星空色の絵を、君に ~インクを取り出す魔法使いは、辺境訳アリ画家に絵を描かせたい~

唄川音

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第1章 後編

38.ハト型のインク瓶

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 ソペットと話を終えたロティアとフフランは、リビングルームで本を読んでいたマレイにも贈り物を渡しに行った。マレイも大喜びし、すぐに暖炉の上に飾ってくれた。
 ロエルにも今日のうちに直接渡したかったが、ロエルは明日のパーティーに向けて準備が忙しいため、渡すのは難しいと言われた。そこでロティアは風呂に向かい、フフランは贈り物の包みをくちばしに咥えて、先に部屋に戻った。


 風呂を出て部屋に戻ると、ロティアはカバンの中から今日自分のために買ったインク瓶を取り出した。ハトの形をしたインク瓶だ。

「へへっ、まさか自分にはハト型を買うとはなあ」

 フフランは照れくさそうにくちばしの上の方を掻いた。

「わたしは動物ならハトが一番好きだもん。それにしても、こんなにいろんな形のインク瓶があるなら、リジンの絵から取り出したインクも、絵に合ったビンを使えばよかったなあ。今日のお店に、時計塔型もクマ型もあったよ」

 そう言いながら、時計塔の絵のインクとクマの絵のインクが入ったビンをそれぞれ取り出す。括り付けてある紙札は少しよれたり、文字がかすれたりしている。直に新しい札に変えなければならなそうだ。

「確かにそしたら一目瞭然だったけど、変わったインク瓶は高いから、お金がキツいだろう」
「ああ、そうかあ。それもそうだね。しょうがないか」

 ロティアは三つの瓶を、花の彫刻で飾り付けられた鏡台の上に並べた。この部屋には、鏡台しかテーブルらしいものがないのだ。三つの瓶は部屋の灯りでチラチラと光っている。どれもきれいだが、リジンが描いた絵のインクは、ロティアにとっては特別光っているように見えた。
 ロティアはにっこりと笑って、もう一つインク瓶を取り出した。紙札には「昼下がりの公園、ハト、ハリネズミ」と書かれている。これはフフランがユレイに羽根をもがれて逃げてしまった日の次の日に、フフランを慰めるためにリジンが描いてくれた絵だ。

「せっかくなら、このインクは今日買った瓶に移そうかな。ちょうどハトの絵だったし」
「おっ、良いな! オイラ型の瓶に、オーケのインクを使ったリジンの絵がしまわれるってことか。しかもロティアの手で」
「あははっ、ほんとだね。みんなの結集だ」

 ロティアは寝間着の袖を捲って、ふたつの瓶の蓋を外した。フフランは鏡の淵に掴まって、「慎重にな」とささやく。
 ロティアはコクッとうなずいて、インクが入った方の瓶を持ち上げた。

 その時、カンカンカーンッと金属を叩く鋭い音があたりに響き渡った。

「うひゃあっ!」
「な、なんだあ!」

 ふたりが叫ぶと同時に、ロティアの手からインク瓶が滑り落ちた。あっと思った時には、星空色のインクがドバッと床の上にこぼれてしまった。

「うわあ! 次から次にい!」

 勢いよく椅子を引いて立ち上がる。幸いマレイから借りているネグリジェにはかからなかったが、床はインクまみれだ。

「どうしよう、ひとまずマレイさんに……」
「待て、ロティア!」

 フフランがさっきよりも大声で叫んだ。ロティアはその場でビクッと飛び上がって立ち止まる。フフランは天井の高さからインクを見下ろしている。その顔は、豆鉄砲を食らったようだ。

「ど、どうしたの、フフラン?」
「見ろ、ロティア。インクの端の方」

 ロティアはネグリジェのすそにインクが付かないように気を付けながら、ジッとインクを見つめた。
 インクは小さなしぶきをまき散らし、白い床の上に水たまりのようにこぼれている。その端の方に何があると言うのだろか。
 「鏡台の方だ」とフフランにささやかれ、一歩、インクに近づく。そして、ジッと目を凝らした時、フフランが何を言おうとしているのかがわかった。

「……あっ」

 それ以上の言葉は続かなかった。
 ロティアとフフランの心臓が、バクバクと鳴りだした。それは緊張ではない、興奮の高鳴りだった。
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