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第2章
3.三人と一羽の食事会②
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「今日はオーケとインクを売り込みに行ったんだ。鉱物インクに興味を持ってくれた人に会いに行って、これだけ買ってくれたらいくらまける、とかオーケが話をして、俺はその隣で座ってるだけだったけど」
「とても話題になってるようだな。私も新聞広告で見たよ。リジンの絵も。あれはロティアさんがモデルかい?」
「はい。わたしは恥ずかしかったんですけど、リジンがどうしてもと言うので……」
「ロティアは絵にしたくなるんだよね」
リジンの言葉に、ロティアは頬が赤くなるのを感じた。フフランがニヤニヤした目で見てくると、ロティアは頬を膨らませた。
これまでに三回、この三人と一羽で食事会を開いた。その中で、ルスカの考えは以前と変わっていないことはわかった、人を傷つける魔法は使うべきではないと。しかし、ロティアの魔法の存在を知り、その魔法のお陰でリジンの絵が動き出さないとわかると、ルスカは少し安心したようだった。
それからは、さらにルスカの雰囲気が柔らかくなり、リジンもしばらくの間ならルスカの目を見て話をできるようになった。
「そうだ。ロティアさんに贈り物を持ってきたんだ」
「えっ! またですか!」
「当たり前だよ。いつもリジンをありがとう。言葉だけではどうも足りなくてね」
そう言って、ルスカは青色の包み紙を取り出した。何やら甘い香りがする。
「四角い瓶に入った、日持ちするクッキーなんだ。瓶の柄もユニークでおもしろいし、クッキーは食べればなくなるから、贈り物として気後れしないだろう? 自然の甘さを活かした味のクッキーだから、フフランさんも食べられるだろうし」
「やったぜ! ありがとよ、ルスカ!」
フフランが嬉しそうにテーブルの上で小躍りをすると、ロティアは観念して「ありがたく頂戴します」と答えた。
リジンといい、マレイといい、ルスカといい、キューレ家は贈り物が好きなようだ。二回目の食事会の時から、ルスカは必ずロティアに御礼の品を持ってきている。珍しいものや、高価なものなど。
好きでリジンを手伝っていると思っているロティアは、最初は受け取ろうとしなかった。しかし十回以上の押し問答を経て、キューレ家の贈り物を断ることはできないことを悟ったのだった。
「家に帰ったら見てみますね」
「ああ。次にあった時に感想を聞かせてくれ」
ルスカは満足気に微笑んだ。
「――今日もありがとうね、ロティア、フフラン」
「どういたしまして。今日も御馳走になっちゃって、お土産までもらっちゃって、得した気分だよ」
「ルスカはうまい食い物を選ぶのがうまいな!」
リジンはホッとした顔でうなずいた。
食事会が終わると、ルスカは汽車に乗って家へ帰っていった。その姿を駅まで見送ると、ロティアとリジンは手を繋いで歩き出した。お腹いっぱい食べて満足しているフフランは、ふたりの傍を悠々と飛び回っている。
リジンは魔法特殊技術局があるラスペラに来る時は、駅の近くのホテルに滞在している。しかし必ずロティアとフフランを技術局の寮まで送ってくれた。
「慣れてる街だから、フフランとふたりでも平気だよ?」
「確かに、俺よりずっとふたりの方が地理には詳しいだろうけど、俺が一緒にいたいだけだから。むしろ付き合わせてごめんね」
「ううん。うれしい」
ロティアの言葉に、リジンはふわっと微笑んだ。
ルスカは最初の食事会でリジンに謝罪をして以降は、リジンに対して温かい言葉をかけるだけだった。その言葉はロティアからすると本心だと思える。
しかしリジンはまだ少しだけルスカが怖いようだった。いや、ルスカではない。ルスカに拒否をされることを恐れているようだった。
そのため、ルスカと会った後は、こうしてロティアとフフランと自分だけの落ち着く時間を作るようにしているように見えた。
