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第三章 へたっぴ歌唱狂騒曲
第二十一話 化け物退治 in 夜の校舎②
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少年の絶叫が暗闇の廊下に響き渡る。
廊下からベコンと音が鳴った。陸は叫んだ。
目の前を何かが横切った。陸は叫んだ。
音流がくしゃみをした。陸は叫んだ。
何か風のようなものが突き抜けていった。陸は叫んだ。
挙句の果てには自分の叫び声の木霊に驚いて叫んでいた。
「そんなにビビリなら一緒に来なければよかったじゃないですか……」
陸に抱きつかれて歩きづらそうな音流は、不服そうに頬を膨らませている。
「だ、だだだだだっって、ひぃっ! ひとりはあぶぶぶない」
陸は恐怖に震えるあまり、まともに話すこともできなくなっていた。さらには足腰も立たなくなっており、音流の腰にしがみつくことでなんとか歩けている状態だ。
懐中電灯を失った二人はスマホのライトで足元を照らしているが、暗闇の中ではあまりにも心細い。好奇心が強く暗闇に物怖じしない音流にとっては問題ないが、陸はそうではない。
「同志がここまで怖がりなんて意外ですよ」
「だ、だからっ、かえろぉっ!」
「ここまで来て何をいってるんですか。毒を食らえば皿まで、ですよ」
音流にはここまで来て引き返すという選択肢はなかった。陸は夜の学校に入るより、暗闇の中独りにされる方が怖かった。結果、二人で夜の校舎に侵入することになっていた。
「そんなに大声を出してると化け物に見つかっちゃいますよ」と音流が茶化すと
「シカタナイジャン!」と陸は半狂乱で抗議した。
対する音流は全く恐怖している様子はなく、遊園地の中にいるかのように鼻歌まじりに楽しんでいる。その姿が頼もしく見えて、陸は自然と腕に力を入れた。
「えっと、もう少し力を緩めてくれませんか?」
陸は口を一文字に結び、首を横に何度も振った。
「もしウチが今いなくなったらどうするんですか」
「そんなの考えたくない!」
それは心の奥底からの懇願だった。
「もう、同志はしょうがないですね。」
音流はぐずる赤ちゃんをなだめる母親のような表情を浮かべて、陸の頭に触れた。
「でも、すみません。お手洗いに寄りますね」
「え!?」
いうや否や音流は陸を引き連れて近くの教室に入った。トイレから少し遠い場所なのは、音を聞かれるのが恥ずかしいからだろう。
「がががまん、できないぃ?」と陸が縋りつくと
「ムリです。もう漏れそうです。なので離してくれませんか?」と音流は子供に諭すように言った。
しかし陸は腕の力を緩めどころか、さらに強くして離そうとしない。
音流は顎に手を当てて考え込んだ後、何かを閃めいてスマホを操作し始めた。
「ちょっとこれでも見ていて待っててください」
音流が突き付けたスマホの画面を見た瞬間、陸は腹ペコの子犬のように食らいついた。
体の震えはピタリと止まり、画面に釘付けになった。効果はてき面だったようだ。
「本当に好きですね……。ここまで来るといっそ清々しいです」
スマホの画面に映っているのは『Brugge喫茶』のレアチーズケーキの写真だった。
「それじゃあ、同志、大人しく待っててくださいね」
陸は教室のドアが絞められたことにすら気づかないほど、レアチーズケーキの写真に夢中になっていた。
それから三分程経過した頃、スッキリした顔の音流が教室に戻ってきた。しかし陸の様子を見てギョッとした表情に変わる。
陸はレアチーズケーキに夢中になるあまり、スマホの画面に涎を垂らしていたのだ。
「えっと、その、スマホを返してくれませんか?」
音流が少し強引にスマホを取ると、陸は「ああっ!?」と情けない声を上げた。
「あれ? レアチーズケーキはどこに!?」
「スマホの写真ですよ。本物はありません」
「あれ、そうだっけ……」
陸は唖然として、周囲を見渡している。だがすぐに暗闇の恐怖から怯え始める。
さりげなくスマホをハンカチで拭きつつ音流は
「同志はある意味化け物より末恐ろしいですよ」と力なく呟いた。
まるで定位置にもどるかのように陸が音流にしがみついた後、変化があった。
遠くから何かの声が聞こえた。それは普段耳にする音とは異なり、化け物が発しているものだと理解するのに時間はかからなかった。
陸は「ヒィィッ!」と声を上げながら音流の脇腹に顔をうずめた。
音流はそんな陸をスルーして、耳をそばだてる。
「んー、やっぱり不思議な声ですね」
音流の言葉に促されるように、陸も聞いてしまう。おどろおどろしい音。まるで洞窟の奥底から漏れ出る動物の断末魔のようで、恐怖のあまりにまた叫んだ。
「場所はやっぱり音楽準備室の方向ですね。さあ、善は急げ。行きますよ同志」
「なんでそんなに平気なの!?」
