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第1章 後編
27.リジンのいる街
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「着いたね」
「着いたな!」
汽車を降りると、ロティアとフフランは声を合わせてそう言った。
魔法特殊技術社の社員寮を出て、六時間と十八分後、ロティアとフフランは隣国の街・フォラドに到着した。
フォラドはとてもきらびやかだった。建物は白色の壁と緑色の屋根で統一され、歩道の脇や街灯、玄関先や階段の隅など至る所に花が植えられている。優しく花の香りが感じられ、ロティアはうっとりと目を閉じた。
「リジンったら、こんなに素敵な街に住んでたのね。まるでお花畑みたいっ」
「画家になる素地ができそうな街だな。さて、観光はリジンに会ってからだ。ひとまずリジンの家を探そう。オーケのメモ書きはちゃんとあるか?」
「もっちろん! メモ書きも持ってきたけど、ちゃんと自分の手帳にも書き写しておいたの」
ロティアはカバンの外側のポケットから手帳を取り出した。
「えっと、西区のライラン通り九十一番だって」
「さっぱりわからんっ! 西区行きの路面電車か乗合馬車がないか探してみるか」
駅の周りを散策すると、すぐに路面電車の停留所を見つけることができた。駅の周りには路面電車の停留所の看板がいくつも並び、それぞれが方角によって色分けされていたのだ。初めて来た者にも親切な街だ。
しばらく待っていると、すぐに看板と同じオレンジ色の路面電車が鐘を鳴らしながらやって来た。電車のフロントガラスの向こう側にもマーガレットの花が飾られている。ロティアがにっこりすると、運転手も微笑み返してきた。
魔法の自動操作でガラス戸が開くと、ロティアとフフランは電車に乗り込んだ。
「すみません。この電車って、ライラン通りに向かいますか?」
「最後から三番目の停留所なので、少し時間はかかりますけど通りますよ」
「ありがとうございます」
にこやかな運転手のすぐそばの席が空いていたため、ロティアはそこに座り、フフランは座席の背もたれに腰を下ろした。座席の座面の色もカラフルで、ロティアが座ったのは鮮やかなブルーだ。
路面電車がチリンチリンと鐘を鳴らし、地面を滑るようにスイ―ッと走り出すと、ロティアは大きなガラス窓の外に目を向けた。
この鮮やかで美しい街のどこかに、リジンがいる。ひょっとしたら、家に着く前に見つけられるかもしれないのだ。
そう思うと、心臓がドキドキと高鳴りだし、手が小さく震えだした。
ロティアはギュウッと拳を握りしめ、白い石畳の街に目を凝らした。
カフェのテラス席、花屋の店先、広場のベンチ。一秒でも早くリジンを見つけたかった。
「……ライラン通りの、九十一番、だよね?」
ロティアの頭から飛び上がったフフランは、九十一番の表札の上にとまった。
「『キューレ』じゃなくて、『レヴィン』って書いてあるな」
ロティアはオーケからもらったメモ書きを取り出して、「ライラン通りの九十一」と走り書きされていることを確認した。
「間違ってはないけど、でも、名前が違うね」
「引っ越ししたってことか?」
「そうなのかな……。わからないけど、人のお家の前にいつまでもいたら悪いから、ひとまず場所を変えて、どうするか考えようか」
ロティアがそう言い終える前に、九十一番のドアが開いた。出てきたのは、息を飲むほどきれいな女性だ。濃紺の髪は天の川のようにキラキラしている。
「あら、こんにちは」
「あ、こ、こんにちは」
女性は優しく微笑み、ロティアと表札の上にいるフフランを不思議そうに見た。
「うちに何かご用ですか? あいにく今わたししかいなくて」
「あ、え、えっと、この辺りにいるはずの友人に会いに来たんです。でも、場所が違うのか……」
女性は鈴のような声で「あらあら」と言いながら、階段を駆け下りてきた。
「それは大変ねえ。知ってる方かもしれないわ。名前を教えて下さらない?」
