チョメチョメ少女は遺された ~変人中学生たちのドタバタ青春劇~

ほづみエイサク

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第九章 突き抜けた先にあるもの

第八十話 マグロと恋の解体ショー

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 二回の告白を越え、楓はマグロの解体ショーを見るために歩いていた。夏祭りの始まったばかりと比べると、足取りが軽くなっていた。

 しかし道中、多くの知り合いに声を掛けられしまった。

「あ、楓お姉ちゃん!」

 よく野球で遊ぶ小学生たちに会った。すると、金魚と水ヨーヨーを渡された。

『うれしそうだね』と水ヨーヨーに指摘されて、楓は自分の顔を揉みほぐした。

 次に。

「よう、元気してるか?」

 焼きそばを売っている八百屋さんと目が合うと、山盛りの焼きそばを渡された。

 遠慮していると、さらに山盛りにされた。「自慢の野菜を使った特製の焼きそばだ」と太鼓判を押していたが、露店の奥から業務用カット野菜の声が聞こえていた。

「ありがとうございます」

 楓が素直に受け取ると、一瞬八百屋さんは戸惑った様子だったが、すぐに「おう!」とはにかんだ。

 その他にもりんご飴、かき氷、たい焼きなどなど。商店街の老人たち出会っては「いつものお礼だ」と渡され続けた。

 みるみると餞別せんべつは増えていき、抱えて歩くだけでも一苦労な量になる。

『うれしそうだね』と大合唱で聞こえた。楓は否定できなくて、控えめに笑った。

 周囲からの奇異な視線を気にしながら歩いていくと、人だかりを見つけた。

(あ、ここかな)

 器用に人を掻き分けて進んでいくと、すでに始まっていた。

「よっっっっっこらせええ!!」

 とても中年女性とは思えないほど野太い声を上げながら、魚屋さんは熱気の中心にいた。

 見たこともないような大きな包丁を豪快にあやつり、マグロを解体していっている。

(うわあ、スゴイ)

 そんな飾り気のない感想しか出ないほど、圧巻のパフォーマンスだった。

 マグロは流石にテレビで見る様な大きさではなかったが、楓とあまり変わらないサイズはあった。

 ふと周囲を見ると、観客たちは歓声をあげたり、スマホで撮影したりしていた。多くの視線を受けていても、魚屋さんの顔に緊張は見えない。ひたすらにマグロだけに集中していた。

 マグロと一対一の真剣勝負をしているようにも、いつくしんでいるようにも見える様な雰囲気を醸し出している。

 そんな中、楓はキョロキョロと人影を探していた。

(あ、いた)

 魚屋さんの脇に控えている男二人。一人は小生君で、もう一人は旦那さんだろう。
 二人とも主張の激しいエプロンをしめているにも関わらず、まるで黒子のように存在感が薄い。

 しかしすぐに顔を合わせるのは気まずくて、気づいていないフリをした。

 それからはマグロの解体ショーに集中することにした。 

(ああ、やっぱりいいなぁ)

 楓は解体ショーの空気が好きだった。

 解体を終えると、試食や刺身の販売が行われた。

 あっという間に売れて行き、楓の番になる頃にはほとんど残っていなかった。しかし魚屋さんは、どこからかパンパンに詰められたパックを取り出した。堂々と『楓ちゃん用』とマジックで書いてある。

「ほい、楓ちゃんスペシャル。のど自慢大会で頑張ってもらうためにね」
「ありがとうございます。でも、こんなに食べたらマグロの声になっちゃいますよ」
「あら、それは私得ね。じゃんじゃん食べてちょうだい」

 魚屋さんはこれまでにないぐらいにテンションが高かったし、楓もそれにあてられていた。

 冗談をかわして「またね」と

 背中に羽が生えた気分で、マグロの解体ショーを後にしたようとした矢先だった。
 
「あ、楓ちゃんだ! おーい!」

 それから数人の「おーい」が続いた。

 振り向くと、10人ぐらいの少女グループが手を振っていた。

「あ、部長。みんな」

 バレー部のメンバーだった。

 楓はよくバレー部の助っ人をしている。その頻度は非常に多く、他校の生徒から見れば、正規の部員にしか見えていないだろう。

「これ、楓ちゃんにそっくりだと思って」

 そう言いながら、キツネのお面を渡された。いかにも媚びたようなかわいらしいキツネではなく、頑固な顔立ちをしている。しかしよく似合っている、と口をそろえて言われて、悪い気分ではなかった。

『うれしそうだね』とお面が語り掛けてきて、「そうだよ、何が悪い」と少し拗ねながら返した。

 そんなことをしていると、部長が声を掛けてくる。

「ねえ、いっしょに回らない?」

 突然のお誘いだったが、無性に嬉しかった。

 部長は幸薄そうな見た目をしていて、気立てもよく、包容力がある。

(そんな彼女が、わたしは大好きだ)

 この気持ちは墓までもっていく覚悟だった。きっと部長にとっても迷惑だろうし、拒絶された時のことを考えたくもない。

 地団駄を踏みたい気持ちを抑えて、答える。

「ごめん。行きたいのはやまやまなんだけど、そろそろ出番が近いから」

 時間に余裕が無いわけではなかった。でも彼女たちと話してしまうと、時間を忘れてしまうのが怖かった。

「残念。でも、絶対に見に行くから」

 そう言われて、頬がわずかに上気する。しかし心の中がわずかにザワついた。

 歌を聴かれて、幻滅されないだろうか。笑われないだろうか。そんな不安がよぎる。

 それでも楓は健気に

「頑張るから、見に来てね」と言うしかなかった。

 ふと、自分の中で疑問が浮かんだ。

 わたしは本当に頑張ったのだろうか。頑張りが足らなかった気がする。あんなことをしている暇があったら、もっと練習できたんじゃないか。

 今更考えても仕方が無いと分かっているのに、頭が勝手に考えてしまう。

 助けを求めるように、嫌な考えから意識を逸らそうとすると、小生君の顔がフラッシュバックした。

 楓は雲に手を伸ばすような感覚で、突拍子もなく言う。

「あと、部長。好き・・だよ」

 本日二度目の告白だからだろうか。舌が滑らかにまわった。

「うん、わたしも楓のこと"好き"だよ」

 部長はすんなりと応えてくれた。

 きっと二人の"好き・・"には大きな隔たりがある。そんなことは承知でも、このやりとりだけで気力が湧いてくる。

 ふと、自分の中のモヤモヤが晴れていることに気付く。その理由は、ストンと理解できた。

(そっか、わたし、羨ましかったんだ)

 好きだと叫べる人間が。

 小生君が。ネルちゃんが。鈴木陸が。

 だから眩しく見えたし、惹かれていたし、どこか苦手だった。

「じゃあ! またね。ガンバって!」
「またね」

 楓は生乾きの笑顔を向けたまま、彼女たちの背中に大きく手を振り続けた。
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