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小話
3.なりたい自分になるために
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「リリッシュ、わたし、髪切るから」
読書をしていたリリッシュは、信じられないものを見る目でサニアを見た。
「どうして、サニア? わたしたち、双子で、いつも一緒で、見た目も一緒の方がかわいいって話したじゃない!」
リリッシュは本を投げ置き、サニアの手首を掴んだ。本がドサッと床に落ちる。
サニアはため息をつきながらリリッシュの手を振り払い、本を拾い上げた。これ見よがしに本の表紙をパンパンッと払う。
「ごめんね、リリッシュ。ウソついてたの。わたしは、いつも何でも一緒じゃなくていいし、見た目も同じじゃなくていいと思ってた。それに本も、こんな風に扱う人と同じだと思われたくない」
リリッシュの顔が火をつけられたようにカッと赤くなる。リリッシュはフリフリのワンピースを両手でギュウッと握りしめた。
「何よ! 何よ、何よ、急に!」
「確かに急で驚かせちゃったかもしれないけど。でも、ずっと考えてたんだ」
「ずっとっていつからよ!」
「えっと、最初に考えたのは、八歳の時。でも、考えないようにしてた。リリッシュとケンカするのは、嫌だったから」
「嫌だった」というよりは「面倒くさかった」という言葉を、サニアは忘れずに飲みこんだ。
「じゃあ、いったいどうして、今になって?」
リリッシュの声はどんどんいら立っていく。サニアは「だから今までは言いたくなかったんだよな」と思った。
それではなぜ、リリッシュの言う通り、今になって言おうと思ったのか。
サニアは目を閉じて、一人の女性を瞼の裏に浮かべた。
肩で切りそろえられた金色の短い髪がきれいな、笑顔の綺麗な人。白いハトと一緒にいるのが良く似合う人。
ロティアに出会ったからだ。
自分の思いに真っすぐで、人に対して丁寧で、優しくて、愛に満ちていた。
わたしもこんな風になりたい。
サニアはあの短い時間の中でそう強く感じた。
しかしそれを素直に話せば、リリッシュの機嫌はますます悪くなるだろう。自分の大好きなリジンと一緒にやって来た人だからだ。
サニアは目を開けて、リリッシュを見た。相変わらずむくれている。
「……なんとなく、だよ」
「『なんとなく』で言うとは思えないわ! わかってるもの、サニアが本当はわたしに合わせてくれてただけだって。そんな遠慮しいなサニアが、『なんとなく』で面倒くさいわたしを怒らせるはずないもの!」
リリッシュは髪を振り乱して叫んだ。
サニアは面食らってしまった。
なんだ、本当はリリッシュもわかってたんだ。
リリッシュは頬を膨らませて、そっぽを向いた。怒った時のリリッシュの癖だ。
サニアはクスッと小さく笑ってから、リリッシュの手を取った。
「ごめん、ウソついて。本当はね、『なりたい自分がどんな風かわかったから』なんだ」
「……なりたい自分」
リリッシュは目を合わせないまま繰り返す。
「うん」
「……そのためには、髪を切らなきゃいけないの?」
「わかんないけど、近道かなと思って」
「……きれいな髪なのに、本当に切るの?」
リリッシュの声は震えている。サニアはグッとくちびるをかみしめた。
「……うん。髪は、また伸びるから」
サニアはそっとリリッシュの手を離した。
「きれいって言ってくれて、ありがと」
そう答えると、サニアは部屋から出て行った。後ろからすすり泣く声が聞こえてきたが、サニアは足を止めなかった。
母親に髪を切りたいと話すと、当然リリッシュと同じ反応が返ってきた。さらに母親は、「貴族の女の子は髪を切るものではない」とまで言ってきた。しかし意外な助け船があった。
「良いじゃないか、髪くらい。わたしはずっと、サニアはショートカットが似合うと思ってたんだ」
そう言ったのは父親だった。父親の意見にはイエスと答える母親はあっさり考えを変え、その日のうちに美容師を呼んでくれた。
