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第六章 チョメチョメを持つ不思議ちゃんの日常
第五十五話 本屋さんは見抜いている
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楓は手に持った二冊の本を見比べて、眉間にしわを寄せていた。
一冊はDIYの本だ。楓にはいずれ作りたいものがあったが、『人助け』が忙しく手を付けられていない。
もう一冊は料理本だった。手軽に味のいい料理が作れると評判のものだった。君乃が立ち読みして悔しながら戻しているのを見ていた。
楓はポケットからガマ口財布を取り出して小銭を数えた。将来の出費を考えると、二冊共買うことはできなかった。
(これも『人助け』だよね)
楓はDIYの本を棚に戻した。もう一度引き抜こうとする手を抑えながら、料理本をレジに持って行った。
レジの奥で単行本を読んでいた本屋の店主が、面倒くさそうに顔を上げた。
本屋の店主は70歳過ぎの男性で、常に度の強い眼鏡を付けている。口数が少なく、愛想もよくないため、社交的とはとても言えない。商店街で唯一、楓の手伝いを頑として断っている。
「歌の練習は順調か?」
本屋さんに声を掛けられて、楓はドキリとした。普段は声を掛けられることすらない。
「……ばっちりです」
楓は心の中で、嘘だ、と自分の言葉を否定した。
人並程度に音程は合うようになってきたものの、楓自身が満足できる出来にはなっていない。しかし今無駄に心配させる必要はない、ととっさに嘘をついてしまった。いや、本当は不甲斐ない自分を認めたくないだけかもしれない。
「そうか」とぶっきらぼうに本屋は呟きながら、レジに置かれた料理本を見た。
「こっちの本か」
「お姉ちゃんが欲しそうにしてたので」
「……そうか」
店主はお釣りを出しながら、料理本を紙袋に包んだ。
「なあ、前から気になってたんだが、なんで老人なんかによくするんだ?」
「『人助け』だからです」
堂々と言い切った楓を、本屋さんはじっと見つめている。眼鏡越しに見る店主の瞳は、どこまでも透き通っていて、真実を見抜くレンズのように見える。
シワシワの唇がゆっくりと開いて、衝撃的な言葉を吐く。
「数年前、お前はよく火葬場の近くを夜にうろついていて、何かと話していた」
ひっ、と小さな悲鳴に近い声が出た。
(なんで……!?)
楓は混乱して言葉を出せなくなっていた。
誰にもバレていないと思っていた。なんで知っているのか、という疑問に答えるように、本屋さんは無感情に口を開く。
「儂は夜によくあの道を通る。息子夫婦や孫に会いに行くためにな」
冷や汗が滝のように流れ出る。本屋さんの顔を直視できずに、顔を背ける。
「お前の姿はあるのに、他には誰も見当たらなかった。お前は一体、誰と話していたんだ?」
「……人違いじゃないですか?」
目を泳がせながら、ごまかそうとした。しかし目の前の初老の目には強い確信が宿っており、少女の虚勢を射抜き続けていた。
「いいや、お前が気違いだ。俺は見間違っていない」
ゾワッ
キチガイと言われて、全身の毛が逆立った。
「なんなんですか、なんでそんなことを言うんですか」
「ただの老婆心だ。お前を見ていると不安になるんだ。なんとなく昔の息子を思い出す」
楓はさっさと話しを打ち切って、さっさと逃げ出したかった。これ以上、本屋の話を聞きたくなった。これ以上聞いていると、自分の感情がどう動くかわからなかった。
「お前は一体何と話していたんだ?」
「言って、信じてくれますか?」
「多分無理だろうな」
ヒクリ、と頬が引きつる。怒鳴りたい気持ちを必死に抑え込む。
「お前は何かに囚われているんじゃないか?」
「……囚われている、って」
楓にとっては「囚われている」という表現には納得いかなかった。しかし適切な表現が思い浮かばず、押し黙ってしまう。
「商店街の奴らは皆、気づいている。気づいていながらお前に甘えている。儂はそれが気に入らないんだ」
「別にいいじゃないですか、お互いに助かってるんですから」
本屋さんは視線を鋭くして、重々しく口を開く。
「お前は十分に友達と遊べているか? 勉強はできているか? 家族と語らえているか?」
「……関係ないじゃないですか」
「青春をおろそかにする程、お前のやっていることに価値はあるのか?」
自分の中の何かにヒビが入るのを感じた。もう我慢の限界だった。
「わたし、帰ります」
本屋を鋭くにらみつけて、踵を返す。扉を押し開けた瞬間だった。
「また来るのを楽しみにしてる」
本屋にぶっきらぼうに告げられて、楓は困惑した。
「……何をしたいんですか?」
あまりの苛立ちに、語気が強くなるのを抑えられなかった。
「今度は、君自身の意思で来ることを祈っていてる」
会話にならなかった。
本屋さんの声音は最後まで無感情だった。怒っているでも諭しているわけでもない。ただ黙々と事実を告げるような口調だった。
