チョメチョメ少女は遺された ~変人中学生たちのドタバタ青春劇~

ほづみエイサク

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第七章 チョメチョメ少女の追憶

第六十二話 老木とカラス兄との出会い①

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『そこのお嬢ちゃん』

 道路の上で泣いていると、優しい声が聞こえた。

 驚きながら周囲を見渡しても、人の影はない。不気味に思っていると、また声が聞こえた。

『そら、こっちだ。こっちにおいで』

 声には不思議な魅力があった。語彙が強いわけでも、強制力があるわけでもない。それなのに、ついつい従ってしまう。無意識に声に従っている自分に気付いて恐怖しても、進む足を止められなかった。

『うしろを向いてごらん』

 言われるがままに振り向くと、巨大なシルエットが目に入った。地面に近いですら楓よりも大きいのだが、上に行けば行くほど大きくなっており、見上げても夜空を覆い隠していた。

(なに、これ……)

 あまりにもの大きさに圧倒されていると、聞き覚えのある音が耳に入る。

 涼やかで、穏やかなサァーという音。

「大きな木、なんだ……」

 それは見たこともないような、立派で神々しい樹木だった。 

『はじめまして。お嬢ちゃん。わしは木だ。老木とでも呼んでくれ』

 楓は鼻息を荒くした。

 木が話す、なんてファンタジー世界のようだった。しかしすぐに、そんなわけない、と思い直して、周囲をキョロキョロ見渡したのだが、人影はどこにもない。

『こうやって話すのは初めてかい?』
「……信じられない」

 本当に木がしゃべっているとしか思えず、楓は戸惑った。

「あなたは木の妖怪なの?」
『いや、ただの古い木さ。特別なのは儂じゃなく、君なんだよ』
「わたしが、特別……?」
『そう。君はチョメチョメを持っている。いやチョメチョメの邪魔をするものを持っていないというべきか』
「チョメチョメ……? 持っている、持っていない……?」

 楓は断片的な言葉をで反芻したのだが、これっぽっちもわからなかった。そんな様子を見て、老木が補足する。

『君は人間以外のモノと話すことが出来る。そんな力を持っている』
「うそ。そんなの聞いたことが無い」
『ついさっき、わしは新しい同類の産声うぶごえを聞いた。閉じていた目が開いたんだよ』

 補足されても意味が分からず、肩に頬がくっつくほど首を傾けた。

『お、みんなが集まってきた』

 唐突に老木が呟いた。すると

 ガザガザ ゴソゴソ サワサワ ザッザッ

 周囲から音が聞こえ始め、楓はとっさに警戒した。

『大丈夫。みんないい子だよ』

 老木の言葉が合図化のように、様々な動物たちが顔を出す。

 リスが駆け寄ってきた。カラスが降り立った。カエルが跳ねた。タヌキが転がり、犬が吠えた。他にも多種多様な動物が集まっていた。

(え? どういうこと?)

 まるで絵本の世界のような光景なのだが、あまりにも展開が早すぎて、思考が追い付いていない。

『皆、新入りを紹介するよ』

 老木が宣言すると、動物たちの視線が楓に集中した。

 小動物のかわいらしい視線。草食動物の思慮深い視線。肉食動物のそれらにさらされて、楓は何も考えられなかった。

『わ、人間だ。ここに来るなんて珍しい』『人間かぁ』『もっと小さかったらうまかったのにな』『何を言ってるんだ、お前は。ここでの狩りはご法度だよ』『ほう。なかなかかわいいではないか』『鳥目が何を言ってんだい』『仲良くできるかな』『人間は嫌いだ。おっとんも人間に殺された』『車は本当に迷惑だ』『たしかに台風よりもタチが悪い』『危ない上に臭いときたもんだ』『最近は音さえ小さくなってきた』『こわいこわい』

 好奇入り交じる視線にさらされて、恐怖を感じていた。今すぐ逃げ出したかった。

 我慢できずに泣き出しそうになった寸前だった。

『静かに』  老木の一喝が響き渡った。

・・・・・・・・・………————————————

 ピタリ、と声が止んだ。

 たった一言の力で、場の空気が一変した。

(……スゴイ)

