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第2章
4.朝寝坊
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「うわー、ちょっと遅くなっちゃった!」
翌朝、ロティアは髪を手櫛で整えながら、社員寮の階段を駆け下りていた。その隣をスイスイ飛ぶフフランは「先に行くか?」と尋ねる。
「朝は食堂混むだろ。席取っておくぞ」
「いいの、フフラン! お願い!」
「よし来たっ!」
ロティアが廊下の窓を開けると、フフランはグンッとスピードを上げて窓の外へ飛び出した。
「ありがとー! お願いね!」
フフランは羽根の先をひらっと振って答えた。
朝の六時から夜の十一時まで開いている食堂には、社員寮の社員だけでなく、通勤の社員もやってくる。そのため、食事時は常に混んでいるのだ。
「さて、わたしも急がないと!」
食堂へ到着し、スープセットを受け取ると、ロティアは三階建ての食堂の中をぐるりと見渡した。
「ええっと、フフランはどこかな……。あ、いた!」
二階の窓辺の席にフフランの白い羽が小さく見える。どうやら取った席の上をクルクル飛び回ってくれているようだ。ロティアは優しい友の気遣いにニコッとして、人ごみをかき分けながら階段を上って行った。
フフランがいる席に近づいて行くと、そのあたりは意外にも空席が多いことに気が付いた。
「お待たせ、フフラン」
ロティアが声をかけると、フフランの傍に座っていた女性が顔を上げた。
「あ、おはよう、ロティア」
「おはよう、シア。食堂で会うの久しぶりだね」
シアは琥珀のようなきらめきを持つ目をキュッと細めて「そうだね」と笑った。
シアはロティアよりも一年ほど後に、魔法特殊技術社に入社した。深い茶色の髪と琥珀色の目が魅力的な女性で、年は二十歳だ。
ロティアはフフランにお礼を言いながら、シアの向かいの席にスープとパンを乗せたトレーを置いた。
「ロティアにしてはちょっと遅いね。いつも早起き組と食事してるでしょう」
早起き組とは、ハルセルやケイリーのことだ。三人とも朝に強く、ケイリーがいた頃は毎日のように一緒に朝食をとっていた。
「今日はちょっとだけ寝坊しちゃったの。それにしても今日は良い天気だねえ」
「空を飛んでても気持ちよかったぞ!」
フフランはロティアの肩に飛び乗り、ご機嫌に尾っぽを揺らした。それに合わせてロティアもルンルンと横に揺れると、シアは頬杖をついてふたりをゆったりと眺めた。
「ロティアとフフランは朝から元気で良いね」
「なあに、シアは元気ないの?」
「いつもの低血圧。朝は特に苦手なんだ」
シアはそう言って、真っ黒いコーヒーの入ったカップを形の良い唇に運んだ。
シアってコーヒーを飲んでるだけで絵になるな、とロティアは思った。
「それに最近雨が多いでしょう。天気が悪いのもあんまり得意じゃないんだ」
「そっか。つらいね」
ロティアが心配そうに顔をのぞきこむと、シアはクスッと笑った。
「でも、ロティアとフフランに会ったら元気が出たよ。ありがと」
「いやいやあ。オイラたち、何もしてないぞ」
「そうだよ。わたしこそ、シアと久しぶりに会えて嬉しい!」
「かわいいこと言うね、ロティアは」
シアはカップをソーサーに戻すと、両肘をテーブルについて、ロティアの方に少し身を乗り出した。
「いつも元気なロティアの秘訣を教えてくれない? 真似したら、わたしもちょっとは健康になれるかも」
「ええっ。うーん、そうだなあ。あ、それなら散歩はどう? 始業までにこの辺りを歩くの」
「毎朝散歩か体操してるもんな」
「へえ、良いね。わたしも明日から行こうかな」
「それが良いよ! 時間があったら一緒に行こう!」
シアはニコッと笑って、「良いね」と答えた。
社屋に戻り、シアと別れると、ロティアの部屋の前に、ポーラが立っているのが見えた。ロティアとフフランは顔を見合わせ、急いでポーラに駆け寄った。
「おはようございます、ポーラさん」
