星空色の絵を、君に ~インクを取り出す魔法使いは、辺境訳アリ画家に絵を描かせたい~

唄川音

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第1章 前編

5.銀色のカンテラ

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 紙からインクの線が一つもなくなると、ロティアは「はあっ!」と大きく息を吐きだして、バッと顔を上げた。

「終わりだな、ロティア!」
「……はあ、うん。お、終わったね」

 フフランは上からまっさらになった紙をじっくりと見て、「完璧だっ」と満足げに言った。
 ロティアは固い背もたれに背を預け、時計を見た。時刻は夜の六時。想像していたよりは時間がかかってしまった。
 ロティアは動けばきしみそうな体を何とか動かし、椅子から立ち上がった。

「……よしっ、これで良いか見せに行こう」

 まっさらになった紙を持って部屋を出て瞬間、ロティアは「あっ!」と声を上げた。隣を飛んでいたフフランは少し先まで飛んでいき、クルッと旋回して戻って来る。

「どうした、ロティア?」
「どうやってリジンさんを呼べばいいんだろう。三階は行っちゃダメなんだよね」
「あ、そうか。階段下から叫んでみるか?」

 その時、リジン・キューレが階段から降りてきた。

「終わった?」
「あ、はい。思ったより時間がかかって、すみませんでした」

 ロティアはリジン・キューレに駆け寄り、まっさらの紙を差し出した。
 紙を受け取ったリジン・キューレは、口をきゅっと結んで紙をじっくりと見た。その目はどこか悲し気に見え、ロティアは心が痛んだ。
 やっぱり消したくなかったんじゃないだろうか、と思わずにはいられなかった。

「……助かったよ、ありがとう」
「い、いえ。今後も、このような出来上がりになると思います。あ、わたしの魔法は、インクを取り出すだけじゃなく、なぞることで、紙のペン先の食い込みも多少修復することができるんです」
「知ってる。だから、君に依頼したんだ」

 ロティアは「そうですか……」とつぶやいた。

「お疲れさま。今日はこれで帰ってもらってかまわないよ」
「わかりました。明日改めて、荷物を持って来ます」
「うん。……ところで、そのハトは夜目が利くの?」

 想像もしていなかった質問に、ロティアとフフランは「へっ?」と間の抜けた声を上げた。

「この辺りは街灯が少ないから」

 そう言うと、リジン・キューレは、壁にあつらえられたカンテラを取り外し、火を大きく調節してからロティアに差し出した。

「明日返してくれれば良いよ」
「え、あ、お借りして良いんですか?」

 リジン・キューレは何も答えずにロティアにカンテラを押し付けると、脇に紙を挟んで一階に降りて行った。


 ロティアとフフランが仕事部屋にカバンとコートを取りに戻ると、窓の外はまだ明るかった。

「七月の六時なんて、カンテラが必要になるほど暗くないのにね」

 銀色の枠の中におさめられた火は赤々と燃えている。

「まあ、向こうに着くころには真っ暗だろうから、借りておくか」
「そうだね。明日忘れずに持ってこないと」


 部屋を出ると、リジン・キューレは律儀に玄関のドアを開けて待っていた。

「お待たせして、すみませんでした。それでは、また明日」
「明日、できるだけ早い汽車で来てもらえる? すぐに仕事を頼むことになるかもしれないから」
「わかりました」

 ロティアが「さようなら」と言って手を振ると、リジン・キューレは右手をひらっと降ってドアを閉めた。カチャンと鍵が閉まる音がする。

「……なんだか、よくわからない人だったね、リジン・キューレさん」
「そうだな。あんな顔するなら、絵を取っておけば良いのにな」
「うんー……」

 ロティアはさっき一瞬感じた達成感が、今では針の穴ほど小さくなっていることに気がついた。
 依頼人にあんな顔をされる仕事など、ロティアのしたかった仕事ではない。
 しかし依頼人の望みは叶えている。仕事として間違っているわけではない。

「こういう仕事にも、慣れなきゃいけないのかな」
「嫌だと思っては良いと思うぞ。それがロティアの良さだからな」

 フフランはロティアの肩にとまって、ほほに丸い頭を摺り寄せてきた。ロティアが落ち込んでいると必ずしてくれる励ましだ。フフランの優しい温もりを感じると、ロティアは少し笑って、「ありがとう、フフラン」と答えた。
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