チョメチョメ少女は遺された ~変人中学生たちのドタバタ青春劇~

ほづみエイサク

文字の大きさ
上 下
70 / 93
第八章 カラスとモナリザと老木は少女の未来を憂う

第六十八話 堕ちたカラスは涙に弱い

しおりを挟む
 外に出た音流は、目の前の光景に大きく目を見開いた。

 夕日の影が落ちる路側帯ろそくたいに、大きなカラスが倒れていた。

「カラス兄さん、大丈夫ですか!?」と呼びかけると、カラス兄は瞼を薄ら開いた。

 カラス兄はくぐもった声を漏らすばかりで、カラス兄は翼を強く打っており、血がにじんでいる。

 音流はどうしていいかわからず、何とかできそうな相手に連絡を取ろうとスマホを取り出した。

「楓さんに連絡を——」
『やめてくれ!』

 鬼気迫る剣幕に、音流は思わず動きを止めた。

『アイツには、言わないでくれ』

 今度は縋るような声だった。切実で愛情深い思いがこもっていて、無視できるわけがない。

「……わかりました」

 なら動物病院に、と提案しても『あそこは嫌いだ』と抵抗されてしまう。

『大丈夫だ。少し休めば治る』
「本当に大丈夫なんですか?」
『これぐらいのキズなんてことはない。妹の投げる石の方がよっぽど痛い』

 冗談なのかわからず、音流は曖昧に笑った。

「何があったんですか?」
『何もなかったさ。ちょっと飛ぶのに失敗しただけだ』
「ウソなのはわかってますよ。高笑いが聞こえてましたから」
『全く、もっと上品に笑えよ』

 カラス兄は苦々しい顔でため息をついた

「楓さんを守ってるんですか? あの人から」

 音流の脳裏には、『Bruggeブルージュ喫茶』で昨日起きた出来事がフラッシュバックした。青木祖母と、楓の大喧嘩だ。

(まるで蜘蛛の糸で作った綿菓子みたいな声だった)

 青木祖母の声は、聞き分けのない赤ん坊をなだめる様な声だった。一見優しくて包容力がある声だが、奥底には人を思い通りにさせる計算高さが潜んでいた。

 カラス兄は質問に答えず、顔を背けた。

「答えてください。楓さんを守ってるんですか?」

 もう一度訊いても頑なに何も答えない。しかしキョロキョロと泳いでいる目が、口よりも真実を語っていた。

「ケガするまでやるなんて……」

 音流の声を聞いて、ごまかしきれないと悟ったのだろう。カラス兄はポツポツと白状し始めた。

『老木に託されたからな。オレは老木に大恩がある。死んだからと言って無視するのははばかられる』
「老木って、楓さんの師匠ですよね」
『当たらずといえども遠からずだな。どっちかというと、第二の親と言った方が近い。……あいつは詳しく話してないのか?』
「そういう話はあまりしないですね」
『……そうか』

 カラス兄はしばらく何かを考えていたのだが、突然立ち上がった。

『もう大丈夫だ。心配をかけてすまなかったな』

 そのまま颯爽と飛び去ろうとしたのだが、音流に押さえつけらえて『ぐぇっ』とアヒルのような声を漏らした。

「あのおばあさんはちょくちょく来てたんですか?」
『ほぼ毎日——いや、そんなの、オレが知るか』
「来るたびに追い返していたんですか?」
『偶然、フンの下にいつもいるだけだ。間が悪い奴なんだろう』
「楓さんが嫌っている相手だからですか?」
『オレが気に食わないからフンを落としているだけだ』
「……もう言ってること矛盾してますよ」

 ハッとした後、カラス兄は露骨に顔を背けた。

「……カラス兄さんは優しすぎるんですよ」と音流は涙ぐみながら言った。
『人間が悲しむタイミングは理解できない』
「悲しいんじゃないんです。うれしいんです。愛おしいんです」
『……ハァ、お前の方が優しいだろ』

