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第2章
8.ふたりの出会い
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ロティアとシアは、年齢が離れている上に、入社時期も異なり、仕事部屋の階も離れている。そんなふたりがどうやって仲良くなったのか。それはシアが入社した日にさかのぼる。
魔法特殊技術社はどこも似たような造りをしていて、入社したばかりの社員は必ず迷ってしまう。案の定、シアも社長室が分からず廊下で茫然と立ち尽くしていた。そこへやって来たのが、ロティアとフフランだった。
『あの、どこかお探しですか?』
ロティアに声をかけられたシアは、ビクッと大げさに肩を震わせて振り返った。
シアの茶色の長い髪がさらりと揺れる姿はとても可憐で、こんなに綺麗な人がいるんだと、ロティアは思わず見とれてしまった。
『あ、えっと、社長室を、探していて……』
『ひょっとして新しい社員さんですか?』
『はい』
『それじゃあ迷うのも無理ないな。オイラたちも半年経ってもいまだに迷うし』
フフランがいつもの調子で話し出すと、シアは目をぱちくりさせた。
『め、珍しいハトですね』
『フフランは人の言葉が話せるんです。すごいですよね』
シアはまだドキドキしながら『はあ』とだけ答えた。
『あ、急いでるでしょうから、歩きながらお話ししましょうか。社長室はこっちですよ』
ロティアが歩き出すと、シアは一歩後ろに下がって後について行った。
『わたしはロティア・チッツェルダイマーって言います。この子は友達のフフラン。お名前聞いても?』
『……シア・シニーです』
『それじゃあ、シアって呼んで良いですか?』
『……はい』
『わからないことがあったらいつでも頼ってくださいね、シア。わたしもまだここで働き始めて半年ですけど、できる限り力になるので』
『よろしくな、シア』
ロティアとフフランににっこりと微笑まれると、ようやくシアは少しだけ顔をほころばせて『はい』と答えた。
この出来事から一か月後には、ロティアはリジンの依頼のためヴェリオーズへ向かうことになった。そのため、ロティアがシアと顔を合わせた回数は少ない。
それでもロティアはシアのことが好きだった。気さくでいつも穏やかなシアと一緒にいると、心が落ち着くのだ。
――大切な友達が、まさかお客様のせいで困ってたなんて。
ロティアは、シアがそんな困った事態に陥っていることに気が付かなかった自分に恥ずかしくなった。
それをシアに伝えて謝ると、シアはケロリとして答えた。
「わたしがロティアたちに気づかれないようにしてたんだから、気にしなくて良いよ。それに、ロティアは去年、あんまり社屋にいなかったし」
「でも、話を聞くぐらいはできたのに……」
ロティアが肩を落とすと、シアが珍しく声を上げた。
「あ、違うよ! ロティアたちに知られたくなかったのは、ロティアが頼りないとか、ロティアを信頼してないとか、そういうんじゃなくて……」
「わかってるよ。シアは優しいからな。なあ、ロティア」
フフランの言葉に、ロティアはすぐに「うん」と答える。
「シアの気持ちはすごく嬉しいよ。でも、これからは力になれたら嬉しいな。友達でしょう、わたしたち」
ロティアが真っ直ぐにシアの目を見つめてそう言うと、シアの琥珀色の目が星のようにきらめいた。
シアは口元に手を当ててしばらく黙りこみ、押し殺すような声で「ありがと」とだけ言った。
「今日のお客のことは受付員にも話して、本当にうちに依頼を持って来たのか、よく確認してもらうことにしよう。変なお客がうちに入ること自体を阻止出来たら良いからな」
「そうだね。明日頼みに行ってくるよ」
「いや、俺が一人で行くよ。受付には顔見知りが多いから、俺が行った方が話が早いと思う」
シアが「でも」と言うと、カシューは首を横に振った。
「シアはさっきのことで疲れてるだろう。大丈夫、俺に任せておいてくれ」
カシューの言葉や声色は優しかったが、これ以上シアが食い下がらないように仕向けるような強さもあった。
ロティアはカシューの気遣いににっこりと微笑んだ。
「……それじゃあ、よろしくお願いします」
シアがしぶしぶそう言うと、カシューは「任された」と言って微笑み、シアの頭をなでた。
食事を終えてシアを寮の部屋に送ると、ロティアたちもそれぞれの部屋に向かって歩き出した。
