十人十花 ~異世界で植物の力を借りて、人も魔獣も魔族も癒していたら、聖女と呼ばれるようになりました~

唄川音

文字の大きさ
上 下
30 / 41
第2章

10.シュゼットとエリクのハーブ料理〈ブールドネージュとラベンダーケーキと羊肉のスープ〉

しおりを挟む
 シュゼットとエリクはエプロンを付けてキッチンに立った。ブロンはふたりの真ん中に得意げに胸を張って立つ。その顔付きは、まるでふたりの助手のように威厳に満ちている。
「エリクは何を作るの?」
「ブールドネージュとケーキ。ケーキはラベンダーシュガーを使うんだけど、良いか?」
「もっちろん! いくらでも使って。他の材料も遠慮なくね」
「ありがとな。シュゼットは何を作るんだ?」
「わたしは羊肉のスープ。羊肉は体が弱ってる人がスープにして飲むと元気が出るからね」
「良いアイディアだな。それじゃあ、お互いがんばろうっ」
 ふたりは握手を交わすと、それぞれ持ち場に散らばった。

 エリクは先にブールドネージュにとりかかった。
 まずは全粒小麦粉と水、バターなど基本の材料を使って生地のベースを作る。ベースができたら、その中にハーブの粉を入れて行く。これはシュゼットが作ったハーブ粉だ。
「ナツメグにシナモン、それからクローブだな」
「へえ、おいしそうな組み合わせ。エリクはハーブの知識があったんだ」
 シュゼットはニンジンの皮をむきながら、エリクの手元をのぞきこんだ。
「いや? 昔住んでた街では、礼拝が終わると、お菓子が振舞われたんだ。すごくうまかったから作り方を聞いたんだよ。それを覚えてるだけ」
「すごい記憶力! それに、その教会の話、素敵だね」
「そこにいる人はみんな優しかったよ。お菓子もうまいし。引っ越したのは、あれだけは惜しかったな」
 エリクは歯を見せて子供っぽく笑った。
 ハーブ粉を入れたら、後はよく混ぜ合わせ、約三十分冷暗所で生地を寝かせる必要がある。しかしこの家に魔法動力の食料保管庫はないため、地下室に置いておくことになった。シュゼットも生地を寝かせる時はいつも地下室を使っている。
「よしっ。それじゃあ今度は、ケーキだな」
 小麦粉やふくらし粉など基本の材料と、ラベンダーの生の花とラベンダーシュガーで生地を作る。それだけでも十分おいしそうに見え、エリクは自分の腹までなりそうだ、と苦笑いしながらお腹をさすった。材料がすべて混ぜ合わさると、型に入れた状態で、温めていたオーブンに入れ、三十分焼く。
 焼けるのを待つ間はブロンと遊んでも良いが、その間に、クッキーの生地を取りに行き、麺棒で薄く延ばし、型を取ってオーブンで焼くだけの状態にした。
「あとはどっちも焼き上がりを待つだけだな」

 一方、シュゼットは、ニンジンやキャベツでスープのベースとなる野菜ブイヨンを作り終えたところだった。ここから、ニンジンとフェンネルを切り、白いんげん豆を茹でるのだが、一晩寝かせていないせいで、白いんげん豆はいつまで経っても固い。
「仕方ない。豆は諦めるか」
 シュゼットは豆を放置して、作業の続きにとりかかった。
 一口大に切った羊肉を良く焼き、その中に野菜ブイヨンを加える。さらに、セイボリーやタイムのハーブ粉、生のタイムを入れて煮込む。
「あとはニンジンとフェンネルを途中で投入して、さらに煮込めば完成!」
 シュゼットが手を洗いながら部屋の中を見回すと、エリクとブロンの姿がなかった。
「サンルームに戻ったのかな?」
 エプロンで手を拭きながらサンルームへ向かうと、予想通り、エリクとブロンはフェリアスの傍に座っていた。アンリエッタは椅子に座って船を漕いでいる。朝からショッキングなものを見て疲れてしまったのだろう。
 フェリアスはお腹が減って力が出ないと言って、また眠りについている。ただそれだけだとわかっていても、ぐったりと眠るフェリアスの体が心配になる気持ちは、エリクとブロンもシュゼットと同じようだ。
 シュゼットは優しい目でフェリアスを見守るエリクとブロンを愛しく思った。
「どう、フェリアスの調子は?」
 シュゼットが傍に座りながらささやくと、エリクもささやき返してきた。
「ぐっすりだ。苦しそうな様子もないし、傷がすでに良くなったのかもな、シュゼットのおかげで」
「それはどうだろう。でも、少しでも早く良くなってくれたら良いよね」
 カレンデュラの軟膏は、一日に何度か塗りなおす必要がある。たった一度では効果は薄いだろう。
「……うーん。おいしそうな、におい」
 フェリアスのつぶらな瞳がうっすらと開くと、ブロンが嬉しそうにシッポを振った。
「あ、ごめんね、起こしちゃった?」
「ううん。いいにおいだから、起きちゃった。タイムと、ラベンダーと、フェンネルと、それから……」
「すごい! 全部当たってる!」
「本当にハーブが好きなんだな」
「ふふふ、まあねえ」
 フェリアスはまどろみながら得意げに笑った。

