンボが感心したように頷いている。そこは感心するところではない気がする。ライジャーはTPOを軽んじているのではないか。
 まぁ、これでもしライジャーが入店拒否になったとしても放っておけばいいし、ボンボと二人でなんとかなる。

「それじゃ、行きましょ」

 リザミィは黒いピンヒールを鳴らしながら、レストランケットリーアへ向かった。

 ケットリーアの前に着くと、扉の前に小さなケット・シーが二名立っていた。彼らはリザミィたちを見つけると、ちょこちょこと歩き扉の前に立った。

「こちらは三ッ星レストランケットリーアでございます。ご予約のお客様でいらっしゃいますか?」

 リザミィは口元がにやけてしまうのを我慢するのに必死だった。
 だってこのケット・シーたち、可愛すぎるんだもの。
 リザミィは猫が大好きだった。犬よりも断然猫派だ。どうやらこのレストランは、ケット・シーたちが働いているレストランらしい。

「予約はしてないわ。でも、私たちここのチケットを持ってるの。使えるかしら?」

 リザミィはしゃがんでケット・シーにディナーチケットを渡した。ケット・シーは肉球のある手で受け取る。んん、かわいい。
 ケット・シーはくりっとした目を大きく見開いた。

「こ、これは魔王様の署名入りチケット! すぐにお席をご用意致します! 後ろのお二方もチケットをお持ちですか?」
「ええ」

 リザミィが頷くと、ケット・シーは満面の笑みで扉を開いた。

「かしこまりました。では、ようこそケットリーアへ!」

 扉の先には大広間が広がっていた。ゆったりとした音楽も聞こえてくる。
 奥にある舞台で、めかし込んだ数名のケット・シーたちが楽器の生演奏を披露していた。店内を見渡すと壁や棚には煌びやかな銀装飾が施されていた。
 大広間では上品な見た目の魔物たちが食事を楽しんでいた。なんだかこの空間にいるだけで、すごくリッチな気分になれる。

 しかしリザミィたちが案内されたのは大広間ではなく、階段を上がったところにある個室だった。この個室にも所々に銀装飾がある。天井にはシャンデリアがあって床には赤い絨毯が敷かれ、かなり豪華な一室だった。
 室内にはすでに三人掛けの丸机が用意されていた。準備が早い。ウェイターのケット・シーがにこやかな笑顔で迎えてくれた。

「本日はケットリーアにお越しいただきありがとうございます。最高のひとときをお楽しみください」

 それからリザミィたちはしばらくの間、仕事を忘れてディナーを楽しんだ。こんな機会めったにない。堪能出来るものは堪能しておかないともったいない。
 ボンボは運ばれる料理に一口一口感動していた。あのライジャーでさえ、素直に美味いと呟いていた。
 リザミィもこんなに素晴らしい料理を食べるのは生まれて初めてだった。

 驚いたのが、用意される料理の盛り付け方が、リザミィとライジャー、ボンボでそれぞれ違っていたことだ。
 ライジャーとボンボは牙が発達しているので、食べ応えがあるように肉が大きめに切られていたが、リザミィの分は食べやすいように小さく切られていた。
 また、魚料理ではボンボとリザミィは切り身になっていたが、ライジャーのものは丸ごと一匹だった。リザードマンの好みを熟知しているからこそできる技だ。

 全ての料理において、食べる相手のことを考えて作られているように感じた。きっと超凄腕のシェフが作ったに違いない。
 デザートのアイスを食べ終わってから、リザミィはウェイターを呼んだ。

「どれも素晴らしい料理だったわ」
「ご満足いただけたようで何よりでございます」
「ぜひシェフにご挨拶がしたいんだけど、いいかしら?」

 リザミィの言葉に、ウェイターは驚いたように目を丸くした。
 ウェイターが返答する前に、ライジャーが偉そうにふんぞり返りながら口を開いた。

「この店に魔王の料理を作ってたやつがいるだろ。オレら、その料理人に用があって来たんだ」

 ライジャーの態度が高圧的だったからか、ウェイターは怯えたように視線を泳がせた。どういう神経してるのよこのトカゲは!
 リザミィはピンヒールでライジャーの足を思い切り踏みつけた。ギャッと叫んだライジャーはリザミィを睨む。
 怒鳴られる前にリザミィもライジャーを睨み返した。するとライジャーは、歯を食いしばりながら口を固く閉じた。こちらの意図が伝わってくれたらしい。
 ウェイターを怖がらせてどうするのか。ここは魔王軍じゃなくて高級レストランなんだから、もっと品のある言動をしなければ。全員追い出されたらどうするのか。

