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第二章
16.アロイスの時計、再びファル時計店にて
しおりを挟む 翌日は、全員が昼まで泥のように眠っていた。朝の十一時過ぎ、女性の三人部屋で一番に目を覚ましたソニアは、カーテンを開け放った。もうてっぺんに昇りそうな太陽の光が部屋に差し込んでくる。良い天気だ。昨日のことがウソみたい、とソニアは思った。
「うーん、ソニアー。まだ明けないでえ」
寝ぼけているマルチナはクッションで顔を覆っている。ソニアはクスッと笑って、別の窓のカーテンも開けた。
「ダメダメ、そろそろ起きないと」
「そうですね。もう起きましょうか」
カリーナはガバッと起き上がり、備え付けの洗面台で顔を洗った。目を覚ましてすぐに行動できるところがカリーナの長所だ。その一方で、マルチナは朝が弱く、一時間もグズグズしているのが当たり前だ。しかし今日はソニアとカリーナの総力戦で、なんとか三十分まで短縮することができた。その頃になると、隣の部屋に泊まっていたテオが訪ねてきた。
「みんな、よく眠れた?」
「はい」とソニア。
「問題ありません」とカリーナ。
「……全然足りないわ」とマルチナ。
マルチナはまだ少し不機嫌だ。
「テオさんは大丈夫ですか?」
「うん。俺も良く寝れたよ。ありがとう、ソニア」
テオはソニアの頭をなで、「さて」と言った。
「朝食をとったら、ファル時計店にもう一度行こうか。それで時計をいろいろ試させてもらおう。もしかしたらマルチナに合う時計が見つかるかもしれないからね」
「……そうね。ラファエルさんのおかげで早く帰ってこられたんだし、ちゃんとしなきゃ!」
そう言うマルチナの目はもうすっかり開いている。その目は、期待と少しの不安が混じっているように見えた。ソニアは繋いでいる手の力をそっと強めた。すると、マルチナと目が合った。
「なに、マルチナ?」
「……ううん。何でもないわ」
マルチナは珍しくウソっぽい笑顔でそう答えた。
宿屋の傍のパイの店で昼食をとると、四人は馬車に乗ってファル時計店へ向かった。今日もルフブルクは平和だが、よく耳をそばだてると、昨日の船の事件について話をしている人もいた。どうやら新聞に記事が載っているらしい。新聞を片手に議論する姿があちこちで見られた。
ファル時計店に着くと、アロイスもユッタも事件について知っていて、巻き込まれたと話す四人のことを心から心配してくれた。
「二人ともケガはない? ちゃんと眠れた? あーもうっ、今日会えて本当に良かった!」
ユッタはソニアとマルチナをまとめてギュウギュウ抱きしめてきた。
「あはは、ありがとう、ユッタ」
マルチナもユッタの背に腕を回す。
「心配かけてごめんね」
「謝らなくて良いんだよ! わたしが心配したいんだもん!」
ユッタは気持ちが落ち着くハーブティーを全員に用意してくれた。こういう気遣いができるユッタは素敵だな、とソニアは思った。ハーブティーの味も格別だ。
「皆さんご無事で、本当に良かったです」
「ありがとうございます」
アロイスとテオは、肩に手を添えながら、確かめ合うように握手を交わした。
その後、全員で店の奥の応接間に集まり、ラファエルの名前を出して話をした。
「ラファエルのところへ。それは大変だったでしょうが、とても有益だったでしょう。困ったことがあっても、彼に頼れば間違いない」
アロイスは穏やかに笑った。その優しそうな顔を見ると、ソニアにはラファエルがアロイスを買っていた理由がわかるような気がした。
アロイスの時計を持った状態のソニアと触れていることで、魔法の気配が隠れるのは、テオではなくマルチナだったこと。
それから、ラファエルのもとで、アロイスが作ったブルーデザインの時計を持つと、マルチナの魔法の気配に揺らぎがあったこと。
ラファエルの見解では理由は不明だが、アロイスのブルーデザインの時計が、マルチナの魔法の気配と反応する可能性があるということ。
「わたしの時計にそんな力があるなんて、実感はわきません」
「何か他の職人とは違う行程などがありませんか? 小さなことでもお話しください」
「そうですねえ……」
「それならあれは、父さん? ドワーフのベルドンさん」
「「ドワーフ!」」
