チョメチョメ少女は遺された ~変人中学生たちのドタバタ青春劇~

ほづみエイサク

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第六章 チョメチョメを持つ不思議ちゃんの日常

第五十一話 モノの声が聞こえる生活②

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「こんばんは。こんな時間にどうしたの?」
「ちょっと夜風に当たりたくなったので」

 憂いを帯びた表情を見て、楓は何かがあったのを察した。

「今洗濯モノ乾かしているから、ちょっとお話ししよ?」
「……ありがとうございます」

 二人は自販機横のベンチに座った。豪快にサイダーを飲み干す音流の姿を見て「なんで太らないんだろう」と心の中だけで呟いた。

「えっと、家で何かあったの?」
「はい。楓さんには前話しましたよね。ウチの家族のこと」

 それと同時に言われた。「もう日向ぼっこで死にたいなんて思っていません。なので、これからは純粋なお友達としてお願いしま……しても、いいですか?」と。楓は迷いなく快諾した。

 しかしその後、陸との交際報告を告げられた時は、苦い顔をするしかなかった。

「ちょっと寂しくなったんです。パパがいなくなって。早くいなくなればいい、と思ったことがあっても、実際にいなくなると寂しいなんて、我がままですよね」

 両親の離婚が決まり、ママが親権をとった。パパは家を出ていき、二人暮らしになった。それが音流の家庭の現状だ。

「ママも少し心の余裕ができたのか、最近はちゃんとご飯を作ってくれるようになったんです。しかもでも、夜に出かけることも増えて行って……。マシになったんですけど、どう接していいのか――」

 目を伏せていた音流は突然ハッとして顔を上げた。

「すみません。楓さんにこんな話を……」

 楓は母親がいない自分への気遣いだと察して、表情を柔らくした。

「ううん。当たり前にいた人がいなくなるのはつらいよね」
「……はい」

 楓は恩師だった老木のことを思い浮かべた。そして、耳の中で遺言がリピートされる。

【人助けをして生きていきなさい。君は――】

 老木は楓にチョメチョメのことを教えてくれた恩師だ。ふと、

(……今のわたしは、音流ちゃんにとって『わたしの老木』なのかな)

「チョメチョメにはもう慣れた?」
「不思議な感覚ですけど、楽しいです」
「楽しい……か」

 音流の感想を聞いて、楓は困惑した。

(そっか。わたしも最初は楽しんでたんだよね)

 感慨に浸っているうちに、音流は話を続ける。

「みんな純粋で楽しそうですよね。幼稚園児みたいで、なんだか元気をもらえます。寂しい時なんて特に。そうだ、ぬいぐるみの声が聞こえたと持ったら、すごく渋い声だったんですよ。もう笑っちゃって!」
「うん、よくあるよくある!」

 モノの声は、そのモノがそれだけ存在していたかで変化する。渋い声だったということは、そのぬいぐるみは10年以上は大事にされているのだろう。

「でも、いまひとつなんですよね。もっといい声だったらサイコーなんですけど」
「ちょっとわかる。モノの声って喜怒哀楽がはっきりしてるから」
「そうなんです。そうなんですよ! もっと深みのある声だったら、この世は天国でした」

 それからしばらく、二人はモノの声について語り合った。とあるモノがこんなことを言っていた、とあるモノが意外にこんな声をしていた、などなど。話に花を咲かせ続けた。

「そういえば、いつからモノの声が聞こえるようになったんですか?」
「10歳の誕生日」
「すごく区切りのいい日に、素敵なプレゼントですね」

 楓は当時のことを思い出し、懐かしむように目を細めた。

(あの時はよかったのに。多分、一番幸せだった)

 誕生日会から逃げ出し、トラックに轢かれそうになった日。

 老木と動物たちに囲まれた日々。家族のことも、人間関係の全ても忘れて、純粋に楽しめていた。楓にとってはかけがえのない思い出だ。

 そして次にフラッシュバックした光景は、思い出したくもないものだった。多くの動物に囲まれなぶられ、犬の牙がのど元に迫る光景。

「楓さん、どうかしましたか?」

 音流の言葉に現実に引き戻された楓は「あ、ううん。なんでもない」とどもりつつ、冷や汗でじっとりと濡れた手のひらをスカートでぬぐった。

「そうですか? 何かあったら言ってくださいね」と音流に言葉をかけられて、楓は「ありがとう」と小さく返した。

 音流は飲み終えたペットボトルをゴミ箱に投げ入れようとしたのだが、コンと軽い音が鳴って、地面に転がった。ペットボトルは不規則な軌道を描いてゴミ箱の裏へと隠れてしまう。しかし音流は迷いない動作で、見えない位置にあるペットボトルを拾い上げた。
 