 カラス兄は居心地の悪さを感じ、この空気を何とかしてくれ、と嘆いた矢先だった。

「おーい、何をしているんだ?」と陸の呑気な声が聞こえた。しかしすぎにギョッとした。音流の涙ぐんだ顔をみてしまったのだ。

「なにが……」と言いかけたところで、カラス兄の羽に血が付いていることに気付いた。状況を察して、頭をそっと撫でると、音流はわずかにはにかんだ。

 すぐに切り替えて、カラス兄を持ち上げた。しかし、すぐに情けない顔をして

「どこに連れて行けば」と途方に暮れた。

 その様子を見て不安になったのだろう。カラス兄が身じろぎした。

『離せ。体を打ち付けただけだ。すぐに治る』

 そう言いながら逃げ出そうとしたのだが、傷の痛みで体を硬直させた。

「大丈夫じゃないじゃないですか」

 悔しそうに唸るカラス兄を尻目に、音流は連れていく場所を考え始める。

(『Bruggeブルージュ喫茶』は論外)

 飲食店にカラスが入るのは衛生面で厳しい上に、楓に見つかる可能性が高い。

(なら同志の家……いや、ダメ)

 陸の家には親も妹もいる。彼らに迷惑をかけるわけにはいかない。動物病院はカラス兄本人が拒否した。残る選択肢は一つしか残っていない。

「ウチの家に連れていきましょう」
「いいの?」
「今日はママもいないんで大丈夫です。多分、新しい男のところにいます。寂しがり屋なので」

 音流のママは中学生の親にしては若い。学生結婚だったこともあり、まだまだ結婚適齢期なのだ。パパと離婚した途端、寂しさを埋めるように夜遊びに出かけるようになっていた。

(友達と旅行に行ってくる、って絶対に嘘だよね。バッチリ化粧してたし、ハイヒール履いてたし)

 最近はママの背中を見ていないことを思い出して、ため息をつく。

(せめて本当のこと言ってよ)

 それでも今は都合がいい、と意識を切り替えることにした。

「でも、僕の家でも」
「同志の家族には迷惑を掛けられませんし、カラス兄さんも安心して羽休めできませんよ」
「……大丈夫なのか?」

 心配性な陸の顔を見て「大丈夫ですよ」と音流は笑顔を作った。

 すぐに顔を引き締めて、行動に移る。まずは上着を脱ぎだした。陸の「うわっ」という驚きの反応は今はどうでもよかった。

(暑かったけど、少し無理してオシャレしててよかった)

「カラス兄さん、ちょっと上着をかぶせます。見つかると面倒なので」
『羽根と匂いが付くぞ』
「それはファッショナブルになりそうですね」

『なんだよそれ』と諦めたように目をつむったカラス兄に、優しく上着をかぶせた。

「それじゃ、行きましょう!」

 音流が先頭になり、陸はカラス兄を抱きながらついていく。しかしすぐに隣にいないのが寂しくなって、陸の隣に移動した。

「ほら、そんなにビクビクしてたら逆に怪しいですよ」
「みつかったら困るのは日向だろ」
「そうなったらそうなったで、一緒に謝ってくださいよ」
「それは別にいいけどさぁ。もう共犯だし」

 共犯という言葉を聞いて、音流のテンションが一気に上がった。背徳的で特別な関係に思えて、気に入ってしまった。

「じゃあ今は同志であり、共犯者であり、恋人ですね」
「多すぎない?」
「多ければ多いほどいいじゃないですか」

 それからは無言で歩き続けていた。話す内容が無いというよりは、話す余裕がなかった。

 陸はずっと周囲を警戒していたし、音流は家についてからの段取りを考えていた。

 20分もしない内に音流が足を止めた。

「あそこがウチの家です」

 音流が指さしたのは、十階以上はあるマンションだった。

「はえー」

 陸は思わず感嘆の息を吐いた。まるで都会に初めて来たおのぼりさんのような反応だった。

「ほら、同志。置いていきますよ」
「あ、ごめん」

 マンションに入ってしばらくしてから、音流はおもむろに口を開いた。

「ウチのマンション、ペット禁止なんですよね」
「ちょっと!? 初耳なんだけど!」

 陸はとっさに上着にくるまれたカラス兄を見た。

「大丈夫ですよ。カラス兄さんはペットじゃなくて友達ですから」
「そういう問題じゃないだろ!?」
「見つかって追い出されたら、同志の家に住ませてくださいね」
「ちょ!?」