ソニアとマルチナは声を揃えて叫んだ。ドワーフとは宝石探索に長けた妖精のことで、背の低い老人のような見た目をしている。一日のほとんどを宝石が眠る地中で過ごすドワーフは、滅多に人間と関係を持つことがないと言われている。
そんなドワーフと知り合いだなんて。ソニアもマルチナも信じられなかった。
「そのお話、詳しくお聞きしても?」
「ええ。ドワーフのベルドンから、直接宝石を買っているんです。ベルドンとは文通のやりとりをしていて、仕事のスケジュールを知っているので、彼の基地に行って購入しています」
「それはすごいですね。ほとんどの職人がそんなことをしていないのでは?」
「そうですね。ほとんどの職人仲間は人間の宝石商から買い取っています。ドワーフが採る宝石は確かに質が良いけれど、彼らは不気味だと言って避けるんです。話してみると、とても楽しい人たちですけどね」
この話を聞いたソニアは、ラファエルがアロイスを気に入っている本当の理由が分かったような気がした。
「それは少なからずマルチナの魔法の気配と関係があるかもしれません。貴重なお話をありがとうございます」
テオが手早くメモを取る間、うずうずしていたユッタがパッと手を上げた。
「ていうか今の話だと、マルチナは魔法が使えるってこと?」
ユッタの目は興奮でギンギン輝いている。
「そうよ。魔法使いなの」
「えーっ! すごい! わたし、ラファエル以外の魔法使いって初めて会った! あの指の仕草とかするの?」
「ええ。見せてあげましょうか」
マルチナはそう言うと、指をこすり合わせて「門を開いて」と言った。すると、テーブルの上に、クッキー缶が現れた。ソニアももらったことがあるきれいな絵が描かれた缶だ。
ユッタは「わー!」と小さい子供のような声を上げた。ユッタの素直でかわいらしい反応に、マルチナだけでなく、ソニアも笑った。
「ユッタって感動屋さんで、かわいいわね。そのクッキーはユッタにプレゼントするわ」
「いいの! 父さん、見てよ! 魔法で出てきたクッキーだよ!」
「ああ、すごいな」
アロイスは魔法には見慣れているようで、落ち着いている。
「ユッタはクッキーをいただいていなさい。それで、話を戻しますが、わたしで良ければ、マルチナの件、喜んでご協力しますよ」
「ありがとうございます。助かります」
そう答えたテオの顔は心から安心していた。やはりテオは、少なからずこの旅に不安と心配を抱いていたようだ。
アロイスはすぐに店や倉庫にあるブルーデザインの懐中時計を集めてきてくれた。全部で五十個ほど。どれも蓋のデザインが少しずつ違っていて、ソニアには宝の山に見えた。
「こんなにたくさん。ありがとうございます。すべてお借りしてよろしいんですか?」
「もちろん。気が済むまで試してください」
それからはマルチナが一つ一つの懐中時計を、五分間持ち続け、変化があるかどうかを、テオとカリーナが見張ることになった。
人間のソニアにはマルチナの魔法の気配がわからないため、ユッタとアロイスと一緒に、店の中で話をしたり、商品を見たりして過ごした。
ソニアはマルチナとの出会いやこれまでのこと、船での事件のことを話した。
「ソニアとマルチナの出会い、素敵なお話ねえ。まるで小説みたい」
「そうかな」
「そうだよ。逃げてたマルチナを助けたら、偶然魔法の気配が隠れた、なんて。すごい偶然じゃない? しかもまさか父さんの時計が重要な役割を持ってるなんて」
ユッタは「ねえ、父さん」と言って、アロイスを肘で小突いた。
「そうだな。時計職人冥利に尽きるよ……」
アロイスはジッとソニアの懐中時計を見つめた。それにつられてソニアとユッタも時計を見る。
「時計は今でも高価なものだ。全ての人が持てるものではない。だから、時計塔の周りには人が集まり、会話が生まれる。また、時計を持っていれば、『今何時ですか』と聞かれ、会話が始まることもある。時計とは、時を刻むだけではなく、人と人を繋ぐものだとわたしは思っているんだ」
「はい」
「だから、わたしの時計が、ソニアとマルチナを引き合わせてくれたことが、何よりも嬉しいよ」
アロイスはそう言って、にっこりと穏やかに笑った。その顔を見ていると、ソニアはこの人だから、きっと素敵なことが起こったんだと思わずにはいられなかった。これは間違いなく、アロイスが作ってくれた縁だ。
「ありがとうございます。父さんが贈ってくれたのが、この時計で良かったです」
