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第2章
17.月明かりの食堂と雨降りの汽車
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シアはそれ以上は何も言わなかった。
この前の夜と同じように、シアを部屋に送り届けると、ロティアたちはそれぞれの部屋へ向かおうとした。
「ロティア、ちょっと話できるか。フフランも」
「えっ、あ、うん」
「オイラは大丈夫だぞ」
そこで三人は食堂へ向かった。
社員食堂は二十四時間営業している。魔法特殊技術社の社員用入り口が夜の十一時で閉まる上に、社員寮のそれぞれの部屋にキッチンがないため、いつでも食事をとれるのがここだけだからだ。種類は少ないが、夜はお酒も提供される。今晩も数人の成人社員が晩酌をしている姿が見られる。
照明が落とされ、微かな光と月明かりだけの食堂は、昼間とはまるで違う場所のように見えた。
お酒の匂いと、見慣れない光景に少し緊張しながら、ロティアはオレンジジュースを頼んだ。フフランは水、カシューはカモミールのハーブティーとマフィンだ。
「悪いな。夜に時間取らせて」
「ううん。まだ寝付けそうにないから」
今日は朝から晩までいろいろあったな、とロティアは思った。心も体もクタクタだ。
「さっきはありがとうな。ロティアとフフランが呼んでくれて助かったよ」
「こちらこそ。すぐに来てくれてありがとう。フフランもありがとう。よくすぐにカシューを見つけられたね」
「ちょうど社員寮から出てきたところだったんだよ。グッドタイミングだったぜ」
「小腹が空いたから、食堂で何か食べようかと思ってたんだ」
そう言って、カシューはマフィンを頬張った。ロティアもカシューにマフィンをおごろうかと誘われたが、お腹がいっぱいだと言って断った。
「それで、話って言うのは、シアのことなんだけど」
「うん」
カシューは眉間にしわを寄せ、マフィンをもう一口食べた。
「俺が、シアに出会った日に聞いた話を、ふたりにも話しておきたいんだ。シアの過去について」
「えっ。か、勝手に聞いて良いものなのかな」
ロティアの言葉に、カシューは顔をほころばせた。
「ロティアは真面目だな。でも、ロティアとフフランには知っててほしいんだ。シアの友達として。シア自身は、今はとても話せる状況だとは思えないから」
「……わかった。でもそれなら今、カシューに誓うね。誰かに話したりしないって」
「オイラも誓う」
カシューは「承った」と言って微笑んだ。そして、ハーブティーを一口飲むと話し出した。
「まずは俺とシアの出会いから話そうか。俺とシアが出会ったのは、実は汽車の中じゃなくて駅だったんだ。シアがラスペラ行きの汽車を探してて」
「へえ、そうだったんだ。困ってる人に声をかけるなんて、カシューらしいね」
「いや、その時のシアを見たら、ロティアでも声をかけたと思うぞ。大きなカバンをもって、ローブのフードを深くかぶって、地図を持って右往左往してたからな」
「ローブのフード?」
「ああ。シアは自分の見た目が分からない格好をしてたんだ」
「どうしてだ?」
カシューはちょっと間をおいてから答えた。
「元居た村で、見た目のせいで苦労したらしいんだ」
「えっ、それって容姿差別ってこと?」
「差別と言えば差別なんだが、シアの場合はちょっと違くてな。話を戻すと、行先が一緒だったから、良かったら案内すると言って、ふたりで汽車に乗ったんだ」
カシューとシアは四人乗りの席に向かい合って座った。
窓の外では雨が降っている。ガラスにぶつかる雨は、歪な模様を描きながら下に流れていく。
シアは汽車の中でもローブのフードを外さず、カバンを膝の上に抱えていた。
『ラスペラへはご旅行ですか? 俺は仕事帰りなんです』
『いえ。わたしは、就職に』
『そうなんですね。ラスペラはうまい料理屋がたくさんあるから、きっと昼食に困りませんよ。俺も毎日違う店で昼食にしてますから』
『良いですね』