リジンと一緒にいられれば幸せなロティアにとっては、役得な時間だ。鼻歌の一つでも歌いたくなる。
ロティアはその子供っぽい衝動を抑えるために、リジンと繋いでいる手の力を強めた。
「それに、最近物騒だから。ふたりだけで夜道は歩かせられないよ」
「ああ、斬りつけアヴィスのことか?」
フフランの言葉に、リジンの顔が少し強張った。
『斬りつけアヴィス』とは、この頃ラスペラ周辺の街を恐怖に陥れている犯罪者だ。アヴィスは一様に人々の背中に大きな切り傷を作って消えていく。死には至らない致命傷を与えるだけだ。なぜアヴィスと呼ばれているのか。それはアヴィスのやり口にある。
「ふつうに街を歩いてて、気が付いたら背中が切れてるんだもんな」とフフラン。
「しかも人ごみでもね!」
「周りの人も気づかないらしいけど、一体どこから武器を出してるんだろう」
ふたりと一羽はうーんとうなりながら、首を傾げた。
「まあ、犯人のやり方も目的もわからない以上は、気を付けて過ごすようにするよ。家族だけじゃなくて、リタまで心配して手紙を送ってきてくれてるの」
「リタさんも! それならなおさら、送らせてもらわないと。みなさんに安心してもらえるように」
ロティアと恋人としてお付き合いを始めることになった数週間後、リジンは挨拶をしたいと言って、チッツェルダイマー家を訪ねた。その際にリタにも会っている。リタがどれほどロティアのことを心配し、愛しているかはよく知っていた。
ロティアはリジンと繋いでいる手の力を強め、「送ってくれてありがとう」と微笑んだ。
リジンも微笑み「どういたしまして」と優しく答えた。
「リジンは明日はどうするんだっけ?」
「明日もオーケと一緒に午前いっぱいは営業して、その後は絵の制作に入ろうかと思ってる」
「それじゃあ一日中仕事か。無理するなよ」
頭にとまったフフランが労わるように羽根で髪を梳くと、リジンはクスクス笑いながら「うん」と答えた。
「魔法が必要になったらいつでも来てね。あ、でも明日は終日外なんだった」
「了解。ロティアも外での仕事頑張ってね」
「うん。ありがとう、リジン」
「とても話題になってるようだな。私も新聞広告で見たよ。リジンの絵も。あれはロティアさんがモデルかい?」
「はい。わたしは恥ずかしかったんですけど、リジンがどうしてもと言うので……」
「ロティアは絵にしたくなるんだよね」
リジンの言葉に、ロティアは頬が赤くなるのを感じた。フフランがニヤニヤした目で見てくると、ロティアは頬を膨らませた。
これまでに三回、この三人と一羽で食事会を開いた。その中で、ルスカの考えは以前と変わっていないことはわかった、人を傷つける魔法は使うべきではないと。しかし、ロティアの魔法の存在を知り、その魔法のお陰でリジンの絵が動き出さないとわかると、ルスカは少し安心したようだった。
それからは、さらにルスカの雰囲気が柔らかくなり、リジンもしばらくの間ならルスカの目を見て話をできるようになった。
「そうだ。ロティアさんに贈り物を持ってきたんだ」
「えっ! またですか!」
「当たり前だよ。いつもリジンをありがとう。言葉だけではどうも足りなくてね」
そう言って、ルスカは青色の包み紙を取り出した。何やら甘い香りがする。
「四角い瓶に入った、日持ちするクッキーなんだ。瓶の柄もユニークでおもしろいし、クッキーは食べればなくなるから、贈り物として気後れしないだろう? 自然の甘さを活かした味のクッキーだから、フフランさんも食べられるだろうし」
「やったぜ! ありがとよ、ルスカ!」
フフランが嬉しそうにテーブルの上で小躍りをすると、ロティアは観念して「ありがたく頂戴します」と答えた。
リジンといい、マレイといい、ルスカといい、キューレ家は贈り物が好きなようだ。二回目の食事会の時から、ルスカは必ずロティアに御礼の品を持ってきている。珍しいものや、高価なものなど。
