お嬢様の執事は、夜だけ男の顔を見せる

hiro

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第4章

第17話 お嬢様の一部

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浮かない声に、クライムが口の端をあげた。



「使用人と不毛な恋をするより、賢明な選択だと思うけど」

「――っ!」

クライムの言葉に驚き、うつむいていた顔をあげた。



いつから、気づいてたの?

ネオを、好きだってことに――…


 
疑問を口にしたくても、言葉が出てこない。
驚きすぎて、頭の回転が追いつかない。
 

金魚のように口をパクパクとしていると、クライムがくすりと笑った。


「気がついていないとでも思ってた?」


軽やかな口調。
ずっと前から知っていたような口ぶりに、シアは視線を落とした。


「……とんだ失態だわ」


否定はしない。
したところで、クライムに嘘が通せるとは思っていないからだ。


そういう点では、ネオよりもクライムのほうが怖いかもしれない。
 


動揺する気持ちを落ち着かせるために、紅茶を口に含んだ。
こくりと喉を鳴らすと、深く息をついた。

 
「ねぇ、クライム兄様」

「ん、どうした」


優しい相槌に、わずかに瞳が熱くなる。

気持ちを切り替えるように、ゆっくりと息を吐く。
 

「私ね、ネオをずっとそばに置きたくて、そのためにルードヴィッヒ家を継ぐ決意をしたの。お父様のためでも、未来の夫のためでもなく。
――…ネオのためだけに」

 
ルードヴィッヒ家の名を継ぐために、クライムと結婚することになろうとも。

ネオと結ばれることがなかろうとも。


自分のそばに置く執事は、自分で決められる立場にありたい。

 
この先もずっと、朝はネオの声で目覚めたい。
 

それがたとえ、皮肉めいた言葉しか紡がないとしても――…

私の瞳には、ネオしか映らない。 
 
 

 
「聞いてもいいかい」

「なぁに?」


問いかけに、まるで歌を唄うかのように軽やかな声で返事をした。

小首をかしげ、言葉を待つ。
 

そんなシアに、真摯なまなざしを向けた。
 


「ネオのなにが、君をそんなに夢中にさせるんだい」
 


なに、が……。

改めて問われる言葉に困惑する。
 

 
「……なに、っていわれても」
 
 
これといった言葉が見つからない。
 


理由なんて、後からついてくるもの。


気になって、気になって……
いつしか、恋から愛に変わる。

そういうもの、でしょう……?
 
 
ただ……
ネオの欠けた生活は、考えられない。
 

たとえるならば――…
 
 

「私の一部、だから……」

「一部?」

くり返した言葉に、ゆっくりと頷いた。


「たとえば――…」
 
 

朝起きて、最初に《おはよう》って言いたいのは、ネオだけ。

嬉しいことがあったとき、真っ先に教えたいのも。
悲しいとき、そばにいて欲しいのも。
 

最初に思い浮かぶのは全部、ネオだけ。
 

なにをするにも、頭のなかを支配する存在。

 

それは恋でもあり、愛でもあり――…

そばにいるのが、あたり前の存在。
 
 

 
「理屈とか、そんなのじゃないの。――…ただ、私の生活すべてに、ネオが存在してるの」
 

そばにいるのが、あたり前。
明日も明後日もずっと、そばにあるべきもの。
 

 
「……愛されてるね、ネオは」

 
ぽつりと寂しげな声が漏れる。

その言葉に、あら、と声をあげた。


「クライム兄様のことも、愛しているわ」

「それは異性として、ではないだろう」

「そうよ。……ダメなの?」


無邪気な笑顔を向ける少女。
澄んだ瞳が、まっすぐに自分を見つめる。
 

 
なんて君は、残酷なのだろう。

その笑顔に、僕がどれだけ傷ついているとも知らずに……。

 
 
クライムは小さく息をつくと、ふっと頬をゆるめた。
 
「妬けるな」

「ん、なにかいった?」
 
聞き取れなかった言葉に首をかしげる。
クライムは曖昧を笑みを浮かべる。

 
そして、
「なんでもない」
と悲しそうな声をもらした。




その日の夜。
ネオは《花嫁修業》をしに、こなかった……。
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