シアの声が少しだけ柔らかくなった。
『良かったら、お荷物を上の棚に起きましょうか? ここから二時間膝の上に置いてるのは大変でしょう』
『あ、いえ。お構いなく。ありがとうございます』
一時沈黙が流れた。すると、今度はシアから話題を振って来た。
『わたし、魔法特殊技術社というところで働くんです。そのあたりに、おすすめのお店はありますか?』
『すごい偶然ですね! 俺も魔法特殊技術社で働いているんです!』
『えっ、そうなんですか』
『はいっ。それじゃあこれからは仲間なんですね』
カシューはズボンで手をぬぐってからシアの方に差し出した。
『これからよろしくお願いします』
『こちらこそ、よろしくお願いします』
ふたりは固く握手を交わした。
『ちなみに、お名前伺っても? 俺はカシュー・レニンです。気軽にカシューって呼んでください』
『シア・シニーです。わたしもシアと』
カシューは『わかりました』と笑顔で答えながらも、少しだけ不思議な感覚に襲われた。
こんなにも話をして、握手までしているのに、相手の顔は一切見えないだなんて。変な感覚だ。
ローブを脱がないのも、フードを外さないのも、頑なに顔を見せないのも、何か事情があるのだろうか、と思った。
しかし嫌な感じはしなかった。声や話し方はとても友好的で、こちらに敵意を持っているとはとても思えなかったからだ。
『……あの、魔法特殊技術社って、本当にいろんな魔法を使う人がいるんですか』
思考の海を泳いでいたカシューは弾かれたように『はいっ』と答えた。
『名前のとおり、変わった魔法を使う人ばかりですよ。まあ、俺は物の重さを無くすくらいなので、社内ではあんまり珍しい方じゃありませんけど。シワシワになった洋服をきれいに伸ばしたり、物の熱さを感じない手にしたり、本当にいろんな魔法がありますよ。みんな違いを受け入れています』
『……それは、人としても、ですか?』
『えっ?』
『見た目や年齢や性別も、違いを受け入れてくれていますか?』
この質問で、カシューは「何か事情があるのだろう」という考えが正しいのだろうと思った。
できる限り、シアの望む答えをしてあげたかった。しかし、過剰に期待させるのも間違っているだろう。
『そうですね。吐出して、差別的な人はいません。最近は友人のハトを連れて出勤してくる子もいるんです』
シアはフードをかぶったまま『ハト?』と言って首を傾げた。
『はい。真っ白いハトです。最初は少し驚きましたけど、その子とハトがとても楽しそうにしているし、何か問題を起こすわけでもないので、ハトがいても、もう誰も奇異の目を向けることはありません。一員として受け入れています』
『そんな不思議な子もいるんですね』
『ええ。とても良い子ですよ。礼儀正しいですし、頑張り屋です。きっとシアも仲良くなれます』
『それは、会うのが楽しみです』
『初めての場所は緊張するでしょうけど、俺も力になるので、あまり不安にならないでくださいね』
シアは長い間間を開けてから、『ありがとうございます』と言った。
『……親切にしてくださっているのに、顔を見てお礼を言わなくて、ごめんなさい』
『とんでもないです。楽な恰好でいてください』
見えていないとわかっていても、カシューは胸の前で手を振った。シアはもう一度『ありがとうございます』と言った。
その時、汽車が停まった。一つ目の停車駅だ。数人の乗客が入ってきたが、カシューとシアが座る席には座らなかった。
汽車が動き出すと、シアは再び話し出した。
『……変な質問にも答えてくださって、ありがとうございます』
『いえいえ。他にも何か気になることがあれば、いくらでも聞いてください。俺で良ければ答えますよ』
『……この格好で仕事をするのは難しいですか?』
『この格好というのは、フードを被った状態ということですか?』
シアはコクッとうなずく。
カシューは口元に手を当ててうーんと唸った。
『うちの会社には制服などは無いので、好きな恰好では良いのですが、顔が見えないとお客さまからの印象は良くないかもしれませんね』
