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第2章
5.白色の城と色とりどりの小人①
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「こんにちは。魔法特殊技術社から参りました、ロティア・チッツェルダイマーです」
「こんにちは、チッツェルダイマーさん」
ポーラと別れたロティアとフフランは出かける支度をし、高級住宅街にある一軒の邸宅にやって来ていた。
ロティアを出迎えたメイラー夫人は、絹のようにつややかな金髪に、滝のようなシルエットの純白のドレスが似合う女性だ。依頼に来た時も似たような純白のドレスを着ていたが、家の中を見れば夫人が白色が好きだということはすぐにわかった。ドアも、ドアノブも、ノッカーも、壁も、天井も、シャンデリアも、カーテンも、カーペットさえも純白なのだ。家具も言わずもがなである。
ロティアの青色のワンピースだけが、色を持っているように思えてくる。
ここでフフランを見失ったら、すぐには見つけられないだろうな、とロティアは思った。
「お願いしたいのはこちらの部屋です。どうぞ」
メイラー夫人に促され、ロティアは「チャーシャの部屋」と書かれた白色のプレートがかかった部屋の中へ入った。
ドアを開けると、そこにはこれまた純白のワンピースを着た小さな女の子・チャーシャがいた。しょんぼりした顔で白い木でできたタンスに寄り掛かって立っている。
ロティアはチャーシャの方に体を向け、「こんにちは。お邪魔しますね」と言った。
チャーシャは一瞬ロティアの方を見て、すぐに目をそらしてしまった。
「あの子のことは気にしないでください。きれいにしてほしいのは、この壁です」
メイラー夫人はツカツカと部屋を進んでいき、大人が両腕を広げても届かないほど広い壁を、ネイルをした長い爪で指さした。
その壁には、赤色、青色、緑色などなど、十以上の色を使った絵が描かれていた。
しかし壁の下半分しか使われていないため、誰が描いたかはすぐにわかった。フフランが「落書きしちゃったか」とこっそりつぶやく。
「この絵を壁から取ってほしいの」
「承知しました。かなりの大きさですので、一日かかる可能性があるんですが、よろしいですか?」
「きれいにしてくれればなんでも良いわ。あなたの魔法なら傷も残らないって聞いてるから、とにかく壁をきれいにしてちょうだい」
ロティアがもう一度「承知しました」と答えると、メイラー夫人はチャーシャの方に体を向けて、大きなため息をついた。
「まったく。どうしてこんなことをしたの、チャーシャ」
メイラー夫人の声は鋭く冷たい。チャーシャはグッとくちびるを噛んで黙りこむ。
鉛のように重たい沈黙が白い子ども部屋に流れた。
メイラー夫人はもう一度ため息をつくと、ドアの方へ歩き出した。
「それでは、お願いしますね」
「あ、はい。昼食の時は一度外しますから、その時はまたお声がけしますね」
「ああ、昼食はこちらで用意する予定ですから、どうぞ召し上がって行ってください」
「わあ、ありがとうございます」
ニコッと微笑み、メイラー夫人は部屋を出て行った。
ロティアとフフランとチャーシャ、ふたりと一羽になると、再び部屋の中に一瞬の沈黙が流れた。
ロティアはパンッと手を叩き、「よしっ」と声を上げた。
チャーシャがパッと顔を上げる。
「それじゃあ、さっそく魔法を使って作業を始めますね。改めまして、ロティア・チッツェルダイマーです。こちらは友達のフフラン」
フフランはサッと右の羽根を広げて、「よろしくな!」と言った。チャーシャは消えそうな声で「……チャーシャです」と答える。
「チャーシャさんはこちらにいますか?」
チャーシャは一瞬ロティアと目を合わせてから、小さくうなずいた。
「わかりました。何かご用があれば言ってくださいね。そこには触らないで、とか」
チャーシャはもう一度うなずくと、自分の書き物机の方に歩いて行き、大人しく椅子に座った。その机も椅子ももちろん白色をしている。本やペン置きなどは机の上に一切置かれていない。そういうものはすべて机に備え付けられた白い棚に入っているのだろう。
