チョメチョメ少女は遺された ~変人中学生たちのドタバタ青春劇~

ほづみエイサク

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第一章 形見の腕時計

第二話 花よりレアチーズケーキ

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「素晴らしい!」

 一目惚れした上に胃袋を掴まれた陸は、歓喜の声を上げていた。

 『なんでも頼み後を聞いてくれるヤツ』の姉こと青木あおき君乃きみのが営むカフェに招かれた陸は、レアチーズケーキの織りなす魅惑の甘味世界に誘われていた。

 カフェに到着するなりカウンター席に案内された陸は、コーヒーとチーズケーキを頂いた。お代はいらないと前置きされて罪悪感を抱きながらチーズケーキを口に運ぶと、感情全てが吹き飛んだ。

 濃厚なチーズのうまみに、しっとりなめらかな舌触り。甘すぎず、上に乗ったベリーソースの酸味が後味をさっぱりとしてくれる。チーズのうまみとビスケット生地の仄かな香ばしさが、口の中でじんわりと広がり続ける。

 吐く息も勿体もったいなく感じるほどの余韻。

 自然と涙がこぼれていた。

 涙のしょっぱさに余韻がかき消さないように、唇を堅く閉ざした。

 そんな陸の豹変ぶりに『なんでも頼みごとを聞いてくれるヤツ』こと青木あおきかえでは頬をひきつらせていた。

「なんで泣いてるの……?」

 陸にとって食べ物で泣くのははじめての経験だった。それ程までに感動的なレアチーズケーキだと感じていた。

「いや、感動的なんて言葉では言い表せるわけがない。魅惑的? 蠱惑的? いやそれだとねっとりとした表現になる。もっとさわやかで奥深くて、濃厚な表現は無いものか! 自分の語彙力の貧困さが恨めしい!」

 鮮烈な衝動を抑えきれず、声にして発していた。

「えっと、ありがとう……?」

 エプロンを締めながら楓が恥ずかしそうにモジモジしているのを、陸は気にすら留めなかった。

「君面白いねー。でも静かにしてね。シー」

 唇に人差し指を立てた君乃にたしなめられ、陸は恥ずかし気に下を向いた。

 すみません、と謝罪をすると頭を撫でられる感触を感じて、陸は顔を上げた。撫でていたのは君乃ではなく楓だった。残念半分、照れ半分で「なんだよ」と口を尖らせた。

「つむじが二つあったから」
「だからなんなんだよ」
「面白い」

 つむじが二つあるからと言って何か特別なわけじゃない、と陸は十三年の人生を振り返った。つむじ二つに福耳に仏ぼくろ。いくら徳のありそうな特徴を持っていても、陸の運はお世辞にも良いとは言えなかった。
 それどころか2つのつむじに吸い寄せられるように、貧乏くじだけが陸のもとに巡ってくる。本人はそう言う星の元に生まれてきたのだ、と諦めの境地である。

 考え事が終わっても二つのつむじを弄り続ける楓に「ちょっと、もういいでしょ」と陸が抗議した。楓は名残惜しそうにしながら指を離した。

 少し沈んだ気持ちを仕切りなおすように、残りのレアチーズケーキを堪能し、フルーティーで苦味の弱いコーヒーで落ち着く。

「ご馳走様です」
「お粗末様です」

 君乃が食器を下げると、楓が陸の横に座った。悪戯っぽい顔を向けられて、陸は嫌な予感を察知した。

 とっさに店内を見渡すと、他のお客さんはいなくなっていた。

 ガラス張りのドアを見ると、『OPEN』の札がかけてあった。外からは『CLOSE』の5文字が見えているだろう。

「店じまい、早いですね」
「ちょっと、今日は特別にね」

 この時初めて、この二人が本当に姉妹であることを理解した。詰め寄り方や、ニンマリとした不敵な笑みがそっくりだったのだ。陸はべっとりとした汗を大量に滲ませた。

「あの、お邪魔なようなので帰りますね」
「1200円」

 君乃が突然言い放った。

「ケーキとコーヒーセットの値段」
「せんにひゃくえん……」

 1200円。それは中学生にとって大金だ。購買の弁当が2、3回は食べられるし、漫画も2冊ぐらい買えるだろう。ジュースに至っては何本買えるだろうか。

(いや、そっちからお代はいいって言ったじゃん!)

 理不尽だと思いながらも、一目惚れした弱みから反論できない。

「ちょっとお話しない?」
「……はい」

 陸はすでに罠に引っかかっていることに気づいた。アメリカのトゥーンアニメでよく見る、チーズの罠に引っかかったネズミの気分だった。

(すべてはレアチーズケーキがおいしすぎるのが悪い)

 ふとレアチーズケーキの味を思い出し、だらしない顔をしてしまったが、君乃の視線に気づいてキリッと襟を正した。

「まあ、お話というかお願いなんだけどね」

 陸はゴクリと唾を呑む。レアチーズケーキのためには肝臓の一つや二つを売る覚悟でいた。

「君の落とし物を明日、楓と一緒に探してほしいんだ」
「あ!」
 
 陸は甲高く叫んだ。お祖父ちゃんの形見の腕時計のことをすっかり忘れていたのだ。

 これも全部、レアチーズケーキがおいしすぎるのが悪い。
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