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第2章
15.楽しい夕食の時間
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シアの部屋を訪ねたが、いくらドアをノックしても返事はかえってこなかった。
「遠出でもしてるのかな」
「丸々一日休みにしてるから、ひょっとするとそうかもな」
「そっか……」
ロティアは心臓が少し早く動き出したのに気が付いた。
――もしシアが斬りつけアヴィスで、今もどこかで誰かを傷つけていたら……。
嫌な考えだ。最低だ。
ロティアは頭をブンブン振って、その考えを消し去った。
「今日は会えないかもね。ひとまず夕食にして、食べ終わったらまた来ようか」
「そうだな。腹減って来たぞ」
「でも、食堂にはあんまり行きたくないなあ。昼間の人たちと会っちゃったら気まずい……」
「それなら外に行くか? オイラも目を光らせておくし」
「ありがとう。スタスタ歩くってことにして、外に行っちゃおうか」
そこでロティアとフフランは街へ繰り出した。幸いなことに、魔法特殊技術社の周辺には食事をとれるレストランやカフェが多い。遠くまで移動しなくても、どこかしらの店には入ることができるだろう。
夜になると、風はさらに冷たくなった。ロティアは外套のポケットに両手を入れて、ズンズン歩いた。頭の上のフフランは羽根の中に空気を入れて暖を取っている。すれ違う人たちも、鼻を赤くし、温かい外套に身を包んでいる。
この時期になると、ラスペラの街並みはきらびやかな黄色い電飾で飾られる。雪が降ると、雪が光を反射するため、街はいっそう輝きを増す。それはまるで、星空が落ちてきたように見える。ロティアは、リジンの絵を思わせる冬のラスペラの景色が好きだった。
「あ、あそこのレストランは並んでないね」
ロティアはキッシュがおいしい店の方へ駆けて行った。店の中にはかなりの人がいるが、まだ空席もあった。金色に塗られた取っ手を引いて、いそいそと中に入る。
「すみません、ひとりと一羽です」
「いらっしゃいませ……って、お嬢様!」
声を上げたウエイトレスを見て、ロティアも「えっ!」と声を上げた。
真っ白いエプロンにチェック柄のウエイトレスの制服に身を包んでいるのは、少し前までロティアの専属メイドをしていたリタだった。
「えっ! リ、リタだよね?」
「そうです、リタです!」
ふたりは手を取り合い、お互いを見つめ合った。フフランはふたりの周りを飛び回り「すっげー! こんなことあるんだな!」と声を弾ませる。
「ど、どうしてここに? 出版のお仕事は?」
「恥ずかしながら、出版社は軒並み落ちてしまって……。お嬢様に仕えていた経験を活かして、今はこちらで働いているんです」
「そうだったの! 手紙に書いてくれれば良かったのに! そしたら毎日ここに通ったのに!」
ロティアが声を上げると、店主らしき男性がこちらをチラッと見た。常連客の確保のチャンスだ、と顔に書いてある。
「一昨日、最後の出版社から返事が来て、昨日こちらの面接を受けて、今日が初出勤なんです」
「そうなのね。それじゃあ、あんまり邪魔してリタがクビならないようにしなきゃ。席に案内してもらえますか?」
「ありがとうございます。それでは、こちらにどうぞ」
一人客のロティアは、カウンターの席に通された。リタとしてはロティアにカウンター席など勧めたくなかったが、店の方針だそうだ。
店の中には大きな暖炉があり、温かい空気が流れている。ロティアとフフランは凍えた体を溶かしながらメニュー表をのぞきこんだ。
「うーん。キッシュは絶対だけど、どのキッシュにしようかなあ」
「ハルセルがキノコのキッシュがうまいって言ってたな」
