チョメチョメ少女は遺された ~変人中学生たちのドタバタ青春劇~

ほづみエイサク

文字の大きさ
上 下
54 / 93
第六章 チョメチョメを持つ不思議ちゃんの日常

第五十二話 『人助け』は断れない

しおりを挟む
 夏休みに入り、中学校の校庭はさらに活気づいていた。大会に向けて集中しているのか、真夏の日照りにも負けない熱量を放っている。

 そんな青春から少し離れた体育館の裏。日陰で楓と少女は向かい合っている。

「ねえ、一生のお願い」

 少女は手を擦りながら頭を下げた。

 少女は女子バレー部の部長だ。薄ピンクのジャージを着ていても目立つ色白な肌が印象的で、深層の令嬢を思わせる佇まいだ。しかし高飛車というわけではなく、おっとりした雰囲気があり、親しみやすい気品が漂っている。

 音流は黒髪のポニーテールから漂う高級シャンプーの匂いに鼻腔をくすぐられながら、くだらないことを考えていた。

(部長の一生のお願いって、何度聞いたかな)

 それが何回だったとしても、取る行動は決まっている。

「うん。わかった」

 楓は迷いなく快諾した。頼まれれば断るという選択肢はない。『人助け』だから。

 そうして音流は選手の代役を請け負った。

 種目はバレーボール。楓の得意な球技だった。背は決して高くないのだが、楓には運動部顔負けの運動神経がある。

(これで何度目だっけ)

 楓は数えきれないほど、バレーボールの代役に指名されていた。部外者から見れば部員の一人にしか見えないだろう。

(なにやってるんだろう、わたし)

 部長から渡された入部届を思い出した。今も机の引き出しにしまっている。

(入部したら『人助け』にならなくなるから)

 部員になれば、『人助け』から部活動になる。日々『人助け』のノルマに追われている楓にとって、それは許容できないことだった。

【人助けをして生きていきなさい。君は――】

 老木の遺言の幻聴が聞こえて、「わかってる」と誰にも聞こえないように小さく呟いた。

「じゃあ、よろしくね」
「あ、うん。任せて」

 話は一旦区切りがついた。

(ん? あれ、部長まだいる)

 しかし部長はまだ去ろうとはしなかった。いつもなら部長は慌ただしく部活動に戻っているはずなのに、だ。

 楓が不思議そうな顔をしていると、部長は意を決して口を開く。

「ねえ、楓ちゃん。今度、お店に行っていい?」

"お店"とは楓の家でもある『Bruggeブルージュ喫茶』のことだろう。

「うん。いいよ。いつでも来て。サービスするよ」
「レアチーズケーキが評判だから、楽しみ」

 一瞬、脳裏に鈴木陸の顔がチラついた。レアチーズケーキが話題になっているのは、陸の影響が大きい。あまりにもおいしそうに食べるものだから、他のお客さんが感化されたのだ。それからは評判が評判を呼び、今やレアチーズケーキ目当てのお客さんも少なくはない。
 その火付け役の鈴木陸なのだ。

 陸の"おいしい"を伝える力は一種の才能と言えるだろう。いっそのこと食レポで生きていけばいいのに、と楓は無責任に考えている。

「ありがとう」

 部長は丁寧にお辞儀をして去っていった。

(これでひとつ)

 楓は人差し指を伸ばして数えた。

(ありがとう、は『人助け』をした証だ)

 どうすれば『人助け』になるのか。明確な答えを求めて、導き出した結論だった。楓は一日に5回以上ありがとうと言われることを目標にしている。

 目標の5回のありがとうをもらって、楓は校門をくぐった。

 すると、偶然、校門の前で話していた帰りがけの女子バレー部と鉢合わせになった。

「あ……」

 気づいた部長から手を振られて、楓は小さく手を振り返した。その様子に気付いた他の部員たちに「またね」「ありがとうね」「ばいばーい」と声を掛けられて、胸がいっぱいになった。

 しかしずっとそこにいるのに、なぜか恐怖を感じて、足早に走り去ってしまった。バレー部員たちの姿が見えなくなって、つい振り向く。もちろん、そこには誰の姿もない。

(悪いことしたかな)

