星空色の絵を、君に ~インクを取り出す魔法使いは、辺境訳アリ画家に絵を描かせたい~

唄川音

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第2章

14.見えない真実

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 仕事部屋に戻ると、新しい依頼が舞い込んでくるまでの間、ロティアはリジンの絵を取り出す作業に取り掛かった。ハルセルの魔法の訓練の話ですっかり元気を取り戻したロティアの手は、疲れ知らずによく動いた。
 フフランはリジンの絵を褒めたり、机の上で羽根をついばんだり、窓辺へ飛んで行って外を眺めたりしている。
 いつもならば散歩に行こうとするが、今日はその気配はなかった。食堂でロティアを一人にしてしまったばかりに、悲しい思いをさせてしまったことを気にしているかのように見えた。
 その優しさに、ロティアの心はますます元気を取り戻した。

「そういえば今更だけど、さっきは助けてくれてありがとうね、フフラン」

 窓辺に座っていたフフランは、ロティアの声ですぐに机の上に戻ってきた。

「いやいや。オイラの方こそ散歩に行っちゃって悪かったな。一人にしなけりゃあんな目に合わなかったのに」

 やっぱりそれを気にしてくれてるんだ、と思いながら、ロティアは首を横に振った。

「自分でもちゃんと対処できるようになるべきだから。もっとしっかりしろってことだよ」

 ロティアは顔を上げて、「フフランに頼り切りじゃダメだからね!」と言った。するとフフランは小さく羽ばたいて、ロティアの肩に止まった。

「オイラがロティアの成長を妨げちゃダメだってわかってるけど、オイラとしてはいつまでも頼ってくれて構わないけどな」
「そうなの? ふふふ。ありがとう、フフラン。もちろんまだまだ頼ると思うよ」

 ロティアは杖を置いて、フフランの小さな頭をフワフワとなでた。フフランのクリクリした目がうっとりと細くなる。

「ところで、フフランはどのくらい聞いてたの、あの人たちのシアの話」
「最後の方だけだな。シアが疑われるのは当然、みたいな」
「そっか。シアね、元居たところでいろいろ大変だったみたいなんだ。……人を、たぶらかしたって噂があるらしいの」
「シアが? うーん、想像できないなあ」
「そうだよね。わたしもそうなの。わたしが知ってるシアとは結び付かないんだよね」
「まあ噂なんて尾ひれがつきまくるものだからなあ。陥れたくてわざと尾ひれを付ける奴もいるだろうし」
「陥れたいって、シアのことを?」

 フフランは「そうそう」と答えてから、ハッとして入口の方を見た。すると、そこにはポーラの姿があった。胸の前で両手を握り締めて、部屋の中をのぞきこんでいる。
 ロティアはリジンの絵を引き出しにしまってから立ち上がった。

「ポーラさん、どうしたんですか?」

 ドアを開けてロティアとフフランが歩み寄ると、ポーラは部屋の中に入ろうとはせず、その場で手を下ろして、お腹の辺りで手をこねこねした。

「お、お疲れ様です」

 ポーラの言葉で、ロティアはすっかり日が暮れていることに気が付いた。よほど集中していたらしい。

「お疲れ様です。ポーラさんはお仕事順調ですか? 体調は大丈夫ですか?」
「は、はい。ありがとう、ございます」
「がんばってるな」

 フフランはポーラの頭に飛び乗り、ふわふわと髪をなでた。
 ポーラはフフランのことなど気にも留めず、いっそう手をこねこねして黙りこんだ。ロティアはニコニコしながらポーラが話し出すのを待つ。

「……あ、あの、ロティアさんは、大丈夫ですか?」
「体調のことですか? わたしは元気です。ありがとうございます」
「あ、ち、違うんです。えっと、その……。危ない目とか」
「もしかして、斬りつけアヴィスのことですか?」

