お嬢様の執事は、夜だけ男の顔を見せる

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第2章

第10話 お嬢様は唇を塞がれる

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「どのような家柄のかたと結婚なさろうとも、完璧なレディーに育てあげるよう、ご当主様から申しつかっております」

「お父様が、なによ。クライム兄様と結婚をするなら、作法もルードヴィッヒ家のしきたりも、ぜぇーんぶ、なんとかなるじゃない」


なるべく明るい声を出すが、顔はうつむいたまま。
いま顔をあげると、頬が濡れていることに気づかれてしまう。

 
泣いてなんか、いない。

泣いて、なんか……


 
唇をぎゅっと噛み、悲しみに耐える。
するとネオが、それでは、と低く声をあげた。
 

「教育係でもある私を、必要ないと、おっしゃるのですか?」

「……」


いつもの自信たっぷりな態度とは違う。
少し悲しそうな瞳。


 
そんな目で、見ないで。

勘違いしそうになる――…

 
 
「そうよ。もう、教えてもらうことなんてないわ。わからないことはみんな、クライム兄様が教えてくれるもの」
 


せいいっぱいの強がりを見せる。
ネオがいなくても、大丈夫だと、見せつけるように。



すると……

「――っっ!!」


突然、ネオの長い指が、唇に触れた。


ゆっくりと、唇の形をなぞる、指先。

くすぐったさに肩を跳ね上がらせると、ネオがくすりと笑う。
 


「でしたら――…」
 

ふと、視界が闇色に染まる。
目の前には、瞳を光らせたネオ。
 

不敵の笑みを浮かべた顔に、背筋が凍る。
次いで迎えたのは――…
 
 

「ん、ンん……っ!?」
 
 
睫毛が触れそうなほど近くにある、ネオの顔。
唇にはあたたかくて湿ったものが触れる。

威勢のよかった唇は、いとも簡単に黙りこんでしまった。

 
「ん、ふぁ……っ」

 
息をするのも忘れ、唇が離れたと同時に深く呼吸をした。
肩が大きく揺れ、頬が紅潮する。
 
 
「ネ、……オ?」

「どうかなさいましたか、シアお嬢様」
 

濡れた瞳で見上げる。
知っているはずのネオが他人のように思えた。
 

いつもと同じ、顔のはずなのに。

いつもと同じ、口調のはずなのに。


どこか冷たい、凍てつくような瞳。
 

 
「ど、して……?」

 
言葉が、喉に詰まる。
肩を上下に揺らしながら、戸惑う胸をぎゅっと握りしめた。
 
必死で出した声に、ネオは首をかしげた。


「なにが、です?」

わかっているくせに、知らん顔をする。
心の底から虐めるのが好きな、ドSな性格。

 
「なんで、……キス、したの……?」
 

主の娘である、シアに手を出す。
それも、シアの命令ではなく、ネオの意思で。


その行動がなにを意味しているのか。
ネオほどの策略家が、理解できないはずはない。


静かにネオが口を開いた。


「シアお嬢様のご提案通り、今後のお稽古は中止いたしましょう」

「えっ」


そのかわり、と言葉を続ける。



「これからは、夜のお稽古として、シアお嬢様に《男を悦ばせる方法》を、お教えいたしましょう」
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