 モノの声を聞いて位置を把握したのだ。

「チョメチョメって便利ですよね。探し物が楽になりました」
「うん。それ以外には料理とかにも使える」
「そうなんですか?」と音流は意外そうに目を丸くした。
「モノの声を聞き分ければ、今どんな状態だかわかるの。冷蔵庫やオーブンの中でも。焼き加減とか固まり具合もわかっちゃう」

 音流はしばらく考えて込んでから、小さく口を開いた。

「料理は苦手なのでよくわかりません」
「やってみたら、料理。自分でおいしいものを作れると便利だよ」
「それは素敵なことですね」
「よかったら今度、料理を教えようか?」

 楓の誘いに、音流は食い気味に「いいんですか!?」と叫んだ。

「できれば、弁当の作り方を教えていただきたいんですが……」
「二人分?」と楓は真顔で訊ねると
「……二人分です」と音流は人差し指を突き合わせて、恥ずかしそうに答えた。

(あいつの苦手な食べものは何だろう? みっちり調べておこう)

 そんな思惑もつゆ知らず、音流は月を見上げながら

「同志の声が聞きたくなってきました」と寂しそうに言葉を漏らした。
「電話すれば?」
「うーん。電話すると、電話自身が話しかけられたと勘違いしちゃうんですよね。電話先からの声と電話自身の声が混ざって大変です」

 あー、と楓は共感の声を上げた。

「それはね——」と音流に電話をするときのコツを教授し始めた。電話から意識をそらしつつ、電話から聞こえる音を耳に入れる、という器用な技術だ。

 音流は楓から手ほどきを受けながら、徐々にコツをつかんでいった。

「ありがとうございます。わかってきました!」
「うん、よかった」

 一区切りがついて、癖で時計を見る。

「あ、そろそろ時間だ」

 乾燥機が止まってしばらく経っており、洗濯モノがほどよく冷めている頃合いだろう。

「すみません、長話に付き合わせてしまって……」
「ううん、わたしも楽しかったから。夏休みで会う機会が減ってたからうれしい」
「ウチもです! 今日一番の収穫です」

 そこまで言うと、音流は立ち上がって歩道に出る。

「それじゃあ、今日はありがとうございました!」
「うん、またね」
「はい、またね、です!」

 元気いっぱいに手を振って去っていったのだが、途中転びそうになって、照れながらも帰っていった。

 見届けると、カー、と声が聞こえた。

「カラス兄、いたんだ」
『途中からな。随分楽しそうだったじゃないか』

 カラス兄はかなり不機嫌そうな声音で言った。しかしカラス兄が不機嫌なのはいつものことだ、と楓はあまり気にしない。

「そうだ。ネルちゃんを送り届けて。ほら、危なっかしいから」
『お前のお願いでも、ちょっと……』
「ネルちゃんいい子だよ?」
『あいつ、チョメチョメに目覚めたんだよな?』
「まさか人見知り?」
『……』

 図星だったのか、カラス兄は押し黙ってしまう。

「え、本当に人見知りなの?」と楓が悪戯っぽくからかうと
『それぐらいはしてやるよ!』とカラス兄は翼を広げて怒った。

 カラス兄の意外な一面を知って、楓は愉快そうに笑った。

「ありがとう。今度お礼に撫でてあげるね」
『お前が撫でたいだけだろ。なんで俺へのご褒美になるんだよ』
「でも、いつも寝そうになるでしょ。かわいいよ」
『……もう、なんでもいい』

 カラス兄は諦めたように言った。

「あと、鳥目なんだから気を付けてね。すぐにテンパるんだから」
『うるせえよ』

 カラス兄は飛び立とうとしたのだが、言い忘れていたことを思い出して、再び楓に目を向けた。

『ああ、そうだそうだ。最後に"ありがとう"って言われてたな』
「うん、そうだね」

 カラス兄の言動の意図が分からず、楓は不思議そうに小首をかしげた。

『これも『人助け』としてカウントするのか?』

 息を呑む。すぐに言い返せなかった。

「……わかんない」
『それはなんでだろうな』

 吐き捨てると、カラス兄は音流のことを追いかけていった。

 独り残された楓は「なんでなんだろう」と何度も反芻しながら、上の空で帰路につきはじめた。

 しかし結局答えがわからず、ため息をつく。

(言いたいことがあるなら、はっきり言ってよ)

 ふと自分に向けられた音流の笑顔を思い出し、軽い気持ちになる。

(まあ、でも、今はわかんなくてもいいかな)

 軽やかになったステップで、姉の待つ家へと帰るのだ
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