やって来た美容師は、いつもサニアたち兄弟の髪を切っている腕利きの女性だ。名前はディセという。
ディセはサニアの髪に櫛を通しながら、どんな風な髪型にしたいかをあれこれ聞いてきた。
「えっと、具体的には決めていないんです。ただ、切りたくて」
「気分を変えたいとかそういうことでしょうか?」
「そうですね……」
サニアはもう一度目を閉じて、ロティアの姿を思い描いた。
最初は少し気が弱そうな人だなと思った。でも、フフランのことになったら、がらりと表情も性格も変わった。
自分の意見に素直で、大切なもののため、自分のことはなりふり構わず、汗で濡れた髪を必死に振り乱しながら走り回るロティアは、サニアにとって鮮烈だった。
わたしもあんな風に、自分のために、自分の大切なもののために、必死に生きたい。そう強く思った。
「……なりたい自分を見つけて、その自分に似合うのが、短い髪だったんです」
サニアが鏡越しに真っ直ぐに目を見て答えると、ディセはにっこりと笑って「良いですね」と答えた。
「素敵な髪ですから、少し残念ですけど。サニアさまの新しい姿のために、誠心誠意切らせていただきますね」
「よろしくお願いしますっ」
サクンッ サクンッ
ハサミが耳の傍で音を立てる。その音が新しい自分への足音な気がした。
「――そういえば、サニア、髪を切ったんだね」
「うん。ちょっと切りすぎちゃったけど」
結局、調子に乗りすぎたサニアはロティアよりも髪が短くなってしまった。顔を包むような形に切りそろえられた髪は、しょっちゅうサニアの耳をくすぐってくる。慣れるまでには時間画がかかりそうだ。
「……変かな?」
「まさか! すごく似合ってるよ! もちろん前の長い髪も似合ってたけど」
「そうだな。オイラも似合ってると思う!」
真っ直ぐで、優しくて、人を心から喜ばせる言葉だ。
ロティアとフフランに微笑まれたサニアは、ホッとしながらにっこりと笑った。
「よかった。……実はね、これ、ロティアの真似をしたんだ」
「えっ! そうなの!」
わたしもいつか、ロティアみたいになれるかな。
形だけ真似するんじゃなくて、いつかロティアみたいに、素直で愛のある人になりたいな。
読書をしていたリリッシュは、信じられないものを見る目でサニアを見た。
「どうして、サニア? わたしたち、双子で、いつも一緒で、見た目も一緒の方がかわいいって話したじゃない!」
リリッシュは本を投げ置き、サニアの手首を掴んだ。本がドサッと床に落ちる。
サニアはため息をつきながらリリッシュの手を振り払い、本を拾い上げた。これ見よがしに本の表紙をパンパンッと払う。
「ごめんね、リリッシュ。ウソついてたの。わたしは、いつも何でも一緒じゃなくていいし、見た目も同じじゃなくていいと思ってた。それに本も、こんな風に扱う人と同じだと思われたくない」
リリッシュの顔が火をつけられたようにカッと赤くなる。リリッシュはフリフリのワンピースを両手でギュウッと握りしめた。
「何よ! 何よ、何よ、急に!」
「確かに急で驚かせちゃったかもしれないけど。でも、ずっと考えてたんだ」
「ずっとっていつからよ!」
「えっと、最初に考えたのは、八歳の時。でも、考えないようにしてた。リリッシュとケンカするのは、嫌だったから」
「嫌だった」というよりは「面倒くさかった」という言葉を、サニアは忘れずに飲みこんだ。
「じゃあ、いったいどうして、今になって?」
リリッシュの声はどんどんいら立っていく。サニアは「だから今までは言いたくなかったんだよな」と思った。
それではなぜ、リリッシュの言う通り、今になって言おうと思ったのか。
サニアは目を閉じて、一人の女性を瞼の裏に浮かべた。
肩で切りそろえられた金色の短い髪がきれいな、笑顔の綺麗な人。白いハトと一緒にいるのが良く似合う人。
ロティアに出会ったからだ。
自分の思いに真っすぐで、人に対して丁寧で、優しくて、愛に満ちていた。
わたしもこんな風になりたい。
サニアはあの短い時間の中でそう強く感じた。
しかしそれを素直に話せば、リリッシュの機嫌はますます悪くなるだろう。自分の大好きなリジンと一緒にやって来た人だからだ。