「秋採れのキノコを使っているので、絶品ですよ」とリタ。
「それじゃあ、キノコのキッシュにしようかな」
注文を控えてリタが立ち去ると、ロティアはカウンターに肘をついて店内を見回した。魔法特殊技術社の社員はいなさそうだ。魔法特殊技術社には制服がないが、社員証としてバッジをつける必要がある。バッジは右胸に着ける必要があるため、右胸を見れば、その人が同僚か否か判断ができるのだ。
自分以外にバッジを付けている者がいないとわかり、ロティアがホッと息を吐くと、隣の席にリタが一人客を案内してきた。何気なくそちらを見ると、そのお客はなんとケイリーだった。
「ケイリー! 奇遇だね!」
ロティアが明るく声をかけると、コートを椅子の背もたれにかけていたケイリーは、中途半端な体勢のまま目を輝かせた。
「ロティア! それにフフランも! うわあ、すごく嬉しい!」
ケイリーがコートを投げ置くと、ふたりは手を取り合ってこの偶然に喜んだ。フフランとケイリーも頬を摺り寄せ合う。
「まあ、お客様とお嬢様はお知り合いなんですか」
「お嬢様?」と首を傾げるケイリーに、ロティアは頬を赤くしながらリタを紹介した。続けてケイリーのことをリタに紹介する。
「こんな嬉しすぎる偶然ってあるんだな。リタにもケイリーにも会えるなんて!」
「本当だね! わたし、このお店大好きになっちゃった!」
ロティアとフフランが無邪気に喜ぶ姿を、リタとケイリーは似たような自愛に満ちた目で見つめた。
ケイリーも注文を済ませると、先に運ばれてきたお茶でふたりは乾杯をした。
「ケイリーと食事するの久しぶりだね」
「わたしがバタバタしてたからね。店を持つようになってから、一人で食事をとることが多くて、寂しかったんだあ。食堂でロティアたちと一緒に食べると、一日の疲れが吹っ飛ぶからさ」
「ふふふ、わたしもそうだったよ。ケイリーがいないと寂しい」
「かわいいこと言うわねえ」
ケイリーはそう言って、ロティアをギュウッと抱きしめた。
「でも、ロティアとフフランが夕食を外で取るのって珍しいわね。だいたい食堂でとってたじゃない」
ロティアは「あー……」と言いながら理由を考えた。
食堂に会いたくない人がいる可能性がある、などと言ったら、ケイリーに心配をかけてしまう。
「久々にここのキッシュが食べたくなったんだよ。ハルセルからキノコのキッシュがうまいって聞いたから」
フフランに「な、ロティア」と言われると、ロティアはコクコクとうなずいた。
「なるほど。確かに食堂のキッシュってほうれん草とベーコンのしかないもんね」
ケイリーは「わたしもキッシュが目当てでここに来たの」と笑った。
「じゃあ、キッシュがわたしたちを引き合わせてくれたってことだね」
「そうね。シェフにお礼言った方が良いかしら」
ケイリーがシェフを呼ぶ仕草を真似ると、ふたりと一羽はクスクスと笑った。
フフランは大好物のクルミいりのパンを、ロティアとケイリーは五種類のキノコが入った具だくさんのキッシュとじゃがいものポタージュを食べて、楽しい時間を過ごした。
「そういえば、この前リジンがお店に行ったでしょう。このイヤリング、ふたりでおそろいでつけてるの」
ロティアは右耳のイヤリングが見えるように耳に髪をかけた。
「ああ! そうそう。良く似合ってるわね。さすがリジン」
「ケイリーこそ。お店を持つだけあるよ! 一日中付けてても痛くないし、デザインもすごく気に入ってるよ」
ケイリーは満面の笑みで「ありがとう」と答えた。
「リジンが言ってたけど、取材も受けたんだろ。すごいな、人気店になっちゃうんじゃないか?」
フフランの言葉に、ケイリーの顔色が陰った。
フフランはギョッとして、ケイリーの肩に飛び乗った。
「オイラ、変なこと言っちゃったか?」
