チョメチョメ少女は遺された ~変人中学生たちのドタバタ青春劇~

ほづみエイサク

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第八章 カラスとモナリザと老木は少女の未来を憂う

第七十一話 カラスと楓と最後の紅葉

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 ある夏の日。楓のいる日常はまだ続いていた。

 太陽はかんかん照りで、地上は猛暑に見舞われていた。
 
 少しでも涼しい場所を求めて、真昼だというのに動物たちが老木の元へと集まっている。風通しのよい立地でありながら、老木の木陰で涼めるため、最高の避暑地と言えるだろう。

「……あちゅい」

 普段は犬よりも元気に走り回る楓だが、この日ばかりは遊ぶ元気はなく、汗だくでアイスを咥えていた。

 余程アイスが羨ましいのか、グルルと威嚇しているが、どこか迫力がない。楓がアイスを譲る気が無いと悟った犬は、ベロベロに長い舌を出しながら倒れ込んだ。

(お前は白いからまだいいだろ)

 カラス兄はそんなだらしない犬を睨みつけているのだが、彼自身も口を開けっ放しだ。

「カラス兄、アホみたい」

 どこか楽し気な声で、楓はコロコロ笑った。

『うるさい! なんで休日の昼なのにいるんだよ。学校はどうした!』

 思わず荒い口調になったカラス兄に対して、楓は「夏休み!」と晴れ晴れした態度で返した。

(たしか、学校の長い休みの期間だったか)

 カラス兄は楓から半強制的に教えられた知識を思い出して、「自分もだいぶ毒された」とシミジミとした表情を浮かべた。

 ふと楓が思い出したように声を上げる。

「そういえば、老木さんはなんて名前の木なの?」
『楓だよ』
「楓? わたしのこと?」

 予想通りの反応だったのか、老木は愛でるように笑った。

『そうじゃないよ。儂は楓の木なんだ。モミジの方が分かりやすいかな』
「え? それじゃあ、わたしと同じ? それに楓の木とモミジって一緒なの!?」
『そうだよ。おそろいだ』

 余程うれしかったのか、楓は老木の周りをピョンピョンと走り回って、カラス兄は少し不機嫌に『だからなんだよ』と呟いた。

『ちなみに、楓の名前の由来はわかるかい?』

 楓は頭を横に振った。

蛙手かえるで。つまりはカエルの手さ。ほら、葉っぱの形がカエルの手みたいだ』
「……わたしの名前って、カエルの手なんだ」

 楓は自分の手のひらを見つめて「ゲコ」とカエルの鳴き声を真似した。

『かわいらしいじゃないか』
「全然かわいくない!」

 老木の余計な一言で自分の名前が嫌いになった楓だったが、秋になると意見を180度変わった。

「真っ赤っか!」

 夏には青々叱った老木の葉っぱたちは、涼しくなるとキレイに紅葉していた。老木の大きさも相まって、圧巻の光景だった。

 夜になるとよく見えないから、と休日の昼にやってきた楓は、犬のよに飛び回りながら、落ちたモミジをかき集めていた。その様子を見て、老木は不快そうな声でたしなめる。

『やめてくれないかい。集められると恥ずかしい』
「どうして?」
『人間でいえば、フケを集められているようなものだ』

 その言葉を聞いて、楓は手に持ったモミジをじっと見つめた後、元気よく口を開いた。

「こんなキレイなんだから、恥ずかしがることないと思う」

 楓の言葉を受けて、老木は驚いたように枝を揺らした。

『そうか。キレイか。君たちにはそう見えているのか』
「だから、栞を作るの!」

 楓はモミジの山から一枚一枚取り出しては、形や色がいいものを選定している。

『栞か。風情があるね』と老木はほほえましく言い
『よくそんな細かいことやるな』とカラス兄は呆れていた。

「だって楽しいから。時間をかけまくっていいものを作れた時、ヤッターって叫びたくなる」
『はー、変わってるな』

 カラス兄が他人事のように首をすくめた。そんな様子を気にすることなく

「カラス兄にもとびっきりのヤツ作るから」と楓はとびっきりの笑顔を見せた。

『いや、なんで俺に——』とカラス兄が断ろうとしたのだが
『それはいいじゃないか』と老木が遮ってしまう。
「うん、任せて」
『カラスは本は読まないんだが』
「いいじゃん。どうせ巣は殺風景なんでしょ」

 カラス兄は大きなため息をついた。いくら断っても意味がないことを知っていて、諦めているのだ。

 ふとなぜか老木の様子が気になって、目を向ける。

『形で残るものは大事だよ』

 老木はどこか寂しそうに言った。木だから表情なんてものはないが、どこか萎れているように見えた。

『形で残るものは本当に大事だよ』

 もう一度繰り返したのだが、カラス兄も楓も大して気に留めていなかった。

 きっと、この日常は当たり前に続いていくものだと、信じて疑っていなかったから。

 後日、カラス兄は栞を受け取った。目を輝かせたカラス兄は、それを自分の巣に大事に飾ったのだった。



 カラス兄と楓と老木。

 安らかで幸福な日々は永くは続かなかった。

 老木が死んだのは、葉っぱが落ち切った、とても寒い日だった。

 寒空の空気は澄んでおり、遠くの山の輪郭すらハッキリ見えていた。しかし気温は冷え込んでおり、人間たちは揃いも揃ってコートを着込んでいた。

 カラス兄は、心の中で楓の体調の心配をしながら空を飛んでいた。

 昼間だが何となく老木の顔を見たくなり、寄り道することにした。その道中で異様に動物たちが多いことに気づいて、嫌な予感に冷や汗がにじんだ。

 老木に近づくほど動物たちが増えていったことで、予感は確信に変わった。

 頭が真っ白になりながらも、一心不乱に翼を動かし続けた。

 もう少しで老木が見える。そんなタイミングで聞きたくない音が聞こえ始めた。明らかに自然の音ではないそれは、事態の深刻さを物語っていた。

(うそ、だろ)

 人間の作業員が、チェンソーで老木を切り倒そうとしていたのだ。

 全身から血の気が引いた。

 周囲を見渡すと、自分と同じように固まる動物達が目に映った。

『おい、だれか……』

 動物の誰かが弱々しく訴えかけても、動ける動物は一匹もいなかった。それほどに轟音を鳴らすチェンソーが怖かった。みんな老木を慕っていても、命を投げ出せるものはいない。

(そうだ、楓なら)

 同じ人間なら止められるのではないだろうか、とカラス兄は閃いた。

 思いついたままに飛んでいき、楓の家へと向かった。しかし家には楓どころか、姉すらもいなかった。チョメチョメを使って家に訊ねて見ると、家族で遠出したという。流石に行き先までは把握しておらず、遮二無二に探し回った。

(なんで、なんで、こんなときにいないんだよ! いつもは探さなくてもいるのに)

 どれだけの時間、探し回っただろうか。案外その時間は短かったのかもしれない。しかしカラス兄の心臓は、一生分を超える勢いでバクバク早鐘はやがねを鳴らしていた。

 楓の背中を見つけた瞬間、『かえで!!』と怒鳴るように叫んだ。

「なにっ!?!?」

 カラス兄は必死に訴えかけた。

 老木が切り倒されそうになっていること。誰もそれを止められないこと。お前なら止められるんじゃないか、と。

 言い終わると同時に、カラス兄は力尽きて倒れ込んでしまった。

 走り出した楓の背中を見送り、少しだけ羽を休めることにした。

 この時の自分を一生責めることになるとも知らずに。

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