チョメチョメ少女は遺された ~変人中学生たちのドタバタ青春劇~

ほづみエイサク

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第一章 形見の腕時計

第一話 不思議な少女との出会い

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 人の最大の変化は死だ。

 生きることができなくなった時、今までの当たり前を取りこぼしてしまう。手が動かせない。喋れない。聞こえない。息ができない……。生き物からモノになり果てる。

 人は死んだらどうなるのだろうか。天国や地獄はあるのだろうか。生者は想像することしか出来ない。夢に見ることしか出来ない。

 だからこそ、死者が残した言葉は重くなる。

 その裏に隠された真意を推測することしかできないから。たった一つの言葉が無限に広がる迷宮になることだってある。人生を掛けてやっとたどり着けるような、途方もないものだ。

 僕が今窮地に立っているのも、死者のためだ。

 こんなことになるぐらいならさっさと諦めればとかった、と後悔する。考えを巡らせるほど死んだお祖父ちゃんの顔を思い出す。

 そのたびに切なくて、苦しくて、悲しくて、嬉しくて、叫びたくて、胸がキュッとなる。

 なんで僕はこんなことを考えてしまうんだろう。

 単純なんだ。

 死んだお祖父ちゃんが大好きだから。でも、好きだったからこそ今が苦しい。

 好きってちょっぴり怖いと思うことがある。好きな時はこの上ないほど楽しいのに、嫌いになった瞬間に叩き落される。それでも歯止めが利かないのだから、ブレーキがないジェットコースターに乗っている気分だ。

 でも生きているから好きと言えるんだと、自分を奮い立たせる。

 何度考えても答えはいつも同じだ。

 好きなものを好きって叫ぶために僕は生きてるんだ。
 




「なんでも頼みを聞いてくれるヤツがいるらしいよ」

 放課後、他に人のいない教室で女子生徒二人が姦しく雑談している。
 教室には女子生徒二人の影しかないが、少年は間近でその会話を聞いていた。

「知ってる。4組の青木ってヤツでしょ。普段からボケーッとしていて、独り言をつぶやいている子」
「なんでもモノの声が聞こえるらしいよ。それで物探しが得意なんだって」

 そんなことはあり得ない、と少年は唸った。同時にまだそんなことを言っている同級生がいるのか、と共感性羞恥を感じて恥ずかしくなる。

「そんなの信じてるの? ウケル」
「そんなワケないじゃん。でも、ちょっと面白そうでしょ」
「なんでも、地下にある部室を改造して、そこに住んでるって話」
「ヤバ。学校に住むなんてマジありえない」

 ギャハハと下品に笑いながら、女子生徒達は廊下へと出て行った。

 少年——鈴木すずきりくは口に溜めた息を吐きながら、掃除用具入れから飛び出した。
 狭い密室の中で吸った澱んだ空気を吐き出し、新鮮な空気で肺を満たす。閉鎖感から解放されたためか、無人の教室が体育館のように広く感じた。

(あーもー、最悪な時間だった)

 陸は探し物のために放課後の教室を漁っていた。

 しかし掃除用具入れを漁っている最中に件の女子生徒二人組が入ってきたため、パニックのあまり掃除用具入れに隠れていた。

(姦しい女子は苦手だ。まるで違う生物みたいだし)

 お前、それは照れているだけだ。そう指摘する友人の言葉を思い出し、陸は心の中で「ありえない!」と激しく抗議した。

 結局はすぐに徒労感に苛まれ、大きくため息をついた。

 問題は十数分という時間を掃除用具入れの中で過ごしたことではなかった。探し物が見つからなかったことだ。思いつく場所はすべて探し回った。結果は無駄骨もいいところだ。

 探し物は無くて生活に困るものではないし、値段が付くものでもない。しかし陸にとってはかけがえのないものだ。

(できれば見つけ出したかった)

 陸は視界の端々で落とし物を探しながら、階段を下り始める。

 踊り場に来ると、窓から部活動に汗を流す同級生達の姿が目に映った。

 サッカー部や野球部、陸上部。走り込みをする水泳部。運動に苦手意識のある陸にとっては、別世界の住人のように見える。しかし陸はどこか羨ましそうに目を細めていた。

 ふと陸の頭で祖父の遺言が再生された。

【好きなことをして、幸せに生きていきなさい】

 陸の目から見れば、校庭で汗を流す少年少女達は自分よりも【好きなことをして、幸せに生きている】ように見えた。かといってその輪の中に入る自分が想像できず、深いため息をついた。

