チョメチョメ少女は遺された ~変人中学生たちのドタバタ青春劇~

ほづみエイサク

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第七章 チョメチョメ少女の追憶

第六十四話 老木とカラス兄との出会い③

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「わたし、青木楓っていうの。楓って呼んで」
『アオキカエデ? だから、なんだ?』
「カラスさんの名前は?」
『ああ、人間は名前をつけるんだったな』

 カラスは興味なさそうに大きなあくびをかいた。

「カラスには名前がないの?」
『カラスだけじゃなく、動物には基本無い。人間だけだ、名前なんかに拘るのは』

 楓は寂しい気持ちになった。今話しているカラスにも、肩に乗ってきたリスや、背中に乗せてもらった豚にも、名前がないという事実は衝撃的だった。

「えー、じゃあ、わたしがカラスさんの名前を付けていい?」
『勝手にしろ』
「じゃあ、カラス兄で」

 聞いた瞬間、カラス兄はパチクリと瞬きをした。カラスは目が大きいためか、コミカルな動作に見えた。

『兄? オレはお前と血の繋がりはないぞ』
「なんとなく、お兄ちゃんっぽいから。だからカラス兄。わたしのお兄ちゃんになって」

 カラスは信じられないと言わんばかりに、楓の顔をマジマジと見た。楓は突然恥ずかしく なって顔を背けた。対照的に抱きしめる力は自然と強くなっていき、カラスは目を細めた。

『まあ……勝手にしろ。お前に兄がいたら可哀そうだがな』
「ううん、いない。でも、生まれてくるはずだった兄がいる」

 楓は何度かおとうさんから聞いたことがあった。君乃と楓の間には流産した男の子がいたのだ。

『よくある話だ。オレの兄弟も大体死んだ。幼い頃に捕食されてな。母親はオレが巣立つ前日に突然死んで、その死骸を見て、知らないオスが性交しようとしてたっけな。カラスの中ではよくある話だ』

 突然打ち明けられた話に、楓は顔をひきつらせた。

「……不幸自慢はやめて」
『不幸? 何を言っているんだ。色々あったがオレはこうして生きている。それが何よりの幸運だ』
「生きてるだけで、幸せなの?」

 楓は意外そうに目を丸くした。

『人間たちは生きるのが当たり前なのかもしれないが、オレ達は生きるだけでも精一杯なんだ。生きていることがすべてで、それ以外はおまけだ』

 楓は何も言えなくなって、腕の力を緩めた。しかしカラス兄は逃げ出すことはなく、楓の歪んだ顔を覗き込んでいた。

『それにな、母親はオレを守るために命を張ってくれたんだ。これ以上の愛情があるかよ。とっくに一生分以上の愛はもらってるんだ』
「……つよいね」
 
 カラス兄はじっと楓の目を見ていた。少女の瞳は潤んでいて、今にも壊れそうな程儚かった。

『まあ、だからって、お前が不幸じゃない理由にはならんさ。苦しいなら苦しい、嫌なら嫌と叫べばいい。我慢したって何もいいことはないだろう』
「そうなのかな……?」
『少なくともオレはそうしている』

 カラス兄は翼で楓の頬を撫でた。かなりきつい臭いはあったのだが、暖かい感触に自然と頬が綻んでいく。

「そっか」

 ポロポロ、と楓は無意識に涙を流していた。大粒の涙がひっきりなしにあふれ出て、涙を拭うのも間に合わなかった。

「ごめん。ごめんなさい……」

 恥ずかしさのあまり楓は逃げ出そうとしたのだが、カラス兄がクチバシで袖を引っ張って止めた。

『何言ってんだ。泣きたいなら泣け』

 優しい言葉のせいで、最後の理性が壊れた。

 言葉にならない声を上げながら、カラス兄を強く抱きしめた。

『苦しい。強くしすぎだ』とカラス兄が抗議しても、楓の泣き声がかき消されてしまった。

『まったく、これだから人間は』

 カラス兄はあきらめたように言った後、クチバシでコッンと楓の頭を軽く小突いた。

 十分ほど泣き続けただろうか。やっと収まると、周囲で様子を見ていた動物達に気付いた。

 肩に乗ってきたリスが話しかけてくる。

『一緒に遊ぼう』
「あ、えっと……」

 楓はとっさに周囲を見渡した。老木。カラス兄。動物達。皆純粋な目で楓を見ていて、拒絶するどころか興味津々な様子だった。

「うん!」

 元気よく返事をして、動物達と遊び始めた。

 終始楓は笑顔を浮かべていた。誰の目を気にすることもなく、いい子でいる必要もなく、ただただ何も考えずに遊ぶ。楓にはそういう無邪気さが合っていたのだろう。

 遊びの中で動物達と心を通じていくにつれて、楓の中ではある思いが芽生えていた。

(ここがわたしの居場所だったらいいな)

 時間を忘れて遊んでいたためか、そのうち疲れてきてウトウトし始めた。本能のままに老木の根元で猫のように体を丸めた。

 外で寝るのは初めての体験だったが、何の不安も違和感もなく、瞼が閉じていく。それ程に老木の周囲は居心地がよかった。

 家出した時は心も体も冷たかったはずなのに、今はぽかぽかに温まっていて、楓の意識はまどろみの中に溶けていった。
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