「あ、ううん。そんなことないよ。……ただ、ちょっと、取材、受けない方が良かったかなって思ってて」
「え、そうなの? 変な人だったの? 怖いこと言われたとか?」
ロティアがケイリーにズイッと詰め寄ると、ケイリーは固い笑顔を浮かべて首を振った。
「怖い思いとか、痛い思いはしなかったよ。なんていうか、『記者が言わせたいこと』に誘導されてる感じがあって、ちょっと嫌だったんだ。何とか躱したつもりだけど」
「誘導尋問みたいなことってこと? それって新聞社がやって良いことじゃないじゃない」
「ほんとだよね。困ったもんだよ」
ケイリーが肩をすくめた瞬間、ふたりの傍に踊り子がやってきた。
「わ、素敵な衣装! 一緒に踊っても良いですか?」
ケイリーが明るく尋ねると、踊り子はステップを踏みながら笑顔でうなずいた。
「せっかくロティアたちに会えたんだから、つまんない話は終わりにしよう! わたし、踊るね!」
「それじゃあ、オイラも!」
フフランとケイリーは踊り子と一緒にクルクルと回り始めた。リタも料理を運びながら時々クルクルと回っている。
その光景を笑いながら見つめるロティアは、苦しい気持ちになった。
どうして人は誰かを傷つけるんだろう。
体をケガをさせたり、ひどい噂を流して心を痛めつけたり。
今この瞬間はこんなにも幸せなのに。
どうして幸せな時間って続かないんだろう。
良いことも悪いこともあるのが人生。
そんな当たり前のことは、ロティアもわかっている。
ただ、シアのことだけでなく、ケイリーまで嫌な思いをしていて、悲しいことやショックなことが続いているせいで、どうしていいのかわからないやるせなさを感じずにはいられなかった。
にぎやかな食事が済むと、ロティアは食後に口直しのノンカフェインのコーヒーを頼んだ。ロティアはカフェインが効きすぎてしまう性質らしく、夕食時にコーヒーを飲むと、朝まで眠れなくなってしまうのだ。ケイリーはコーヒーにミルクを入れて飲んだ。
「あー、おいしかった!」
「そろそろ出ようか。ちょっと混んできたし」
「そうだな。腹いっぱいだ」
「リタ、お会計をお願いできる?」
ロティアが通りがかったリタに声をかけると、リタは笑顔でうなずいた。
「今日は良い日です。ロティアお嬢様とフフランだけでなく、お嬢様のご友人にもお会いできましたから」
リタはそれぞれの合計金額を計算しながらそう言った。うつむいている口元に微笑みが浮かんでいるのを見て、ロティアもにっこりとした。
「わたしこそだよ。リタにもケイリーにも会えて嬉しかった!」
「わたしもです。また来ても良いですか?」
「嬉しいです。わたしは夕食時には必ずここにいる予定ですから、終業後にぜひいらしてください」
それぞれ会計を済ませると、リタはふたりと一羽を見送りに、外までついて来てくれた。分厚いドアの外に出た途端に、冷たい風が頬をなで、髪と一緒にロティアのイヤリングを揺らした。
「それじゃあ、リタ、今日はありがとう。でも、働きすぎには気を付けてね」
「ありがとうございます、お嬢様。お嬢様も無理をしないようにしてくださいね」
「うん。ありがとう。それから、物語の方も応援してるね」
リタは目を細めて微笑み、もう一度お礼を言った。
リタと別れると、ロティア達は寒空の下を歩き出した。
「うー、一気に寒くなったわね。風邪に気を付けないと」
「そうだね。ケイリーなんて、今となっては店長さんだもん。くれぐれも体を大切にね」
ケイリーは外套のポケットに手を入れて「ありがとう」と微笑んだ。
「……ロティアとフフランも、無理しないでね。魔法特殊技術社は辞めちゃったけど、わたしは味方だから」
そう話すケイリーの目は震えているように見えた。切なげな表情だ。ロティアは足を止めて、ケイリーにそっと抱きついた。
「嬉しい言葉をありがとう、ケイリー。わたしもずっとケイリーの味方だよ。誰よりも応援してるね」