 陸は驚愕の連続で情けない顔になり、その顔を見て音流は上機嫌にニンマリしていた。

『友達……か』

 ひっそりとカラス兄が呟いているのを、誰も聞いていなかった。
しおりを挟む
script?guid=on
感想 0

あなたにおすすめの小説

隣の優等生は、デブ活に命を捧げたいっ

椎名 富比路
青春
女子高生の尾村いすゞは、実家が大衆食堂をやっている。 クラスの隣の席の優等生細江《ほそえ》 桃亜《ももあ》が、「デブ活がしたい」と言ってきた。 桃亜は学生の身でありながら、アプリ制作会社で就職前提のバイトをしている。 だが、連日の学業と激務によって、常に腹を減らしていた。 料理の腕を磨くため、いすゞは桃亜に協力をする。

やくびょう神とおせっかい天使

倉希あさし
青春
一希児雄(はじめきじお)名義で執筆。疫病神と呼ばれた少女・神崎りこは、誰も不幸に見舞われないよう独り寂しく過ごしていた。ある日、同じクラスの少女・明星アイリがりこに話しかけてきた。アイリに不幸が訪れないよう避け続けるりこだったが…。

無敵のイエスマン

春海
青春
主人公の赤崎智也は、イエスマンを貫いて人間関係を完璧に築き上げ、他生徒の誰からも敵視されることなく高校生活を送っていた。敵がいない、敵無し、つまり無敵のイエスマンだ。赤崎は小学生の頃に、いじめられていた初恋の女の子をかばったことで、代わりに自分がいじめられ、二度とあんな目に遭いたくないと思い、無敵のイエスマンという人格を作り上げた。しかし、赤崎は自分がかばった女の子と再会し、彼女は赤崎の人格を変えようとする。そして、赤崎と彼女の勝負が始まる。赤崎が無敵のイエスマンを続けられるか、彼女が無敵のイエスマンである赤崎を変えられるか。これは、無敵のイエスマンの悲哀と恋と救いの物語。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)

チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。 主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。 ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。 しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。 その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。 「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」 これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。

青天のヘキレキ

ましら佳
青春
⌘ 青天のヘキレキ 高校の保健養護教諭である金沢環《かなざわたまき》。 上司にも同僚にも生徒からも精神的にどつき回される生活。 思わぬ事故に巻き込まれ、修学旅行の引率先の沼に落ちて神将・毘沙門天の手違いで、問題児である生徒と入れ替わってしまう。 可愛い女子とイケメン男子ではなく、オバちゃんと問題児の中身の取り違えで、ギャップの大きい生活に戸惑い、落としどころを探って行く。 お互いの抱えている問題に、否応なく向き合って行くが・・・・。 出会いは化学変化。 いわゆる“入れ替わり”系のお話を一度書いてみたくて考えたものです。 お楽しみいただけますように。 他コンテンツにも掲載中です。

燦歌を乗せて

河島アドミ
青春
「燦歌彩月第六作――」その先の言葉は夜に消える。 久慈家の名家である天才画家・久慈色助は大学にも通わず怠惰な毎日をダラダラと過ごす。ある日、久慈家を勘当されホームレス生活がスタートすると、心を奪われる被写体・田中ゆかりに出会う。 第六作を描く。そう心に誓った色助は、己の未熟とホームレス生活を満喫しながら作品へ向き合っていく。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...