【完結】白と青と星

唄川音

文字の大きさ
上 下
1 / 7
白と

しおりを挟む
「白枝、今いいかな?」
 夏休み二日前の昼休み。
 白枝栞しろえだしおりがひとりでサンドイッチを頬張っているところに、クラスメイトの青瀬柚太あおせゆたがやってきた。
 いつも一緒に昼食を食べる友人が夏風邪で休んでいるため、栞はひとりで中庭に来ていた。
 今の時期、木陰がほとんどなく、汗をかかずに過ごすのは不可能な中庭は不人気だ。しかし今日はひとりの栞にとっては、誰かに見られる心配のない好都合の場所だった。
「どうしたの、青瀬?」
 モグモグと口を動かしながら尋ねると、青瀬は栞が座っているベンチの隣のベンチに座った。
 青瀬はニ年連続で栞と同じクラスで、野球部に所属している。そのせいか、生まれつき色素が薄い茶色の髪は短く切りそろえられ、半袖の袖からのぞく肌は日に焼けていた。
「ちょっと聞きたいことがあって。白枝って、グラウンドの裏にある古書店の知り合い?」
「知り合いっていうか、あそこの店主がおじいなんだ。わたしは時々手伝いしてる」
 栞がサンドイッチを飲み込んでから答えると、青瀬は「へえっ! すげえ」と声を弾ませた。そして、引き締まった太ももを包むスラックスのポケットから小さな紙を取り出し、栞に差し出してきた。
「この本、白枝のおじいさんの店にあるかわかる? かなり昔の本だから絶版になってて、ふつうの書店には無いんだ」
 本のタイトルは『星が落ちる前に』、著者はバーナード・カラック。有名なイギリスの詩人だ。
「わたしもこの人、好きだよ。風景と心情をうまく混ぜてるきれいな詩を書くよね」
 そう答えながらも、栞は「意外だな」と思った。
 栞の中で野球部員のイメージは、毎日練習漬けで、授業中は寝てばかり。読書などは興味の外にあるものだと思っていた。
 さらに意外なのは、メモ書きのかわいさだ。青瀬のメモ書きは、なんと老若男女に大人気の「ハジッコぐらし」のメモ帳なのだ。
 栞は口元に手を当てて、笑いそうになるのをこらえた。

「白枝?」
 メモ書きから顔を上げると、吸い込まれそうな茶色い瞳が目の前にあり、栞の心臓がドキッと跳ねた。
「あっ、ごめん、ボンヤリして。えっと、今この場ではわからないけど、たぶんあると思うよ」
「そっか。夏休みに入る前にほしいから、もしあったら取り置きしてもらえるかな?」
「いいよ。でも、野球部っていつも夏休み中ずっと練習してるよね? その時じゃだめなの?」
「夏休みはたぶん、ずっと兵庫にいるから。今日明日がチャンスなんだ」
「兵庫に実家でもあるの?」
「ううん。甲子園があるんだ」