こんなにもきれいに自分の机を片付けられるなんて素敵だな、とロティアは思った。
同時に、自分の仕事部屋の机を思い出してうんざりした。書類やらペンやらインク瓶やらで埋め尽くされているのだ。
明日は片づけをしようと心に決め、ロティアは杖と空のインク瓶を取り出した。
「オイラはチャーシャのところにいようかな」
「うん。でも、話すのが苦手みたいだったら戻って来てね」
フフランは力強くうなずき、チャーシャの書き物机の方にピューッと飛んで行った。
チャーシャは突然のハトの登場に小さく「わっ」と声を上げたが、フフランが何か声をかけると、おずおずとフフランの体をなで始めた。さすがはロティアの心も溶かしたフフランだ。
その様子をこっそり見守ると、ロティアは壁の全体が見える位置に立った。
壁の下半分いっぱいに描かれている絵は、色も形も複雑だ。
一色のインクで描かれることが多いリジンの絵のように、一枚の絵として剥がすように取り出すというよりは、部分的に文字を取り出す時と同様、部分的に絵を分けて取り出していくことになりそうだ。
ロティアはワンピースの袖を捲り、杖を右手に持つと、手袋を付けた左手を壁についた。
赤い三角形の先端に杖の先を当て、ゆっくりとなぞっていく。すると、赤色のインクがふわっと壁から宙に浮かび上がった。
――こんなにたくさんの色を使ってたくさん描いて、超大作だなあ。一体何を描いたんだろう。
ロティアは手を動かしながら何が描かれているのかを想像した。
丸とつながった三角形や、四角形、中には星型も繋がっていて、図形はどれも違った色をしている。丸同士が棒で繋がっている図形や、砂のお城を思わせるような巨大な三角形も描かれ、そのてっぺんには月が付いていた。
「……ひょっとして、お城と小人?」
ロティアがそうつぶやくと、背後から「うん」とかすかな声が答えた。
ロティアは手を止めて、宙に浮かぶインク越しにチャーシャを見た。その顔は泣き出しそうに見える。
ロティアは一度インクを集めて瓶に入れると、チャーシャにそっと駆け寄り、チャーシャの傍に屈みこんで座った。フフランはチャーシャの頭に座って、優しくチャーシャの頭をなでている。
「素敵な絵ですね。みんなかわいい帽子をかぶっているんですか?」
「……うん。お日様が元気な国だから、帽子がいるの」
そう言われてみると、絵の上の方には大きな丸があった。あれが太陽なのだろう。しかし色は青色だった。
「チャーシャさんは優しいですね。わたしは星型の帽子が欲しいです」
チャーシャは少しだけ笑って、「わたしも」と答えた。フフランは「オイラは四角が良いな! かっこいいじゃん!」と答える。
「……それなら、リーリンがくれると思うよ」
「リーリン?」
チャーシャは絵を指さして、「あの緑の三角帽の子」と言った。確かに緑色の三角帽をかぶった丸がある。
「一人ひとりにお名前もあるんですね」
「うん。……星の帽子は、ファララがくれるの」
「リーリンにファララか。きれいな響きの名前だ。リーリンたちは幸せだな」
フフランの言葉に、チャーシャは頬を赤くしてうつむいた。しかしすぐに、その顔はさみしげなものに変わった。
「……ファララは、もう、いないけど」
その言葉に、ロティアはハッとして息を飲んだ。
ロティアが入れてしまったのだ、ビンの中に。
フフランはしょぼんと頭を垂れるチャーシャの肩に飛び移り、そっと頬に体を摺り寄せた。
ロティアは何と言って良いのかわからず、唇をかみしめた。
――わたしは自分の仕事で、人を笑顔にしたいのに。これじゃあ、正反対じゃない。もちろん、壁が綺麗になればメイラーさんは喜んで笑顔になってくださるかもしれない。……でも、チャーシャさんは悲しんで、笑顔にはなれない。
依頼を受けた以上、絵を取り出さないわけにはいかない。
取り出したくはない絵を取り出さなければならない。
そう思ったロティアは、ハッとして思わず立ち上がった。
「……やったことあるじゃない、そういう依頼」
そうつぶやくと、フフランと目が合った。恐らくロティアもフフランも、同じことを考えている。ふたりはニコッと微笑み合った。
ロティアはもう一度屈みこみ、チャーシャの肩にそっと手を乗せた。