「ご親切にありがとうございます。リジン・キューレという人です」
「まあ、リジン・キューレですって! それはわたしの息子よ!」
女性はかわいらしい声を上げた。フフランは「えーっ!」と言いながら、ロティアの肩に飛び移る。
「それじゃあ、リジンのおふくろさんってことか?」
「そうよ。マレイ・キューレと言います。あなた方はリジンのご友人なの?」
「は、はい。お仕事で知り合って、友人になりました」
マレイは大きな群青色の瞳を輝かせ、ロティアの手を握ってきた。
「まあまあまあ! ひょっとして、リジンの仕事を手伝って下さったお嬢さんとハトさん?」
突然のリジンの母親の登場に、ロティアはドキドキしながら答える。
「え、あ、は、はい。ヴェリオーズで、リジンさんのお宅に、一か月、住み込みで働いていました」
「まあっ、リジンから聞いた通りの方々だわあ! 買い物なんて行ってる場合じゃないわね! 上がって行ってくださいな。今、リジンは出かけてますけど、夕方には戻りますから」
「えっ、ほ、本当ですか」
「ええ。父と一緒に出掛けてるんです。父は散歩が長いから、わたしはすぐに疲れてしまうんですけど、リジンは父の頼みなら何でも聞くんですよ」
そう話しながら、マレイはロティアの手を引いて階段を上り始めた。ロティアは緊張で固くなった足を何とか動かして、ヨタヨタついて行く。
「お、お邪魔してしまって、よろしいんですか? お出かけのご予定があったんですよね」
「リジンのご友人優先よ! むしろお話したいわ」
リジンそっくりの顔で笑うマレイを見ると、ロティアはうっかり泣きそうになった。
まるでリジンがすぐそばで笑っているようだ。
ロティアが思わず目を伏せると、繋いでいるマレイの手の力が強くなった。
「知らない町で、友人が見つからなかったら不安よね。でも大丈夫よ。ここにはリジンが帰ってくるから」
その優しい声も仕草もリジンを思わせる。
本当に会えるのだ、リジンに。
ロティアはグッとくちびるを噛んで涙を堪え、無理やり口角を上げて答えた。
「……ありがとう、ございます」
「着いたな!」
汽車を降りると、ロティアとフフランは声を合わせてそう言った。
魔法特殊技術社の社員寮を出て、六時間と十八分後、ロティアとフフランは隣国の街・フォラドに到着した。
フォラドはとてもきらびやかだった。建物は白色の壁と緑色の屋根で統一され、歩道の脇や街灯、玄関先や階段の隅など至る所に花が植えられている。優しく花の香りが感じられ、ロティアはうっとりと目を閉じた。
「リジンったら、こんなに素敵な街に住んでたのね。まるでお花畑みたいっ」
「画家になる素地ができそうな街だな。さて、観光はリジンに会ってからだ。ひとまずリジンの家を探そう。オーケのメモ書きはちゃんとあるか?」
「もっちろん! メモ書きも持ってきたけど、ちゃんと自分の手帳にも書き写しておいたの」
ロティアはカバンの外側のポケットから手帳を取り出した。
「えっと、西区のライラン通り九十一番だって」
「さっぱりわからんっ! 西区行きの路面電車か乗合馬車がないか探してみるか」
駅の周りを散策すると、すぐに路面電車の停留所を見つけることができた。駅の周りには路面電車の停留所の看板がいくつも並び、それぞれが方角によって色分けされていたのだ。初めて来た者にも親切な街だ。
しばらく待っていると、すぐに看板と同じオレンジ色の路面電車が鐘を鳴らしながらやって来た。電車のフロントガラスの向こう側にもマーガレットの花が飾られている。ロティアがにっこりすると、運転手も微笑み返してきた。
魔法の自動操作でガラス戸が開くと、ロティアとフフランは電車に乗り込んだ。
「すみません。この電車って、ライラン通りに向かいますか?」
「最後から三番目の停留所なので、少し時間はかかりますけど通りますよ」
「ありがとうございます」
にこやかな運転手のすぐそばの席が空いていたため、ロティアはそこに座り、フフランは座席の背もたれに腰を下ろした。座席の座面の色もカラフルで、ロティアが座ったのは鮮やかなブルーだ。