好きでリジンを手伝っていると思っているロティアは、最初は受け取ろうとしなかった。しかし十回以上の押し問答を経て、キューレ家の贈り物を断ることはできないことを悟ったのだった。
「家に帰ったら見てみますね」
「ああ。次にあった時に感想を聞かせてくれ」
ルスカは満足気に微笑んだ。
「――今日もありがとうね、ロティア、フフラン」
「どういたしまして。今日も御馳走になっちゃって、お土産までもらっちゃって、得した気分だよ」
「ルスカはうまい食い物を選ぶのがうまいな!」
リジンはホッとした顔でうなずいた。
食事会が終わると、ルスカは汽車に乗って家へ帰っていった。その姿を駅まで見送ると、ロティアとリジンは手を繋いで歩き出した。お腹いっぱい食べて満足しているフフランは、ふたりの傍を悠々と飛び回っている。
リジンは魔法特殊技術局があるラスペラに来る時は、駅の近くのホテルに滞在している。しかし必ずロティアとフフランを技術局の寮まで送ってくれた。
「慣れてる街だから、フフランとふたりでも平気だよ?」
「確かに、俺よりずっとふたりの方が地理には詳しいだろうけど、俺が一緒にいたいだけだから。むしろ付き合わせてごめんね」
「ううん。うれしい」
ロティアの言葉に、リジンはふわっと微笑んだ。
ルスカは最初の食事会でリジンに謝罪をして以降は、リジンに対して温かい言葉をかけるだけだった。その言葉はロティアからすると本心だと思える。
しかしリジンはまだ少しだけルスカが怖いようだった。いや、ルスカではない。ルスカに拒否をされることを恐れているようだった。
そのため、ルスカと会った後は、こうしてロティアとフフランと自分だけの落ち着く時間を作るようにしているように見えた。
リジンと一緒にいられれば幸せなロティアにとっては、役得な時間だ。鼻歌の一つでも歌いたくなる。
ロティアはその子供っぽい衝動を抑えるために、リジンと繋いでいる手の力を強めた。
「それに、最近物騒だから。ふたりだけで夜道は歩かせられないよ」
「ああ、斬りつけアヴィスのことか?」
フフランの言葉に、リジンの顔が少し強張った。
『斬りつけアヴィス』とは、この頃ラスペラ周辺の街を恐怖に陥れている犯罪者だ。アヴィスは一様に人々の背中に大きな切り傷を作って消えていく。死には至らない致命傷を与えるだけだ。なぜアヴィスと呼ばれているのか。それはアヴィスのやり口にある。
「ふつうに街を歩いてて、気が付いたら背中が切れてるんだもんな」とフフラン。
「しかも人ごみでもね!」
「周りの人も気づかないらしいけど、一体どこから武器を出してるんだろう」
ふたりと一羽はうーんとうなりながら、首を傾げた。
「まあ、犯人のやり方も目的もわからない以上は、気を付けて過ごすようにするよ。家族だけじゃなくて、リタまで心配して手紙を送ってきてくれてるの」
「リタさんも! それならなおさら、送らせてもらわないと。みなさんに安心してもらえるように」
ロティアと恋人としてお付き合いを始めることになった数週間後、リジンは挨拶をしたいと言って、チッツェルダイマー家を訪ねた。その際にリタにも会っている。リタがどれほどロティアのことを心配し、愛しているかはよく知っていた。
ロティアはリジンと繋いでいる手の力を強め、「送ってくれてありがとう」と微笑んだ。
リジンも微笑み「どういたしまして」と優しく答えた。
「リジンは明日はどうするんだっけ?」
「明日もオーケと一緒に午前いっぱいは営業して、その後は絵の制作に入ろうかと思ってる」
「それじゃあ一日中仕事か。無理するなよ」
頭にとまったフフランが労わるように羽根で髪を梳くと、リジンはクスクス笑いながら「うん」と答えた。
「魔法が必要になったらいつでも来てね。あ、でも明日は終日外なんだった」
「了解。ロティアも外での仕事頑張ってね」
「うん。ありがとう、リジン」
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