 さっさと帰ってくだらない動画でも見よう、と

 視界の端に不思議な影を見つけた。

 なんと木に話しかけている女子がいたのだ。

 陸は疑い深く、何度も目を凝らす。

 校庭の端に植えられた葉桜の前で、友達と話すように談笑している。しかし近くに他の人影はない。木に対して言葉を投げかけているようにしか見えなかった。

「うわ、やばいヤツだ」

 思わず声に出してしまっていた。

 絶対に彼女が噂の『青木』だ、モノの声が聞こえるという電波少女だ、と陸は結論付けた。

「さっさと帰ろ」

 踵を返そうとした瞬間、木と話していたはずの青木が振り向き、陸と視線が合った。

 陸は信じられないと言わんばかりに目を見開き、バクバクと高鳴る心臓を抑えこもうと胸に手を当てた。

(そんなわけないよな)

 二人の間の距離は、相手の顔が認識できない程に離れていた。視線に気づくわけがない。

(ナイーブになってるのかなぁ)

 陸は思い直して再び階段を降り始めた。

 靴を履き替えて昇降口を抜けた瞬間のことだった。

「あなた、悩み事がありますね」

 突然物陰から声を掛けられた陸は素っ頓狂な声を上げた。

 とっさに声の主を睨むと、小柄な女生徒だった。身長は150cm程度、茶髪は天然パーマでうねっている。顔立ちは端整なに見えるが、タヌキのような垢抜けない愛嬌が感じられる。茶髪に紛れるようにつけている木製のヘアピンが、宝石のように輝いているのが印象的だ。
 
(あの木に声をかけていたヤツだよな?)

 それならばこの女生徒が『なんでも頼みごとを聞いてくれるヤツ』として噂の『青木』だ、と身構える。

「その悩み事、わたしが解決致します」
「いえ、結構です」

 陸がきっぱり断ると、青木は慌てふためき始める。まさか断られるとは思っていなかったのだろう。

「そんなこと言わずに。今ならタダだから」
「タダより高いものは無い」

 陸のノーの意思は示すために両手のひらを前に出した。

「じゃあ、100円で頼みごとを聞くよ」
「そんな大金は持っていない」
「え、大丈夫? お金あげようか?」

 言うが早いか、青木はポケットからガマ口財布を取り出し、小さく折りたたまれた千円札を陸に突き出した。

「いやいやいやいや」

 千円札がまるで呪いの札に見えているかのように、勢いよく後ずさる。

(普通、初対面の相手に現金を渡すか!?)

 陸の反応を見て何を思ったのか、青木はさらに五千円札を取り出した。

「そうじゃなくて!」

 青木は意味が分からない、と言わんばかりに首を傾げた。そして、何を思ったのか、今度は五千円札を地面に置いた。それから、ソロリソロリと中腰で距離をとった。

 一連の動作を見て、もしかして野生の動物扱いされているのか、と陸は訝しんだ。

 しばらく膠着状態が続いている内に、強風が吹く。重しもない五千円札はヒラヒラと飛んでしまう。枯れ葉のように浮遊した樋口一葉は、まるで意思があるかのように陸の頭の上に軟着陸した。

 青木は満足したような笑みを浮かべた。それを見て、陸の顔に青筋がたった。

 五千円札を握りしめた陸は、青木にズカズカと詰め寄り、無理やり五千円札をがま口財布に突っ込んだ。

「え、いらないの?」と青木は心底意外そうな顔をしながら言った。
「いらない」
「遠慮しなくていいんだよ」
「遠慮じゃない。親からもらったお金は大事にしなさい」

 なんで僕は説教臭いことを言っているんだ、と内心うんざりしながらも意志を曲げる気はなかった。

「いや、お姉ちゃんのお店を手伝ってもらったお金だから」
「尚のこともらえない!」

 この女子はお金を何だと思っているんだ、と陸は頭が痛くなってきていた。

「え、いいの? 本当に大丈夫?」

 陸には目の前の女子が、なぜ残念そうな顔をしているのか、理解できなかった。

「自分で使えばいいだろ」
「困ってるなら、どうぞ」

 青木は頑固にも五千円札を再度差し出した。

「困ってない。困ってない。ほら、さっさと仕舞って」と陸は五千円札を押し返す。
「本当に困ってない? とりあえずもらっておいたら?」
「とりあえずでもらえるか!」

 青木は露骨に眉を潜めた。陸はわざとらしくため息をついた。

(お節介焼きのおばさんより厄介だぞ)

