3 / 93
第一章 形見の腕時計
第二話 花よりレアチーズケーキ
しおりを挟む
「素晴らしい!」
一目惚れした上に胃袋を掴まれた陸は、歓喜の声を上げていた。
『なんでも頼み後を聞いてくれるヤツ』の姉こと青木君乃が営むカフェに招かれた陸は、レアチーズケーキの織りなす魅惑の甘味世界に誘われていた。
カフェに到着するなりカウンター席に案内された陸は、コーヒーとチーズケーキを頂いた。お代はいらないと前置きされて罪悪感を抱きながらチーズケーキを口に運ぶと、感情全てが吹き飛んだ。
濃厚なチーズのうまみに、しっとりなめらかな舌触り。甘すぎず、上に乗ったベリーソースの酸味が後味をさっぱりとしてくれる。チーズのうまみとビスケット生地の仄かな香ばしさが、口の中でじんわりと広がり続ける。
吐く息も勿体なく感じるほどの余韻。
自然と涙が溢れていた。
涙のしょっぱさに余韻がかき消さないように、唇を堅く閉ざした。
そんな陸の豹変ぶりに『なんでも頼みごとを聞いてくれるヤツ』こと青木楓は頬をひきつらせていた。
「なんで泣いてるの……?」
陸にとって食べ物で泣くのははじめての経験だった。それ程までに感動的なレアチーズケーキだと感じていた。
「いや、感動的なんて言葉では言い表せるわけがない。魅惑的? 蠱惑的? いやそれだとねっとりとした表現になる。もっとさわやかで奥深くて、濃厚な表現は無いものか! 自分の語彙力の貧困さが恨めしい!」
鮮烈な衝動を抑えきれず、声にして発していた。
「えっと、ありがとう……?」
エプロンを締めながら楓が恥ずかしそうにモジモジしているのを、陸は気にすら留めなかった。
「君面白いねー。でも静かにしてね。シー」
唇に人差し指を立てた君乃にたしなめられ、陸は恥ずかし気に下を向いた。
すみません、と謝罪をすると頭を撫でられる感触を感じて、陸は顔を上げた。撫でていたのは君乃ではなく楓だった。残念半分、照れ半分で「なんだよ」と口を尖らせた。
「つむじが二つあったから」
「だからなんなんだよ」
「面白い」
つむじが二つあるからと言って何か特別なわけじゃない、と陸は十三年の人生を振り返った。つむじ二つに福耳に仏ぼくろ。いくら徳のありそうな特徴を持っていても、陸の運はお世辞にも良いとは言えなかった。
それどころか2つのつむじに吸い寄せられるように、貧乏くじだけが陸のもとに巡ってくる。本人はそう言う星の元に生まれてきたのだ、と諦めの境地である。
考え事が終わっても二つのつむじを弄り続ける楓に「ちょっと、もういいでしょ」と陸が抗議した。楓は名残惜しそうにしながら指を離した。
少し沈んだ気持ちを仕切りなおすように、残りのレアチーズケーキを堪能し、フルーティーで苦味の弱いコーヒーで落ち着く。
「ご馳走様です」
「お粗末様です」
君乃が食器を下げると、楓が陸の横に座った。悪戯っぽい顔を向けられて、陸は嫌な予感を察知した。
とっさに店内を見渡すと、他のお客さんはいなくなっていた。
ガラス張りのドアを見ると、『OPEN』の札がかけてあった。外からは『CLOSE』の5文字が見えているだろう。
「店じまい、早いですね」
「ちょっと、今日は特別にね」
この時初めて、この二人が本当に姉妹であることを理解した。詰め寄り方や、ニンマリとした不敵な笑みがそっくりだったのだ。陸はべっとりとした汗を大量に滲ませた。
「あの、お邪魔なようなので帰りますね」
「1200円」
君乃が突然言い放った。
「ケーキとコーヒーセットの値段」
「せんにひゃくえん……」
1200円。それは中学生にとって大金だ。購買の弁当が2、3回は食べられるし、漫画も2冊ぐらい買えるだろう。ジュースに至っては何本買えるだろうか。
(いや、そっちからお代はいいって言ったじゃん!)