すると、ふいにカシューが話し出した。
「ロティアは、あんまり社内の噂話に首を突っ込むタイプじゃないよな」
「えっ。ああ、そうだね。まだ社内に友達が多いわけじゃないっていうのもあるけど、噂話って、あんまり得意じゃなくて」
ロティアは頬を掻きながら「子どもだよね」と笑った。しかしカシューは笑わなかった。真剣な顔でロティアを見下ろしてくる。
「良いことじゃないか。そのままでいるべきだよ」
「オイラもそう思うな。噂ほど曖昧で時間のムダはない」
フフランもきっぱりと言い切る。
「それもそうだね。でも、どうして突然?」
カシューはロティアから目を離して、薄暗い廊下の先を見つめた。
「俺もシアも、噂話は好きじゃないから、そういう友人は貴重だなと思って」
答えになっているようでなっていないような気がする。
しかしロティアは「そっか」とだけしか答えた。
なんとなく、今のカシューはあまり深く追求してほしくなさそうに見えたのだ。
自分の部屋に入ると、ロティアはカバンと外套を椅子において、ベッドに倒れこんだ。
「はー、今日もいろいろあったなあ」
「お疲れさん」
フフランはロティアの顔の傍に降りてきて、フワフワした体を頬に寄せてきた。
「ねえ、フフラン。さっきのカシューの言葉、どういう意味だと思う? ずいぶん唐突だったと思わない?」
「素直に受け取れば、噂なんか相手にするなってことだけど、それだけじゃないよな、たぶん」
「そうだよね。なんか変だったもんね、カシュー」
「ああ。でも、ふたりに話す気がないとなると、無理矢理聞き出すのもなあ」
「そうだよね……」
ロティアは、ポーラも何かを言い淀んでいたことを思い出した。
隠し事ではないが、言うのが憚られるようなことが、自分の仲間の周りで起こっているのかもしれないと思うと、ソワソワしてしまう。
しかしロティアがどんなに気を揉んでも、相手が話す気になってくれなければ無理矢理聞き出すことはできない。
「……しかたないか」
ガバッと起き上がると、ロティアはテキパキと風呂の支度を始めた。
「とにかくできることをするしかないよね。ひとまずは、警備の強化をお願いしようかな。今日みたいな困ったお客さんが入っても、すぐに助けてもらえるように」
「そうだな。オイラたちがシアにしてやれるのはそれくらいだ」
「うんっ」と力強く答え、ロティアは勇んで風呂に向かっていった。
魔法特殊技術社はどこも似たような造りをしていて、入社したばかりの社員は必ず迷ってしまう。案の定、シアも社長室が分からず廊下で茫然と立ち尽くしていた。そこへやって来たのが、ロティアとフフランだった。
『あの、どこかお探しですか?』
ロティアに声をかけられたシアは、ビクッと大げさに肩を震わせて振り返った。
シアの茶色の長い髪がさらりと揺れる姿はとても可憐で、こんなに綺麗な人がいるんだと、ロティアは思わず見とれてしまった。
『あ、えっと、社長室を、探していて……』
『ひょっとして新しい社員さんですか?』
『はい』
『それじゃあ迷うのも無理ないな。オイラたちも半年経ってもいまだに迷うし』
フフランがいつもの調子で話し出すと、シアは目をぱちくりさせた。
『め、珍しいハトですね』
『フフランは人の言葉が話せるんです。すごいですよね』
シアはまだドキドキしながら『はあ』とだけ答えた。
『あ、急いでるでしょうから、歩きながらお話ししましょうか。社長室はこっちですよ』
ロティアが歩き出すと、シアは一歩後ろに下がって後について行った。
『わたしはロティア・チッツェルダイマーって言います。この子は友達のフフラン。お名前聞いても?』
『……シア・シニーです』
『それじゃあ、シアって呼んで良いですか?』
『……はい』
『わからないことがあったらいつでも頼ってくださいね、シア。わたしもまだここで働き始めて半年ですけど、できる限り力になるので』
『よろしくな、シア』
ロティアとフフランににっこりと微笑まれると、ようやくシアは少しだけ顔をほころばせて『はい』と答えた。
この出来事から一か月後には、ロティアはリジンの依頼のためヴェリオーズへ向かうことになった。そのため、ロティアがシアと顔を合わせた回数は少ない。
それでもロティアはシアのことが好きだった。気さくでいつも穏やかなシアと一緒にいると、心が落ち着くのだ。
――大切な友達が、まさかお客様のせいで困ってたなんて。