 ふとあることに気付いて、自分の手のひらをじっと見つめる。

(そういえば、いつもなら握手してくれるのに……)

 普段なら、部長は楓の手を握ってお礼を言う。しかし今日は特になかった。ただ『Bruggeブルージュ喫茶』に行っていいか訊く緊張で忘れていただけかもしれない。そうわかっていても、モヤッとした気持ちが残っている。

 振り切るように、夕日を背に楓は走り出す。

Bruggeブルージュ喫茶』の前につくと、楓は頬を叩いて気分を入れ替えた。

 今から家に帰ってカフェのお手伝いだ。

「ぼおおおおおおおおおおおのおおおぉぉぉぉぉ!!!」

 カフェに入ると、レアチーズケーキを片手に奇声をあげる陸の姿があった。
しおりを挟む
script?guid=on
感想 0

あなたにおすすめの小説

「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~

kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。

隣の優等生は、デブ活に命を捧げたいっ

椎名 富比路
青春
女子高生の尾村いすゞは、実家が大衆食堂をやっている。 クラスの隣の席の優等生細江《ほそえ》 桃亜《ももあ》が、「デブ活がしたい」と言ってきた。 桃亜は学生の身でありながら、アプリ制作会社で就職前提のバイトをしている。 だが、連日の学業と激務によって、常に腹を減らしていた。 料理の腕を磨くため、いすゞは桃亜に協力をする。

やくびょう神とおせっかい天使

倉希あさし
青春
一希児雄(はじめきじお)名義で執筆。疫病神と呼ばれた少女・神崎りこは、誰も不幸に見舞われないよう独り寂しく過ごしていた。ある日、同じクラスの少女・明星アイリがりこに話しかけてきた。アイリに不幸が訪れないよう避け続けるりこだったが…。

無敵のイエスマン

春海
青春
主人公の赤崎智也は、イエスマンを貫いて人間関係を完璧に築き上げ、他生徒の誰からも敵視されることなく高校生活を送っていた。敵がいない、敵無し、つまり無敵のイエスマンだ。赤崎は小学生の頃に、いじめられていた初恋の女の子をかばったことで、代わりに自分がいじめられ、二度とあんな目に遭いたくないと思い、無敵のイエスマンという人格を作り上げた。しかし、赤崎は自分がかばった女の子と再会し、彼女は赤崎の人格を変えようとする。そして、赤崎と彼女の勝負が始まる。赤崎が無敵のイエスマンを続けられるか、彼女が無敵のイエスマンである赤崎を変えられるか。これは、無敵のイエスマンの悲哀と恋と救いの物語。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)

チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。 主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。 ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。 しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。 その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。 「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」 これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。

青天のヘキレキ

ましら佳
青春
⌘ 青天のヘキレキ 高校の保健養護教諭である金沢環《かなざわたまき》。 上司にも同僚にも生徒からも精神的にどつき回される生活。 思わぬ事故に巻き込まれ、修学旅行の引率先の沼に落ちて神将・毘沙門天の手違いで、問題児である生徒と入れ替わってしまう。 可愛い女子とイケメン男子ではなく、オバちゃんと問題児の中身の取り違えで、ギャップの大きい生活に戸惑い、落としどころを探って行く。 お互いの抱えている問題に、否応なく向き合って行くが・・・・。 出会いは化学変化。 いわゆる“入れ替わり”系のお話を一度書いてみたくて考えたものです。 お楽しみいただけますように。 他コンテンツにも掲載中です。

燦歌を乗せて

河島アドミ
青春
「燦歌彩月第六作――」その先の言葉は夜に消える。 久慈家の名家である天才画家・久慈色助は大学にも通わず怠惰な毎日をダラダラと過ごす。ある日、久慈家を勘当されホームレス生活がスタートすると、心を奪われる被写体・田中ゆかりに出会う。 第六作を描く。そう心に誓った色助は、己の未熟とホームレス生活を満喫しながら作品へ向き合っていく。

処理中です...