「同志のレアチーズケーキ愛よりは恐ろしくないですから」
陸と音流はお互いに畏敬の念を抱きつつ、教室を後にした。
廊下からベコンと音が鳴った。陸は叫んだ。
目の前を何かが横切った。陸は叫んだ。
音流がくしゃみをした。陸は叫んだ。
何か風のようなものが突き抜けていった。陸は叫んだ。
挙句の果てには自分の叫び声の木霊に驚いて叫んでいた。
「そんなにビビリなら一緒に来なければよかったじゃないですか……」
陸に抱きつかれて歩きづらそうな音流は、不服そうに頬を膨らませている。
「だ、だだだだだっって、ひぃっ! ひとりはあぶぶぶない」
陸は恐怖に震えるあまり、まともに話すこともできなくなっていた。さらには足腰も立たなくなっており、音流の腰にしがみつくことでなんとか歩けている状態だ。
懐中電灯を失った二人はスマホのライトで足元を照らしているが、暗闇の中ではあまりにも心細い。好奇心が強く暗闇に物怖じしない音流にとっては問題ないが、陸はそうではない。
「同志がここまで怖がりなんて意外ですよ」
「だ、だからっ、かえろぉっ!」
「ここまで来て何をいってるんですか。毒を食らえば皿まで、ですよ」
音流にはここまで来て引き返すという選択肢はなかった。陸は夜の学校に入るより、暗闇の中独りにされる方が怖かった。結果、二人で夜の校舎に侵入することになっていた。
「そんなに大声を出してると化け物に見つかっちゃいますよ」と音流が茶化すと
「シカタナイジャン!」と陸は半狂乱で抗議した。
対する音流は全く恐怖している様子はなく、遊園地の中にいるかのように鼻歌まじりに楽しんでいる。その姿が頼もしく見えて、陸は自然と腕に力を入れた。
「えっと、もう少し力を緩めてくれませんか?」
陸は口を一文字に結び、首を横に何度も振った。
「もしウチが今いなくなったらどうするんですか」
「そんなの考えたくない!」
それは心の奥底からの懇願だった。
「もう、同志はしょうがないですね。」
音流はぐずる赤ちゃんをなだめる母親のような表情を浮かべて、陸の頭に触れた。
「でも、すみません。お手洗いに寄りますね」
「え!?」
いうや否や音流は陸を引き連れて近くの教室に入った。トイレから少し遠い場所なのは、音を聞かれるのが恥ずかしいからだろう。
「がががまん、できないぃ?」と陸が縋りつくと
「ムリです。もう漏れそうです。なので離してくれませんか?」と音流は子供に諭すように言った。
しかし陸は腕の力を緩めどころか、さらに強くして離そうとしない。
音流は顎に手を当てて考え込んだ後、何かを閃めいてスマホを操作し始めた。
「ちょっとこれでも見ていて待っててください」
音流が突き付けたスマホの画面を見た瞬間、陸は腹ペコの子犬のように食らいついた。
体の震えはピタリと止まり、画面に釘付けになった。効果はてき面だったようだ。
「本当に好きですね……。ここまで来るといっそ清々しいです」
スマホの画面に映っているのは『Brugge喫茶』のレアチーズケーキの写真だった。
「それじゃあ、同志、大人しく待っててくださいね」
陸は教室のドアが絞められたことにすら気づかないほど、レアチーズケーキの写真に夢中になっていた。
それから三分程経過した頃、スッキリした顔の音流が教室に戻ってきた。しかし陸の様子を見てギョッとした表情に変わる。
陸はレアチーズケーキに夢中になるあまり、スマホの画面に涎を垂らしていたのだ。
「えっと、その、スマホを返してくれませんか?」
音流が少し強引にスマホを取ると、陸は「ああっ!?」と情けない声を上げた。
「あれ? レアチーズケーキはどこに!?」
「スマホの写真ですよ。本物はありません」
「あれ、そうだっけ……」
陸は唖然として、周囲を見渡している。だがすぐに暗闇の恐怖から怯え始める。
さりげなくスマホをハンカチで拭きつつ音流は
「同志はある意味化け物より末恐ろしいですよ」と力なく呟いた。
まるで定位置にもどるかのように陸が音流にしがみついた後、変化があった。
遠くから何かの声が聞こえた。それは普段耳にする音とは異なり、化け物が発しているものだと理解するのに時間はかからなかった。
陸は「ヒィィッ!」と声を上げながら音流の脇腹に顔をうずめた。
音流はそんな陸をスルーして、耳をそばだてる。
「んー、やっぱり不思議な声ですね」
音流の言葉に促されるように、陸も聞いてしまう。おどろおどろしい音。まるで洞窟の奥底から漏れ出る動物の断末魔のようで、恐怖のあまりにまた叫んだ。
「場所はやっぱり音楽準備室の方向ですね。さあ、善は急げ。行きますよ同志」
「なんでそんなに平気なの!?」
「同志のレアチーズケーキ愛よりは恐ろしくないですから」
陸と音流はお互いに畏敬の念を抱きつつ、教室を後にした。
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