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第二章 日向ぼっこで死のうとする少女
第十一話 じっとしているだけで来られる別世界③
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「今日、学校に来なかったみたいだけど」
陸の言葉は想定内だったのか、音流は間を置かずに答え始める。
「ちょっと実験をしていたもので。今日はお日柄もよく絶好の日向ぼっこ日和でした。どうせなら一日中日向ぼっこしてみようと思い立って学校をサボってみました。結果はこの通り。死ぬどころか元気になってしまいました。寝すぎて気だるくはありますが」
「なにそれ」
陸はズボンのポケットから虫眼鏡を取り出し、おもむろに音流の額の上に掲げて、じっと待ち始めた。
「小学校の時やりましたよ。黒い紙に穴をあけました」
「人間に穴が開くわけ……ないよなぁ」
虫眼鏡の集光効果で光の点はできるものの、そこから変化は起きない。陸はバカバカしい、と思いながら虫眼鏡をしまった。
「確かにウチの中身はペラペラ坊主の真っ黒黒助ですけど、虫眼鏡では人間を焼けませんね」
音流の自虐に息が詰まったが、すぐに話題を変える。
「世の中にはお尻の穴を太陽に向ける健康法があるらしいけど、やってみたらどう?」
陸は言った後でデリカシーが無いな、と反省したのだが、音流は気にした様子もなく
「あれはそんなに良いものではありませんでしたよ。体勢が辛くて寝るどころではなかったです」と平然と返した。
音流が予想以上に無茶苦茶やっていることを知ったことで、少し距離を取った。それを見て慌てた音流が
「さすがに家のサンルームでですよ。外では恥ずかしくてできたものじゃありません」と補足した。
しかし陸の音流に対する視線は白けていくばかりだ。このままではいけないと思ったのか、音流は話題を変える。
「それにしても、鈴木くんは真面目ですね」
「なに。藪から棒に」と陸は照れながら眉根を寄せた。
「だって、肛門日光浴のことを知るほど日向ぼっこについて調べてくれたんですよね?」
図星なのが恥ずかしくて、耳まで真っ赤になった。
「偶然、目についただけ」
「そんな偶然ありません。調べないと情報は知り得ませんよ」
「……僕は何もやっていないのに、スマホが勝手に表示したんだ」
「鈴木くんは機械音痴の老人ですか」
陸は観念して
「あーそうですよ。そうですとも。昨夜ネットで日向ぼっこやら日光浴やらを調べてましたよ。太陽光ってたった8分で地球に届くらしいですね。すごいですよね。おかげで今日は寝不足だ。どう責任を取ってくれるんだ」とたまくし立てるように自白した。
そんな恥ずかしがり屋の少年に対して、少女は朗らかな微笑みを向けた。
「寝不足ならちょうどいいじゃないですか。日向ぼっこしましょうよ。ささ、ウチの隣で」
「いやいや、隣はさすがに……」
陸は周囲を気にして、見渡した。
ランニング中の水泳部が小道を抜けていく。犬の散歩をしている主婦や、学校帰りではしゃぐ小学生もいる。夕焼けに照らされており、ノスタルジックな光景だが、今の陸にとっては郷愁よりも羞恥心が先立ってしまう。
「ウチのことはアリか羽虫とでも思ってください。どうせ誰も気にしてませんよ」
「そういう問題じゃ……」
陸が渋い顔をしていると、音流が何かを閃いたように手を叩いた。
「もし一緒に日向ぼっこしてくれたら、レアチーズケーキを奢りますから」
ドシン
音流の提案を聞いた瞬間、陸は勢いよく寝転がった。
あまりの勢いに呆けている音流に対して
「ただし日向ぼっこで死ぬ方法を見つけてからでいいから」と陸はぶっきらぼうに告げた。
「助かります」
言った後、音流は穏やかに目を閉じた。それに合わせて、陸も脚を投げ出し、腕を枕にして、目を閉じる。
「みんな、お日様よりもLEDや液晶の光に夢中になっていて、少し寂しんですよね」
音流がポツリと呟いた。
陸はズボンのポケットからスマホのバイブレーションを感じた。だが、反射的に伸びそうになった手をひっこめた。
(こうやって日向ぼっこしている人は、今どれだけいるんだろう)
その数は決して多くはないだろう。そんな時間があればSNSを見たり、勉強したり、仕事をしたり、様々なことが出来る。なんだか置いていかれる気がして焦りを感じる一方で、穏やかさに身を委ねたいと思う自分に、陸は気づいた。
心地よい風が抜けていく。
遠くに聞こえる喧騒が鼓膜を心地よく揺らす。
ゆっくりと呼吸していると、自分の肺が膨らんで、息が抜けていくのを実感する。
全身のどこにも圧迫感はなく、まるで感覚のすべてが世界に溶けてまどろんでいくようだ。
普段は気にも留めていなかった音達が鼓膜を甘く揺らす。そよ風。風に揺らされた草の擦れる音。バッタが跳ねる音。小さな羽音。川から流れるせせらぎ。
聞いているだけで、世界は様相を変える。
じっとしているだけで来られる別世界。
せわしなかった時間の流れがゆっくりになっていき、鬱陶しかった感情が解きほぐされていく。
スマホを弄らず、音楽も聴かず、食事もしていない。五感から伝わる情報には特別なものは何もなく、そこにある自然ばかりだ。全く生産的ではない。それなのに、これは大事な時間なのだと、心の奥底が囁いている気がした。
