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第二章

6.出港、離島へ

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 翌日、朝にはまだルフブルク大学から連絡がなかったため、ソニアたちはファル時計店へ行き、それぞれ思い思いの時計を買った。
 ソニアは青色の砂時計、マルチナとカリーナは自分の部屋に飾る鳩時計、テオは水時計だ。ソニアはお小遣いの予算の関係で砂時計しか買うことができなかったが、自分だけの砂時計は持っていなかったため、十分嬉しかった。テオの水時計はすり鉢のような形をした大きな器と、さらに大きな水瓶が支柱で組んであるものだった。これはかなり大きいため、一度宿屋に置きに行った。

「――今もまだ連絡は来ていないみたいだね」
「昨日の今日じゃ無理ないですね」とカリーナ。
「それなら、腹を据えてルフブルクを観光しましょうよ。素敵な場所がたくさんあるわよ!」
 運河を走る遊覧船に乗って町を移動したり、白とブルーを基調とした美しい市庁舎やレンガ造りの教会、歴史博物館や植物園を見て回ったり。ルフブルクの町は観光に持ってこいだった。
 しかし、最初は誰よりも前向きだったマルチナも、三日目になっても連絡がないと、さすがに焦りを感じ始めていた。どこにいても常にソワソワとルフブルク大学の方角を見ている。
 ソニアも、一度大学に行った方が良いような気がした。もし忘れられていたら、さらに待たされることになる。そしてテオもまた同じように考えているようだった。

 四日目の朝、テオが「今日、もう一度ルフブルク大学に行ってみよう」と言うと、ソニアたちは「賛成!」と元気よく声を上げた。
「わたしも賛成です。ベル氏の手紙はもう届いているはずですし、これ以上は猶予がありません」
「そうだね。そのビアンカさんに会えると、一番良いんだけど……」

 勇んで宿屋を出て行くと、宿屋の前にビアンカと見知らぬ女性が立っていた。
「ビアンカさん! ひょっとして、ラファエルさんが?」
 テオが駆け寄ると、ビアンカは険しい表情で首を横に振った。
「ですから、皆さんに会いに来たんです。もう強硬手段です。ラファエルの実家に行きましょう」
「本当にご実家にいらっしゃるの?」とマルチナ。
「彼が実家にいることは、彼の姉であるエルザが保証してくれます」
 ビアンカの隣に立つ女性は、なんとラファエルの姉だったのだ。エルザはピッと右手を挙げた。
「わたしも昨日、実家からこちらに用事を済ませに来たんです。その時点では、ラファエルは家にいました」
「有力情報じゃないですか。ありがとうございます」
「いえ。弟がすみません、ご迷惑を」
 エルザは「ラファエルは逃げ癖があるので」と肩をすくめた。
「私たちの方こそ、ラファエルさんの事情を知らずに、大学とのやりとりだけで訪問を決めてしまって、申し訳なかったです。それなのにまた突然お邪魔したら、ご迷惑なんじゃ」
「とんでもない! むしろわたしは良い機会だと思います、ラファエルには」
 エルザは意味深な言葉を残し、自分の用を済ませに去って行った。
 テオが「本当に良いのですか?」と目で尋ねると、ビアンカは力強くうなずいた。
「というわけで、こちらの用意した馬車で船着き場まで行きましょう」
「えっ、船に乗るんですか?」
 マルチナが声を弾ませると、ビアンカはうっすらと笑ってうなずいた。
「ラフェエルの実家は、ドイツェルクの離島にありますから」
「「離島!」」
 ソニアとマルチナは顔を見合わせた。また素敵な響きだ!



 ルフブルクからラファエルの実家があるティーリッヒ島までは、定期船が一日に三回出ている。ソニアたちは正午の船に乗った。
「正午に乗ったので、向こうに着くのは明日の早朝ですね」
「意外と時間がかかるんですね」
 テオが自分の懐中時計を見ると、ソニアも真似をして自分の懐中時計を見た。さっき竜頭を回したばかりだから、針は元気よく回っている。
「観光客にあまり需要がない島なので、船も小さいし、早く移動することを目的にしていないんです」
「それじゃあ、また船の上でソワソワするってことね」
「すみません。お詫びといっては何ですが、お菓子を持ってきたので一緒に食べましょう」
 そこでデッキに用意されたイスとテーブルについて、ビアンカが買ってきたマジパンを食べた。チョコレートでコーティングされた甘いお菓子を、ソニアもマルチナもすぐに気に入った。ドイツェルクの伝統的なお菓子だそうで、ビアンカも子どもの頃から好きだという。
「ラファエルも好きなので、ご機嫌取りに買ってきたんです。なんでご機嫌とらなきゃならないのかはわかんないですけど、急に行ったらたぶん機嫌悪くなると思うので」
「すみません、気を使わせてしまって」
 テオの言葉に、ビアンカは慌てて首を横に振った。
「皆さんに謝ってほしいんじゃありません。悪いのはラファエルですから。困った奴ですよ、本当に」
「そう言う割には、ビアンカさんってラファエルさんのことを気にかけてますよね」
 マルチナの言葉に、ビアンカは目をパチパチさせた。
「……そう?」
「はい。昨日も今も本気でラファエルさんを怒ってる感じはしないし、あの眼鏡の怖い男の人がラファエルさんが魔法使いで野蛮だって言ったら、あの人のことは怒ってたじゃないですか」
 さすがはマルチナ。誰に対しても素直だ。
 ソニアがチラッとビアンカの方を見ると、ビアンカは照れくさそうに頭を掻いた。
「……まあ、よく面倒見てる後輩の一人ではあるからね」
「あら、ラファエルさんが後から入ったんですか」
「ええ。わたしは二十八で、ラファエルは二十七です。大学院を出てたった二年で教授にまで上り詰めたのに、いろいろあって、籠りがちになっちゃって」
「それってすごいことなんですか?」
「わたしはまだ准教授だもの。ラファエルはすごい奴なんです。ただ、人付き合いと、傷があるだけで」
 ビアンカはそれ以上は何も言わず、遠い目で船の行く先を見た。ソニアもそちらを見ると、ちょうど魔法航海士が甲板に現れた。呑気にあくびをしている。本当に何から何まで手薄な船らしい。
 早く着かないかな、と思いながら、ソニアは魔法航海士から目をそらした。
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