 背後から視線を感じて振り返ると、女子生徒二人がチラチラと盗み見しながら、ヒソヒソと話していた。さっき教室で青木の噂話をしていたギャル二人組だ。

 頭が冷えていくと同時に、顔が熱くなった。

 陸は五千円札を拒否しようとするあまり、青木の手を包むように握ってしまっていたのだ。

「あ、ごめん」

 とっさに手を離し、距離をとった。

 何事かと不審がる彼女の視線が突き刺さる。

「困ってるんじゃないの?」
「お金に困ってはいない」

 何度目になるか、陸はきっぱりと言い放った。

「じゃあ、何に困ってるの?」
「何も困っていない」
「ウソ」

 今度は自分の言葉がきっぱりと否定されて、陸は面を食らった。

 青木の確信に満ちた瞳が、陸の驚愕した顔を射抜いている。

「何か探していたでしょ?」

 陸は戸惑った。確かに探しものをしていた。しかし青木がその事実を知れるわけがない。校舎中を駆け巡っている間、青木は校庭にいたはずだ。

 陸は息を呑んで質問を投げた。

「君は探偵なのか?」
「違うよ」

 あっけない答えに陸は肩を落とした。

「ちょっとモノの声が聞こえるだけ」
「モノの声……?」

 陸は疑問符を浮かべた。

 『モノの声が聞こえる』という噂は尾ひれがついているか、ただのおふざけだと思っていた。しかし本人の口から宣言された。

「校舎はいつも生徒のことをみているから」

 陸は青木の言動についていけず、深く考えることを諦めた。

「そんなことより、何を探してたの? 力になれるよ?」

 青木に話しても何とかなるとは思えなかった。しかしこれ以上押し問答をしたくなかった陸は、自分が折れることにした。

「僕は腕時計を失くしたんだ。お祖父ちゃんの形見なんだけど」

 陸は詳しく話し始めた。

 普段はカバンの内ポケットに入れている古臭い腕時計。決して高いものではない。しかし去年亡くなったお祖父ちゃんが長年愛用していた、かけがえのないものだった。それが今日、帰宅してカバンの中を確認すると無くなっていた。カバンをさかさまにしても見つからず、帰路や校舎内を探し回っても発見に至らなかった。

 聞き終わると、青木は自信満々に胸を叩いた。

「それなら任せておいて。探し物は得意だから」

 その様子を見て、陸の胸中はとてつもない不安に襲われていた。

「じゃあ、探してくるから」
「ちょっと待って!」

 突然走り出そうとしたした少女の手をつかんで静止した。ずっと風にあたっていたのか青木の腕は冷えきっており、陸の胸の中がザワついた。

「なに?」

 青木の不思議そうな瞳が陸の顔をのぞき込んだ。

「今から探しに行くつもり?」

 日は沈みかけており、運動部員たちもグラウンドを片付け始めていた。

「大事なものならすぐに見つけたほうがいいでしょ?」

 青木の新緑色の瞳はどこか虚ろだが、内には堅い意思がこもっていた。

「相談した手前そんなに強く言えないけど、もう夕暮れだよ。明日でもいいよ」
「今日の夜休んだら、明日助けられる人を助けられなくなっちゃう」
「ほかの誰かと約束や予約でもあるの?」

 青木は首を横に振った。

「でも、今日はまだ『人助け』できていないから」

 陸は唖然とした。

 陸の耳には『人助け』という言葉が呪いのように聞こえた。それほどまでに青木の言動や行動には強迫観念めいたものを感じていた。

「おーい、かえでー。迎えにきたよー」

 突如、遠くから女性の声が聞こえて、二人は振り向いた。

 校門の向こうから手を振っている女性がいた。間延びしているのによく通る不思議な声で、青木に向けて手を振っていた。

「あ、お姉ちゃん」

 青木がポツリと呟いたかと思うと、脱兎のごとく走り出した。その方向は校門とは真逆だ。

「そこのキミ! 捕まえて!」

 十数メートルも離れているはずだがビリビリとしびれるような命令だった。あまりの迫力に陸はわけもわからず従ってしまう。

 ガシッと青木の腕を掴むと、予想外の出来事に青木はバランスを崩し、尻もちをついた。

「あ、ごめん」

 恨めしそうな視線は陸に対してではなく、いつの間にか隣で仁王立ちしている女性に向けられていた。

(え? いつの間に!?)

「ナイスナイス。この子が本気で隠れると中々見つけられないから」

 声から、校門の前にいた女性であることはすぐに分かった。

「ありがとうね」

 ポンと頭を優しく叩かれた瞬間、陸の顔を夕日より赤く染まった。

(青木がお姉ちゃんと呼んでいたな)

 青木姉は少年のようなはにかんだ笑顔を浮かべており、陸の瞳は釘付けになった。
 
 茶色の長髪ストレート。モデルのようなスレンダー体型をしている。Tシャツとデニムパンツの上にエプロンを締めていた。そのエプロンには『Bruggeブルージュ喫茶』とシンプルなロゴが印刷されている。

「ほら、帰るよ。楓」
 
 まるで豹につかまったウサギのように引きずられて、少女が連行されていく。
 
「君も来る? カフェやってるから」

 陸はとっさに目を背けながら控えめに頷いた。

(やばい。ドキドキが止まらない。顔、熱い)

 心を射抜かれた思春期少年は、鼻息を荒くしながら姉妹の尻を追いかけた。
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