チョメチョメ少女は遺された ~変人中学生たちのドタバタ青春劇~

ほづみエイサク

文字の大きさ
上 下
37 / 93
第五章 日向ぼっこ好きは台風の目の夢を見る

第三十五話 台風の目で日向ぼっこ大作戦

しおりを挟む
「最近、雨が多いです。サイアクです」

 音流の沈んだ声を聞いた後、陸はどんよりとした空模様を見ながら呟く。

「しばらくは続きそうだな」

 その横で音流は不満そうに頬を膨らませながら、傘をクルクル回している。かさや長靴には猫のマスコットキャラクターが印刷されているが、どちらもサイズが小さくて歩きづらそうにしている。

 春は息を潜め、夏が近づく中、梅雨を迎えていた。

 ニュースを見る度に台風何号と耳にする季節。今年は特別に台風の数が多く、傘や長靴が手放せない日が多い。

 放課後、教室で独りでいた音流に声を掛けたことで、一緒に帰路についている。

「ずっと日向ぼっこが出来ていません。このままでは日向ぼっこ欠乏症で死んでしまいます」

 音流が深刻な顔で、珍妙なことを言い始めた。

「え? 日向ぼっこをしないと死ぬの?」
「そりゃもう、死んじゃいますよ。全身の皮がシワシワのダルダルになった上に、歯が抜け落ちて、目がぼやけて耳が遠くなり、挙句の果てには腰が曲がって死んじゃいます」

 その姿を想像してしまい、恐ろしい、と陸は身を震わせた。しかしすぐに自分の間違いに気づく。

「それって年を取っただけじゃないの?」
「バレましたか」

 音流はわざとらしく舌を出して、茶目っ気のある笑顔を見せた後「冗談はさておき」と閑話休題かんわきゅうだいした。

「せめて、青空を一目ぐらい見たいです」

 音流は空を見上げて、陸もつられるように目線を上げる。厚く暗い雲に覆われた空が広がるばかりで、切れ目すら見えない。

 陸は今朝見たテレビの天気予報を思い出した。曇りのち台風。台風のち曇り。台風一過になることなく、晴れの日は一日もなかった。しばらくは日向ぼっこはできないだろう。

「あー、このままじゃもちませんよ」

 口調は軽かったのだが、ふと顔を見ると何かに耐えてているような表情をしていた。陸はしばらく考えた後、軽い気持ちで口を開く。

「いっそのこと台風の目にいくしかないね」

 陸としては冗談のつもりだった。しかし音流の口角がつり上がってくのを見て、口に出したことが失敗だったと気づいた。

「いいじゃないですか!」

 音流はギラギラと目を輝かせながら、陸に顔を近づけた。陸を夜の校舎探検に誘った時と同等か、それ以上の輝きを放っている。興奮のあまりに陸の手を握りしめ、振り回している。

「想像するだけで興奮します。台風の目で日向ぼっこ!」

 音流は興奮のあまり叫んだ上に、水たまりの上を跳ね回り始めた。

「正気!?」と陸は甲高い声で反対したのだが、もはや音流の耳に届くことはなかった。

 それどころか

「ロマンがありますよね。周囲では雨が横殴りになっている最中さなか、ど真ん中の晴天の下で眠れるんですよ。考えただけで涎が出てきます」とさらに想像を膨らませていった。
「冷や汗を出してほしいよ。ゆっくり寝ていると豪雨にさらされるよ」
「その刹那の時間を味わいたいのです。風邪を引いても、それは必要経費ってやつです」

 音流は零れんばかりの笑みを浮かべて、舞い上がっていた。

 そうして日向ぼっこに飢えた少女は『台風の目で日向ぼっこ大作戦』の計画を練り始めた。

 手始めにスマホを操作して直近の台風情報を確認すると、都合がいい情報ばかりが並んでいた。

 台風の通り道に住んでいる町があった。

 それは休日の昼間だった。

 これ以上の好条件はないだろう。

 音流の日向ぼっこに対する執念が台風を呼び寄せたのか、『台風の目で日向ぼっこ大作戦』に現実味が帯びてきた。

 次の日曜日――四日後に決行となった。

「今更言うのもなんですけど、同志も付き合わなくてもいいんですよ?」と音流が心配気に言うと
「僕もロマンを感じてるから」と陸ははにかんだ。

 心配半分、好奇心半分で付き添うことを決めていた。

「それではいっそのこと、楓さんも誘いましょう」

 音流としては善意で口にしたのだろうが、、陸の顔が露骨に歪んだ。

「まだ仲直りできてないんですか?」

 陸は言葉で答えず、顔を背けた。

 君乃の依頼でストーキングをした日以来、陸と楓は一言も話していない。最初は陸から話しかけようとしていたのだが、明らかに無視する態度にイラついて、ムキになってしまった。そうしているうちに関係はどんどん険悪になり、今や顔を合わせるのも気まずい状態だ。

「何があったのかは知りませんし、訊きませんけど、ウチとしてはちょっぴり寂しいです。まあ、カラオケとかで楓さんとちょくちょく会ってはいるんですけど」
「……ごめん」
「その一言を楓さんにも言えればいいんですけどね」

 鋭い指摘を受けて、陸は情けなくて下を向いた。

(わかってはいるんだけどなぁ)

 陸としても早く仲直りした方がいいのが分かっている。『Bruggeブルージュ喫茶』に行けば否が応にも会うため、レアチーズケーキを十全じゅうぜんに楽しめずに困っていた。

(でも、いまいち納得できない)

 喧嘩の発端が"切り株に座ろうとした"からなのである。あの切り株が楓にとって大事なものなのは陸も理解している。しかし時間が経てば経つほど"切り株に座ろうとした"からで突き飛ばすのはやり過ぎだろ、と怒りが湧いてきている。

(僕から謝るのもおかしくない?)