「チャーシャさん、少し待っていてください」
「……えっ?」
チャーシャはこてっと首を傾げた。
「こんにちは、チッツェルダイマーさん」
ポーラと別れたロティアとフフランは出かける支度をし、高級住宅街にある一軒の邸宅にやって来ていた。
ロティアを出迎えたメイラー夫人は、絹のようにつややかな金髪に、滝のようなシルエットの純白のドレスが似合う女性だ。依頼に来た時も似たような純白のドレスを着ていたが、家の中を見れば夫人が白色が好きだということはすぐにわかった。ドアも、ドアノブも、ノッカーも、壁も、天井も、シャンデリアも、カーテンも、カーペットさえも純白なのだ。家具も言わずもがなである。
ロティアの青色のワンピースだけが、色を持っているように思えてくる。
ここでフフランを見失ったら、すぐには見つけられないだろうな、とロティアは思った。
「お願いしたいのはこちらの部屋です。どうぞ」
メイラー夫人に促され、ロティアは「チャーシャの部屋」と書かれた白色のプレートがかかった部屋の中へ入った。
ドアを開けると、そこにはこれまた純白のワンピースを着た小さな女の子・チャーシャがいた。しょんぼりした顔で白い木でできたタンスに寄り掛かって立っている。
ロティアはチャーシャの方に体を向け、「こんにちは。お邪魔しますね」と言った。
チャーシャは一瞬ロティアの方を見て、すぐに目をそらしてしまった。
「あの子のことは気にしないでください。きれいにしてほしいのは、この壁です」
メイラー夫人はツカツカと部屋を進んでいき、大人が両腕を広げても届かないほど広い壁を、ネイルをした長い爪で指さした。
その壁には、赤色、青色、緑色などなど、十以上の色を使った絵が描かれていた。
しかし壁の下半分しか使われていないため、誰が描いたかはすぐにわかった。フフランが「落書きしちゃったか」とこっそりつぶやく。
「この絵を壁から取ってほしいの」
「承知しました。かなりの大きさですので、一日かかる可能性があるんですが、よろしいですか?」
「きれいにしてくれればなんでも良いわ。あなたの魔法なら傷も残らないって聞いてるから、とにかく壁をきれいにしてちょうだい」
ロティアがもう一度「承知しました」と答えると、メイラー夫人はチャーシャの方に体を向けて、大きなため息をついた。
「まったく。どうしてこんなことをしたの、チャーシャ」
メイラー夫人の声は鋭く冷たい。チャーシャはグッとくちびるを噛んで黙りこむ。
鉛のように重たい沈黙が白い子ども部屋に流れた。
メイラー夫人はもう一度ため息をつくと、ドアの方へ歩き出した。
「それでは、お願いしますね」
「あ、はい。昼食の時は一度外しますから、その時はまたお声がけしますね」
「ああ、昼食はこちらで用意する予定ですから、どうぞ召し上がって行ってください」
「わあ、ありがとうございます」
ニコッと微笑み、メイラー夫人は部屋を出て行った。
ロティアとフフランとチャーシャ、ふたりと一羽になると、再び部屋の中に一瞬の沈黙が流れた。
ロティアはパンッと手を叩き、「よしっ」と声を上げた。
チャーシャがパッと顔を上げる。
「それじゃあ、さっそく魔法を使って作業を始めますね。改めまして、ロティア・チッツェルダイマーです。こちらは友達のフフラン」
フフランはサッと右の羽根を広げて、「よろしくな!」と言った。チャーシャは消えそうな声で「……チャーシャです」と答える。
「チャーシャさんはこちらにいますか?」
チャーシャは一瞬ロティアと目を合わせてから、小さくうなずいた。
「わかりました。何かご用があれば言ってくださいね。そこには触らないで、とか」
チャーシャはもう一度うなずくと、自分の書き物机の方に歩いて行き、大人しく椅子に座った。その机も椅子ももちろん白色をしている。本やペン置きなどは机の上に一切置かれていない。そういうものはすべて机に備え付けられた白い棚に入っているのだろう。
こんなにもきれいに自分の机を片付けられるなんて素敵だな、とロティアは思った。
同時に、自分の仕事部屋の机を思い出してうんざりした。書類やらペンやらインク瓶やらで埋め尽くされているのだ。