ふたりが微笑み合うと、ユッタが「父さんってばロマンチスト!」と声を弾ませた。その顔は、少し照れくさそうにも、誇らしそうにも見えた。
「うーん、ソニアー。まだ明けないでえ」
寝ぼけているマルチナはクッションで顔を覆っている。ソニアはクスッと笑って、別の窓のカーテンも開けた。
「ダメダメ、そろそろ起きないと」
「そうですね。もう起きましょうか」
カリーナはガバッと起き上がり、備え付けの洗面台で顔を洗った。目を覚ましてすぐに行動できるところがカリーナの長所だ。その一方で、マルチナは朝が弱く、一時間もグズグズしているのが当たり前だ。しかし今日はソニアとカリーナの総力戦で、なんとか三十分まで短縮することができた。その頃になると、隣の部屋に泊まっていたテオが訪ねてきた。
「みんな、よく眠れた?」
「はい」とソニア。
「問題ありません」とカリーナ。
「……全然足りないわ」とマルチナ。
マルチナはまだ少し不機嫌だ。
「テオさんは大丈夫ですか?」
「うん。俺も良く寝れたよ。ありがとう、ソニア」
テオはソニアの頭をなで、「さて」と言った。
「朝食をとったら、ファル時計店にもう一度行こうか。それで時計をいろいろ試させてもらおう。もしかしたらマルチナに合う時計が見つかるかもしれないからね」
「……そうね。ラファエルさんのおかげで早く帰ってこられたんだし、ちゃんとしなきゃ!」
そう言うマルチナの目はもうすっかり開いている。その目は、期待と少しの不安が混じっているように見えた。ソニアは繋いでいる手の力をそっと強めた。すると、マルチナと目が合った。
「なに、マルチナ?」
「……ううん。何でもないわ」
マルチナは珍しくウソっぽい笑顔でそう答えた。
宿屋の傍のパイの店で昼食をとると、四人は馬車に乗ってファル時計店へ向かった。今日もルフブルクは平和だが、よく耳をそばだてると、昨日の船の事件について話をしている人もいた。どうやら新聞に記事が載っているらしい。新聞を片手に議論する姿があちこちで見られた。
ファル時計店に着くと、アロイスもユッタも事件について知っていて、巻き込まれたと話す四人のことを心から心配してくれた。
「二人ともケガはない? ちゃんと眠れた? あーもうっ、今日会えて本当に良かった!」
ユッタはソニアとマルチナをまとめてギュウギュウ抱きしめてきた。
「あはは、ありがとう、ユッタ」
マルチナもユッタの背に腕を回す。
「心配かけてごめんね」
「謝らなくて良いんだよ! わたしが心配したいんだもん!」
ユッタは気持ちが落ち着くハーブティーを全員に用意してくれた。こういう気遣いができるユッタは素敵だな、とソニアは思った。ハーブティーの味も格別だ。
「皆さんご無事で、本当に良かったです」
「ありがとうございます」
アロイスとテオは、肩に手を添えながら、確かめ合うように握手を交わした。
その後、全員で店の奥の応接間に集まり、ラファエルの名前を出して話をした。
「ラファエルのところへ。それは大変だったでしょうが、とても有益だったでしょう。困ったことがあっても、彼に頼れば間違いない」
アロイスは穏やかに笑った。その優しそうな顔を見ると、ソニアにはラファエルがアロイスを買っていた理由がわかるような気がした。
アロイスの時計を持った状態のソニアと触れていることで、魔法の気配が隠れるのは、テオではなくマルチナだったこと。
それから、ラファエルのもとで、アロイスが作ったブルーデザインの時計を持つと、マルチナの魔法の気配に揺らぎがあったこと。
ラファエルの見解では理由は不明だが、アロイスのブルーデザインの時計が、マルチナの魔法の気配と反応する可能性があるということ。
「わたしの時計にそんな力があるなんて、実感はわきません」
「何か他の職人とは違う行程などがありませんか? 小さなことでもお話しください」
「そうですねえ……」
「それならあれは、父さん? ドワーフのベルドンさん」
「「ドワーフ!」」
ソニアとマルチナは声を揃えて叫んだ。ドワーフとは宝石探索に長けた妖精のことで、背の低い老人のような見た目をしている。一日のほとんどを宝石が眠る地中で過ごすドワーフは、滅多に人間と関係を持つことがないと言われている。
そんなドワーフと知り合いだなんて。ソニアもマルチナも信じられなかった。
「そのお話、詳しくお聞きしても?」