理不尽だと思いながらも、一目惚れした弱みから反論できない。
「ちょっとお話しない?」
「……はい」
陸はすでに罠に引っかかっていることに気づいた。アメリカのトゥーンアニメでよく見る、チーズの罠に引っかかったネズミの気分だった。
(すべてはレアチーズケーキがおいしすぎるのが悪い)
ふとレアチーズケーキの味を思い出し、だらしない顔をしてしまったが、君乃の視線に気づいてキリッと襟を正した。
「まあ、お話というかお願いなんだけどね」
陸はゴクリと唾を呑む。レアチーズケーキのためには肝臓の一つや二つを売る覚悟でいた。
「君の落とし物を明日、楓と一緒に探してほしいんだ」
「あ!」
陸は甲高く叫んだ。お祖父ちゃんの形見の腕時計のことをすっかり忘れていたのだ。
これも全部、レアチーズケーキがおいしすぎるのが悪い。
一目惚れした上に胃袋を掴まれた陸は、歓喜の声を上げていた。
『なんでも頼み後を聞いてくれるヤツ』の姉こと青木君乃が営むカフェに招かれた陸は、レアチーズケーキの織りなす魅惑の甘味世界に誘われていた。
カフェに到着するなりカウンター席に案内された陸は、コーヒーとチーズケーキを頂いた。お代はいらないと前置きされて罪悪感を抱きながらチーズケーキを口に運ぶと、感情全てが吹き飛んだ。
濃厚なチーズのうまみに、しっとりなめらかな舌触り。甘すぎず、上に乗ったベリーソースの酸味が後味をさっぱりとしてくれる。チーズのうまみとビスケット生地の仄かな香ばしさが、口の中でじんわりと広がり続ける。
吐く息も勿体なく感じるほどの余韻。
自然と涙が溢れていた。
涙のしょっぱさに余韻がかき消さないように、唇を堅く閉ざした。
そんな陸の豹変ぶりに『なんでも頼みごとを聞いてくれるヤツ』こと青木楓は頬をひきつらせていた。
「なんで泣いてるの……?」
陸にとって食べ物で泣くのははじめての経験だった。それ程までに感動的なレアチーズケーキだと感じていた。
「いや、感動的なんて言葉では言い表せるわけがない。魅惑的? 蠱惑的? いやそれだとねっとりとした表現になる。もっとさわやかで奥深くて、濃厚な表現は無いものか! 自分の語彙力の貧困さが恨めしい!」
鮮烈な衝動を抑えきれず、声にして発していた。
「えっと、ありがとう……?」
エプロンを締めながら楓が恥ずかしそうにモジモジしているのを、陸は気にすら留めなかった。
「君面白いねー。でも静かにしてね。シー」
唇に人差し指を立てた君乃にたしなめられ、陸は恥ずかし気に下を向いた。
すみません、と謝罪をすると頭を撫でられる感触を感じて、陸は顔を上げた。撫でていたのは君乃ではなく楓だった。残念半分、照れ半分で「なんだよ」と口を尖らせた。
「つむじが二つあったから」
「だからなんなんだよ」
「面白い」
つむじが二つあるからと言って何か特別なわけじゃない、と陸は十三年の人生を振り返った。つむじ二つに福耳に仏ぼくろ。いくら徳のありそうな特徴を持っていても、陸の運はお世辞にも良いとは言えなかった。
それどころか2つのつむじに吸い寄せられるように、貧乏くじだけが陸のもとに巡ってくる。本人はそう言う星の元に生まれてきたのだ、と諦めの境地である。
考え事が終わっても二つのつむじを弄り続ける楓に「ちょっと、もういいでしょ」と陸が抗議した。楓は名残惜しそうにしながら指を離した。
少し沈んだ気持ちを仕切りなおすように、残りのレアチーズケーキを堪能し、フルーティーで苦味の弱いコーヒーで落ち着く。
「ご馳走様です」
「お粗末様です」
君乃が食器を下げると、楓が陸の横に座った。悪戯っぽい顔を向けられて、陸は嫌な予感を察知した。
とっさに店内を見渡すと、他のお客さんはいなくなっていた。
ガラス張りのドアを見ると、『OPEN』の札がかけてあった。外からは『CLOSE』の5文字が見えているだろう。
「店じまい、早いですね」
「ちょっと、今日は特別にね」
この時初めて、この二人が本当に姉妹であることを理解した。詰め寄り方や、ニンマリとした不敵な笑みがそっくりだったのだ。陸はべっとりとした汗を大量に滲ませた。
「あの、お邪魔なようなので帰りますね」
「1200円」
君乃が突然言い放った。
「ケーキとコーヒーセットの値段」
「せんにひゃくえん……」
1200円。それは中学生にとって大金だ。購買の弁当が2、3回は食べられるし、漫画も2冊ぐらい買えるだろう。ジュースに至っては何本買えるだろうか。
(いや、そっちからお代はいいって言ったじゃん!)