 ポーラは小さくうなずく。

「今のところ何も危険な目には合っていませんよ。これ以上被害が出ずに、犯人が捕まってくれると良いんですけどね」
「ポーラこそ大丈夫か? どこかに出かけたいときは、オイラたちでも他の人でも、誰か誘うんだぞ。一人は危ないからな」
「あ、ありがとう、ございます」

 ポーラはますます手をこねこねする。まだ何か話があるようだ。ロティアはジッと待った。

「……あの、この前、一緒に朝食をとってた、髪の長い女の人って」

 ロティアの心臓がピクンと跳ねた。しかし至って平然と答える。

「ああ、シアのことですかね。今日はお休みですけど、何か用事があったんですか?」
「い、いえ」

 ポーラはゴクッと音が出るほど強くツバを飲みこんだ。

「……あの、あの人、危ない人かもしれないんですよね」
「……えっ?」
「いろんな人が、言ってるのを、聞いたんです。背が高くて、深い、茶色の髪をした、シアって女性職員さんには気を付けた方が、良いって。もしかしたら、斬りつけ犯かもしれないし、前にいた町で変な騒ぎを起こした人だから、近寄らない方が良いって」

 ポーラは、つかえながらも早口でそう言った。

 ロティアは頭を殴られたような衝撃を受けた。
 まさかポーラまで、シアの噂を知っているなんて。どれだけ噂が広まっているというのだろうか。

 ポーラは手を止めて、ロティアの方を見上げてきた。

「……ロティアさん、一緒にいるってことは、知らないかもしれないと思って。ロティアさんには親切にしてもらってるので、教えなきゃと思って」
「……そ、そう、なんですね。お気遣い、ありがとうございます……」

 お礼を言って良いのか、ロティアにはわからなかった。フフランもショックを受けているような、怒っているような複雑な顔をしている。

「同じ社内にいるので、お互い、気を付けましょうね」

 ロティアは「あ……」と言って、小さくうなずいた。

 ポーラは満足げに小さく微笑むと、「それでは」と言って、階段の方に駆けて行った。
 ポーラの頭から飛び上がっていたフフランは、ふわっとロティアの肩に着地した。

「……まさかポーラまで知ってるとはな」

 ロティアはうなずくことしかできなかった。
 フラフラした足取りで仕事机に戻り、椅子にドサッと座りこむ。

 ロティアとシアが一緒に過ごしたのは、一年に満たない。
 まずはシアが入社して来てからたった数か月。その後は、ロティアがリジンのところへ行くことになり、長期間ラスペラにはいなかった。
 それからリジンから一時帰宅を申し出され、魔法特殊技術社に戻ってきた時。ロティアがリジンのことで悩んでいる時は励ましてくれた。
 その後、リジンの問題が解決し、魔法特殊技術社に戻って来てからは半年ほど一緒に食事をしたり、休日に一緒に過ごして、現在に至る。
 関わっている時間が長いとは言えないかもしれないが、ロティアはシアが好きだし、シアのことを大切な友人だと思っている。
 しかしシアにまつわる様々な噂を聞いた今、ロティアはシアがどんな人か、どんな人生を歩んできたのか、何も知らないことに気が付いた。
 噂が嘘か本当かを判断する材料すらない。
 あるとするならば、友人として悪い噂を信じたくない、という子どもじみた思いだけだった。

 ロティアは肩の上のフフランを両手で抱き、胸に抱きしめた。

「……どうしよう、フフラン。わたし、シアのこと、好きなのに」

 声が震えてしまう。フフランは「うん」と答える。

「……わからなくなっちゃった、シアのこと」
「それならシアに会わなきゃな」

 ロティアとフフランの目が合う。フフランはニコッと微笑んだ。

「わかんないなら会ってみようぜ。そんで自分の目で確かめよう」
「……でも、今、シアに会ったら、わたし」
「オイラも一緒だから、大丈夫だ」

 フフランはロティアの手にフワフワとすり寄った。優しい温もりが伝わってくる。

「オイラたちで、シアがどんな人なのか、自分たちの目で確かめようぜ」

 ロティアは唇をかみしめながら、「うん」とうなずいた。
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