ケイリーもロティアの背中に手を回し、もう一度「ありがとう」と微笑んだ。
「遠出でもしてるのかな」
「丸々一日休みにしてるから、ひょっとするとそうかもな」
「そっか……」
ロティアは心臓が少し早く動き出したのに気が付いた。
――もしシアが斬りつけアヴィスで、今もどこかで誰かを傷つけていたら……。
嫌な考えだ。最低だ。
ロティアは頭をブンブン振って、その考えを消し去った。
「今日は会えないかもね。ひとまず夕食にして、食べ終わったらまた来ようか」
「そうだな。腹減って来たぞ」
「でも、食堂にはあんまり行きたくないなあ。昼間の人たちと会っちゃったら気まずい……」
「それなら外に行くか? オイラも目を光らせておくし」
「ありがとう。スタスタ歩くってことにして、外に行っちゃおうか」
そこでロティアとフフランは街へ繰り出した。幸いなことに、魔法特殊技術社の周辺には食事をとれるレストランやカフェが多い。遠くまで移動しなくても、どこかしらの店には入ることができるだろう。
夜になると、風はさらに冷たくなった。ロティアは外套のポケットに両手を入れて、ズンズン歩いた。頭の上のフフランは羽根の中に空気を入れて暖を取っている。すれ違う人たちも、鼻を赤くし、温かい外套に身を包んでいる。
この時期になると、ラスペラの街並みはきらびやかな黄色い電飾で飾られる。雪が降ると、雪が光を反射するため、街はいっそう輝きを増す。それはまるで、星空が落ちてきたように見える。ロティアは、リジンの絵を思わせる冬のラスペラの景色が好きだった。
「あ、あそこのレストランは並んでないね」
ロティアはキッシュがおいしい店の方へ駆けて行った。店の中にはかなりの人がいるが、まだ空席もあった。金色に塗られた取っ手を引いて、いそいそと中に入る。
「すみません、ひとりと一羽です」
「いらっしゃいませ……って、お嬢様!」
声を上げたウエイトレスを見て、ロティアも「えっ!」と声を上げた。
真っ白いエプロンにチェック柄のウエイトレスの制服に身を包んでいるのは、少し前までロティアの専属メイドをしていたリタだった。
「えっ! リ、リタだよね?」
「そうです、リタです!」
ふたりは手を取り合い、お互いを見つめ合った。フフランはふたりの周りを飛び回り「すっげー! こんなことあるんだな!」と声を弾ませる。
「ど、どうしてここに? 出版のお仕事は?」
「恥ずかしながら、出版社は軒並み落ちてしまって……。お嬢様に仕えていた経験を活かして、今はこちらで働いているんです」
「そうだったの! 手紙に書いてくれれば良かったのに! そしたら毎日ここに通ったのに!」
ロティアが声を上げると、店主らしき男性がこちらをチラッと見た。常連客の確保のチャンスだ、と顔に書いてある。
「一昨日、最後の出版社から返事が来て、昨日こちらの面接を受けて、今日が初出勤なんです」
「そうなのね。それじゃあ、あんまり邪魔してリタがクビならないようにしなきゃ。席に案内してもらえますか?」
「ありがとうございます。それでは、こちらにどうぞ」
一人客のロティアは、カウンターの席に通された。リタとしてはロティアにカウンター席など勧めたくなかったが、店の方針だそうだ。
店の中には大きな暖炉があり、温かい空気が流れている。ロティアとフフランは凍えた体を溶かしながらメニュー表をのぞきこんだ。
「うーん。キッシュは絶対だけど、どのキッシュにしようかなあ」
「ハルセルがキノコのキッシュがうまいって言ってたな」
「秋採れのキノコを使っているので、絶品ですよ」とリタ。
「それじゃあ、キノコのキッシュにしようかな」
