チョメチョメ少女は遺された ~変人中学生たちのドタバタ青春劇~

ほづみエイサク

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第五章 日向ぼっこ好きは台風の目の夢を見る

第三十九話 SNS上のSOS写真

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 現実に引き戻された陸は、自分が涙を流していることに気付いた。

 涙をぬぐい、鼻をチーンとかみ、顔を上げる。

(しばらくはあんな思いはしたくない)

 不安に駆られた陸は、音流宛にダイレクトメッセージを送った。しかし三十分待っても反応は無い。

 すぐに通知に気づくわけがない、と自分に言い聞かせつつ、パジャマから普段着に着替える。

 自室から出て階段を降りると、リビングから家族の団欒だんらんの音が聞こえてホッと息を吐く。泣いていたことがばれないように顔を洗ってから、リビングに入った。

「おはよう」

 お父さんとお母さんから「おはよう」と返しがあったが、妹は何も言わずタブレットをいじっている。いつも通りの日常だ。ただし、外では台風が天気を荒らしている。

「今日は随分早いじゃない」

 お母さんに言われて、陸は「んー」と生返事をした。陸は休日の日は昼飯時になるまで顔を出さない。だから、すでに9時を回っていても「早い」と言われる。

 しかし実際には早いのではなく、一睡もできていないのだ。昨夜のことがまだ脳裏に焼き付いており、寝付ける訳がなかった。

「あんた、顔色悪くない?」とお母さんは陸の顔を訝しげに見てくる。
「ん、寝られてない」
「何? 悪い点数のテストを隠しているなら早くだしなさいね」
「そんなんじゃない」
「じゃあ、なんなの」

 陸は一瞬、答えに詰まった。正直に答えるわけにいかず

「台風のせいだよ」と濁した。
「あんた、そんなに繊細だったっけ? 添い寝してあげようか?」
「思春期の息子にそんなこと言うなよ」
「まったく照れ屋なんだから」と茶化した後「なにか食べる?」と当然のように訊いてくる。
「食べる」
「じゃあちょっと待ってなさい」

 言うや否や、お母さんは台所で準備を始めた。

 待っているあいだ暇で、ソファに座ってテレビを見ることにした。

「お、珍しいな」
「別になんでもないよ」

 すでにお父さんがソファで寝そべっていた。重そうに体を動かして、スペースを開けてくれる。

 テレビでは台風情報が流れており、カッパを来たキャスターが暴雨にさらされながら、台風の激しさを実況している。
 現場の緊迫した雰囲気が液晶越しに伝わる中、お父さんが口を開く。

「寝られないのか」

(そんなに心配することじゃないでしょ)

 陸は内心うざったく思いつつも「台風のせいで」と淡々と返した。

「眠れないときはマスをかくといいぞ」

 突然の下ネタに、陸は思わずせき込んでしまった。

「これからの季節は暑くて寝つきが悪くなるが、女子の夏服姿とか水着姿が見られるからトントンだよな」

 さらに話を深堀りし始めたことに驚愕し、めまいがした。

「なんだ、これぐらいの話同級生としないのか」
「するわけないだろ! したとしても父親のは聞きたくない!」

 もうこの父親イヤだ! と手で顔を覆った瞬間だった。

「この下ネタオヤジ!」

 叫び声とともに、小柄な妹がお父さんの肩を強く叩いた。娘に甘いお父さんはタジタジといった様子だ。

 尚、お母さんは慣れているためか、スンと澄ました顔で朝食の準備を続けている。

(ナイスだ、妹)

 普段は妹のことをうざったらしく感じている陸だが、この時ばかりは感謝した。

 しかしすぐにある事実に気づく。

 妹が"マスを掻く"という言葉を下ネタだと認識している。中学2年生の陸でさえクラスメイトとの会話で、最近初めて知ったのだ。途中から会話についていけずに困り、帰宅してから検索したという経緯がある。そんなワードを、四歳も年下の妹が当たり前のように知っている。その事実は兄として衝撃的だった。

(耳年増すぎないか? まさか、お父さんの血が……)

 考えれば考える程頭が痛くなっていき、深く考えることをやめた。

「ほら、出来たからすぐに食べちゃって」

 お母さんに呼ばれて、食卓に着く。白いご飯。おかずは卵焼きとみそ汁とキムチ。朝食の定番だ。

「いただきます」

 二口程食べて、自然と箸が止まった。どうしても食欲がわかない。

 寝不足によるせいだけではない。胸の奥底に何かがつっかえている感触がある。それでも、せっかく用意してもらったのだから、とみそ汁がぬるくなるまでの時間を使って食べきった。

「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」

 陸が皿を洗い場に持っていこうとすると、お母さんがササッと奪い取った。

「なんで」
「今日ぐらいはいいわよ」

 陸はむずがゆい気分になりながら、甘えることにした。

 お腹が膨れたら眠れるかと思い、自室に戻り再び布団をかぶる。しかし眠気はこれっぽっちも湧いてこない。目や瞼は疲れたと語り掛けてくるのに、脳と心が暴れまわっている。

 三十分程経っても眠れる様子がなく、スマホをいじり始める。

 昨夜に充電を忘れていたためバッテリー残量が無く、面倒に思いながらケーブルを差した。

(ん!?)

 SNSを覗くと、音流の新しい投稿が目に入った。スマホの処理が遅く感じる程ガン見しながら投稿を表示すると、そこには写真だけが貼られていた。

 息を呑んで、冷や汗が流れた。

 それは青空の写真だった。背景からして河川敷で撮ったものだろう。なにも知らない人間が見ても、ただの風景写真にしか見えないだろう。

 しかし陸には理解ができた。

 これは今現在、撮られた写真だ。台風に襲われている中、唯一青空が微笑む場所で。

(これって、僕へのSOSなのか?)

 最悪なシナリオが思い浮かぶ。

 陸と音流は台風の目で日向ぼっこをする計画を立てていた。しかし音流の母親にバレたことでご破算となった。もし、それでもまだ、音流が諦めて切れていなかったとしたら――。

 いや、それどころの話ではない。昨夜の音流は異常な精神状態だった。最終的に落ち着いたが、陸は"お願い"を断ってしまった。

 その結果、独りで断行してもおかしくはない。いや、それだけで済めばいい。

 陸はふと、外から人の声が聞こえることに気付いた。

 カーテンを開けると、豪雨の中で叫ぶ女性の姿があった。迷子を捜すように周囲を見渡しながら走っている。雨風のせいで声はかき消され、姿もぼんやりとしか見えないが、どこか音流に面影が重なって見える。

 カチリ、と。頭の中でパズルのピースがはまった。

 背筋が凍り、鳥肌が立った。

 すでに女性は分厚い雨のカーテンの向こうへと行ってしまった。

 脳裏に浮かんだのは葬式の光景。そして音流の顔。音流の笑みが灰色に染まっていき、祭壇の上に飾られるイメージが湧いてくる。

 無意識に走り出していた。

 突然に響いた大きな足音に、お母さんが反応した。

「陸、どこ行くの!?」
「大事な約束! 大丈夫、絶対戻ってくるから!」

 お母さんの制止を振り切り、玄関の扉を押し開ける。

 豪雨の中、少年はがむしゃらに走り抜けていった。
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