「私たち、どうしてもその料理人さんに会いたいの。魔王軍のちょっとした仕事でね」

 魔王の署名入りチケットを持っていたこともあってか、ウェイターは魔王軍の仕事と聞いて納得してくれたようだ。

「かしこまりました。すぐに連れて参ります」

 ウェイターは小走りで部屋を出て行った。動作がとにかくかわいい。たまらないわ。
 リザミィがにやにやしながらウェイターを見送っていると、苦虫を噛み潰したような顔でライジャーが呟いた。

「……オマエ、覚えとけよ」
「あら。なにかあったのかしら?」
「しらばっくれやがって。マジで痛かったぞ。その靴、もはや凶器だろ」

 ツン、と知らんぷりをしたリザミィにライジャーは小さく舌打ちをした。そのまま彼は椅子にもたれかかる。

「しっかし、金持ちは毎日こんなところで飯食ってんのかね」
「いいよねぇ」

 ボンボが名残惜しそうにアイスの器を眺めながら呟いた。

「オレは堅苦しくて仕方ねぇわ。毎日は御免だな」
「でも美味しいって言いながら食べてたじゃない」
「美味いもんを美味いって言ってなにが悪い」

 ライジャーはリザミィをじろっと見たが、すぐに目を逸らした。言い合いは時間の無駄だと気付いたのかもしれない。

「魔王の料理番ってどんなやつなんだろうな。すっげぇ貫禄がありそうだ」

 それはリザミィも思う。なんせあの魔王様の料理番だ。恰幅がいい男のシェフがフライパンを揺すっているイメージが頭に浮かぶ。

「強面サイクロプスさんとかかしら」
「意外と、繊細なニンフさんかもしれないよ」
「ひひひ、そんな風に言ってもらえて嬉しいね」

 三人以外の声が突然聞こえたので、リザミィは慌てて辺りを見回した。周囲には誰もいない。

「下だよ、下」

 足元を見る。すると、年老いたケット・シーの老婆がリザミィの側に立っていた。

「あぁっ!?」

 その姿を見て真っ先に声を上げたのはボンボだ。彼は驚いた顔で老ケット・シーを凝視している。

「おや? アタシのことを知ってるのかい?」
「し、し、知っているも何もっ!」

 リザミィは首を傾げた。ライジャーも訝しげにボンボを見つめている。
 ボンボはリザミィに向かって叫んだ。

「リザミィさんっ! ほら! 掃除してた時に読んでた料理本! あれを書いた方だよ!」

 料理本。あの時リザミィが読んでいたのは『愛のレシピ』だ。
 本を読みながら、魔王様にこんな料理が作れたらいいなぁ、とハッピーな妄想を膨らませていた。おかげで掃除が全然進まなかったのは内緒だ。
 リザミィは老婆をまじまじ見つめた。

「じゃ、じゃあ、この方が有名な料理人アリマさんッ!? 魔王様の料理を作ってたのもアリマさんってこと!?」

 衝撃の事実だ。魔王の料理番が、小柄な老婆のケット・シーだったとは。
 そういえばボンボの話では、アリマは二十年前くらいから雑誌などで見かけなくなったと言っていた。おそらくそれくらいの時期に彼女は魔王の料理番となり、料理作りに専念していたのだろう。

「わざわざアタシを探しに来たってことは、何か大事な用でもあるのかね。取材は断っているんだが……」

 シェフアリマはにこやかな表情を浮かべてリザミィを見上げている。笑顔ではあるが、考えていることが読み取りにくい表情だった。
 変に相手の出方を探らない方がいいかもしれない。リザミィは前置きなしですぐさま本題に入った。