注文を控えてリタが立ち去ると、ロティアはカウンターに肘をついて店内を見回した。魔法特殊技術社の社員はいなさそうだ。魔法特殊技術社には制服がないが、社員証としてバッジをつける必要がある。バッジは右胸に着ける必要があるため、右胸を見れば、その人が同僚か否か判断ができるのだ。
自分以外にバッジを付けている者がいないとわかり、ロティアがホッと息を吐くと、隣の席にリタが一人客を案内してきた。何気なくそちらを見ると、そのお客はなんとケイリーだった。
「ケイリー! 奇遇だね!」
ロティアが明るく声をかけると、コートを椅子の背もたれにかけていたケイリーは、中途半端な体勢のまま目を輝かせた。
「ロティア! それにフフランも! うわあ、すごく嬉しい!」
ケイリーがコートを投げ置くと、ふたりは手を取り合ってこの偶然に喜んだ。フフランとケイリーも頬を摺り寄せ合う。
「まあ、お客様とお嬢様はお知り合いなんですか」
「お嬢様?」と首を傾げるケイリーに、ロティアは頬を赤くしながらリタを紹介した。続けてケイリーのことをリタに紹介する。
「こんな嬉しすぎる偶然ってあるんだな。リタにもケイリーにも会えるなんて!」
「本当だね! わたし、このお店大好きになっちゃった!」
ロティアとフフランが無邪気に喜ぶ姿を、リタとケイリーは似たような自愛に満ちた目で見つめた。
ケイリーも注文を済ませると、先に運ばれてきたお茶でふたりは乾杯をした。
「ケイリーと食事するの久しぶりだね」
「わたしがバタバタしてたからね。店を持つようになってから、一人で食事をとることが多くて、寂しかったんだあ。食堂でロティアたちと一緒に食べると、一日の疲れが吹っ飛ぶからさ」
「ふふふ、わたしもそうだったよ。ケイリーがいないと寂しい」
「かわいいこと言うわねえ」
ケイリーはそう言って、ロティアをギュウッと抱きしめた。
「でも、ロティアとフフランが夕食を外で取るのって珍しいわね。だいたい食堂でとってたじゃない」
ロティアは「あー……」と言いながら理由を考えた。
食堂に会いたくない人がいる可能性がある、などと言ったら、ケイリーに心配をかけてしまう。
「久々にここのキッシュが食べたくなったんだよ。ハルセルからキノコのキッシュがうまいって聞いたから」
フフランに「な、ロティア」と言われると、ロティアはコクコクとうなずいた。
「なるほど。確かに食堂のキッシュってほうれん草とベーコンのしかないもんね」
ケイリーは「わたしもキッシュが目当てでここに来たの」と笑った。
「じゃあ、キッシュがわたしたちを引き合わせてくれたってことだね」
「そうね。シェフにお礼言った方が良いかしら」
ケイリーがシェフを呼ぶ仕草を真似ると、ふたりと一羽はクスクスと笑った。
フフランは大好物のクルミいりのパンを、ロティアとケイリーは五種類のキノコが入った具だくさんのキッシュとじゃがいものポタージュを食べて、楽しい時間を過ごした。
「そういえば、この前リジンがお店に行ったでしょう。このイヤリング、ふたりでおそろいでつけてるの」
ロティアは右耳のイヤリングが見えるように耳に髪をかけた。
「ああ! そうそう。良く似合ってるわね。さすがリジン」
「ケイリーこそ。お店を持つだけあるよ! 一日中付けてても痛くないし、デザインもすごく気に入ってるよ」
ケイリーは満面の笑みで「ありがとう」と答えた。
「リジンが言ってたけど、取材も受けたんだろ。すごいな、人気店になっちゃうんじゃないか?」
フフランの言葉に、ケイリーの顔色が陰った。
フフランはギョッとして、ケイリーの肩に飛び乗った。
「オイラ、変なこと言っちゃったか?」
「あ、ううん。そんなことないよ。……ただ、ちょっと、取材、受けない方が良かったかなって思ってて」
「え、そうなの? 変な人だったの? 怖いこと言われたとか?」
ロティアがケイリーにズイッと詰め寄ると、ケイリーは固い笑顔を浮かべて首を振った。