サニアは目を開けて、リリッシュを見た。相変わらずむくれている。
「……なんとなく、だよ」
「『なんとなく』で言うとは思えないわ! わかってるもの、サニアが本当はわたしに合わせてくれてただけだって。そんな遠慮しいなサニアが、『なんとなく』で面倒くさいわたしを怒らせるはずないもの!」
リリッシュは髪を振り乱して叫んだ。
サニアは面食らってしまった。
なんだ、本当はリリッシュもわかってたんだ。
リリッシュは頬を膨らませて、そっぽを向いた。怒った時のリリッシュの癖だ。
サニアはクスッと小さく笑ってから、リリッシュの手を取った。
「ごめん、ウソついて。本当はね、『なりたい自分がどんな風かわかったから』なんだ」
「……なりたい自分」
リリッシュは目を合わせないまま繰り返す。
「うん」
「……そのためには、髪を切らなきゃいけないの?」
「わかんないけど、近道かなと思って」
「……きれいな髪なのに、本当に切るの?」
リリッシュの声は震えている。サニアはグッとくちびるをかみしめた。
「……うん。髪は、また伸びるから」
サニアはそっとリリッシュの手を離した。
「きれいって言ってくれて、ありがと」
そう答えると、サニアは部屋から出て行った。後ろからすすり泣く声が聞こえてきたが、サニアは足を止めなかった。
母親に髪を切りたいと話すと、当然リリッシュと同じ反応が返ってきた。さらに母親は、「貴族の女の子は髪を切るものではない」とまで言ってきた。しかし意外な助け船があった。
「良いじゃないか、髪くらい。わたしはずっと、サニアはショートカットが似合うと思ってたんだ」
そう言ったのは父親だった。父親の意見にはイエスと答える母親はあっさり考えを変え、その日のうちに美容師を呼んでくれた。
やって来た美容師は、いつもサニアたち兄弟の髪を切っている腕利きの女性だ。名前はディセという。
ディセはサニアの髪に櫛を通しながら、どんな風な髪型にしたいかをあれこれ聞いてきた。
「えっと、具体的には決めていないんです。ただ、切りたくて」
「気分を変えたいとかそういうことでしょうか?」
「そうですね……」
サニアはもう一度目を閉じて、ロティアの姿を思い描いた。
最初は少し気が弱そうな人だなと思った。でも、フフランのことになったら、がらりと表情も性格も変わった。
自分の意見に素直で、大切なもののため、自分のことはなりふり構わず、汗で濡れた髪を必死に振り乱しながら走り回るロティアは、サニアにとって鮮烈だった。
わたしもあんな風に、自分のために、自分の大切なもののために、必死に生きたい。そう強く思った。
「……なりたい自分を見つけて、その自分に似合うのが、短い髪だったんです」
サニアが鏡越しに真っ直ぐに目を見て答えると、ディセはにっこりと笑って「良いですね」と答えた。
「素敵な髪ですから、少し残念ですけど。サニアさまの新しい姿のために、誠心誠意切らせていただきますね」
「よろしくお願いしますっ」
サクンッ サクンッ
ハサミが耳の傍で音を立てる。その音が新しい自分への足音な気がした。
「――そういえば、サニア、髪を切ったんだね」
「うん。ちょっと切りすぎちゃったけど」
結局、調子に乗りすぎたサニアはロティアよりも髪が短くなってしまった。顔を包むような形に切りそろえられた髪は、しょっちゅうサニアの耳をくすぐってくる。慣れるまでには時間画がかかりそうだ。
「……変かな?」
「まさか! すごく似合ってるよ! もちろん前の長い髪も似合ってたけど」
「そうだな。オイラも似合ってると思う!」
真っ直ぐで、優しくて、人を心から喜ばせる言葉だ。
ロティアとフフランに微笑まれたサニアは、ホッとしながらにっこりと笑った。
「よかった。……実はね、これ、ロティアの真似をしたんだ」
「えっ! そうなの!」
わたしもいつか、ロティアみたいになれるかな。
形だけ真似するんじゃなくて、いつかロティアみたいに、素直で愛のある人になりたいな。
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