明日は片づけをしようと心に決め、ロティアは杖と空のインク瓶を取り出した。
「オイラはチャーシャのところにいようかな」
「うん。でも、話すのが苦手みたいだったら戻って来てね」
フフランは力強くうなずき、チャーシャの書き物机の方にピューッと飛んで行った。
チャーシャは突然のハトの登場に小さく「わっ」と声を上げたが、フフランが何か声をかけると、おずおずとフフランの体をなで始めた。さすがはロティアの心も溶かしたフフランだ。
その様子をこっそり見守ると、ロティアは壁の全体が見える位置に立った。
壁の下半分いっぱいに描かれている絵は、色も形も複雑だ。
一色のインクで描かれることが多いリジンの絵のように、一枚の絵として剥がすように取り出すというよりは、部分的に文字を取り出す時と同様、部分的に絵を分けて取り出していくことになりそうだ。
ロティアはワンピースの袖を捲り、杖を右手に持つと、手袋を付けた左手を壁についた。
赤い三角形の先端に杖の先を当て、ゆっくりとなぞっていく。すると、赤色のインクがふわっと壁から宙に浮かび上がった。
――こんなにたくさんの色を使ってたくさん描いて、超大作だなあ。一体何を描いたんだろう。
ロティアは手を動かしながら何が描かれているのかを想像した。
丸とつながった三角形や、四角形、中には星型も繋がっていて、図形はどれも違った色をしている。丸同士が棒で繋がっている図形や、砂のお城を思わせるような巨大な三角形も描かれ、そのてっぺんには月が付いていた。
「……ひょっとして、お城と小人?」
ロティアがそうつぶやくと、背後から「うん」とかすかな声が答えた。
ロティアは手を止めて、宙に浮かぶインク越しにチャーシャを見た。その顔は泣き出しそうに見える。
ロティアは一度インクを集めて瓶に入れると、チャーシャにそっと駆け寄り、チャーシャの傍に屈みこんで座った。フフランはチャーシャの頭に座って、優しくチャーシャの頭をなでている。
「素敵な絵ですね。みんなかわいい帽子をかぶっているんですか?」
「……うん。お日様が元気な国だから、帽子がいるの」
そう言われてみると、絵の上の方には大きな丸があった。あれが太陽なのだろう。しかし色は青色だった。
「チャーシャさんは優しいですね。わたしは星型の帽子が欲しいです」
チャーシャは少しだけ笑って、「わたしも」と答えた。フフランは「オイラは四角が良いな! かっこいいじゃん!」と答える。
「……それなら、リーリンがくれると思うよ」
「リーリン?」
チャーシャは絵を指さして、「あの緑の三角帽の子」と言った。確かに緑色の三角帽をかぶった丸がある。
「一人ひとりにお名前もあるんですね」
「うん。……星の帽子は、ファララがくれるの」
「リーリンにファララか。きれいな響きの名前だ。リーリンたちは幸せだな」
フフランの言葉に、チャーシャは頬を赤くしてうつむいた。しかしすぐに、その顔はさみしげなものに変わった。
「……ファララは、もう、いないけど」
その言葉に、ロティアはハッとして息を飲んだ。
ロティアが入れてしまったのだ、ビンの中に。
フフランはしょぼんと頭を垂れるチャーシャの肩に飛び移り、そっと頬に体を摺り寄せた。
ロティアは何と言って良いのかわからず、唇をかみしめた。
――わたしは自分の仕事で、人を笑顔にしたいのに。これじゃあ、正反対じゃない。もちろん、壁が綺麗になればメイラーさんは喜んで笑顔になってくださるかもしれない。……でも、チャーシャさんは悲しんで、笑顔にはなれない。
依頼を受けた以上、絵を取り出さないわけにはいかない。
取り出したくはない絵を取り出さなければならない。
そう思ったロティアは、ハッとして思わず立ち上がった。
「……やったことあるじゃない、そういう依頼」
そうつぶやくと、フフランと目が合った。恐らくロティアもフフランも、同じことを考えている。ふたりはニコッと微笑み合った。
ロティアはもう一度屈みこみ、チャーシャの肩にそっと手を乗せた。
「チャーシャさん、少し待っていてください」
「……えっ?」
チャーシャはこてっと首を傾げた。
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