十人十花 ~異世界で植物の力を借りて、人も魔獣も魔族も癒していたら、聖女と呼ばれるようになりました~

唄川音

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第2章

9.ローリエのミートパイ

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 ローリエを乗せたミートパイが焼けるまでの間、シュゼットは庭へ行き、ハーブを採取した。できるだけ葉が生き生きとし、栄養価が高く、体に良いものを選んでいく。それについてくるブロンも、手を動かすシュゼットも、ほとんど言葉を交わさなかった。
「シュゼット! フェリアスの意識が戻ったかもしれねえ」
 エリクの声に、シュゼットは弾かれたように立ち上がった。
「本当に!」
 シュゼットはブロンを抱き上げ、エリクと一緒にサンルームへ駆けて行った。
 中に飛び込むと、アンリエッタが「しー」と人差し指を立てた。シュゼットはコクコクうなずきながら、チラッとフェリアスの方を見た。確かに何やら口を動かしている。
「なんて言ってるか、わかった?」
「いいえ。でも寝言みたいに何か言ってるわ」
 シュゼットはハーブの入ったカゴとブロンをエリクに預け、そろそろとフェリアスに近づいて行った。ゆっくりと傍に座り込み、口元に耳を寄せていく。
「……おい。……いいにおい」
「……いい匂い?」
「……ローリエの、いい、におい」
 ハッキリと聞き取ることができた。
 シュゼットはバッと立ち上がり、エリクたちの方を見た。
「ローリエの良い匂いだって! やっぱりハーブが食べたいんだ!」
「なるほどな。そう言うことなら、これ」
 エリクからハーブの入ったカゴを受け取ると、シュゼットはもう一度フェリアスの傍に座り込んだ。
「良かったら食べて。採れたてのハーブだよ」
 シュゼットはローリエをフェリアスの口元に運んだ。しかしフェリアスは「……いいにおい」とつぶやくばかりだ。
「いっそうのこと、ローリエのパイを食べさせてみるのはどうだ? フェリアスは確か、見た目はヘラジカだけど、羽根は鷹に似てるから、肉食でもあるんだよ。あれだけ血を失ってるし、少しは肉をとった方が良いかもしれない」
「そっか。ちょっと待ってね、フェリアス。今、パイの様子を見てくるから」
 パイはしっかりと焼けていた。そこでパイを一人分の大きさに切り分け、皿に盛って、サンルームへ戻った。
 サンルームでは、ブロンがフンフンと鼻を鳴らしながら、フェリアスの周りをぐるぐる歩き回っていた。
「何かわかった、ブロン?」
「キューン」
 ブロンは首を横に振った後、ブルブルブルと体全体を震わせた。
「フェリアス、パイを持ってきたよ。食べられそう?」
 シュゼットがパイを差し出すと、ようやくフェリアスの目が開いた。その目は、若草色をしている。
「……おいしそう」
 そうつぶやくと、フェリアスは器用に舌を使ってパイを引き寄せ、口の中に運んで行った。全員が固唾を呑んでその様子を見守る。
「おいしい!」
 フェリアスの元気の良い声が聞こえてくると、シュゼットたちは手を上げて大喜びした。

 その後、フェリアスは大きめのパイをぺろりと平らげた。最後の一つと言う時には首が起き上がり、羽根がピンッとして、目はしっかりと見開かれていた。
「――ああ、おいしかった!」
 元気になったフェリアスの声はとてもかわいらしく、シュゼットたちは思わずフフッと笑ってしまった。荘厳な姿からは想像もできないようなかわいらしさだ。
「助けてくれてありがとう」
 フェリアスはシュゼット、ブロン、エリク、アンリエッタの順にしっかりと目を合わせながらそう言った。声とあいまって、まるでお行儀のよい子どものようだ。
「どういたしまして。もう大丈夫?」
「痛いけど、その料理のおかげで元気はわいてきたよ」
「どうしてそんな怪我を?」
 フェリアスはヘラジカの唇を器用に尖らせて答えた。
「人間にやられたんだ」
「お前の角や毛皮を狙って?」
「えっ、どういうこと、エリク?」
 フェリアスが何か答える前に、シュゼットはエリクに尋ねた。
 まさかとは思うが物騒な話だ。しかしエリク曰く、その物騒な話は真実のようだ。
「フェリアスの角や毛皮、それから羽も、縁起物として高値で取引されてるんだ。特に金に目のない連中は、こうしてフェリアスを直接傷つけて、それらを得ようとするんだよ」
「まあ、ひどい! でも魔獣の品物の取引の話は、確かに聞いたことがあるわね」
「じゃあ本当に行われてることなんだ……。それをこの子も……」
 シュゼットはフェリアスを労わるように、そっと肩のあたりをなでた。フェリアスは気持ちよさそうに目を細めた。
「災難だったな」
「でも、ぼく、ラッキーだよね。ここにきれいなお庭があるのを少し前に見つけてたから、あそこまで頑張って逃げようって思えたんだもん。それで、お庭にいたら、君たちに助けてもらえて。ツイてるなあ」
「それってうちのキッチンガーデンってことだよね?」
 フェリアスはニコッと笑ってうなずいた。
 ――うちの近くにフェリアスの羽が落ちてた日に、この子がうちのキッチンガーデンを見に来てたってことか。ていうか、今、フェリアスに庭を褒めてもらえたってことだよね! 嬉しすぎる!
 シュゼットが心の中で小躍りをしていると、グーッと間の抜けた音が鳴った。音はフェリアスの方からした。
「……えへへ。お腹すいちゃった」
「あれだけ血が出たんだから当然よ。シュゼット、もう少し何か作ってあげましょう」
「そうだね。そうだ! エリク、今日ってマリユス教授の仕事お休みだよね?」
「ああ。今日は教授が大学に行ってるからな」
「それなら今日やろうよ、ハーブランチ! フェリアスのためにも」
「いいな。やろう、やろう!」
 ふたりはパンッと手を叩き合わせた。それに合わせて、ブロンが「キャンッ」とご機嫌に鳴いた。
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