『……そうですよね』
そう答える声は沈んでいる。カシューは嫌われる覚悟で口を開いた。
『あの、良かったら俺に話してみてくれませんか? その恰好の理由を。理由を知れば、もしかしたら大丈夫かどうか判断できますし』
また沈黙が流れた。踏み込みすぎたかな、とカシューは思った。
『……カシューになら、話せる気がします。親切な方なので』
『いや、俺なんて全然。無理はしなくて良いんですよ』
『いえ、大丈夫です。軽くですけど、お話させてください』
「――その時のシアの話を要約すると、見た目が良すぎて、元居た村でモテすぎたらしいんだ」
「「モテすぎた!」」
ロティアとフフランは声を揃え、フフランはバサバサと翼を広げて飛び上がった。
言われてみれば、ロティアもシアに初めて会った時は、とてもきれいな人だと見とれた。しかも性格は気さくで、明るい。誰もが好きになる要素を持っている。
「モテるだけならまだ良かったんだが、それでやっかまれたり、恨まれたりして、村八分の状態になったらしい。モテすぎるのも考えもんだな」
そう言われたロティアは、リジンがリリッシュたち兄弟にとても好かれていたことを思い出した。確かにあの時もリジンを取られまいとする子供たちに苦労させられた。フフランは羽根までもがれたのだ。好意とは行き過ぎると、周囲への配慮がなくなってしまう危険な感情であることは良く知っている。
ロティアはテーブルの上に座りなおしたフフランをそっとなでた。
「それで村にいられなくなって、ちょうど仕事も探していたところだったから、引っ越しをして魔法特殊技術社に入社したんだと」
想像もしていなかったシアの過去に、ロティアは「そうだったんだ……」とぼんやり答えた。
「……でもそれって、今の状況に似てるよね?」
カシューは眉間にいっそう深いシワを寄せてうなずいた。
「シアはショックだと思う、ここでもまた同じような目にあって」
「俺たちでどうにかしてやれると良いんだけどな」と言い、カシューはマフィンの最後の一口を口に運んだ。その表情は、とてもマフィンをおいしいと感じているとは思えなかった。
この前の夜と同じように、シアを部屋に送り届けると、ロティアたちはそれぞれの部屋へ向かおうとした。
「ロティア、ちょっと話できるか。フフランも」
「えっ、あ、うん」
「オイラは大丈夫だぞ」
そこで三人は食堂へ向かった。
社員食堂は二十四時間営業している。魔法特殊技術社の社員用入り口が夜の十一時で閉まる上に、社員寮のそれぞれの部屋にキッチンがないため、いつでも食事をとれるのがここだけだからだ。種類は少ないが、夜はお酒も提供される。今晩も数人の成人社員が晩酌をしている姿が見られる。
照明が落とされ、微かな光と月明かりだけの食堂は、昼間とはまるで違う場所のように見えた。
お酒の匂いと、見慣れない光景に少し緊張しながら、ロティアはオレンジジュースを頼んだ。フフランは水、カシューはカモミールのハーブティーとマフィンだ。
「悪いな。夜に時間取らせて」
「ううん。まだ寝付けそうにないから」
今日は朝から晩までいろいろあったな、とロティアは思った。心も体もクタクタだ。
「さっきはありがとうな。ロティアとフフランが呼んでくれて助かったよ」
「こちらこそ。すぐに来てくれてありがとう。フフランもありがとう。よくすぐにカシューを見つけられたね」
「ちょうど社員寮から出てきたところだったんだよ。グッドタイミングだったぜ」
「小腹が空いたから、食堂で何か食べようかと思ってたんだ」
そう言って、カシューはマフィンを頬張った。ロティアもカシューにマフィンをおごろうかと誘われたが、お腹がいっぱいだと言って断った。
「それで、話って言うのは、シアのことなんだけど」
「うん」
カシューは眉間にしわを寄せ、マフィンをもう一口食べた。
「俺が、シアに出会った日に聞いた話を、ふたりにも話しておきたいんだ。シアの過去について」
「えっ。か、勝手に聞いて良いものなのかな」
ロティアの言葉に、カシューは顔をほころばせた。