楓は浅い息を吐きながら、駆けだす。
買った料理本を手に、本屋から逃げ出すしかなかった。
一冊はDIYの本だ。楓にはいずれ作りたいものがあったが、『人助け』が忙しく手を付けられていない。
もう一冊は料理本だった。手軽に味のいい料理が作れると評判のものだった。君乃が立ち読みして悔しながら戻しているのを見ていた。
楓はポケットからガマ口財布を取り出して小銭を数えた。将来の出費を考えると、二冊共買うことはできなかった。
(これも『人助け』だよね)
楓はDIYの本を棚に戻した。もう一度引き抜こうとする手を抑えながら、料理本をレジに持って行った。
レジの奥で単行本を読んでいた本屋の店主が、面倒くさそうに顔を上げた。
本屋の店主は70歳過ぎの男性で、常に度の強い眼鏡を付けている。口数が少なく、愛想もよくないため、社交的とはとても言えない。商店街で唯一、楓の手伝いを頑として断っている。
「歌の練習は順調か?」
本屋さんに声を掛けられて、楓はドキリとした。普段は声を掛けられることすらない。
「……ばっちりです」
楓は心の中で、嘘だ、と自分の言葉を否定した。
人並程度に音程は合うようになってきたものの、楓自身が満足できる出来にはなっていない。しかし今無駄に心配させる必要はない、ととっさに嘘をついてしまった。いや、本当は不甲斐ない自分を認めたくないだけかもしれない。
「そうか」とぶっきらぼうに本屋は呟きながら、レジに置かれた料理本を見た。
「こっちの本か」
「お姉ちゃんが欲しそうにしてたので」
「……そうか」
店主はお釣りを出しながら、料理本を紙袋に包んだ。
「なあ、前から気になってたんだが、なんで老人なんかによくするんだ?」
「『人助け』だからです」
堂々と言い切った楓を、本屋さんはじっと見つめている。眼鏡越しに見る店主の瞳は、どこまでも透き通っていて、真実を見抜くレンズのように見える。
シワシワの唇がゆっくりと開いて、衝撃的な言葉を吐く。
「数年前、お前はよく火葬場の近くを夜にうろついていて、何かと話していた」
ひっ、と小さな悲鳴に近い声が出た。
(なんで……!?)
楓は混乱して言葉を出せなくなっていた。
誰にもバレていないと思っていた。なんで知っているのか、という疑問に答えるように、本屋さんは無感情に口を開く。
「儂は夜によくあの道を通る。息子夫婦や孫に会いに行くためにな」
冷や汗が滝のように流れ出る。本屋さんの顔を直視できずに、顔を背ける。
「お前の姿はあるのに、他には誰も見当たらなかった。お前は一体、誰と話していたんだ?」
「……人違いじゃないですか?」
目を泳がせながら、ごまかそうとした。しかし目の前の初老の目には強い確信が宿っており、少女の虚勢を射抜き続けていた。
「いいや、お前が気違いだ。俺は見間違っていない」
ゾワッ
キチガイと言われて、全身の毛が逆立った。
「なんなんですか、なんでそんなことを言うんですか」
「ただの老婆心だ。お前を見ていると不安になるんだ。なんとなく昔の息子を思い出す」
楓はさっさと話しを打ち切って、さっさと逃げ出したかった。これ以上、本屋の話を聞きたくなった。これ以上聞いていると、自分の感情がどう動くかわからなかった。
「お前は一体何と話していたんだ?」
「言って、信じてくれますか?」
「多分無理だろうな」
ヒクリ、と頬が引きつる。怒鳴りたい気持ちを必死に抑え込む。
「お前は何かに囚われているんじゃないか?」
「……囚われている、って」
楓にとっては「囚われている」という表現には納得いかなかった。しかし適切な表現が思い浮かばず、押し黙ってしまう。
「商店街の奴らは皆、気づいている。気づいていながらお前に甘えている。儂はそれが気に入らないんだ」
「別にいいじゃないですか、お互いに助かってるんですから」
本屋さんは視線を鋭くして、重々しく口を開く。
「お前は十分に友達と遊べているか? 勉強はできているか? 家族と語らえているか?」
「……関係ないじゃないですか」
「青春をおろそかにする程、お前のやっていることに価値はあるのか?」
自分の中の何かにヒビが入るのを感じた。もう我慢の限界だった。
「わたし、帰ります」
本屋を鋭くにらみつけて、踵を返す。扉を押し開けた瞬間だった。
「また来るのを楽しみにしてる」
本屋にぶっきらぼうに告げられて、楓は困惑した。
「……何をしたいんですか?」
あまりの苛立ちに、語気が強くなるのを抑えられなかった。
「今度は、君自身の意思で来ることを祈っていてる」
会話にならなかった。
本屋さんの声音は最後まで無感情だった。怒っているでも諭しているわけでもない。ただ黙々と事実を告げるような口調だった。
楓は浅い息を吐きながら、駆けだす。
買った料理本を手に、本屋から逃げ出すしかなかった。
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