 甲子園。
 その言葉を口にした瞬間、青瀬の目が一番星のようにきらりと光った。

「うちの野球部、初めて甲子園出場が決まったんだよ」
「えっ、そ、そうなの!」
 「甲子園初出場」と言えば、学校を上げてのお祭り騒ぎだ。記憶を呼び起こしてみると、確かに校舎に白い大弾幕がかかり、校長先生や各授業の教師たちがこぞって興奮してた気がした。
「すごいね、おめでとう。……って、こんな頓着ない人に言われても、嬉しくないか」
 栞が「ごめん」と言うと、青瀬はキョトンとした顔で首を傾げた。
「人の興味なんてそれぞれ違うんだから、謝ることないだろ。むしろおめでとうって言わせたみたいでごめん」
 青瀬の言葉に、栞は目をパチパチさせずにはいられなかった。
 初出場という晴れの舞台を知らない失礼な奴だと、もっと嫌な顔をされるものだとビクビクしてしまったのだ。
 栞はメモ書きを持っている方とは反対の手を、顔の前でブンブン振った。
「いやっ、青瀬が謝ることないよ! でも、そんな大事な大会があるなら、本を読む時間なんてあるの?」
「うん。移動時間とか、寝る前にちょっとずつ読もうと思ってる」
「なるほど。それじゃ今日帰りに寄って探してみるね」
「ほんとっ。やった!」
 また青瀬の目がキラッと光る。その表情は無邪気な子どものようだ。
「ありがとう、白枝。頼むな」
「うん。無かったら悪いね」
 青瀬は「全然」と言って、先に教室に戻っていった。
 その後ろ姿を見送ってから、栞は改めて青瀬のメモ書きを見た。
 青色のペンで書かれたきれいな文字。よく見ると、下の方に「よろしくお願いします」と小さな字で書かれている。
「フフッ、律儀だなあ」
 栞はメモ書きを眺めながら、残りのサンドイッチを食べ進めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

太陽に手を伸ばしても

松本まつも
恋愛
ずっと近くにいたはずの幼なじみは、いつの間に届かない存在になってたんだろう…。 久しぶりに戻ってきた生まれの街、 久しぶりに再会した大切な野球仲間、 そしてなぜかすっかり高嶺の花になってしまった、僕のずっと好きな人。 片想いでも、たとえ叶わない恋でも、 なかなか言えなくても、それでも、 「伝えたい」 そう思ってしまうのはどうしてなんだろう。 『太陽に手を伸ばしても』 この話が、読んだあなたの恋の思い出になりますように!

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

ずぶ濡れで帰ったら置き手紙がありました

宵闇 月
恋愛
雨に降られてずぶ濡れで帰ったら同棲していた彼氏からの置き手紙がありーー 私の何がダメだったの? ずぶ濡れシリーズ第二弾です。 ※ 最後まで書き終えてます。

届かない手紙

白藤結
恋愛
子爵令嬢のレイチェルはある日、ユリウスという少年と出会う。彼は伯爵令息で、その後二人は婚約をして親しくなるものの――。 ※小説家になろう、カクヨムでも公開中。

逆ハーエンドのその後は?

夏菜しの
恋愛
 死んだ、綺麗に死んだ。  病床の中、待ちに待ったゲームの続編をクリアしてすべてのエンディングをを見た。もう思い残すことは無い、きっとこれが満足死と言う奴だろう。  ところが私は、何の因果かやっていたゲームに転生した。ただし私はヒロインではなくて婚約者を奪われた貴族令嬢の一人だった。  おまけに私が転生したのはゲームのエンディングの真っ最中、それも真エンディングの『逆ハーエンド』ルートだ。私の婚約者は、私がここに来た時にはとっくに取られていたらしい。  エンディングが流れればゲームはここでお終い。  だけど私の新しい人生は終わらないわ。そしてゲームが終われば逆ハーエンドなんてただの股がけ、ヒロインったら不誠実の塊じゃない?  のらりくらりと躱し、一向に煮え切らないヒロイン。  そんなの当たり前よね。だって王太子を含む名だたるメンバーですもの、下手に選ぶ方が火種になるに決まってるわ。  そんな煮え切らないヒロインの心を射止めるために、自らの元婚約者を含んだ逆ハー集団はお互いをけん制し合う醜い姿がチラホラと見え始めた。  周りは呆れ果て、彼らの発言力はどんどんと失われていく。  困り果てた彼らの親がついに相談しに来て…… 『まずはお小遣いカットから始めてみてはいかがでしょう?』

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

王女殿下の秘密の恋人である騎士と結婚することになりました

鳴哉
恋愛
王女殿下の侍女と 王女殿下の騎士  の話 短いので、サクッと読んでもらえると思います。 読みやすいように、3話に分けました。 毎日1回、予約投稿します。

処理中です...