「ロティアは真面目だな。でも、ロティアとフフランには知っててほしいんだ。シアの友達として。シア自身は、今はとても話せる状況だとは思えないから」
「……わかった。でもそれなら今、カシューに誓うね。誰かに話したりしないって」
「オイラも誓う」
カシューは「承った」と言って微笑んだ。そして、ハーブティーを一口飲むと話し出した。
「まずは俺とシアの出会いから話そうか。俺とシアが出会ったのは、実は汽車の中じゃなくて駅だったんだ。シアがラスペラ行きの汽車を探してて」
「へえ、そうだったんだ。困ってる人に声をかけるなんて、カシューらしいね」
「いや、その時のシアを見たら、ロティアでも声をかけたと思うぞ。大きなカバンをもって、ローブのフードを深くかぶって、地図を持って右往左往してたからな」
「ローブのフード?」
「ああ。シアは自分の見た目が分からない格好をしてたんだ」
「どうしてだ?」
カシューはちょっと間をおいてから答えた。
「元居た村で、見た目のせいで苦労したらしいんだ」
「えっ、それって容姿差別ってこと?」
「差別と言えば差別なんだが、シアの場合はちょっと違くてな。話を戻すと、行先が一緒だったから、良かったら案内すると言って、ふたりで汽車に乗ったんだ」
カシューとシアは四人乗りの席に向かい合って座った。
窓の外では雨が降っている。ガラスにぶつかる雨は、歪な模様を描きながら下に流れていく。
シアは汽車の中でもローブのフードを外さず、カバンを膝の上に抱えていた。
『ラスペラへはご旅行ですか? 俺は仕事帰りなんです』
『いえ。わたしは、就職に』
『そうなんですね。ラスペラはうまい料理屋がたくさんあるから、きっと昼食に困りませんよ。俺も毎日違う店で昼食にしてますから』
『良いですね』
シアの声が少しだけ柔らかくなった。
『良かったら、お荷物を上の棚に起きましょうか? ここから二時間膝の上に置いてるのは大変でしょう』
『あ、いえ。お構いなく。ありがとうございます』
一時沈黙が流れた。すると、今度はシアから話題を振って来た。
『わたし、魔法特殊技術社というところで働くんです。そのあたりに、おすすめのお店はありますか?』
『すごい偶然ですね! 俺も魔法特殊技術社で働いているんです!』
『えっ、そうなんですか』
『はいっ。それじゃあこれからは仲間なんですね』
カシューはズボンで手をぬぐってからシアの方に差し出した。
『これからよろしくお願いします』
『こちらこそ、よろしくお願いします』
ふたりは固く握手を交わした。
『ちなみに、お名前伺っても? 俺はカシュー・レニンです。気軽にカシューって呼んでください』
『シア・シニーです。わたしもシアと』
カシューは『わかりました』と笑顔で答えながらも、少しだけ不思議な感覚に襲われた。
こんなにも話をして、握手までしているのに、相手の顔は一切見えないだなんて。変な感覚だ。
ローブを脱がないのも、フードを外さないのも、頑なに顔を見せないのも、何か事情があるのだろうか、と思った。
しかし嫌な感じはしなかった。声や話し方はとても友好的で、こちらに敵意を持っているとはとても思えなかったからだ。
『……あの、魔法特殊技術社って、本当にいろんな魔法を使う人がいるんですか』
思考の海を泳いでいたカシューは弾かれたように『はいっ』と答えた。
『名前のとおり、変わった魔法を使う人ばかりですよ。まあ、俺は物の重さを無くすくらいなので、社内ではあんまり珍しい方じゃありませんけど。シワシワになった洋服をきれいに伸ばしたり、物の熱さを感じない手にしたり、本当にいろんな魔法がありますよ。みんな違いを受け入れています』
『……それは、人としても、ですか?』
『えっ?』
『見た目や年齢や性別も、違いを受け入れてくれていますか?』
この質問で、カシューは「何か事情があるのだろう」という考えが正しいのだろうと思った。
できる限り、シアの望む答えをしてあげたかった。しかし、過剰に期待させるのも間違っているだろう。