理不尽だと思いながらも、一目惚れした弱みから反論できない。
「ちょっとお話しない?」
「……はい」
陸はすでに罠に引っかかっていることに気づいた。アメリカのトゥーンアニメでよく見る、チーズの罠に引っかかったネズミの気分だった。
(すべてはレアチーズケーキがおいしすぎるのが悪い)
ふとレアチーズケーキの味を思い出し、だらしない顔をしてしまったが、君乃の視線に気づいてキリッと襟を正した。
「まあ、お話というかお願いなんだけどね」
陸はゴクリと唾を呑む。レアチーズケーキのためには肝臓の一つや二つを売る覚悟でいた。
「君の落とし物を明日、楓と一緒に探してほしいんだ」
「あ!」
陸は甲高く叫んだ。お祖父ちゃんの形見の腕時計のことをすっかり忘れていたのだ。
これも全部、レアチーズケーキがおいしすぎるのが悪い。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説

隣の優等生は、デブ活に命を捧げたいっ
椎名 富比路
青春
女子高生の尾村いすゞは、実家が大衆食堂をやっている。
クラスの隣の席の優等生細江《ほそえ》 桃亜《ももあ》が、「デブ活がしたい」と言ってきた。
桃亜は学生の身でありながら、アプリ制作会社で就職前提のバイトをしている。
だが、連日の学業と激務によって、常に腹を減らしていた。
料理の腕を磨くため、いすゞは桃亜に協力をする。
やくびょう神とおせっかい天使
倉希あさし
青春
一希児雄(はじめきじお)名義で執筆。疫病神と呼ばれた少女・神崎りこは、誰も不幸に見舞われないよう独り寂しく過ごしていた。ある日、同じクラスの少女・明星アイリがりこに話しかけてきた。アイリに不幸が訪れないよう避け続けるりこだったが…。
無敵のイエスマン
春海
青春
主人公の赤崎智也は、イエスマンを貫いて人間関係を完璧に築き上げ、他生徒の誰からも敵視されることなく高校生活を送っていた。敵がいない、敵無し、つまり無敵のイエスマンだ。赤崎は小学生の頃に、いじめられていた初恋の女の子をかばったことで、代わりに自分がいじめられ、二度とあんな目に遭いたくないと思い、無敵のイエスマンという人格を作り上げた。しかし、赤崎は自分がかばった女の子と再会し、彼女は赤崎の人格を変えようとする。そして、赤崎と彼女の勝負が始まる。赤崎が無敵のイエスマンを続けられるか、彼女が無敵のイエスマンである赤崎を変えられるか。これは、無敵のイエスマンの悲哀と恋と救いの物語。


隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)
チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。
主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。
ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。
しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。
その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。
「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」
これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。
青天のヘキレキ
ましら佳
青春
⌘ 青天のヘキレキ
高校の保健養護教諭である金沢環《かなざわたまき》。
上司にも同僚にも生徒からも精神的にどつき回される生活。
思わぬ事故に巻き込まれ、修学旅行の引率先の沼に落ちて神将・毘沙門天の手違いで、問題児である生徒と入れ替わってしまう。
可愛い女子とイケメン男子ではなく、オバちゃんと問題児の中身の取り違えで、ギャップの大きい生活に戸惑い、落としどころを探って行く。
お互いの抱えている問題に、否応なく向き合って行くが・・・・。
出会いは化学変化。
いわゆる“入れ替わり”系のお話を一度書いてみたくて考えたものです。
お楽しみいただけますように。
他コンテンツにも掲載中です。
燦歌を乗せて
河島アドミ
青春
「燦歌彩月第六作――」その先の言葉は夜に消える。
久慈家の名家である天才画家・久慈色助は大学にも通わず怠惰な毎日をダラダラと過ごす。ある日、久慈家を勘当されホームレス生活がスタートすると、心を奪われる被写体・田中ゆかりに出会う。
第六作を描く。そう心に誓った色助は、己の未熟とホームレス生活を満喫しながら作品へ向き合っていく。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる