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第1章 前編
14.家路
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「リジンさーん! サニアさーん!」
テラス席に座ったふたりに手をふりながら駆け寄ると、リジンは椅子を倒しそうな勢いで立ち上がった。そして、ロティアの肩をガシッとつかみ、腕の中のフフランを見ると、大きなため息をついた。
「……よかった、見つかったんだ」
「はいっ。サニアさんの予想通りでした!」
「心配かけて悪かったな、リジン」
フフランは羽根の先でリジンの汗がにじむ頬を優しくなでた。すると、リジンはグッとくちびるを噛みしめて、うなずいた。
こんな表情になるほど心配してくれていたなんて。
ロティアの胸の奥が、じんわりと温かくなった。
「ハトさん、わたしの弟がごめんなさい」
サニアがリジンの後ろから顔を出した。フフランは羽根をヒラヒラふって「いやいや」と言った。
「お前はやってないんだから、謝る必要ないだろ。オイラこそ、驚かせて悪かったな」
サニアはニコッと笑って、「ううん」と答えた。
「さあ、カフェで休もうぜ。ロティアの体がマグマみたいに暑いんだ」
カフェで冷たいジュースを三杯飲んでロティアが元気になると、三人と一羽はのんびり歩いて家へ帰った。その道中、サニアはロティアとフフランに興味津々で、どうやって仲良くなったのかを話してほしいとせがんだ。
そこでロティアは、フフランとの出会いの話を喜んで披露した。
「紙からインクを取り出す」という自分の魔法が嫌いだった三年前、ロティアとフフランは出会った。
フフランは自分の「やりたいこと」のために、ロティアの魔法の力を貸してほしいと頼んできた。
二人で夜な夜な家を抜け出し、人々が読まなくなった掲示板や看板からインクを取り出し、ビンに集めた。
そしてそのインクを使い、フフランは見事なハトの絵を描き上げたのだ。それも巨大な塔をキャンバスに。
「なんだか物語みたいな話だね。それから一緒ってこと?」
「そうですよ。わたしはフフランの役に立てたことで自分の魔法を好きになれたので、フフランにずっと一緒にいてほしいって頼んだんです」
「オイラもロティアの成長を見守り続けたいって思ったからな。相思相愛だ!」
「いいなあ、そんな素敵な関係!」
サニアの言葉に、ロティアとフフランはにっこりと微笑みあった。
サニアは両手を空に伸ばして「あーあ!」と声を上げた。
「ロティアったらこんなに良い人なのに、三人ともバカなんだから! 帰ったら、父さまたちに三人をちゃんと叱ってもらわないとね!」
そしてサニアの言葉通り、三人は母親にこっぴどく叱られたようで、ロティアが帰ってくると目をまっすぐに見て謝罪をしてきた。その目には泣きはらした跡があり、ロティアの方が申し訳ない気持ちになった。しかし母親は三人のことは心配しなくて良いと言った。
「あの子たちはリジンさんのことになると、ワガママに拍車がかかるんです。どうにかしなくてはと思っていたところだったので、ロティアさんとフフランさんにはご迷惑をおかけしましたが、良い薬だったと思います。夫が帰ってきたら、また改めて叱っておきますので」
「そんな。もう怒らないであげてください。謝ってくれましたし、フフランも無事に帰って来たので」
「いいえ。今日をきっかけにさせていただきますわ」
そう言って、母親は不敵に笑った。母親とサニアは本当に三人のワガママに困っていたようだ。
ロティアとフフランは顔を見あわせて苦笑いをした。
それから馬車と汽車を乗り継いでリジンの家に帰る間、リジンはほとんど話さなかった。時々、フフランをいたわるようになでるだけで、終始口を堅く結んでいた。
その顔は、まるで今日の出来事がすべて自分のせいだと思っているように見えた。
「……あの、リジンさん。今日のことは、もう気にしないでくださいね。わたしにも責任がありますし」
ずっと伏せられていた長いまつげが上を向き、ロティアとリジンの目が合う。リジンは目を見開いてロティアを見つめてくる。
「……君に責任なんかないよ」
「いえ。さっきも言った通り、元を辿れば、わたしがお仕事について行きたい、と言ってしまったことが原因なので」
「それこそさっきも言った通り、俺を知りたいと思ったから、提案してくれたんでしょう。知らない男と一か月も一緒に暮らすなんて、不安がないはずがない。……俺は、口数が多くないし、表情も乏しいから、難しいだろうし」
相手に非はない。
自分が悪いと思うふたりの間に、また緊張した空気が流れた時、フフランが明るい声で言った。
「そういう意味では、今日行って良かったよな」
ふたりの視線がフフランに注がれる。
「リジンがちょっと困るくらい人から好かれる奴だってわかったし、オイラのことも心配して汗かきながら探し回ってくれる優しい奴だってわかったからな」
リジンは「……そう」とだけ答え、フフランから目をそらした。その頬はうっすらと桃色に染まっている。
フフランはニヤッと笑うと、リジンの膝の上に飛び乗って顔をのぞきこんだ。
「なんだよ、リジン。照れてるのかあ?」
「……目をまっすぐに見て褒められるなんて、誰でも照れると思う」
「ハハッ、かわいい奴だなあ」
フフランがケラケラと笑うと、ロティアもクスッと笑った。
「フフランの言う通りだね。大変なこともあったけど、やっぱり今日、お仕事についてきてよかったよ」
「そうだろ。リジンがこんなにかわいい奴だって知れてラッキーだぜ」
ロティアはフフランを膝に乗せるリジンの隣の席に座り直した。リジンの肩がピクリと揺れる。
「リジンさん。家の一つ前の駅で降りませんか?」
リジンはうつむいたまま「どうして?」と答える。
「おいしいものを買って帰りましょう。今日はなんだかおいしいものを食べて、うれしい気持ちになりたいんです」
「……それなら、フフランにクルミパンを買っていこう。羽根がまたきれいに生えてくるように」
「うれしいこと言ってくれるねえ。良いパン屋があるのか?」
「うん。隣にはおいしいケーキ屋もあるよ」
「やったあ! ぜひ行きましょう!」
ロティアが他の乗客の目を気にせずに万歳をすると、リジンはようやく少し顔を上げて、うっすらと笑った。
テラス席に座ったふたりに手をふりながら駆け寄ると、リジンは椅子を倒しそうな勢いで立ち上がった。そして、ロティアの肩をガシッとつかみ、腕の中のフフランを見ると、大きなため息をついた。
「……よかった、見つかったんだ」
「はいっ。サニアさんの予想通りでした!」
「心配かけて悪かったな、リジン」
フフランは羽根の先でリジンの汗がにじむ頬を優しくなでた。すると、リジンはグッとくちびるを噛みしめて、うなずいた。
こんな表情になるほど心配してくれていたなんて。
ロティアの胸の奥が、じんわりと温かくなった。
「ハトさん、わたしの弟がごめんなさい」
サニアがリジンの後ろから顔を出した。フフランは羽根をヒラヒラふって「いやいや」と言った。
「お前はやってないんだから、謝る必要ないだろ。オイラこそ、驚かせて悪かったな」
サニアはニコッと笑って、「ううん」と答えた。
「さあ、カフェで休もうぜ。ロティアの体がマグマみたいに暑いんだ」
カフェで冷たいジュースを三杯飲んでロティアが元気になると、三人と一羽はのんびり歩いて家へ帰った。その道中、サニアはロティアとフフランに興味津々で、どうやって仲良くなったのかを話してほしいとせがんだ。
そこでロティアは、フフランとの出会いの話を喜んで披露した。
「紙からインクを取り出す」という自分の魔法が嫌いだった三年前、ロティアとフフランは出会った。
フフランは自分の「やりたいこと」のために、ロティアの魔法の力を貸してほしいと頼んできた。
二人で夜な夜な家を抜け出し、人々が読まなくなった掲示板や看板からインクを取り出し、ビンに集めた。
そしてそのインクを使い、フフランは見事なハトの絵を描き上げたのだ。それも巨大な塔をキャンバスに。
「なんだか物語みたいな話だね。それから一緒ってこと?」
「そうですよ。わたしはフフランの役に立てたことで自分の魔法を好きになれたので、フフランにずっと一緒にいてほしいって頼んだんです」