 息をのんだ。まるで魔法にかけられたかのような光景で、圧倒された。

 興奮のままに老木に抱き着くと、ゴツゴツした感触と、どっしりとした安心感に、強い感動を覚えた。

『さて、なにか言うことはあるかな?』

 老木の言葉を聞いて、改めて自分の状況を俯瞰ふかんする。

 会話のできる老木や動物たちに囲まれている。冷静に考えれば不可解すぎる状況だ。

「これは一体何なんですか?」
『はっはっは。そういえば何も説明していなかったね。ちょっとした談合の会だよ。チョメチョメを持った動物たちによる、ね』

 動物たちは一様に頷いた。全く見た目が違う動物たちが、一本の木の下に集まって、耳を傾けている。その光景にはシュールさすら感じられるが、どこか尊いものに見えた。

『さて、他にはあるかい?』

 だからこそ、訊かなくてはならない。

「わたしは、ここにいていいんですか?」

 楓は不安だった。すごく魅力的な場所なのに、自分が居てもいいのか、自身がなかった。

 そんな弱気な少女に対して、苛立った声を上げる動物がいた。

『これだから人間は傲慢ごうまんだ』

 大きなカラスだった。

 少し離れた場所の電線に乗り、偉そうに見下ろしていた。態度の悪さに顔をしかめる周囲は歯牙にもかけず、マシンガンのように話し始める。

『お前は人間が特別だと、他の動物と違うとでも思っているのか? たしかに人間はその他と比べて環境を変化させているし、繁栄していると言えるだろう。
 だが、ここではそんなの関係無い。チョメチョメをもって会話をするもの達が集まって、話し合ったり、相談し合ったりする場所だ
 チョメチョメを持つ動物である以上、お前にはその権利がある
 それとも人間はオレたちと違うと言いたいのか?』

 カラスの勝手に決めつける物言いを不快に思いながらも

「でも、わたしが生まれて母親が死んだから……」と楓は弱々しく呟いた。
『はぁ!? そんな小さいことどうでもいいだろ。オレなんて卵から生まれてすぐに母親を目の前で亡くしたぞ』
「あ、そうか。鳥だから卵から生まれるんだ」
『そりゃそうだろ。なんなんだよ。そんなこともわからないやつは出ていけ』

 カラスは舌打ち混じりに悪態をついた。すると、周囲の動物たちからブーイングの大合唱が巻き起こった。

『カラスの言うことは気にするなよ』『偏屈野郎だからな』『詭弁だからな』『その癖何もしない怠け者だ』『人間のゴミ漁って生きているのに何を言ってるんだか』『この前ツバメと喧嘩して負けているのを見たぞ』『そりゃ傑作だ』

『デタラメいうな!』

 余程恥ずかしいのか、カラスは羽を広げて激しく威嚇した。

 リスがカラスにちょっかいを掛けようと追いかけて、カラスは飛べるはずなのに歩いて逃げ出した。その光景があまりにも面白くて

「は、あは、あははははは」と大口を開けて笑ってしまった。

 何だか今までの悩みがバカバカしく思えた。それ程にこの場所は非現実的で、シュールに満ちていた。

『いい笑い声だ』

 老木に指摘されて、慌てて口を手で塞いだ。大口で笑った姿をクラスメイトにバカにされてからコンプレックスになっていた。

『何を恥ずかしがる必要がある。ここには人間はいないんだよ』
「……人間はいない」

 周囲を見渡すと、動物達しかいない。彼らは自由奔放に遊びまわり、自分を包み隠さずさらけ出しているように見えた。

『誰も陰口をたたかないし、イジメもしない。近いことがあっても、悪意はない。ここにいるのは良くも悪くも純粋な動物ばかりだ』

 ピョン、と突然リスが肩に乗ってきた。驚きのあまりに「うわっ」と素っ頓狂な声を上げてしまう。

『老木さんと話し過ぎだよ、皆待ってるんだから』

 頬を膨らませたリスがあまりにもかわいくて撫でようとした瞬間だった。

「えっ!?」

 ドスン、と足元に豚がぶつかってきて、後ろに倒されてしまった。
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