 それから料理ができると、フェリアスはまた首だけを起こして、器用にぺろりと平らげた。本当にお腹が空いていたらしい。エリクは「嬉しい食いっぷりだな」と満足げに言った。
「お腹がこなれたら、傷口を見ても良い? 軟膏を塗りなおしたくて」
「カレンデュラの良い香りがするやつ?」
「そう。傷を治すために必要なんだ」
「わかった。痛そうだけど、がんばるよ」
 シュゼットは「偉いっ」と言いながら、フェリアスの角を優しくなでた。


 この日、夜が来る前にひどい雨が降り出した。シュゼットは、ニノンを呼んでよかった、と心から思った。夕食の後、シュゼットはサンルームに横たわるフェリアスの傍に改まった態度で座った。すると、フェリアスの目がうっすらと開いた。
「あの、フェリアス。ちょっと話があるんだけど」
「ラーロだよ」
「ラーロって言うんだね。あのね、ラーロ。さっき、ラーロの傷を見て、まだ治るのに時間がかかりそうだと思ったんだ。だから、ラーロさえ良かったら、しばらくうちにいない? 心配なんだ、そんな怪我で、またひどい目にあったりしたらと思うと」
 エリクとブロンとアンリエッタは、サンルームに入らずに聞き耳を立てた。
 ラーロはすぐには答えなかったが、やがて明るい声で「うん」と言った。
「ぼくもそうできたらいいなって思ってた。むしろいても良い?」
「もちろんだよ、ラーロ。最後まで看させてほしい」
「それじゃあよろしくねえ」
 ラーロは若草色の目を三日月型にして笑った。
 こうしてシュゼットに家に、今度は魔獣・フェリアスのラーロが加わった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

契約破棄された聖女は帰りますけど

基本二度寝
恋愛
「聖女エルディーナ!あなたとの婚約を破棄する」 「…かしこまりました」 王太子から婚約破棄を宣言され、聖女は自身の従者と目を合わせ、頷く。 では、と身を翻す聖女を訝しげに王太子は見つめた。 「…何故理由を聞かない」 ※短編(勢い)

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

【完結】聖女の私を処刑できると思いました?ふふ、残念でした♪

鈴菜
恋愛
あらゆる傷と病を癒やし、呪いを祓う能力を持つリュミエラは聖女として崇められ、来年の春には第一王子と結婚する筈だった。 「偽聖女リュミエラ、お前を処刑する!」 だが、そんな未来は突然崩壊する。王子が真実の愛に目覚め、リュミエラは聖女の力を失い、代わりに妹が真の聖女として現れたのだ。 濡れ衣を着せられ、あれよあれよと処刑台に立たされたリュミエラは絶対絶命かに思われたが… 「残念でした♪処刑なんてされてあげません。」

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

貴方にはもう何も期待しません〜夫は唯の同居人〜

きんのたまご
恋愛
夫に何かを期待するから裏切られた気持ちになるの。 もう期待しなければ裏切られる事も無い。

純白の牢獄

ゆる
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

転生したら使用人の扱いでした~冷たい家族に背を向け、魔法で未来を切り拓く~

沙羅杏樹
恋愛
前世の記憶がある16歳のエリーナ・レイヴンは、貴族の家に生まれながら、家族から冷遇され使用人同然の扱いを受けて育った。しかし、彼女の中には誰も知らない秘密が眠っていた。 ある日、森で迷い、穴に落ちてしまったエリーナは、王国騎士団所属のリュシアンに救われる。彼の助けを得て、エリーナは持って生まれた魔法の才能を開花させていく。 魔法学院への入学を果たしたエリーナだが、そこで待っていたのは、クラスメイトたちの冷たい視線だった。しかし、エリーナは決して諦めない。友人たちとの絆を深め、自らの力を信じ、着実に成長していく。 そんな中、エリーナの出生の秘密が明らかになる。その事実を知った時、エリーナの中に眠っていた真の力が目覚める。 果たしてエリーナは、リュシアンや仲間たちと共に、迫り来る脅威から王国を守り抜くことができるのか。そして、自らの出生の謎を解き明かし、本当の幸せを掴むことができるのか。 転生要素は薄いかもしれません。 最後まで執筆済み。完結は保障します。 前に書いた小説を加筆修正しながらアップしています。見落としがないようにしていますが、修正されてない箇所があるかもしれません。 長編+戦闘描写を書いたのが初めてだったため、修正がおいつきません⋯⋯拙すぎてやばいところが多々あります⋯⋯。 カクヨム様にも投稿しています。

処理中です...