「あ、ロティアさん、お、おはようございます。フフランさんも」
「おう、おはよう。良く寝られたか?」
「あ、は、はい。ベッド、気持ち良かったです……」
ポーラは何か続けて言いたげに口を開いたまま固まってしまった。ロティアが優しく「どうしたんですか?」と尋ねると、ハッとして再び口を動かした。
「あ、えっと、き、斬りつけ! 斬りつけ事件のこと、ロティアさんたちも知ってますか?」
「ああ、物騒な事件ですよね。何かあったんですか?」
「あ、いえ、わたしは何も……。ただ、今日、食堂で一緒になった社員さんに……、あの……女の人が……」
尻すぼみになっていくポーラの言葉を必死に聞き取ろうと、ロティアは顔を少し寄せ、フフランはポーラの頭の上に飛び移った。するとポーラは急に口をつぐんで、激しく首を横に振った。
「な、何でもありません! すみません、急に!」
明らかに何でもないわけがない顔だ。しかしポーラのような性格の相手に、しつこく追及してしまうのは良くないだろう、とロティアは思った。
ロティアはパッとポーラから離れると、ニコッとした。
「わかった。でも、斬りつけ事件のことで何かあったら、遠慮なく相談してね」
「は、はい。ありがとう、ございます」
そう言って、ポーラは自分の部屋に戻って行った。それを見送ると、ロティアとフフランも自分たちの部屋に戻った。ロティアは椅子に座り、フフランがテーブルに座ると、ふたりは声を潜めた。
「……どう思った、フフラン?」
「んー。気になること言ってたな」
「えっ、なに! 聞こえなかった!」
ロティアはズイッとフフランに詰め寄った。
「さっきロティアさんが一緒にいた女の人がどうとか」
「それって、シアのこと?」
フフランは「たぶんな」をうなずく。
「シアと斬りつけ事件が関係あるってこと?」
「被害にあったとかか? でもそうならシアから話してくれそうなもんだけどな。ロティアも気を付けろって」
「そっか。言われてみれば確かに」
ロティアとフフランは顔を見合わせて首を傾げた。
「もう少し仲良くなったら、ポーラから話してくれるかな」
「そうだな。それまではそっとしておこう」
翌朝、ロティアは髪を手櫛で整えながら、社員寮の階段を駆け下りていた。その隣をスイスイ飛ぶフフランは「先に行くか?」と尋ねる。
「朝は食堂混むだろ。席取っておくぞ」
「いいの、フフラン! お願い!」
「よし来たっ!」
ロティアが廊下の窓を開けると、フフランはグンッとスピードを上げて窓の外へ飛び出した。
「ありがとー! お願いね!」
フフランは羽根の先をひらっと振って答えた。
朝の六時から夜の十一時まで開いている食堂には、社員寮の社員だけでなく、通勤の社員もやってくる。そのため、食事時は常に混んでいるのだ。
「さて、わたしも急がないと!」
食堂へ到着し、スープセットを受け取ると、ロティアは三階建ての食堂の中をぐるりと見渡した。
「ええっと、フフランはどこかな……。あ、いた!」
二階の窓辺の席にフフランの白い羽が小さく見える。どうやら取った席の上をクルクル飛び回ってくれているようだ。ロティアは優しい友の気遣いにニコッとして、人ごみをかき分けながら階段を上って行った。
フフランがいる席に近づいて行くと、そのあたりは意外にも空席が多いことに気が付いた。
「お待たせ、フフラン」
ロティアが声をかけると、フフランの傍に座っていた女性が顔を上げた。
「あ、おはよう、ロティア」
「おはよう、シア。食堂で会うの久しぶりだね」
シアは琥珀のようなきらめきを持つ目をキュッと細めて「そうだね」と笑った。
シアはロティアよりも一年ほど後に、魔法特殊技術社に入社した。深い茶色の髪と琥珀色の目が魅力的な女性で、年は二十歳だ。
ロティアはフフランにお礼を言いながら、シアの向かいの席にスープとパンを乗せたトレーを置いた。
「ロティアにしてはちょっと遅いね。いつも早起き組と食事してるでしょう」
早起き組とは、ハルセルやケイリーのことだ。三人とも朝に強く、ケイリーがいた頃は毎日のように一緒に朝食をとっていた。
