上 下
10 / 32
Episode1 愛のこもったプレゼントでお近づき大作戦!

1-9 本当の気持ち

しおりを挟む
「ブラッディローズの香りには、治癒効果があるの」

 リザミィの言葉に、ボンボは小さく頷いた。

「あ、聞いたことがあるかも。今、流通してる傷薬が出来る前は、みんなよく使ってたって。随分前の話みたいだけど」
「そうなのよ。いつの間にかプロポーズの定番になっちゃったのよね」
「その治癒効果と何か関係があるの?」

 リザミィはパイプ椅子に腰掛けた。

「今日、魔王様に挨拶しに行ったでしょ」
「うん」
「魔王様から質問を受けた時、私たち指をさされたと思うんだけど。……魔王様、指さした人差し指に怪我をしていたのよ。とても小さかったけど」

 魔王に呼び止められて指をさされた時、一瞬だけだったが魔王の指先がぴくっと動いた。その瞬間をリザミィは見逃さなかった。目を凝らすと魔王の指先に切り傷があった。きっと魔王は指の痛みで反射的に微動したのだろう。
 ボンボが目を丸くする。

「えっ、怪我!? そんなの、ボク怖すぎて何も覚えてないよ」
「私は覚えてるわよ。素敵な爪先から指の節まで……」
「そ、それで?」

 ボンボが話の先を促した。なによ、もう少し魔王様の素敵な指について語りたかったのに。リザミィは足を組んだ。

「でね、私は思ったわけ。あの偉大な魔王様が、指先に怪我なんかするなんて異常事態だって」
「確かに……」
「これは私の推測でしかないんだけど、周りを飛んでたペットのコウモリに指を噛まれたとか。もしくは、うっかり紙で指を切っちゃったとかね。何にしても、指先よ? そんなところを怪我するなんて、うっかりでしかあり得ないじゃない。だから堂々と面と向かって傷薬なんか渡したら、偉大な魔王様はきっと恥をかいてしまうに違いないわ。少なくとも、ベイディオロや私たち三人は怪我の存在を知ってしまうわけだし」

 だけど、放っておくことなんて出来ない。当たり前だ。好きな相手が怪我をしているのだから、何か力になってあげたいと思うのが当然だろう。

「それで、ブラッディローズの出番ってわけよ。こっそり渡せば、誰にもバレることなく魔王様の怪我を治癒できる。あと、私の愛も伝えられる」

 ボンボに向かってニィっと笑いかけると、彼も柔らかい笑みを向けてくれた。

「リザミィさんは、魔王様のことが心から大好きなんだね」
「何言ってんの、当り前でしょ。結婚するんだから」

 リザミィがきっぱり言うと、そうだった、とボンボはおかしそうに目尻を下げた。
 ボンボに本当の気持ちを吐き出したことによって、リザミィの胸が不思議と軽くなるのを感じた。

「でもそういうことなら、ボクたちにも言ってくれればよかったのに」
「出来るだけ最小限に抑えたかったの! 魔王様のメンツに関わるしね。本当は誰にも言うつもりなかったのよ」

 するとボンボは、少し寂しそうに目を伏せた。

「ボクたち、いきなり新しい組織に異動になっちゃったけど……。ボクはこれからも二人と一緒に仕事が出来たらいいなって思ってるんだ。その、仲間……っていうか。こんなボクなんかが二人の仲間だなんて、おこがましいかもしれないけれど」

 仲間。その単語にリザミィは口元を緩めた。

「そうね。まだ仲間にはほど遠いわね」
「リザミィさん、ハッキリ言うね……」

 リザミィは落ち込んだ様子のボンボに付け加える。

「勘違いしないで。これはボンボだけのせいじゃないわ。私と、ライジャーもそう」

 リザミィはパイプ椅子から勢いよく立ち上がった。そして腰に手を当てる。

「だって、私たち今日初めて会ったばかりじゃない。これからお互いのこととかを知っていって、ちょっとずつ仲間になっていくのよ。きっと」

 リザミィはこれまでずっと前衛部隊で仕事をしてきた。部隊の中で仲間という存在を意識したことは一度もない。ただの同僚としか思わなかった。日常的な軽いコミュニケーションはあれど、あとは誰にも頼らず自分の仕事を黙々とこなすだけだった。

 ボンボに仲間という言葉を使われて、リザミィは照れ臭くなった。それと同時に嬉しかった。こんな気持ちいつぶりだろう。
 今はまだ、たまたま同じ仕事をすることになった同僚でしかないけれど、ボンボに感化されたせいかもっと仲良くなれたらいいな、とまで思い始めてしまっている。リザミィは一人きりでも全然大丈夫な性格ではあるが、他人と関わるのが特段嫌いというわけじゃない。職場環境が和気あいあいとしていることに越したことはない。

「まぁでも……問題はライジャーよね。私のせいとは言え、かなり怒ってたから関係の修復は難しいかも」
「ああ、それは多分、大丈夫だと思うよ」

 ボンボはやけにハッキリ言い切った。

「どうして?」

 リザミィが尋ねると、ボンボが倉庫の入口に視線を移した。つられてリザミィも倉庫の入口を見る。
 ああ、そういうこと。リザミィは苦笑した。
 隠れているつもりなのだろうが、尻尾の先が見えてしまっている。
 リザミィはわざとらしく大声で話し始めた。