 陸は大分意固地になっているし、素直になれていない。とりあえず謝れるほど大人にもなっていない。

「同志、随分考え込んでいますね」

 音流の呼びかけに意識を戻され顔を上げると、目と鼻の先に少女の顔があり、驚きのあまり飛び退いた。

「考えるのも悩むのも結構ですけど、ちゃんと言葉にしてくださいね。手遅れになる前に」

 そう言う音流の表情は、少し大人びて見えた。心配と不安に駆られながらも、目の前の人間を信じている。そんな強い意志を感じさせる。

 しかしそれもほんの一瞬で、すぐにいつも通り柔和な顔に戻る。

「大丈夫ですよ、同志は誠実ですから、きっと伝わります。ウチが保証してあげます。なんなら保証書を発行しましょうか」
「そこまではいいよ」と言いながら、陸の頬は緩んでいった。

 それから二人は計画を具体的に練り始めた。

 計画と言っても、細かいところは当日の天気次第だ。軌道が逸れたり熱帯低気圧に変わる可能性だってある。むしろ思い通りに進む可能性の方が少ないだろう。

 当日は行き当たりばったりで行くしかない。それでも、想像するだけで二人は楽しかった。
 
 それから当日の間、陸と楓は顔を合わせる度に台風の話題に声を弾ませていた。時には夢中になりすぎてチャイムに気づかないことすらあった。

 それだけ楽しみにしていたし、浮き足立っていた。

















 それだけに、落ちた時の衝撃は――。
しおりを挟む
script?guid=on
感想 0

あなたにおすすめの小説

「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~

kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。

隣の優等生は、デブ活に命を捧げたいっ

椎名 富比路
青春
女子高生の尾村いすゞは、実家が大衆食堂をやっている。 クラスの隣の席の優等生細江《ほそえ》 桃亜《ももあ》が、「デブ活がしたい」と言ってきた。 桃亜は学生の身でありながら、アプリ制作会社で就職前提のバイトをしている。 だが、連日の学業と激務によって、常に腹を減らしていた。 料理の腕を磨くため、いすゞは桃亜に協力をする。

やくびょう神とおせっかい天使

倉希あさし
青春
一希児雄(はじめきじお)名義で執筆。疫病神と呼ばれた少女・神崎りこは、誰も不幸に見舞われないよう独り寂しく過ごしていた。ある日、同じクラスの少女・明星アイリがりこに話しかけてきた。アイリに不幸が訪れないよう避け続けるりこだったが…。

無敵のイエスマン

春海
青春
主人公の赤崎智也は、イエスマンを貫いて人間関係を完璧に築き上げ、他生徒の誰からも敵視されることなく高校生活を送っていた。敵がいない、敵無し、つまり無敵のイエスマンだ。赤崎は小学生の頃に、いじめられていた初恋の女の子をかばったことで、代わりに自分がいじめられ、二度とあんな目に遭いたくないと思い、無敵のイエスマンという人格を作り上げた。しかし、赤崎は自分がかばった女の子と再会し、彼女は赤崎の人格を変えようとする。そして、赤崎と彼女の勝負が始まる。赤崎が無敵のイエスマンを続けられるか、彼女が無敵のイエスマンである赤崎を変えられるか。これは、無敵のイエスマンの悲哀と恋と救いの物語。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)

チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。 主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。 ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。 しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。 その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。 「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」 これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。

青天のヘキレキ

ましら佳
青春
⌘ 青天のヘキレキ 高校の保健養護教諭である金沢環《かなざわたまき》。 上司にも同僚にも生徒からも精神的にどつき回される生活。 思わぬ事故に巻き込まれ、修学旅行の引率先の沼に落ちて神将・毘沙門天の手違いで、問題児である生徒と入れ替わってしまう。 可愛い女子とイケメン男子ではなく、オバちゃんと問題児の中身の取り違えで、ギャップの大きい生活に戸惑い、落としどころを探って行く。 お互いの抱えている問題に、否応なく向き合って行くが・・・・。 出会いは化学変化。 いわゆる“入れ替わり”系のお話を一度書いてみたくて考えたものです。 お楽しみいただけますように。 他コンテンツにも掲載中です。

燦歌を乗せて

河島アドミ
青春
「燦歌彩月第六作――」その先の言葉は夜に消える。 久慈家の名家である天才画家・久慈色助は大学にも通わず怠惰な毎日をダラダラと過ごす。ある日、久慈家を勘当されホームレス生活がスタートすると、心を奪われる被写体・田中ゆかりに出会う。 第六作を描く。そう心に誓った色助は、己の未熟とホームレス生活を満喫しながら作品へ向き合っていく。

処理中です...