「今日はちょっとだけ寝坊しちゃったの。それにしても今日は良い天気だねえ」
「空を飛んでても気持ちよかったぞ!」
フフランはロティアの肩に飛び乗り、ご機嫌に尾っぽを揺らした。それに合わせてロティアもルンルンと横に揺れると、シアは頬杖をついてふたりをゆったりと眺めた。
「ロティアとフフランは朝から元気で良いね」
「なあに、シアは元気ないの?」
「いつもの低血圧。朝は特に苦手なんだ」
シアはそう言って、真っ黒いコーヒーの入ったカップを形の良い唇に運んだ。
シアってコーヒーを飲んでるだけで絵になるな、とロティアは思った。
「それに最近雨が多いでしょう。天気が悪いのもあんまり得意じゃないんだ」
「そっか。つらいね」
ロティアが心配そうに顔をのぞきこむと、シアはクスッと笑った。
「でも、ロティアとフフランに会ったら元気が出たよ。ありがと」
「いやいやあ。オイラたち、何もしてないぞ」
「そうだよ。わたしこそ、シアと久しぶりに会えて嬉しい!」
「かわいいこと言うね、ロティアは」
シアはカップをソーサーに戻すと、両肘をテーブルについて、ロティアの方に少し身を乗り出した。
「いつも元気なロティアの秘訣を教えてくれない? 真似したら、わたしもちょっとは健康になれるかも」
「ええっ。うーん、そうだなあ。あ、それなら散歩はどう? 始業までにこの辺りを歩くの」
「毎朝散歩か体操してるもんな」
「へえ、良いね。わたしも明日から行こうかな」
「それが良いよ! 時間があったら一緒に行こう!」
シアはニコッと笑って、「良いね」と答えた。
社屋に戻り、シアと別れると、ロティアの部屋の前に、ポーラが立っているのが見えた。ロティアとフフランは顔を見合わせ、急いでポーラに駆け寄った。
「おはようございます、ポーラさん」
「あ、ロティアさん、お、おはようございます。フフランさんも」
「おう、おはよう。良く寝られたか?」
「あ、は、はい。ベッド、気持ち良かったです……」
ポーラは何か続けて言いたげに口を開いたまま固まってしまった。ロティアが優しく「どうしたんですか?」と尋ねると、ハッとして再び口を動かした。
「あ、えっと、き、斬りつけ! 斬りつけ事件のこと、ロティアさんたちも知ってますか?」
「ああ、物騒な事件ですよね。何かあったんですか?」
「あ、いえ、わたしは何も……。ただ、今日、食堂で一緒になった社員さんに……、あの……女の人が……」
尻すぼみになっていくポーラの言葉を必死に聞き取ろうと、ロティアは顔を少し寄せ、フフランはポーラの頭の上に飛び移った。するとポーラは急に口をつぐんで、激しく首を横に振った。
「な、何でもありません! すみません、急に!」
明らかに何でもないわけがない顔だ。しかしポーラのような性格の相手に、しつこく追及してしまうのは良くないだろう、とロティアは思った。
ロティアはパッとポーラから離れると、ニコッとした。
「わかった。でも、斬りつけ事件のことで何かあったら、遠慮なく相談してね」
「は、はい。ありがとう、ございます」
そう言って、ポーラは自分の部屋に戻って行った。それを見送ると、ロティアとフフランも自分たちの部屋に戻った。ロティアは椅子に座り、フフランがテーブルに座ると、ふたりは声を潜めた。
「……どう思った、フフラン?」
「んー。気になること言ってたな」
「えっ、なに! 聞こえなかった!」
ロティアはズイッとフフランに詰め寄った。
「さっきロティアさんが一緒にいた女の人がどうとか」
「それって、シアのこと?」
フフランは「たぶんな」をうなずく。
「シアと斬りつけ事件が関係あるってこと?」
「被害にあったとかか? でもそうならシアから話してくれそうなもんだけどな。ロティアも気を付けろって」
「そっか。言われてみれば確かに」
ロティアとフフランは顔を見合わせて首を傾げた。
「もう少し仲良くなったら、ポーラから話してくれるかな」
「そうだな。それまではそっとしておこう」
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