「オイラもロティアの成長を見守り続けたいって思ったからな。相思相愛だ!」
「いいなあ、そんな素敵な関係!」
サニアの言葉に、ロティアとフフランはにっこりと微笑みあった。
サニアは両手を空に伸ばして「あーあ!」と声を上げた。
「ロティアったらこんなに良い人なのに、三人ともバカなんだから! 帰ったら、父さまたちに三人をちゃんと叱ってもらわないとね!」
そしてサニアの言葉通り、三人は母親にこっぴどく叱られたようで、ロティアが帰ってくると目をまっすぐに見て謝罪をしてきた。その目には泣きはらした跡があり、ロティアの方が申し訳ない気持ちになった。しかし母親は三人のことは心配しなくて良いと言った。
「あの子たちはリジンさんのことになると、ワガママに拍車がかかるんです。どうにかしなくてはと思っていたところだったので、ロティアさんとフフランさんにはご迷惑をおかけしましたが、良い薬だったと思います。夫が帰ってきたら、また改めて叱っておきますので」
「そんな。もう怒らないであげてください。謝ってくれましたし、フフランも無事に帰って来たので」
「いいえ。今日をきっかけにさせていただきますわ」
そう言って、母親は不敵に笑った。母親とサニアは本当に三人のワガママに困っていたようだ。
ロティアとフフランは顔を見あわせて苦笑いをした。
それから馬車と汽車を乗り継いでリジンの家に帰る間、リジンはほとんど話さなかった。時々、フフランをいたわるようになでるだけで、終始口を堅く結んでいた。
その顔は、まるで今日の出来事がすべて自分のせいだと思っているように見えた。
「……あの、リジンさん。今日のことは、もう気にしないでくださいね。わたしにも責任がありますし」
ずっと伏せられていた長いまつげが上を向き、ロティアとリジンの目が合う。リジンは目を見開いてロティアを見つめてくる。
「……君に責任なんかないよ」
「いえ。さっきも言った通り、元を辿れば、わたしがお仕事について行きたい、と言ってしまったことが原因なので」
「それこそさっきも言った通り、俺を知りたいと思ったから、提案してくれたんでしょう。知らない男と一か月も一緒に暮らすなんて、不安がないはずがない。……俺は、口数が多くないし、表情も乏しいから、難しいだろうし」
相手に非はない。
自分が悪いと思うふたりの間に、また緊張した空気が流れた時、フフランが明るい声で言った。
「そういう意味では、今日行って良かったよな」
ふたりの視線がフフランに注がれる。
「リジンがちょっと困るくらい人から好かれる奴だってわかったし、オイラのことも心配して汗かきながら探し回ってくれる優しい奴だってわかったからな」
リジンは「……そう」とだけ答え、フフランから目をそらした。その頬はうっすらと桃色に染まっている。
フフランはニヤッと笑うと、リジンの膝の上に飛び乗って顔をのぞきこんだ。
「なんだよ、リジン。照れてるのかあ?」
「……目をまっすぐに見て褒められるなんて、誰でも照れると思う」
「ハハッ、かわいい奴だなあ」
フフランがケラケラと笑うと、ロティアもクスッと笑った。
「フフランの言う通りだね。大変なこともあったけど、やっぱり今日、お仕事についてきてよかったよ」
「そうだろ。リジンがこんなにかわいい奴だって知れてラッキーだぜ」
ロティアはフフランを膝に乗せるリジンの隣の席に座り直した。リジンの肩がピクリと揺れる。
「リジンさん。家の一つ前の駅で降りませんか?」
リジンはうつむいたまま「どうして?」と答える。
「おいしいものを買って帰りましょう。今日はなんだかおいしいものを食べて、うれしい気持ちになりたいんです」
「……それなら、フフランにクルミパンを買っていこう。羽根がまたきれいに生えてくるように」
「うれしいこと言ってくれるねえ。良いパン屋があるのか?」
「うん。隣にはおいしいケーキ屋もあるよ」
「やったあ! ぜひ行きましょう!」
ロティアが他の乗客の目を気にせずに万歳をすると、リジンはようやく少し顔を上げて、うっすらと笑った。
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