チョメチョメ少女は遺された ~変人中学生たちのドタバタ青春劇~

ほづみエイサク

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第五章 日向ぼっこ好きは台風の目の夢を見る

第三十八話 陽気お祖父ちゃんの通夜

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 雷がひっきりなしで轟き、豪雨がアスファルトを打ち付けている。

 強風が木々を倒さんがばかりに吹き荒れ、家はギシギシと悲鳴を上げている。

 まだ昼間だが家中のカーテンを閉め切っており、逼迫した状況を表している。

 予報通り、台風が襲来した。

(そういえばお祖父ちゃんのお通夜も台風が来ていたな)

 陸は追憶を始めた。

 お祖父ちゃんが亡くなったと聞き、その死を実感するまでのエピソード。

 昨年。陸が中学一年生の頃。まだ"死んだ"ということを正しく理解できていなかった。

 いつになく慌てた親に連れられるままに祖父母の家に向かった。外から見ると、家は何も変わっていなかった。不審に思って「何があったの?」と何度聞いても、両親からは曖昧な言葉しか返ってこなかった。

 家に入ると、わずかに違和感を覚えた。なんだか空気が冷たいし、あまり会わない親戚がいた。

 普段は使っていない部屋に通されると、布団が敷いてあった。そこには誰かが寝かされていて、顔は上品な布で覆い隠されていた。その横では見たことのない四角い機械が動いていて、布団の中につながっていた。

 お父さんに促されて、顔の横に座った。

 陸ははじめ「誰なのかな。苦しくないのかな」と呑気なことを考えていた。

 しかし布がめくられた瞬間に衝撃を受けた。

 お祖父ちゃんだった。肌は青白く、穏やかな表情をしていた。

(なんか、気持ち悪い)

 陸がお祖父ちゃんに対してそのような感情を抱くのは初めてだった。

 衝動が抑えられなくなってお祖父ちゃんの額に触れると、氷のように冷たかった。

 陸は驚きのあまり、お父さんの顔を見た。

 本当は「どういうこと。お祖父ちゃん、どうなっちゃったの」と訊きたかった。しかし周囲の重々しい雰囲気と、何かを我慢しているお父さんの表情が、それを許さなかった。

 この時の陸は生物に"死"があることを知っていても"身近な人の死"は初めて体験したのだ。だからこそ、どう受け止めていいかわからなかった。

 その二日後に、通夜が執り行われることになった。家で眠っていたお祖父ちゃんを納棺して、

 その通夜の場で、不思議なことが起きた。

『お、みんな集まってどうしたんだ?』

 お祖父ちゃんの声が聞こえた。

 いや、違う。これは録音だ、とすぐに気づいた。それはお祖父ちゃんがお祖母ちゃんに託したメッセージだった。悪戯好きのお祖父ちゃんらしいやり方だ。

『うおっ、なんだ、みんなの体をすり抜けるぞ!? なんだこれ!』

 幽霊になって斎場をうろついている設定なのだろう。あまりにもコメディチックなお祖父ちゃんの演技に、周囲から笑い声が漏れ始めた。

『あーそうか、俺死んだんだな。そうか。ん? みんな泣いてるんじゃないだろうな?』

 陸は周囲を見渡した。泣いている人もいれば、笑いをこらえている人もいる。

『泣いてるやつがいたら、笑顔になるまで枕元に立ってオヤジギャグをささやき続けるからな』

 徐々に笑い声が増えてくる。陸もつられて笑ってしまう。

『お、ばあさん、相変わらずいい笑顔だ。俺はばあさんの笑顔がこの世の中で一番好きでな。いや、俺はもうあの世だったな』

 さっきまで下を向いていたお祖母ちゃんが大声で笑いだした。お祖母ちゃんはいつもあまり表情を動かさないのだが、笑う時は口を大きく開けて、目尻にいっぱい皺を作って笑う。見ているだけで元気になるような笑い方だ。

『ばあさんの笑顔を見ると、生きててよかったと思えるんだ。ばあさんには苦労もいっぱいかけたし、泣かせてばかりだった。だけど、お前には』

 それから家族たち一人ずつい対するメッセージが続いた。笑ったり泣き崩れたり、無言でうなずいたり、みんな異なる反応をしていた。

 最後に陸の番になった。一番下の孫だからだろう。

『陸。お前は何考えてるのかよくわからない孫だよなぁ。お前の母さんからは何度も相談されたぞ。お前は意外と頑固だし、甘えん坊だし、たまに変なことを言うし、意味わからないことに夢中になることがある。
 正直、お前の将来どうなるのか、怖くもあるし楽しみでもある。
 お前のひたむきさが愛おしいんだ。好きなことをしているお前を見ていると何とも言えない気分になるんだ。だから、お前に望むのは一つだけだ』

 一拍を置いたのち、力強い口調で言葉が紡がれる。

【好きなことをして、幸せに生きていきなさい】

 お祖父ちゃんはそう言った。陸に対する遺言だった。

『それじゃあ、みんな、あの世に一足先に行って歓迎会の準備をするからな、ちゃんと順番通りにくるんだぞ。順番が違うと困るからな。じゃあな!』

 プツン、と音声が切れた。瞬間、冷たい静寂に包まれた。

 陸は自分の中で膨れ上がっている感情に耐えられなくなり、斎場の外に飛び出した。

 台風一過。お祖父ちゃんが死んだ二日前と違って、雲一つない夜空だった。月と星々が満面に広がっている。

 日はすでに沈んでいるのだが、まだ夕飯時だ。斎場の前の道路では自動車が行き来し、遠くからは団欒の声が聞こえる。

 そんなただの日常を感じて、陸はこらえきれなくなった。

 お祖父ちゃんにはもう会えないんだ、という実感が間欠泉のように湧いてきて、涙が止まらなくなった。
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