――そうか。人間は本来こうやって生きるようにできていたのか。
陸の言葉は想定内だったのか、音流は間を置かずに答え始める。
「ちょっと実験をしていたもので。今日はお日柄もよく絶好の日向ぼっこ日和でした。どうせなら一日中日向ぼっこしてみようと思い立って学校をサボってみました。結果はこの通り。死ぬどころか元気になってしまいました。寝すぎて気だるくはありますが」
「なにそれ」
陸はズボンのポケットから虫眼鏡を取り出し、おもむろに音流の額の上に掲げて、じっと待ち始めた。
「小学校の時やりましたよ。黒い紙に穴をあけました」
「人間に穴が開くわけ……ないよなぁ」
虫眼鏡の集光効果で光の点はできるものの、そこから変化は起きない。陸はバカバカしい、と思いながら虫眼鏡をしまった。
「確かにウチの中身はペラペラ坊主の真っ黒黒助ですけど、虫眼鏡では人間を焼けませんね」
音流の自虐に息が詰まったが、すぐに話題を変える。
「世の中にはお尻の穴を太陽に向ける健康法があるらしいけど、やってみたらどう?」
陸は言った後でデリカシーが無いな、と反省したのだが、音流は気にした様子もなく
「あれはそんなに良いものではありませんでしたよ。体勢が辛くて寝るどころではなかったです」と平然と返した。
音流が予想以上に無茶苦茶やっていることを知ったことで、少し距離を取った。それを見て慌てた音流が
「さすがに家のサンルームでですよ。外では恥ずかしくてできたものじゃありません」と補足した。
しかし陸の音流に対する視線は白けていくばかりだ。このままではいけないと思ったのか、音流は話題を変える。
「それにしても、鈴木くんは真面目ですね」
「なに。藪から棒に」と陸は照れながら眉根を寄せた。
「だって、肛門日光浴のことを知るほど日向ぼっこについて調べてくれたんですよね?」
図星なのが恥ずかしくて、耳まで真っ赤になった。
「偶然、目についただけ」
「そんな偶然ありません。調べないと情報は知り得ませんよ」
「……僕は何もやっていないのに、スマホが勝手に表示したんだ」
「鈴木くんは機械音痴の老人ですか」
陸は観念して
「あーそうですよ。そうですとも。昨夜ネットで日向ぼっこやら日光浴やらを調べてましたよ。太陽光ってたった8分で地球に届くらしいですね。すごいですよね。おかげで今日は寝不足だ。どう責任を取ってくれるんだ」とたまくし立てるように自白した。
そんな恥ずかしがり屋の少年に対して、少女は朗らかな微笑みを向けた。
「寝不足ならちょうどいいじゃないですか。日向ぼっこしましょうよ。ささ、ウチの隣で」
「いやいや、隣はさすがに……」
陸は周囲を気にして、見渡した。
ランニング中の水泳部が小道を抜けていく。犬の散歩をしている主婦や、学校帰りではしゃぐ小学生もいる。夕焼けに照らされており、ノスタルジックな光景だが、今の陸にとっては郷愁よりも羞恥心が先立ってしまう。
「ウチのことはアリか羽虫とでも思ってください。どうせ誰も気にしてませんよ」
「そういう問題じゃ……」
陸が渋い顔をしていると、音流が何かを閃いたように手を叩いた。
「もし一緒に日向ぼっこしてくれたら、レアチーズケーキを奢りますから」
ドシン
音流の提案を聞いた瞬間、陸は勢いよく寝転がった。
あまりの勢いに呆けている音流に対して
「ただし日向ぼっこで死ぬ方法を見つけてからでいいから」と陸はぶっきらぼうに告げた。
「助かります」
言った後、音流は穏やかに目を閉じた。それに合わせて、陸も脚を投げ出し、腕を枕にして、目を閉じる。
「みんな、お日様よりもLEDや液晶の光に夢中になっていて、少し寂しんですよね」
音流がポツリと呟いた。
陸はズボンのポケットからスマホのバイブレーションを感じた。だが、反射的に伸びそうになった手をひっこめた。
(こうやって日向ぼっこしている人は、今どれだけいるんだろう)
その数は決して多くはないだろう。そんな時間があればSNSを見たり、勉強したり、仕事をしたり、様々なことが出来る。なんだか置いていかれる気がして焦りを感じる一方で、穏やかさに身を委ねたいと思う自分に、陸は気づいた。
心地よい風が抜けていく。
遠くに聞こえる喧騒が鼓膜を心地よく揺らす。
ゆっくりと呼吸していると、自分の肺が膨らんで、息が抜けていくのを実感する。
全身のどこにも圧迫感はなく、まるで感覚のすべてが世界に溶けてまどろんでいくようだ。
普段は気にも留めていなかった音達が鼓膜を甘く揺らす。そよ風。風に揺らされた草の擦れる音。バッタが跳ねる音。小さな羽音。川から流れるせせらぎ。
聞いているだけで、世界は様相を変える。
じっとしているだけで来られる別世界。
せわしなかった時間の流れがゆっくりになっていき、鬱陶しかった感情が解きほぐされていく。
スマホを弄らず、音楽も聴かず、食事もしていない。五感から伝わる情報には特別なものは何もなく、そこにある自然ばかりだ。全く生産的ではない。それなのに、これは大事な時間なのだと、心の奥底が囁いている気がした。
――そうか。人間は本来こうやって生きるようにできていたのか。
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