路面電車がチリンチリンと鐘を鳴らし、地面を滑るようにスイ―ッと走り出すと、ロティアは大きなガラス窓の外に目を向けた。
この鮮やかで美しい街のどこかに、リジンがいる。ひょっとしたら、家に着く前に見つけられるかもしれないのだ。
そう思うと、心臓がドキドキと高鳴りだし、手が小さく震えだした。
ロティアはギュウッと拳を握りしめ、白い石畳の街に目を凝らした。
カフェのテラス席、花屋の店先、広場のベンチ。一秒でも早くリジンを見つけたかった。
「……ライラン通りの、九十一番、だよね?」
ロティアの頭から飛び上がったフフランは、九十一番の表札の上にとまった。
「『キューレ』じゃなくて、『レヴィン』って書いてあるな」
ロティアはオーケからもらったメモ書きを取り出して、「ライラン通りの九十一」と走り書きされていることを確認した。
「間違ってはないけど、でも、名前が違うね」
「引っ越ししたってことか?」
「そうなのかな……。わからないけど、人のお家の前にいつまでもいたら悪いから、ひとまず場所を変えて、どうするか考えようか」
ロティアがそう言い終える前に、九十一番のドアが開いた。出てきたのは、息を飲むほどきれいな女性だ。濃紺の髪は天の川のようにキラキラしている。
「あら、こんにちは」
「あ、こ、こんにちは」
女性は優しく微笑み、ロティアと表札の上にいるフフランを不思議そうに見た。
「うちに何かご用ですか? あいにく今わたししかいなくて」
「あ、え、えっと、この辺りにいるはずの友人に会いに来たんです。でも、場所が違うのか……」
女性は鈴のような声で「あらあら」と言いながら、階段を駆け下りてきた。
「それは大変ねえ。知ってる方かもしれないわ。名前を教えて下さらない?」
「ご親切にありがとうございます。リジン・キューレという人です」
「まあ、リジン・キューレですって! それはわたしの息子よ!」
女性はかわいらしい声を上げた。フフランは「えーっ!」と言いながら、ロティアの肩に飛び移る。
「それじゃあ、リジンのおふくろさんってことか?」
「そうよ。マレイ・キューレと言います。あなた方はリジンのご友人なの?」
「は、はい。お仕事で知り合って、友人になりました」
マレイは大きな群青色の瞳を輝かせ、ロティアの手を握ってきた。
「まあまあまあ! ひょっとして、リジンの仕事を手伝って下さったお嬢さんとハトさん?」
突然のリジンの母親の登場に、ロティアはドキドキしながら答える。
「え、あ、は、はい。ヴェリオーズで、リジンさんのお宅に、一か月、住み込みで働いていました」
「まあっ、リジンから聞いた通りの方々だわあ! 買い物なんて行ってる場合じゃないわね! 上がって行ってくださいな。今、リジンは出かけてますけど、夕方には戻りますから」
「えっ、ほ、本当ですか」
「ええ。父と一緒に出掛けてるんです。父は散歩が長いから、わたしはすぐに疲れてしまうんですけど、リジンは父の頼みなら何でも聞くんですよ」
そう話しながら、マレイはロティアの手を引いて階段を上り始めた。ロティアは緊張で固くなった足を何とか動かして、ヨタヨタついて行く。
「お、お邪魔してしまって、よろしいんですか? お出かけのご予定があったんですよね」
「リジンのご友人優先よ! むしろお話したいわ」
リジンそっくりの顔で笑うマレイを見ると、ロティアはうっかり泣きそうになった。
まるでリジンがすぐそばで笑っているようだ。
ロティアが思わず目を伏せると、繋いでいるマレイの手の力が強くなった。
「知らない町で、友人が見つからなかったら不安よね。でも大丈夫よ。ここにはリジンが帰ってくるから」
その優しい声も仕草もリジンを思わせる。
本当に会えるのだ、リジンに。
ロティアはグッとくちびるを噛んで涙を堪え、無理やり口角を上げて答えた。
「……ありがとう、ございます」
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