『そうですね。吐出して、差別的な人はいません。最近は友人のハトを連れて出勤してくる子もいるんです』
シアはフードをかぶったまま『ハト?』と言って首を傾げた。
『はい。真っ白いハトです。最初は少し驚きましたけど、その子とハトがとても楽しそうにしているし、何か問題を起こすわけでもないので、ハトがいても、もう誰も奇異の目を向けることはありません。一員として受け入れています』
『そんな不思議な子もいるんですね』
『ええ。とても良い子ですよ。礼儀正しいですし、頑張り屋です。きっとシアも仲良くなれます』
『それは、会うのが楽しみです』
『初めての場所は緊張するでしょうけど、俺も力になるので、あまり不安にならないでくださいね』
シアは長い間間を開けてから、『ありがとうございます』と言った。
『……親切にしてくださっているのに、顔を見てお礼を言わなくて、ごめんなさい』
『とんでもないです。楽な恰好でいてください』
見えていないとわかっていても、カシューは胸の前で手を振った。シアはもう一度『ありがとうございます』と言った。
その時、汽車が停まった。一つ目の停車駅だ。数人の乗客が入ってきたが、カシューとシアが座る席には座らなかった。
汽車が動き出すと、シアは再び話し出した。
『……変な質問にも答えてくださって、ありがとうございます』
『いえいえ。他にも何か気になることがあれば、いくらでも聞いてください。俺で良ければ答えますよ』
『……この格好で仕事をするのは難しいですか?』
『この格好というのは、フードを被った状態ということですか?』
シアはコクッとうなずく。
カシューは口元に手を当ててうーんと唸った。
『うちの会社には制服などは無いので、好きな恰好では良いのですが、顔が見えないとお客さまからの印象は良くないかもしれませんね』
『……そうですよね』
そう答える声は沈んでいる。カシューは嫌われる覚悟で口を開いた。
『あの、良かったら俺に話してみてくれませんか? その恰好の理由を。理由を知れば、もしかしたら大丈夫かどうか判断できますし』
また沈黙が流れた。踏み込みすぎたかな、とカシューは思った。
『……カシューになら、話せる気がします。親切な方なので』
『いや、俺なんて全然。無理はしなくて良いんですよ』
『いえ、大丈夫です。軽くですけど、お話させてください』
「――その時のシアの話を要約すると、見た目が良すぎて、元居た村でモテすぎたらしいんだ」
「「モテすぎた!」」
ロティアとフフランは声を揃え、フフランはバサバサと翼を広げて飛び上がった。
言われてみれば、ロティアもシアに初めて会った時は、とてもきれいな人だと見とれた。しかも性格は気さくで、明るい。誰もが好きになる要素を持っている。
「モテるだけならまだ良かったんだが、それでやっかまれたり、恨まれたりして、村八分の状態になったらしい。モテすぎるのも考えもんだな」
そう言われたロティアは、リジンがリリッシュたち兄弟にとても好かれていたことを思い出した。確かにあの時もリジンを取られまいとする子供たちに苦労させられた。フフランは羽根までもがれたのだ。好意とは行き過ぎると、周囲への配慮がなくなってしまう危険な感情であることは良く知っている。
ロティアはテーブルの上に座りなおしたフフランをそっとなでた。
「それで村にいられなくなって、ちょうど仕事も探していたところだったから、引っ越しをして魔法特殊技術社に入社したんだと」
想像もしていなかったシアの過去に、ロティアは「そうだったんだ……」とぼんやり答えた。
「……でもそれって、今の状況に似てるよね?」
カシューは眉間にいっそう深いシワを寄せてうなずいた。
「シアはショックだと思う、ここでもまた同じような目にあって」
「俺たちでどうにかしてやれると良いんだけどな」と言い、カシューはマフィンの最後の一口を口に運んだ。その表情は、とてもマフィンをおいしいと感じているとは思えなかった。
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