「ええ。ドワーフのベルドンから、直接宝石を買っているんです。ベルドンとは文通のやりとりをしていて、仕事のスケジュールを知っているので、彼の基地に行って購入しています」
「それはすごいですね。ほとんどの職人がそんなことをしていないのでは?」
「そうですね。ほとんどの職人仲間は人間の宝石商から買い取っています。ドワーフが採る宝石は確かに質が良いけれど、彼らは不気味だと言って避けるんです。話してみると、とても楽しい人たちですけどね」
この話を聞いたソニアは、ラファエルがアロイスを気に入っている本当の理由が分かったような気がした。
「それは少なからずマルチナの魔法の気配と関係があるかもしれません。貴重なお話をありがとうございます」
テオが手早くメモを取る間、うずうずしていたユッタがパッと手を上げた。
「ていうか今の話だと、マルチナは魔法が使えるってこと?」
ユッタの目は興奮でギンギン輝いている。
「そうよ。魔法使いなの」
「えーっ! すごい! わたし、ラファエル以外の魔法使いって初めて会った! あの指の仕草とかするの?」
「ええ。見せてあげましょうか」
マルチナはそう言うと、指をこすり合わせて「門を開いて」と言った。すると、テーブルの上に、クッキー缶が現れた。ソニアももらったことがあるきれいな絵が描かれた缶だ。
ユッタは「わー!」と小さい子供のような声を上げた。ユッタの素直でかわいらしい反応に、マルチナだけでなく、ソニアも笑った。
「ユッタって感動屋さんで、かわいいわね。そのクッキーはユッタにプレゼントするわ」
「いいの! 父さん、見てよ! 魔法で出てきたクッキーだよ!」
「ああ、すごいな」
アロイスは魔法には見慣れているようで、落ち着いている。
「ユッタはクッキーをいただいていなさい。それで、話を戻しますが、わたしで良ければ、マルチナの件、喜んでご協力しますよ」
「ありがとうございます。助かります」
そう答えたテオの顔は心から安心していた。やはりテオは、少なからずこの旅に不安と心配を抱いていたようだ。
アロイスはすぐに店や倉庫にあるブルーデザインの懐中時計を集めてきてくれた。全部で五十個ほど。どれも蓋のデザインが少しずつ違っていて、ソニアには宝の山に見えた。
「こんなにたくさん。ありがとうございます。すべてお借りしてよろしいんですか?」
「もちろん。気が済むまで試してください」
それからはマルチナが一つ一つの懐中時計を、五分間持ち続け、変化があるかどうかを、テオとカリーナが見張ることになった。
人間のソニアにはマルチナの魔法の気配がわからないため、ユッタとアロイスと一緒に、店の中で話をしたり、商品を見たりして過ごした。
ソニアはマルチナとの出会いやこれまでのこと、船での事件のことを話した。
「ソニアとマルチナの出会い、素敵なお話ねえ。まるで小説みたい」
「そうかな」
「そうだよ。逃げてたマルチナを助けたら、偶然魔法の気配が隠れた、なんて。すごい偶然じゃない? しかもまさか父さんの時計が重要な役割を持ってるなんて」
ユッタは「ねえ、父さん」と言って、アロイスを肘で小突いた。
「そうだな。時計職人冥利に尽きるよ……」
アロイスはジッとソニアの懐中時計を見つめた。それにつられてソニアとユッタも時計を見る。
「時計は今でも高価なものだ。全ての人が持てるものではない。だから、時計塔の周りには人が集まり、会話が生まれる。また、時計を持っていれば、『今何時ですか』と聞かれ、会話が始まることもある。時計とは、時を刻むだけではなく、人と人を繋ぐものだとわたしは思っているんだ」
「はい」
「だから、わたしの時計が、ソニアとマルチナを引き合わせてくれたことが、何よりも嬉しいよ」
アロイスはそう言って、にっこりと穏やかに笑った。その顔を見ていると、ソニアはこの人だから、きっと素敵なことが起こったんだと思わずにはいられなかった。これは間違いなく、アロイスが作ってくれた縁だ。
「ありがとうございます。父さんが贈ってくれたのが、この時計で良かったです」
ふたりが微笑み合うと、ユッタが「父さんってばロマンチスト!」と声を弾ませた。その顔は、少し照れくさそうにも、誇らしそうにも見えた。
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