ロティアは、シアがそんな困った事態に陥っていることに気が付かなかった自分に恥ずかしくなった。
それをシアに伝えて謝ると、シアはケロリとして答えた。
「わたしがロティアたちに気づかれないようにしてたんだから、気にしなくて良いよ。それに、ロティアは去年、あんまり社屋にいなかったし」
「でも、話を聞くぐらいはできたのに……」
ロティアが肩を落とすと、シアが珍しく声を上げた。
「あ、違うよ! ロティアたちに知られたくなかったのは、ロティアが頼りないとか、ロティアを信頼してないとか、そういうんじゃなくて……」
「わかってるよ。シアは優しいからな。なあ、ロティア」
フフランの言葉に、ロティアはすぐに「うん」と答える。
「シアの気持ちはすごく嬉しいよ。でも、これからは力になれたら嬉しいな。友達でしょう、わたしたち」
ロティアが真っ直ぐにシアの目を見つめてそう言うと、シアの琥珀色の目が星のようにきらめいた。
シアは口元に手を当ててしばらく黙りこみ、押し殺すような声で「ありがと」とだけ言った。
「今日のお客のことは受付員にも話して、本当にうちに依頼を持って来たのか、よく確認してもらうことにしよう。変なお客がうちに入ること自体を阻止出来たら良いからな」
「そうだね。明日頼みに行ってくるよ」
「いや、俺が一人で行くよ。受付には顔見知りが多いから、俺が行った方が話が早いと思う」
シアが「でも」と言うと、カシューは首を横に振った。
「シアはさっきのことで疲れてるだろう。大丈夫、俺に任せておいてくれ」
カシューの言葉や声色は優しかったが、これ以上シアが食い下がらないように仕向けるような強さもあった。
ロティアはカシューの気遣いににっこりと微笑んだ。
「……それじゃあ、よろしくお願いします」
シアがしぶしぶそう言うと、カシューは「任された」と言って微笑み、シアの頭をなでた。
食事を終えてシアを寮の部屋に送ると、ロティアたちもそれぞれの部屋に向かって歩き出した。
すると、ふいにカシューが話し出した。
「ロティアは、あんまり社内の噂話に首を突っ込むタイプじゃないよな」
「えっ。ああ、そうだね。まだ社内に友達が多いわけじゃないっていうのもあるけど、噂話って、あんまり得意じゃなくて」
ロティアは頬を掻きながら「子どもだよね」と笑った。しかしカシューは笑わなかった。真剣な顔でロティアを見下ろしてくる。
「良いことじゃないか。そのままでいるべきだよ」
「オイラもそう思うな。噂ほど曖昧で時間のムダはない」
フフランもきっぱりと言い切る。
「それもそうだね。でも、どうして突然?」
カシューはロティアから目を離して、薄暗い廊下の先を見つめた。
「俺もシアも、噂話は好きじゃないから、そういう友人は貴重だなと思って」
答えになっているようでなっていないような気がする。
しかしロティアは「そっか」とだけしか答えた。
なんとなく、今のカシューはあまり深く追求してほしくなさそうに見えたのだ。
自分の部屋に入ると、ロティアはカバンと外套を椅子において、ベッドに倒れこんだ。
「はー、今日もいろいろあったなあ」
「お疲れさん」
フフランはロティアの顔の傍に降りてきて、フワフワした体を頬に寄せてきた。
「ねえ、フフラン。さっきのカシューの言葉、どういう意味だと思う? ずいぶん唐突だったと思わない?」
「素直に受け取れば、噂なんか相手にするなってことだけど、それだけじゃないよな、たぶん」
「そうだよね。なんか変だったもんね、カシュー」
「ああ。でも、ふたりに話す気がないとなると、無理矢理聞き出すのもなあ」
「そうだよね……」
ロティアは、ポーラも何かを言い淀んでいたことを思い出した。
隠し事ではないが、言うのが憚られるようなことが、自分の仲間の周りで起こっているのかもしれないと思うと、ソワソワしてしまう。
しかしロティアがどんなに気を揉んでも、相手が話す気になってくれなければ無理矢理聞き出すことはできない。
「……しかたないか」
ガバッと起き上がると、ロティアはテキパキと風呂の支度を始めた。
「とにかくできることをするしかないよね。ひとまずは、警備の強化をお願いしようかな。今日みたいな困ったお客さんが入っても、すぐに助けてもらえるように」
「そうだな。オイラたちがシアにしてやれるのはそれくらいだ」
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