「取材じゃないわ。魔王様が好きな料理を教えて欲しいの。長年魔王様の料理を作っていたあなたなら、ご存知かと思って」

 アリマは目つきを変えた。射貫くような鋭い視線をリザミィに送る。

「魔王様のお好きな料理だって? なぜそんなものを知りたい」
「魔王様に作りたいからよ」

 にこっと笑みを作りながらリザミィは答えた。
 アリマはつり上がった目で、じとっとリザミィを見据えている。

「なぜ?」
「魔王様を喜ばせたいから」

 リザミィが即答するとアリマは髭をぴくぴく動かした。それから、ふん、と鼻で軽く笑った。

「バカ息子も、アンタくらい熱意があってくれたらよかったのにね……」

 アリマがボソッと呟く。どうやら彼女には息子がいるらしい。アリマと同じ料理人なのだろうか。
 そしてアリマは腕を組み、リザミィを下から睨みつけた。体はリザミィよりも小さいはずなのに、息を呑む迫力があった。

「魔王様のお好きな料理があったとして、そう簡単に他人に教えるものか。アタシのレシピは唯一無二のものだ。素人に魔王様の料理など作らせん」

 やはり簡単にはいかないか。しかし、アリマのこの反応はリザミィには織り込み済みだった。

「素人じゃなかったら、いいのね?」

 リザミィは唇の端を上げながらアリマを見返した。

「おや、お嬢ちゃん自信があるのかい」
「だてに100年生きてはいないわ。あと、私はリザミィよ」

 アリマは無言でリザミィを見つめている。リザミィも目を逸らさなかった。ここで逸らしたら相手に負けてしまう気がした。
 沈黙の後、アリマは小さく頷いた。

「……わかった。リザミィ嬢ちゃん、アタシが認める料理の腕ならレシピを教えてやってもいい。明日は丁度店が休みだ。明日の夕方、もう一度ここに来な。自慢の腕を見せてもらおう」
「ふふ、任せなさい」

 リザミィはアリマに向かってウィンクをした。
 
 ウェイターや出口にいたケット・シーたちに見送られ、リザミィたちはケットリーアを後にした。
 涼しい夜風が顔に当たる。リザミィが帰路につこうと歩き始めると、ライジャーに呼び止められた。彼は不審な目つきでこちらを見ている。

「オマエ、あんな自信満々に言ってたけどマジで大丈夫なのか?」

 心配性なトカゲだ。リザミィは胸を張って見せる。

「ええ! 明日の夕方、アリマさんの前で私の料理を披露するわ。あんたたちも目ぇ剝いて驚くわよ」

 するとしばらく黙っていたボンボが慌てた様子で声を上げた。

「ま、待って、いきなり本番なの? 一回練習しておいた方がいいんじゃ……。相手はあの有名なアリマさんなんだし」
「必要ないと思うけど」

 リザミィはぶっつけ本番でも問題ないと思っていた。それくらいの自信はある。
 ボンボはそれ以上何も言わなかったが、かなり不安げな表情をしていた。
 ボンボの姿を見たライジャーは落ち着いた声で、そうだよなと呟いた。珍しく真面目な顔つきをしていた。

「チャンスは一回だけだしな。明日の午前中は暇だし、練習してみても悪くはねぇんじゃねーか」

 ライジャーもボンボの意見に賛同した。
 リザミィは唇を尖らせた。
 今までのリザミィだったら二人の意見は耳に入れなかっただろう。
 けれどライジャーはともかくとして、ボンボはリザミィのことを仲間だと思ってくれている。
 仲間の意見を簡単に無視することは出来なかった。

「もー、二人がそんなに言うなら仕方ないわねぇ」

 多少不満は残るが、予行練習をするだけだしそこまで手間ではない。
 目の前で最高の料理を見せれば、ボンボたちの不安は一瞬で解消してくれることだろう。
 リザミィは明日の朝、魔王城の食堂にある共有のキッチンで、ライジャーとボンボに自慢の手料理を振舞うことになった。
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