星空色の絵を、君に ~インクを取り出す魔法使いは、辺境訳アリ画家に絵を描かせたい~

唄川音

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第2章

13.特殊な魔法の可能性

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「よう、ロティア。お疲れ」

 ハルセルとカシューが座っている席に向かうと、先に気が付いたハルセルが笑顔でヒラヒラと手を振って来た。いつも通りのハルセルに、ロティアはホッとして「お疲れ様」と返す。
 ハルセルの隣に座ると、フフランもそのそばに着地した。

「あれ、どっかで食べてたのか? 食べかけじゃん」
「あ、うん。一人で食べてたけど、フフランがふたりを見つけてくれたから」
「そのキノコのソテーおいしいよな。俺もそれにした」

 カシューもニコッと微笑み、ロティアの二口分のチキンを頬張った。
 ロティアはフフッと笑いながら、改めてチキンにナイフを入れた。しかしどうにも食欲がわかない。
 ロティアはナイフとフォークを置いて、すっかり冷めてしまったスープを一口飲んだ。

「……あのさ、ハルセルとカシューは、その、斬りつけアヴィスについて、何か知ってる?」
「何かって?」とハルセル。
「犯人の、目星とか」
「俺は大して知らないな。こういうのはおもしろがらずに、警察に任せた方が良いからな」

 ハルセルはハッとして「なんかあったのか?」と尋ねてくる。

「危ない目にあったわけじゃないよ! ……ただ、物騒な事件だから、心配で」
「そっか。なら良かったけど、確かに早く捕まってほしいよな。無差別じゃ対策のしようがねえよ」
「老若男女も、人間か魔法使いかも関係ないみたいだもんね」
「犯行の手口的に、魔法使いが犯人だろうって推測されてるけど、どうだかなあ」

 警察がそう予想していることはロティアも知っている。だからと言って、魔法特殊技術社の社員だけが疑われているわけではない。魔法使いは世界中にあふれているのだ。

 ――それなのに、わざわざ自分たちの仲間の社員を売る様な噂を流すなんて。

 さっきの人たちはやっぱり変だ、とロティアは思った。
 ロティアが「カシューは?」と尋ねると、カシューはロティアから目をそらしてから答えた。

「俺も新聞に載ってること以上は知らないな」

 本当かな、と思いながらも「そっか」と答える。普段のカシューは目を見て話をしてくれるのだ。

「この前、シアも危ない目にあったし、不安が続くよな」

 そう言いながら、フフランはテーブルの上をちょこちょこと歩き回った。

「そういや今日はシアを見てないな。依頼で出てるのかな?」

 ハルセルはパンをちぎりながら食堂の中を見回した。

 ――さすがフフラン! 自然な流れでシアの名前を出してくれた!

 ロティアは心の中で手を合わせてフフランを拝んだ。

「休みにしてるとすると、部屋に籠ってるかもな。シアは仕事の日以外は、基本的に部屋で過ごしてるから」

 カシューは窓の外に見える社員寮の方を指さした。

「えっ、食事とかちゃんととってるかな」
「子どもじゃないから大丈夫だろ」

 カシューは「ロティアは優しいな」と言って、ロティアの頭をなでた。

「……カシューってシアと仲が良いよね」
「えっ? ああ、まあそうだな」
「確かにふたりで話したり、食事してること多いよな。同郷だっけ?」
「いや、違うよ。でもシアが初めてラスペラに来る汽車に俺も偶然乗り合わせてて、汽車の中で魔法特殊技術社について話をしたんだ」
「へえ! そんな偶然ってあんのか!」
「俺も驚いたよ。その時のシアはずいぶん緊張してたから、少しでも気楽になれるようにしてやりたくて、いろいろ話したな」

 カシューは昔を懐かしむような表情で、うっすらとヒゲが生えたあごをサリサリとさすった。

「……その時、シアがうちに来た理由って、聞いた?」
「……今日のロティアは、聞きたがりだな」

 カシューは困ったような笑顔でそう言った。その顔は何か知っている顔だとロティアにはわかった。

「いろいろ話をしたからな。あんまり覚えてないよ」
「……そっか」

 もし何かを知っているとしても、ここで聞くのは間違っているだろう。人が多すぎる。
 ロティアは「ありがと」と言って、ナイフとフォークを持った。



「……そういや俺、最近は午後は仕事休みにしてるんだ」

 ハルセルの明るい声で、ロティアは顔を上げた。

「何か勉強中なの?」
「似たようなもんだけど、魔法の特訓してるんだ」
「魔法の特訓!」
「へえ! 向上心があって良いな!」

 フフランはハルセルの肩に飛び移り、褒めたたえるように羽根でハルセルの頭を叩いた。

「魔法って使い続けると結構変化するだろ。だから、破れた紙以外にも、壊れたものを直せるようになれないかなと思って」
「素敵な発想だね! 何か収穫はあった?」
「この前、割れた花びんに杖を向けたら、少しだけ反応があったんだ。元の形に戻ろうとしてたんじゃないかな。バラバラに並べたガラスの破片が、ピクピク動いて、一個だけ別の破片に近づいてったんだ」
「すっげえ! 見てみたいな!」
「ほんと! すごいねハルセル!」

 ロティアの言葉に、ハルセルは歯を見せて微笑んだ。
 前向きなハルセルに、ロティアは胸が熱くなった。
 魔法特殊技術社には様々な魔法を使う人がいる。一見役に立たなさそうな魔法もある。
 それでも多くの社員は自分の魔法と向き合い、魔法を進化させ、活躍の場を広げている。
 ケイリーもまた金属なら自在に操ることができるようになり、アクセサリーを作って、自分で店まで持ったのだ。

 ――そうだ、魔法は未来を切り開く力があるんだ、明るい未来を。そんな素晴らしい可能性を秘めた魔法を、大切な友達であるシアが、悪いことに使うはずない。

 ロティアはそう強く思った。

「がんばってね、ハルセル! わたし、全力で応援してる!」
「サンキュー、ロティア」

 ふたりはにっこりと微笑みあった。




 昼食の後、食器を片付けに行くハルセルの頭に、フフランがとまった。フフランは毛づくろいでもするように、ハルセルの髪をくちばしで優しくついばんだ。

「なんだよ、フフラン。くすぐったいな」
「さっきのお礼が言いたかったんだよ。ありがとうな」

 ハルセルは「お礼言われるようなことしたか?」と首をかしげる。

「ロティアのやつ、ハルセルの話を聞いて、すっかり元気になったからさ」
「ああ。そういうことか。ロティアは大事な友達だからな。できるだけ笑っててほしいんだよ」

 そう話すハルセルの声は少しだけさみしげだった。フフランはハルセルの肩に飛び移り、頬にそっと体を擦り寄せた。

「ありがとうな。ロティアもオイラも幸せ者だよ」
「そう言ってもらえるなら良かったよ」

 ハルセルはフフランの小さな喉のあたりをホリホリと撫でた。
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