「まぁでも、クソトカゲはいない方が静かでいいかもねー。今頃アボロスの東側で楽しんでるだろうし。二人だけで魔界デスガルドを救いましょうボンボ! 給料もあいつの分はこっそり分けちゃいましょ」
「おいそりゃねぇだろクソ女ッ!」

 予想通り飛び出てきたライジャーに向かって、リザミィはニヤリと笑いかけた。

「盗み聞きもどうかと思うけどねぇ」
「ち、違う! オレはたまたま通りがかっただけで」

 ライジャーは明らかに狼狽している。ボンボがようやくチョコバーを齧り始めながら、のんびりした口調で言った。

「先に倉庫前に来てたのはライジャーくんだったんだよ。入りにくそうにしてたから、ボクが先に入ったんだ。なんだかんだでライジャーくんも、リザミィさんのことを気にしてたみたい」
「はぁ!? バカ言うなッ! 誰がッ! に、荷物! そう! オレは荷物を取りにきたんだっつーの!」
「あら? 通りがかっただけなんじゃなかった?」
「ぐ……」

 ボンボが口をもぐもぐしながら、リザミィにそっと目配せした。わかってるわよ。
 リザミィは腕を組んでライジャーをじっと見つめた。

「あんた、話聞いてたんでしょ」
「……まあな」
「ボクはリザミィさんと一緒にクシュナ高山に行くよ。足手まといにしかならないかもしれないけれど……。怪我してる魔王様の助けになりたいなって」

 ライジャーは何も答えず尻尾を揺らしている。

「あんたはどうする? 別にここで他の仕事案を考えてくれててもいいけど。無理についてくる必要はないし」

 少しの沈黙の後、ライジャーはリザミィから視線を外しながら答えた。

「……まぁ、魔王の怪我を治せるんなら、確実にご機嫌にはなるだろうしな。効率的に魔界デスガルドを救うことに繋がるわけだ。だったら──」 
「そ、じゃあお留守番お願いね」
「なんでだよッ!? めちゃくちゃ行く流れだっただろ今!」

 キレのいいツッコミが入る。

「行ってくれるのね?」

 リザミィが顔を覗き込むと、ライジャーは口籠ってしまった。いけない。少々いじりすぎたかもしれない。

「別に……オマエらのためじゃねーからな。ここで一人で待ってたらサボってるみてぇだろ。減給されたら最悪だからな」
「ライジャーくんはツンデレなんだね」
「うるせぇブタ野郎ッ! 全然デレてねぇだろうが!?」
「ツンは認めるんだ」

 ボンボが穏やかな表情で笑う。それを横目で見たライジャーは不機嫌そうに小さく舌打ちした。

 仲間──と呼ぶにはまだ早いけれど、一人だけじゃないんだと思うと気分も引き締まってくる。
 リザミィは長い銀髪を後ろに一つに結んで、気合を入れた。

「よし、じゃあ行きましょう! KEMOの初仕事よ! 全ては愛しの魔王様のために!」
「おー!」
「変な掛け声作るんじゃねぇッ! オマエらと一緒にすんな!」

 こうして、リザミィたちは魔王にブラッディローズを贈るため、クシュナ高山へと向かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

群青の軌跡

花影
ファンタジー
ルークとオリガを主人公とした「群青の空の下で」の外伝。2人の過去や本編のその後……基本ほのぼのとした日常プラスちょっとした事件を描いていきます。 『第1章ルークの物語』後にタランテラの悪夢と呼ばれる内乱が終結し、ルークは恋人のオリガを伴い故郷のアジュガで10日間の休暇を過ごすことになった。家族や幼馴染に歓迎されるも、町長のクラインにはあからさまな敵意を向けられる。軋轢の発端となったルークの過去の物語。 『第2章オリガの物語』即位式を半月後に控え、忙しくも充実した毎日を送っていたオリガは2カ月ぶりに恋人のルークと再会する。小さな恋を育みだしたコリンシアとティムに複雑な思いを抱いていたが、ルークの一言で見守っていこうと決意する。 『第3章2人の物語』内乱終結から2年。平和を謳歌する中、カルネイロ商会の残党による陰謀が発覚する。狙われたゲオルグの身代わりで敵地に乗り込んだルークはそこで思わぬ再会をする。 『第4章夫婦の物語』ルークとオリガが結婚して1年。忙しいながらも公私共に充実した生活を送っていた2人がアジュガに帰郷すると驚きの事実が判明する。一方、ルークの領主就任で発展していくアジュガとミステル。それを羨む者により、喜びに沸くビレア家に思いがけない不幸が降りかかる。 『第5章家族の物語』皇子誕生の祝賀に沸く皇都で開催された夏至祭でティムが華々しく活躍した一方で、そんな彼に嫉妬したレオナルトが事件を起こしてミムラス家から勘当さる。そんな彼を雷光隊で預かることになったが、激化したミムラス家でのお家騒動にルーク達も否応なしに巻き込まれていく。「小さな恋の行方」のネタバレを含みますので、未読の方はご注意下さい。 『第6章親子の物語』エルニアの内乱鎮圧に助力して無事に帰国したルークは、穏やかな生活を取り戻していた。しかし、ミムラス家からあらぬ疑いで訴えられてしまう。 小説家になろう、カクヨムでも掲載

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

処理中です...