「怖い思いとか、痛い思いはしなかったよ。なんていうか、『記者が言わせたいこと』に誘導されてる感じがあって、ちょっと嫌だったんだ。何とか躱したつもりだけど」
「誘導尋問みたいなことってこと? それって新聞社がやって良いことじゃないじゃない」
「ほんとだよね。困ったもんだよ」
ケイリーが肩をすくめた瞬間、ふたりの傍に踊り子がやってきた。
「わ、素敵な衣装! 一緒に踊っても良いですか?」
ケイリーが明るく尋ねると、踊り子はステップを踏みながら笑顔でうなずいた。
「せっかくロティアたちに会えたんだから、つまんない話は終わりにしよう! わたし、踊るね!」
「それじゃあ、オイラも!」
フフランとケイリーは踊り子と一緒にクルクルと回り始めた。リタも料理を運びながら時々クルクルと回っている。
その光景を笑いながら見つめるロティアは、苦しい気持ちになった。
どうして人は誰かを傷つけるんだろう。
体をケガをさせたり、ひどい噂を流して心を痛めつけたり。
今この瞬間はこんなにも幸せなのに。
どうして幸せな時間って続かないんだろう。
良いことも悪いこともあるのが人生。
そんな当たり前のことは、ロティアもわかっている。
ただ、シアのことだけでなく、ケイリーまで嫌な思いをしていて、悲しいことやショックなことが続いているせいで、どうしていいのかわからないやるせなさを感じずにはいられなかった。
にぎやかな食事が済むと、ロティアは食後に口直しのノンカフェインのコーヒーを頼んだ。ロティアはカフェインが効きすぎてしまう性質らしく、夕食時にコーヒーを飲むと、朝まで眠れなくなってしまうのだ。ケイリーはコーヒーにミルクを入れて飲んだ。
「あー、おいしかった!」
「そろそろ出ようか。ちょっと混んできたし」
「そうだな。腹いっぱいだ」
「リタ、お会計をお願いできる?」
ロティアが通りがかったリタに声をかけると、リタは笑顔でうなずいた。
「今日は良い日です。ロティアお嬢様とフフランだけでなく、お嬢様のご友人にもお会いできましたから」
リタはそれぞれの合計金額を計算しながらそう言った。うつむいている口元に微笑みが浮かんでいるのを見て、ロティアもにっこりとした。
「わたしこそだよ。リタにもケイリーにも会えて嬉しかった!」
「わたしもです。また来ても良いですか?」
「嬉しいです。わたしは夕食時には必ずここにいる予定ですから、終業後にぜひいらしてください」
それぞれ会計を済ませると、リタはふたりと一羽を見送りに、外までついて来てくれた。分厚いドアの外に出た途端に、冷たい風が頬をなで、髪と一緒にロティアのイヤリングを揺らした。
「それじゃあ、リタ、今日はありがとう。でも、働きすぎには気を付けてね」
「ありがとうございます、お嬢様。お嬢様も無理をしないようにしてくださいね」
「うん。ありがとう。それから、物語の方も応援してるね」
リタは目を細めて微笑み、もう一度お礼を言った。
リタと別れると、ロティア達は寒空の下を歩き出した。
「うー、一気に寒くなったわね。風邪に気を付けないと」
「そうだね。ケイリーなんて、今となっては店長さんだもん。くれぐれも体を大切にね」
ケイリーは外套のポケットに手を入れて「ありがとう」と微笑んだ。
「……ロティアとフフランも、無理しないでね。魔法特殊技術社は辞めちゃったけど、わたしは味方だから」
そう話すケイリーの目は震えているように見えた。切なげな表情だ。ロティアは足を止めて、ケイリーにそっと抱きついた。
「嬉しい言葉をありがとう、ケイリー。わたしもずっとケイリーの味方だよ。誰よりも応援してるね」
ケイリーもロティアの背中に手を回し、もう一度「ありがとう」と微笑んだ。
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